Nobee谷口の撮影日記 / 第四章

最後にスタッフにかけられた言葉 催眠術師のひとりごと

収録を終えて(240〜252ページ)

その成功率の高さ(240ページ)

月と星その日の全ての撮影が終わり、帰る頃には周囲はもう真っ暗になっていました。

渋谷から赤坂のTBS本社までロケバスで移動します。帰りには流石にね、皆、ホッとした空気が流れています。やはり心配もありますし、半信半疑だったんですね。

結局、その収録では八組の催眠誘導に成功しました。色々と大変でしたけどね。まあ、面白かった。

声をかけたのはもう少し多いです。全体で十組程度に誘導を行いそこそこのレベルにまで催眼がかかったのが八組でした。深層催眠にまで移行し撮影に利用できたのは六組ってトコでしょうか?

実際に放送で使用された被験者の数はもっと少なかったりします。かけるのにも撮影にも散々苦労したんですが、相手は素人ですからね。リアクションが弱い場合もあります。

撮影していて困ったのは催眠にはかかるものの「キャラクターが弱い」とか「絵的に面白くない」などといわれる時でした。

「そんなもん、どないせぇちゅうねん!」と関西弁で突っ込みを入れたくなりましたよ? 催眠にかけるだけでも十分難しいのにキャラクターの突出してる人間でないと採用されないんです。

そんなの街頭に都合よく転がっていないでしょう? 相手は一般人なんですから。予算がないから一般人を相手にして街頭で被験者を集めているのにおもしろ芸人とか特異なキャラクターに当たる確率なんて下がります。

また逆に催眠のかかりが良すぎて「インチキ臭く」なった人も外されてしまいました。

こちらの指示通りに何でもよく動くんですけどね。あまりに抵抗なく動くので視聴者には返って演技に見えるかもしれません。そういった人たちの行動にはぎくしゃくした部分や戸惑う所がまったくないんです。

実際に催眠にかかっているのか、演技でそれを行っているのかなど画面を見ている人にはわかりませんから・・・。幾らこちらが「あれはしっかりかかっているんだ、と言い張った所で理解は得られないでしょう。

運動支配と呼ばれる身体が動かないとか、後ろに身体が倒れる、足が動かなくなるなどの軽い催眠までを含めると成功数は更に多いですが、それをいくら撮影スタッフやタレントさんにいったとことでわかりませんよ。

「あれはかかってないでしょ」といわれると思います。

かなり難しい内容に挑戦してるわけですが(笑)。その「足が動かなくなる」程度でも雑踏の中で初対面、時間が数分程度しか与えられないと実現は難しくなります。

一般の方というか撮影スタッフや普通の人が催眠だと思っているものの多くは「後催眠現象」といいまして。相当に催眠が深くなった時のものなんですよ?

自分の意思とか記憶が曖昧になったり目が覚めた時に何も覚えていないのに、こちらが与えた指示(暗示)のままに振る舞ってしまう、逆らえなくなる現象を指します。

それは従動行動(じゅうどうこうどう)や行動抑制(こうどうよくせい)と言います。「意識がないままに」動き始めることを催眠だと思っている人が多いんですよ。

それはね、知覚支配とか記憶支配、感覚支配と呼ばれる領域で、実際にはかなりの深い催眠の状態で。深層催眠と呼ばれ少なくとも第二段階と呼ばれる催眠の深度にまで移行していないと決して起こらない現象なんです。

催眠について解説された本では深層催眠に移行する人の場合、その比率は全体の20〜30パーセント程度に過ぎないって書いてある本が殆どです。ですから今回のように十組に誘導を行った場合、そういった現象が起こる人はたった二人しかいない、と催眠の専門の研究者においては考えられているんですよ。

催眠で番組収録をするのが難しく、街頭ロケが成り立たないといわれている由縁です。

催眠の基礎を学ぶ時に最初にそういった過去のデータや専門書から知識を漁ると、私が今回行ったような現象は絶対に信じられないと思いますよ。

全体の約二割に成功すれば大成功だっていわれる催眠の世界で、街頭の雑踏の中でしかもエキストラとして集められた人ではなく通りがかりの一般人を相手にしています。

クルマの大きなクラクションが鳴ったり「ヤラセか、インチキじゃないの?」と周囲で野次馬や言ってる状況で、これだけの人数の誘導に成功したって事実は催眠を学んだり過去にそういったものの収録に参加した人にもなかなか理解できないでしょう。

逆に深く関わった人や催眠を齧った人ほど、意味がわからなくなると思います。

まして今回は立ったままですし(笑)。「立ったままでもかけれるよ」「時間がないからそのままやろう」と私が言い出した時、ADとかスタッフ、カメラマンやディレクターは目を白黒させてました。

人通りがたくさんある中でカメラを回し、全体の八割って数字はこれまでにない数値です。どんな催眠の番組や実験においてもここまで成功した例はないでしょうね。

カメラのない時代、旧ソビエトの伝説的催眠術師と言われた人の場合は、似たようなことに成功したとの記述はあるのですが・・・。残念ながら記録映像や写真は残されていません。

はっきりいって異様でしょう。これはちょっとうまく行き過ぎました。確かに気合い入れて収録には参加しましたが・・・。私の当初の予測では四割程度の予定でした。

気力、体力ともに充実していて最盛期といっても過言ではなかったかも(笑)。同じ状況で催眠を行い、同じ比率でもう一度できるか? といわれたらね。難しいと思います。

正直、自分でもビビります。技術っていうよりも、度胸と根性、集中力の問題だと思いますね。

やっている最中も色々と突発トラブルが起きて難しかったですが、何より自分の集中力を高めテンションを維持するのが大変でした。少し気が緩むと途端に被験者の重要な反応は見逃してしまいますから。

私のように撮影の都度に何日も絶食していたのではそのうち死んでしまいます(笑)。

まあ、そういいながらその後も同じ番組で場所を変えてロケを行い、何度も同じような撮影を行ったんですけどね。その時は前日に一日だけ絶食しました。

そのような詳しい事情を知らない番組のスタッフは「面白いからアレをもう一度、やってくれ!」と平気でいいますが、私は「しんどいから嫌だ!」といって断っていました。

撮影後、フラフラになるからです。それでも「ネ夕がないのでお願いします」と何度かいわれて渋々ながら参加しました。スキー場だったんですが、とっても寒かったです。 

断食を繰り返して体力が落ちてたせいで収録後に肺炎にかかってしまって。死ぬかと思いました。

私も相変わらず凝りませんね。難しい状況だとかえって闘志が湧いたんですよ。吹きすさぶ寒風の中、上から滑り降りてくるスキーヤーを下で待ち構えて立ち止まらせる、と。

防寒着着てますからね(笑)。ダウンジャケット、スキーウェアにマスクやゴーグル、手袋しててモッコモコです。それを外させて「立ったまま数分間で」催眠術をかけるということに挑んでいます。

その収録で無事にもう一度、催眠誘導に成功したかどうかは番組を見た人だけが知っていて下さい。