女性心理、花束の心理学

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贈っているのはモノではなくて

2017/12/07改訂
1998/03/30初稿

心をこめて、プレゼントを贈りましょう

バラの花 アイコン以前にちょっと面白い経験をしました。知り合いの女性が学校を卒業して社会人なる時です。

私はそれを祝って、卒業式に花束を持って出かけることになりました。

ちょっと迷ったのですが、相手の方は女性ですしお祝いですからやはり花束などが喜ばれる、と勝手に思いました。

仕事の合間で時間もなかったので、当時自分が住んでいたマンションの同じ町内にある花屋さんに大慌てで行きました。

あんまり、そういった柄じゃないんですけどね。

「どれくらいの花束にします?」とお店の方に言われたのですが、あまり考える暇がなかったために、「1万5千円から2万円くらい」と答えました。一応、節目というか卒業のお祝いですから、ここは少々奮発して大きめの花束を贈ろう!と決めました。

「5千円違うとサイズがかなり違います。どっちにします?」と聞かれ、私は「じゃあ2万円で」と安易に答えたのでした。

私の住んでいた地域(開業当時1996年頃。事務所は大阪心斎橋で、住居は大阪住吉区でした)は大阪でも比較的下町です。

ですから同じ花束を買うのでも街中のデパートとか飲み屋街(北新地やミナミ)で買うよりも格段に安いんですよ(笑)。

元々、大阪市内や東京の高級クラブなどで仕事をしたり、過去に仕事でママさん連中と付き合いのあった私は、胡蝶蘭(こちょうらん)一鉢の価格を知ってます。

まして私が付き合いがあったのはバブルの頃も含みますからね。当然、花束といえば最低でも2,3万はするものだと思っていました。

ですから、その頃の感覚で花束を作ってもらいました。

大きさを間違えた・・・

出来上がった花束をみて私は驚きました。

でかい! あまりにでかい・・・。同じ花屋でも市場などの中の花屋さんと、飲み屋が集中する場所にある花屋とはこれほど価格や大きさが違うのか? と正直思いました。

下町の花屋さんは安い上に親切です。綺麗なラッピングをしてくれて大きさは更に膨らみます。

花束を作ってもらっている最中から、周囲に近所のおばちゃんが群がって離れません。

「まあ、いいわね。私もこんな花束くれんかしら?」

「今からでもいいから、これおばちゃんに頂戴」

とか(笑)。大阪の下町ですからね。そのパワーは強烈です。

ムズムズする居心地の悪さを我慢し、苦笑いしながら花束ができるのを待ちました。

でき上がった花束は一抱えほどもあります。内心、私も「しまった!」とは思いましたが、おばちゃんの衆人環視の中、いまさら花束を小さくしてくれとも言えません。

そんなこと言ったらこの人達が何を言い出すかわからない。

カサブランカ(花の種類)や蘭なども入っており、かなり目立ちます。

とりあえず領収書だけは貰っておくことにしました(笑)。必要経費で落ちんかな? などとと、ちょっとセコいことを考えて・・・。

あいにくと卒業式の会場は遠いんですよ。姫路といえばわかりますか? 大阪の郊外からそちらまで、2時間程度でしょうか? それも電車でです。大急ぎで向かわねば間に合いそうにない。

ギリギリまで仕事をしてた私はスーツ姿で花束を抱えたまま電車に乗る羽目に陥ったのです。

(馬鹿なことをしてしまった。もうちょっと小さいのにしておけば・・・)

まず地下鉄ですよ? 次にJRに乗り換えて姫路駅まで向かわなくてはならない。大阪は東京ほど混雑はしていないですが。私の乗った路線は御堂筋線ですので、それなりに乗降客はあります。

後の祭りですね。歩きにくいったらありゃしない。ここまで大きいとは思わなかったので持って歩くのも大変です。

面倒な事になったなと思いながら、急いで地下鉄の駅へと向かいました。

おや、何か視線が?

瞳 アイコン地下鉄に乗った途端、私は周囲の視線を感じました。普段から他人の視線や態度、表情を読む悪い習慣のある私は、いつもと違う雰囲気や空気に気がついたのです。

主に若い女性の視線です。

私の持っている花束を眺め、その後で私を見比べ、私と視線が合いそうになると慌てて自分の視線を下に逸らすのです。それも一人だけでなく周囲にいる若い女性全員が同じような反応を示します。

面白い反応だな、と感じました。

私はいつもと同じ格好です。確かに背は高い(182cm)ですが、服装や格好が奇抜ではないでしょう。普通のスーツ姿。普段歩いていてそこまで注目は集めません。となれば今回は、間違いなく私の抱えている花束に周囲の奇妙な反応の理由はあるのです。

視線についてはこのホームページで何度か触れていますが、通常、話した事もない赤の他人とバッチリ視線を合わせることはありません。服装や持ち物も含めてジロジロとぶしつけにみることも少ないでしょう。特に日本人はそのような習慣を持っていませんよ。

どちらかといえばそういった行為は遠慮がちに行うものです。

視線をばっちり合わせることで自分の意思や表情が明確に伝わってしまうという感覚があるからでしょう。ですから道で会った他人とは、普通は視線は合わせることなく、どちらかが自然に逸らせます。

ですが今回、興味深いのはその視線の逸らせ方です。

「視線が下を向く」(特に左下方向)のは一般的には「自分にやましいところがある」とか「心理的に劣勢に陥っている何かを悟られまいとする」心理が働きます。

つまり、精神的に対象者(この場合は私)が優位に立っている場合に限られるのです。

試してみるとわかりますが電車の中で見ず知らずの人にじっと視線を合わせていると、相手は不思議そうに見つめ返してくるか、不機嫌そうにもしくは不可解な感じで視線を左右に逸らします。

まああなたが凄くカッコイイ人であったり、綺麗な女性であった場合には嬉しそうに見つめ返してくれるなどの反応もあると思いますが(笑)。

それはレアケースでしょう。

殆どは不快な反応を示します。見ず知らずの相手にいきなり近寄られたり馴れ馴れしくされる、観察されるという行為は自分の「縄張り」(※パーソナルスペースまたは浮気するタイプの見分け方を参照)にいきなり侵入される行為になるので気分が良くないのです。

当然、反発もありますしトラブルにならないように身構えたり心の準備を整えます。

相手がパンチパーマでサングラスなどの「いかにも」危なそうな人でない限り、見られただけでいきなり、精神的に劣勢に陥る(おちいる)ことはありません。

下を向く反応は何か精神的にやましい(と、いうと語弊がありますが)部分や、相手の行動や容姿、持ち物などが精神的に弱い部分、観察者のコンプレックスを刺激しており、それを隠そうとする反応になります。