正しい催眠誘導の方法 / 第六章

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催眠とは暗示とラポールで繋がる

暗示、方向を決め効果を求める(29〜35ページ)

暗示、とは何か?(29ページ)

授業 教室ラポールと同じく催眠の専門用語として「暗示」という言葉があります。

最近では心理学とか催眠だけでなく色々な場面で用いられることが多くなった単語であり言葉ですから、聞いたことのある方もいらっしゃると思います。

「暗示」とは外部からの刺激です。ただし、「見えないもの」を指します。

このテキスト「正しい催眠誘導の方法」の冒頭、催眠とは何か? のコーナーにテレビコマーシャルの影響を受けて商品を「無意識に選んでしまう」消費者心理、大衆操作についての説明があります。

もう少し掘り下げると暗示とは一種の教育であり、外からの情報や刺激を受け入れることで、実際の行動やリアクションを起こすことだと考えればわかりやすいでしょうか? 

一般的な情報の入手と違うのは、その刺激を受け取ることで「自分が何かを選択した」という自覚が少ないとか薄いことですね。

小説的な言い回しを使うなら「伏線」という表現があります。

アニメでも漫画でもお馴染みに言葉ですが。フラグとも言います。前もって何らかの伏線(古い言い回しです)を張ったり「フラグを立てておくこと」で、未来に何事かが起こります。

フラグという言葉はそもそもはゲームとかプログラム用語でロールプレイングゲームなどで次の分岐点、ゲームの面白さとか幅を持たせてプレイヤーを楽しませるために使われました。そのフラグを回収するとか触れる、自らの行動で折っておかないと思ったような結末にたどり着かない、といった仕組みとなっています。

古くは伏線と言いますが伏せられた別のきっかけ、言葉とか出会いとか出来事が「分岐点」となって別の道筋、線(元は線路)に引き込まれるという意味で使われています。

これが「暗示」ですね。

新たな出来事、出会いや別れ、トラブルを「暗(あん)に示す」と書きます。

日本ではどちらかというと悪いことが起こる時に使います。小説やアニメ、漫画で暗示というとバッドエンドの方向に向かいやすいですが、心理学とか催眠誘導においては悪くは用いられていません。暗(あん)という文字が闇(やみ)とか暗(くら)い印象を与えやすいので。そういった誤解というか錯覚を生みやすかったのかもしれないです。

例えばですが、ある朝、いつものように新聞を読んでいると、ある人物が殺人を犯したと書いてあります。

その人はあなたの奥さんでした。幼馴染で恋人かもしれません。あなたはどうしますか? 新聞を見た瞬間、すぐにそれをすぐに受け入れて信じることができますか?

そんな筈はないと思って事実関係の確認に走るでしょう。

他人はいざ知らず、身内にはにわかには信じられません。ですが、身内や親しい友人以外は簡単に新聞やマスコミに取り上げられたことを鵜呑みにして信じ込んでしまうでしょう。誤報だったり間違っている可能性もありますがそこまで考えませんよ。

前日までは仲良く話していた相手なのに「あの人は悪い人だったんだ!」と思い込んでしまって悪しざまに罵り始めるかも知れないですね。そこには何の事実の確認もありませんし本人に直接会って話を聞いたのではありません。

そう判断した人は「ただ何かを読んだ」に過ぎないのです。一瞬でその言葉とか記事の「暗示」にかかります。

連日、そういった報道がなされれば「真実は何か?」とか、前日までの自分の印象、その人の「人柄はどうだったのか?」ではなく、理由も根拠なく一方的に「きっとそうに違いないんだ!」と思い込んでしまうことになります。

私は何もマスコミ報道の全てが間違っており、その全てを疑え、といっているのではありません。ですが、何かを信じるにも否定するにも根拠が必要でその両方を把握した上で状況を冷静に判断する必要がある、と思っています。

このようなことは残念ながら頻繁に起こっています。事件などの報道でもマスコミや警察発表などに誤りがあり、冤罪に問われた人もいますが、それらの多くは悪い意味での暗示、つまり先入観の一種になるでしょう。

何も知らないうちに、「この人が犯人に違いない!」と思い込んだり、反対に事実関係も確認しないうちに、「ウチの子に限ってそんなことはしない筈だ!」などと親が訴えたり、言い張るのもそれに近いですね。

それは本来、信用とか信頼とは違います。我が子を信じたいとの思いや願いから現実から目を瞑っているだけかも知れないですね。

ただし、新聞やマスコミも誤報はありますから、きちんと事実確認をした上で「我が子を信じる」なら暗示にはかかっていないわけです。

ストレートにいえば、まったく暗示にかからない人は存在しないのです。

人間は自分の気に入るパターンや強い刺激にはより多くの影響を受けますし、情報を受け取ります。

「そんな筈がない!」と最初は反対したり認めていなくても、何度も繰り返しになる報道や情報の波を被ってしまうと、よほど何かそれを打ち消すような根拠や証拠、自分なりの経験を持っていないと「やっぱりそうなのか?」と思い込んでしまいます。

瞬間でしっかり受け取ってしまう情報と徐々に浸透するものがあるんですよ。受け取る情報や刺激の方向性や内容によって、人は良くも悪くも影響を受けてしまいます。

ですから「暗示とは一種の教育だ」と考えてもいい、と最初に書いた訳です。