Nobee谷口の撮影日記 / 第二章

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ワンダフルという番組からの依頼

平気じゃないけど、慣れているので(178ページ)

電車その後、局から電話連絡をもらった私は、打ち合わせのために東京に向いました。

電話をかけてくれたアシスタントディレクターはメールの印象と同じく、礼儀も正しくてとても感じのいい人でした。

後になって私と初めて電話で話した時の印象について、彼が感じたことを話してくれました。

他にも催眠をかけられる人のオーディションを行うつもりで、あちこちの催眠の先生に電話をかけてアポイントを取ったのだそうです。その際に相手の方に「催眼がかけれるかどうかの簡単なテストがあります」といったんだそうです。

実際に現地に行ってみれば簡単なテストどころでは全然ありませんでしたけどね(笑)。

催眠をかけろとか「ここでやってみせろ」と求める側からすれば簡単に思えるかも知れませんが・・・。実際に現場で「催眠をかける」側からすれば楽なものではないでしょう。

どんな内容であろうと相手に求められるままに催眠を用い、何かを実際に現象として出現させるのは難しいですし緊張を伴います。

依頼する側(この場合はワンダフル)としては、そんなに難しい注文を出しているつもりではないんでしょうね。基礎知識がなく手順を知りませんから。

ですが、やる側にとってはたまったものじゃありません。

電話での問い合わせの時点で難しさはわかりますからね。相手も催眠のプロですから。それで「失礼な!」とか「私を馬鹿にしているのか!」と怒って電話を切ってしまった先生が結構いたんだそうです。

私だけが「いいですよ。どこでもそんなものです。もしテストを行ってそちらが満足がいかないとか駄目だったら、お話はなかったことに」

と、平然と言ってきたので驚いたそうです。

(凄い自信だな!)

と、そのAD(アシスタントディレクター)は思ったと言っていました。。

私にすれば慣れっこだったんですよ。これまでどこに行っても試されるというか、まったく信じてもらえない状況からのスタートのほうが圧倒的に多かったので・・・。

そこが叩き上げというか実践派の違い。他の催眠の大先生? のように助手をぞろぞろ連れて行ったり、十分な時間とか予算を与えられる環境でかけたことが一度もなかった。

学閥がなくて芸能事務所の所属でもなく、地方都市のフリーの催眠術師に。そんな恵まれた環境が与えられるわけがないでしょう? 常にぶっつけ本番でしたよ。

大学の研究室などで好意的に迎えられたり、番組で催眠の先生だと崇めてもらえるような環境の中で催眠を行ってきた人には信じられない話だと思いますけどね。

呼び寄せておきながら「私はまったく信じてない。嘘だと思うから呼んでやったんだ」などという失礼な人も大勢いました。「失敗したら笑ってやろう」とか「どうせたいしたことはないんだろ」程度に捉えてメールして来る人も一人や二人じゃないですよ。

偏ガンガンにカラオケがかかっている場所でとか「あんなのインチキだ」などと周囲に揶命されたり中傷されるような状況の中で挑戦し、実演を成功させるしかなかった。

その中にはいわゆる「危ない商売」の人たちも混ざってきます。催眠誘導を行っている最中に隣の席のお客さんが絡んでくる、というパターンもあります。

「兄ちゃん、なんか面白いことやっとるのー。本当にかかるかどうかワシにやってみせんかい」と、唐突に迫られる訳です。

「今すぐに、ココでワシに」

今までにそういった経験が結構あるんですよね。何か適当な理由をつけて簡単に逃げれるような状況ではありません。催眠をかけてみなければただではおかんぞ、という雰囲気がヒシヒシと伝わってきます(笑)。

売れない芸人さんとか演歌歌手の方がどさ回り、キャバレー回りで苦労したって話も聞きますが・・・。催眠の場合はさらに根性要りますよ? 一発勝負で失敗が許されませんから。

できませんは最初から選択肢の中にありません。向こうにすれば最初からこちらが気に入らないのです。「ワシの気にいっている女が、なんで隣の席で嬉しそうにキャッキャしとるんや!」といったやっかみや妬みの感情が強いんですよ。

要するにこちらに絡むキッカケが欲しいだけ。催眠の実演っていうのは目立ちますからね。それを恐れていたら何もできなくなってしまう。

私も恐いに決まっています。ですが、逃げるわけにもいかない。

得意先や友人が一緒にいたりもしますし、置いて逃げる訳にはいかないでしょう? そこで引いたら、次回からはどこに行ってもインチキ呼ばわりされるようになってしまいます。

水商売とかショービジネスなんて狭い世界ですからね(笑)。実演を許可してくれる店や場所は貴重でした。ですから、

「いいですよ」

と、ニッコリ笑って何事もないかのように始めないといけません。

現場にいる皆、全員が息を飲んでいるのがわかります。失敗したらどうなるんだろう? と誰しもが思う。だからといって今さら出来ませんとはとはいえない状況なんですよ。

周囲の取り成しとか仲介も当てに出来ない。心の動揺を一切、表情に出さずに笑いかけなければなりません。手や指先、声のほんのちょっとした震えすら許されないのですから・・・。

少しでもこちらが緊張したり動揺していることが相手に伝わると誘導には失敗します。その種の職業の人はそういった相手の反応には敏感です。

更に嵩にかかってこられることになりますから。

「はい、息を吸ってー、吐いてー」

と、相手に深呼吸をさせながら、実際に深呼吸をしたいのはこちらだったりします。緊迫した状況で周囲もこちらを見つめています。その中で、私の手の平の動きに合わせて「恐そうな人」が緩やかに深呼吸を繰り返しています。

なかなか凄い状況でしょう?

えっ、「見てみたい」って? 勘弁してください。これは昔の話です。そりゃ、ドキドキしますよ。催眠術師だって人間なんですから・・・。

元が関西の営業マンですからね。営業やセールスは「相手の無理を聞いてナンポ」ってところは確かにあります。かといって相手の言い分を全部を丸呑みにしたら商売にはならない。

無料で商品は渡せない。どこで押してどこで引くかは冷静な判断と度胸が必要ですよ。

ですがギリギリまで我慢して、自分にできる限界に挑戦しようって感覚は今も昔も変わっていないんです。誰にでもできる内容を行っても、それは当たり前にしかならない。

交渉が上手くもならないし、誰も褒めてはくれないでしょう?

「できないだろう」とか「不可能だ」といわれる状況や内容に挑戦して、それに成功して始めて一人前だとか、凄い人だと周囲には認めてもらえるのだと思います。

そういった生活が長かったせいか、ついつい、ね・・・。無理するんですよ。口先だけの営業マンなんてただのお飾りで肩と同じになってしまう。営業やセールス、販売の仕事において「がんばっている」はないんです。結果が伴っていなければゼロと同じ。

数字や実績がないと周囲が認めてくれません。厳しいようですが「頑張ったけれどダメでした」は言い訳にもならないのです。

自営業とか事業主なら尚更で「出来ません」は選択肢できません。実際の実績とか売上、成功した数字がないと食べていけないから。

催眠においても同じでしようね。まず実績なんです。どういった状況下においても、催眠が「かけられる」といった証明がないと誰も信じてなどくれない。遠方からわざわざ呼び寄せることもありません。

元々、誤解も偏見も多い技術であり世界なんですから・・・。

そういった特殊な状況? でも練習を重ねたために、たぶん私は普通に催眠をやっている人とは多少、違った感覚が身についたんだと思います。

先に触れた多重人格のケースなどと同じですけどね。誰しもキツいとか難しいと感じる状況に放り出されないと実力なんてなかなか身につかないものです。すぐに楽な方向に逃げます。

催眠の実演を行うに当たって、お弟子さんを連れ歩いたり自分を「大きな団体の幹部だ」と言って虚勢を張るタイプがいるのは、それだけ精神力や勇気を試されるからです。

自分の生活や仕事に不可欠なものは必死に勉強しますが、ちょっとでも余裕があるとなかなかそうはしないでしょう? 皆、リスクをわざわざ背負い込みたくはないですから・・・。

逃げたいですし、難しいことはやりたくない。私も同じなんですよ。だからといって「この程度でいいや」と考えると、なかなかそこから先には進めなくなります。

その折り合いが難しいですね。

確かに番組の事前のオーディションに行くのには緊張が伴いましたが、それでも、今までのように恐い人たち複数に囲まれていたり「呼び寄せて冷やかしてやろう」だとか「馬鹿にしてやろう」と待ち構える人たちとは違うでしょう? 

私からすると遥かにマシな状況だったんです。番組の収録の際にかかるプレッシャーも相当なものでした。ですが、別に殺される訳ではない。

あまりに適当にやったり手を抜けばディレクターには殴られるかもしれませんが(笑)。彼らも視聴率という厳しい実績の世界で足搔く人たちですから。

気楽なお遊びではなく。自分たちの生活や未来がかかっています。

怖い人に絡まれたあと、私はよくお酒を奢って貰いましたよ? 兄貴分に当たる人が先に催眠にかかってくれれば後は楽だったりします。縦割りの社会ですからね。

その人より目下の人間が「俺はかからない」とはいえなくなるからです。これはテレビ局などでも同じですけどね。私はまずそういったケースでは根性据えて、兄貴分(番組ならプロデューサー)に当たる人から真っ先に狙います。

恐いし難しいですけどね。どうせ逃げられないなら仕方ないでしょう? そこが普通の人とは違うところかも知れませんね。

もっとも、そういった席でのお酒の味は味はちっとも覚えていませんが(笑)。内心は冷や冷やものでしたから。そういった業界では結構、有名な方もいらっしゃいました。

こんなことを書いていると、また頻繁に絡まれるようになったら困りますのでここではっきりいっておきますが。修行時代の話ですよ? 最近は流石にやっていません。

いい歳していつまでも「挑戦だ」とばかりは言ってられませんから・・・。

催眠はやっぱり、ある意味では根性が必要です。

まあ、それが全てとはいいませんが、ショー催眠とかステージヒュプノシスに関してだけに限定すると確かに普通の感覚の人では勤まらないでしょう。

どこかが「壊れている」(笑)人が上手なようにも思います。

恐怖心とかプレッシャーとか「失敗したらどうしよう・・・」と思う気持ちがあるとできないんですよ。ビビりますから。手足や態度、表情や言葉、雰囲気に滲んでしまう。

無意識に萎縮するんですよね。本来はそれが普通です。そのプレッシャーを背負って実演を喜んでやっている人は(私も含めてですが)どこかおかしいんでしょう。

催眠は常に成功するとは限りません。突発事故もありますし、事前の打ち合わせやリハーサルではよくかかった人が本番になった途端にかからなくなる、などのケースも想定されます。

その一回、一回が真剣勝負なんです。次に何が起こるかなんてわからない。ですから何回経験を積んでもそのプレッシャーはなくなりません。

マンツーマンで誘導に失敗しても文句をいわれない状況にあれば、どんなに嬉しいでしようね。私の場合、そういった恵まれた環境で催眠を行うことはこれまで皆無に等しかったです。