通りがかりの人に催眠はかかるのか?

渋谷の街頭や雪山でロケを繰り返す 過去の出演、実験

2018/12/10改訂
1998/11/23初稿

個人では実現できない実験、検証

豚のメッセージカード

この企画は1998年の11月23日にテレビ番組の企画(TBS系列、ワンダフル)で行った物です。

古い書籍、自著である「催眠術師のひとりごと」で、紹介した内容と一部は重複しています。後日談というか、書籍には書かなかった裏話とか背景についてをホームページに公開していました。

► 催眠術師にひとりごと(2018年に改訂、Web公開)

催眠術師のひとりごと
1998年刊行、催眠術師のひとりごと。催眠術師になった経緯やカウンセラーとしての心構え、番組出演時の苦労話などが中心です。

いくら仕事で催眠やカウンセリングをやっているとはいえ、いきなり通りがかりの人に一方的に勝手に催眠をかける訳にもいきません(笑)。普段はやってませんから誤解しないで下さいね。

この実験は番組やテレビ局の依頼、周囲の協力があってこそ、なし得た実験です。

そういった内容については、以前から興味はあったんですけどね。はっきり言えば私は誘導に成功する自信もありました。当時の私はすでにあちこちに出かけては難しい誘導に成功していたからです。

武者修行のように全国各地に出かけていました(笑)。

向こうっ気が強く、技術に自惚れがあった私はどんな場所に出かけるのも厭わず、難しい施術とか誘導の依頼があると全部受けていました。結果として繁華街のイベントとかキャバクラ店、花火大会とかカラオケがガンガン鳴っている野外とかお店で何度も成功しました。

とはいえ、公共の放送局でカメラがまわっている状態、まったく事前の準備がない状況で通り掛かりに催眠誘導を行った経験はない。収録は一発勝負ですからね。

どんなに「過去には成功した!」と言い張ってもその場で失敗すれば評価されないのです。

幸い「催眠の番組を撮りたい」という連絡をある局から貰いました。

私以外にも何人か先生を呼んだらしいのですが、希望に合う先生がいなかったのか内容が難しいのできっぱり断られたらしい(笑)。

※この辺りについては著作「催眠術師のひとりごと」で詳しく書いています。1999年6月に大阪の出版社から刊行していましたが、経営者が変わっています。

前の経営者が「一円も」印税や原稿料を支払ってくれなかったので、初めて書いた著書は現在は廃刊にしています(笑)。強い思い入れを持って書いたものの、苦い思い出となっています。

番組から連絡を貰ったのは電子メールです。当時、催眠のホームページは珍しかったんですよ。絶対数が不足している上に文章で丁寧に解説をやってるページは殆ど無かった。

で、私のホームページに書かれている内容に目を付け「この先生だったら呼んでみても面白いんじゃないか?」と思ったAD(駆け出しでしたが、今はどうなっているでしょうね?)がいた訳です。

業界の裏側とか事情は知っていたんですが

多少迷ったんですけどね。私は以前の仕事でマスコミ関係者と何度も会ってますし打ち合わせもやっています。芸能事務所にも知り合いが多かったせいで色々と裏側を知っています。

どちらかというと仕事を依頼する側で。スポンサー側に近い形で過去に関わりを持ったことがありました。

ですから、あまりテレビ局とか番組に良い印象を持っていませんでした。

また、催眠などは内容が特殊ですからね。どうしても現象の一部分だけを捉えて興味本意な内容になりがちなのです。依頼や相談の看板を掲げる手前、テレビ番組にすぐに嬉しそうに飛びつく訳にもいかないですし・・・。

ただ、その番組は深夜番組なのにお色気禁止でした(笑)。

ヌードどころか水着もあまりなかった。

釈由美子さんなどを輩出した「ワンダフル」って番組でした。TBS系列で1997年9月29日から2002年9月26日まで放送されていた生放送の深夜番組で深夜なのに週5日の帯番組。

当時としてはかなり珍しかったんですよ。深夜の情報番組という枠組みで。規制が緩かった時代ですので、エッチな内容ばかりやってる深夜番組が多かったです。

これがね。関西ではネット局の関係で流れてなかったんです。関西ローカルの独自番組が強かったので。管財在住の私が一度も見たことのない番組から出演依頼が来たわけで。

迷いはしましたが、取りあえず電話して話を伺ってみることにしました。

当時(1997年から1998年にかけて)はネットの黎明期です。パソコン通信などからなるいわゆる掲示板のシステムからやっと個人がホームページを持てる時代に入ったばかり。

今のようにブロードバンドとかWi-Fi、常時接続などは夢の世界です。

私も電話回線でやってました。アナログモデムを繋いでアクセスポイントに電話をかけてやっと更新やメールの受信が出来た時代です。深夜の11時を過ぎるとNTTがテレホーダイというサービスをやってました。

インターネットで「ネットサーフィン」などという言葉が出来たのもこの頃ですが、料金の問題もあってかネットを時間を気にせず使うことが出来たのはテレビ局くらいでしょうね。

フルブラウザ搭載で、スマホで気軽に接続できる現代とはかなり違います。ともかく電話料金が高かった。

ネットカフェも存在しません。ウチはMacでホームページを作って更新していましたが、Windowsのシェアが低かった時代でAdobeがIllustratorやPhotoshopを開発して印刷用に提供していた時代ですね。

パソコンやソフトはどれも高くて買うのにとても苦労しました。

解大手プロバイダがやってるサービスとかレンタルサーバーは高すぎて。聞いたこともない無名のサーバーを当時としては格安で借りました。読み込みが遅いとよく苦情を言われたものでした。

個人でそこまでやってる人は珍ししかったんですよ。

ですが私の行ってる仕事、つまり「催眠」という特殊な事情がホームページの開設に踏み切らせました。

催眠に対する偏見や錯覚も多かったのでミニコミ誌はおろか、電話帳にすら広告を載せることができなかった。そうでなかったら不慣れなパソコンを使って長文をネットに載せようとは思わなかったでしょう。

結局は「腕試し」に行った(笑)

これは自分の著書でも書いた過去の内容とも重複してしまいますが・・・。

私は「腕試し」に行ったんですよ。

ホームページの絶対数、催眠に関する情報をきちんと載せているサイトがかなり少なかったので、遠方でもテレビ番組が目を付けたんでしょうね。

電話してみると出演料はおろか交通費も「出ない」と言われた(笑)。

悪い予感がぴったり的中。要するに自腹ですよ?

東京キー局の周辺で片っ端から催眠をやってる施設や先生に声をかけてみたものの、適当な人がいないので、安く使えそうな人を郊外(当時の私の住まいは大阪)から呼び寄せようと考えたのでしょう。

仕事を休んで伺うのに交通費も「自分で負担しろ」と言われたわけですから・・・。

舐められたもんだとは感じました。

それでも交渉はしました。私は元々セールスや販売業、接客業をメインでやってきた人間ですから・・・。交渉事には慣れたものですので。

仕事においては、怒ったり切れたりすればお終い。

営業の世界ならそこそこ名前も売ったし実績もあったのですが、この世界(催眠やカウンセリング、インターネット、テレビ業界)では新参者でしたからね。

どこかで名前を売る必要も、何かに露出して知ってもらう必要もあった。

それ以上に興味があったのは「自分の持っている技術がどのレベルにあるのか?」です。

催眠術の世界大会って聞かないでしょ? 全国大会ってのもない。心理学や催眠が特殊なのはわかるのですが、腕試しやったりする場所や他の誰かと比較する術がない。

1997年にもすでに私以外の「凄腕の催眠術師?」なるものが数人はいて、連中もホームページは持っていました。そこには聞いたこともない称号とか資格だとか、会員の数だとか自慢話ばかりが羅列されています。

宗教なのか気功なのか、占い師なのかわからないようなのがのさばっていて。とても気分が悪かったのを覚えています。今もやってるようですけどね。

私の頭にあったのは番組を利用した腕試しです。自分の磨いた技術がどこまで通用するのかどこかで試して見たかった。公共の電波とかテレビ番組なら誤魔化しは効かないが実力の実証にはなる。

それには一度、どこかの収録に参加してみるしかありません。

後でADの方に聞いたんですが、テスト(腕試し)がある、というと大方の先生が「失礼な!」と怒ったり「そんな必要はない!」と断って帰っていったそうです。

私だけが

谷口
谷口

いいですよ。どこに行ってもそんなものです。

まず私の腕を試してみて、納得がいったら依頼して下さい。駄目なら駄目でいいですよ、と平然と言うので、やたら印象に残った(笑)。

 
スタッフ
スタッフ

(自信満々だな?)

と、感じたそうで。

谷口
谷口

交通費だけは出して下さい。他の仕事休んで行きますからね。

とも言ったんですけどね。

担当ADはそこの部分は覚えてないようでした。