催眠術師のひとりごと / プロローグ

催眠誘導を使った実際例の紹介 催眠術師のひとりごと

プロローグ (8〜23ページ)

忘れてしまった過去の記憶 Aさんの場合(8ページ)

依頼者女性
依頼者女性

仕事を・・・。仕事を辞めたい。

この相談者の女性の名前を仮にAさん、とします。

いつものように催眠を深化させ、相談者の女性に問いかけを行ったのですが、何度もそうとしか答えてくれません。同じ返事の繰り返しになりました。

私が、おかしいな?と感じたのは、なぜ、仕事を辞めたいか、といった具体的な答えがなかなか彼女の表面には現れなかった点です。

仕事を辞めたい、といったケースにおいて催眠中に質問をした場合、上司がとか、会社の同僚とうまくいっていないとか、仕事でのミスなど、不満や憤り、ストレートな感情や現在、身の回りに起きているトラブルについてを話す人が多いんです。なのに、それらについては一切、出てきません。

谷口
谷口

あなたはなぜ、仕事を辞めたいの?

催眠中に被験者に対し、施術者が質問や問いかけを行う場合には注意が必要です。なぜなら催眠誘導中に行われる返答にはまったく、通常とは異なった意味合いを含む場合もあるからです。

被験者が躊躍したり、同じ返答が繰り返される場合、そこには何らかの別の理由が存在することも少なくありません。

依頼者女性
依頼者女性

結婚したいから。

何度も同じやり取りを繰り返すと、やっとAさんはそう答えてくれました。

Aさんからの私に対する依頼は、「仕事で悩んでおり、そのことで一度、相談にのって欲しい」だったんですよ。その割には、最初に相談を持ちかけられた時点から、具体的な理由の説明に欠けていました。

ともかく「会って私に催眠をかけて欲しい」の一点張りだったのです。

谷口
谷口

なぜ、結婚できないのですか? 何かそう考える具体的な理由があるのですか?

依頼者女性
依頼者女性

結婚しても、きっと幸せにはならないから。

谷口
谷口

それはなぜですか?

依頼者女性
依頼者女性

・・・・・・。

私の問いかけに、Aさんはまた最初の質問と同じようになかなか返事をしなくなってしまいました。

不思議に感じる人もいるでしょうが、人間の心には、ある種の壁が存在します。

そこには見栄とか体裁といった単純な内容だけではなく、本人の複雑な感情の動きや倫理観が働いています。その人が育った環境、つまりその人の持つ過去の体験の中から出来上がってきた自分の価値観が、壁となって、その人を守っているのです。

例えば、何か「素晴らしい物」があったとしましょう。それは思想や主義、宗教でもブランド品のバッグなど、何でも構いません。

それを周囲が勧めたとしましょう。友人や仲間、家族が気に入ってしまい、どんなに熱心に勧誘を行ったり、勧めるとしても、その人個人の心の中に「受け入れたくない」と思う何かが存在する場合、決して認めることはありません。拒否されます。

同じような素養を持っていれば、すぐに同調する場合もないとはいえませんが、全てがそうとは限らないのです。

なぜなら心の壁に守られた中身が、自分の独自の感覚やパーソナリティ、個性や「自分自身」を表すからです。

人間はこの「心の壁」がなければ、自己を確立できません。人は過去の経験や育った環境、これまでに受け取ってきた情報や教育、いわば「外的な刺激」によって自分を形作っています。

心の壁とは、個性に合う自分自身を確立する過程で生まれてくるのです。自分と他人を分け、自分を傷つけそそうな情報やトラブル「受け入れたくない物」まで無条件に受け取り、そのままストレートに影響を受けないように自分を守っているともいえますね。

それかなければ皆、あっという間に無個性で同じ人間になってしまいますから。

その壁よりも内側に存在する意識を、心理学などでは総称して「潜在意識」と呼んでいます。

谷口
谷口

なぜ、結婚しても幸せになりませんか? 何か、原因とか理由はありますか?

重ねて、私はAさんに問いかけました。

催眠にかかっていても、本人が苦しいとか、悲しい、辛いと思っている出来事はなかなか表面に現れてきません。催眠を用いても施術に数時間とか、何回も面談して、やっとその壁を超えられるケースもあります。

自分の心の深い部分が、容易に出てこないようにしているのは当たり前なんですね。誰にでも簡単に、自分の中心にある部分に触れられれば堪りません。壁がなければストレートに影響を受けます。

人間の心はショックに弱いんですよ。

それを避ける為に「心の壁」はあるのです。緩衝材やクッションのような役割を果しています。ですからそうそう簡単には覗かせてはくれません。

心理障壁(心の壁の別名です)は、自分を外的な刺激、つまり自分が傷つきそうな出来事や精神的なショックなどから一時的に自分を避難させ、後からゆっくりと現実を受け入れ納得させるために存在しています。

今回のケースようにあえて、催眠を用いて心の壁を取り払う必要が生じるのは、この自分を守り確立させるための壁が、時として分厚くなり過ぎてまったく表面(顕在意識)には伝わらなくなってしまうケースがあるからです。

そうなると逆に本人が障害を乗り越え、前に進むためにはかえって邪魔になってしまいます。必要以上に臆病になったり、問題の原因に自分ではまったく気がつかなくなってしまいますから・・・。

谷口
谷口

あなたには現在、お付き合いされている男性がいますか?

依頼者女性
依頼者女性

いるけど、彼ではダメなの。彼とは結婚できない。

谷口
谷口

なぜ、彼ではダメなんですか?

依頼者女性
依頼者女性

彼が浮気をしているから。

谷口
谷口

あなたは、彼を許すことができませんか?

ここまできてやっと、問題の糸口が見えてきました。Aさんから寄せられた相談は、実際には仕事の相談ではなく「結婚、恋愛の相談」だったんですよ。

私のように催眠などの特殊な技術や仕事に関わる場合、事前に相談者から持ち寄られる内容をそのまま信じてはならない場合があります。本人ですらその問題の本質というか、現実におけるの自分の心の悩みや苦しみの原因を、勘違いしてしまっているケースが少なからずあるからです。

自分では「まったく気がつかなく」なっているんですよ。本人には演技とか、悪気があってではありません。受け入れてしまえば本人には辛くなってしまう場合、心の壁に邪魔されて気がつかないことで自衛しているんですよ。

 

依頼者女性
依頼者女性

それはできない。

谷口
谷口

「それはなぜですか?」

依頼者女性
依頼者女性

彼が、何年も前から浮気をしていたから。

谷口
谷口

あなたは彼と付きあって何年になりますか?

依頼者女性
依頼者女性

八年です。

谷口
谷口

では、彼は浮気した相手と何年付き合っていましたか?

依頼者女性
依頼者女性

十年にはなると思う・・・。

私の元に相談に来られた相談者の女性「Aさん」はその当時29歳でした。彼女には現在、長くお付き合いをしてきた男性がいて、その人と当然のように結婚すると思っていました。

ところが、いざ結婚を考え始めるとどうも彼の態度が煮え切らない。

よくよく聞いてみると、彼にはAさん以前からお付き合いされている女性がもう一人おり、彼は「お前と違い、その女性に愛情はまったくないが付き合いを止めることができない」といい張ったようです。

実は彼は自営業をやっており、パトロンというかスポンサーとしてもう一人の女性と付き合っていたようですね。

もっとも本当のところはわかりません。これは、相談者(Aさん)が、彼から聞いた情報を元に自分で組み立てた内容です。いくら催眠とはいえ、真実が全て明らかになるのではありません。

私は彼女(の潜在意識)から事情を聞いただけです。

この話には、多少、彼女の推測の部分も入っているかもしれませんね。私はそれを聞き取っただけですから、全てがはっきりとはわかりませんが・・・。

少なくとも、彼女がその当時、自分で知り得た情報の全てなのでしょう。

彼は現在の自分の会社を独立して起こす際に、その女性(スポンサーになった人)から多額の借金があり、その借金を返し終わるまでは別れることができない、と主張したようです。

私はその話を聞いた時点でちょっと可哀想にも感じましたね。どうも話を聞いている限りでは、その男性が双方の女性に「同じようなことをいっているのではないか?」といった疑念があったからです。

ただし、私は催眠中に自分の個人的な感情を挟みません。その人の幸せとか価値観はその人自身が決めることだと思っているからです。社会的にとか、倫理的に「おかしいな?」と感じる内容であっても、そこに私が無理やり介入することはできません。

本人が「それでもいい」と思っているならば、他人である私にできることなど最初からありはしないのです。

精神的な悩みの多くは「それが正しいかどうか?」などではなく、その人が自分の感情を持て余し「このままじゃいけない」と自分を責めながら、ズルズルとそちらに流されている部分も含みます。

私は神様でも占い師でもありませんから「それは間違ってます」とも「別れなさい」ともいいませんよ?

それを期待して相談に来られる人もいますが・・・。占い師でも神様でもない私にはそんな権利はないと思っています。ただし、その男性と付き合っていて「なぜ、苦しいのか?」とか「なぜ、辞めたいと思うのか?」くらいは、はっきりさせてあげられるかもしれません。

私が介入できるとすれば、ご本人に「これは辞めるべきだ」との自覚がある場合でしょうね。

精神的なトラブルや悩みを抱える人が、それを「何とかしたい」と考え、催眠やカウンセリングなどを用いて原因の特定を行いたい、と考えたり、不安や不眠イライラからの脱出のきっかけにしたい、と考えて依頼してくれた場合にはお手伝いできる部分もあります。

「何年も前から彼が浮気をしていると、どうして結婚はできなくなるの?」

「あなたには彼を許すことはできませんか?」

これはいつも行っている問いかけです。答えは誘導者(催眠を行う者、つまり私)にあるのではなく、被験者(催眠にかかっている人)の中にあるからです。

私の持つ、薄っぺらな正義感や価値観、誘導者の持つ狭い感覚を押しつけたり、振り回したところで問題の解決にはなりませんよ。私の価値観や倫理観など、私だけの物でしかありませんから・・・。

その人にはその人の持つ価値観があります。意思は尊重しなければなりません。また、本人の感覚に根差すものでないなら、催眠による効果は一時的でしかなくなってしまいます。

依頼者女性
依頼者女性

それは絶対にダメ! したくない!

谷口
谷口

それは、なぜ?

そこまで私が言ったとき、劇的な場面の変換が起こりました。

催眠などを用いて原因の特定や検索を行っていると、何かのきっかけで問題となった部分の核心に触れる場合があります。通常の意識がはっきりしている時とは違い、催眼中はそれが一気に表面に吹き出すことがあるのです。

依頼者女性
依頼者女性

お父さんが、お父さんが・・・。

今までの話の流れとはまったく関係ない「お父さん」が彼女の話に現れ、いきなり現れ、激しい反応を見せ始めたのです。

長くなりますから、ここでは要約します。

Aさんがまだ子供の頃、お父さんに連れられて遊園地に行ったそうです。彼女には姉がおり、三人で連れ立って遊園地へ出かけました。お母さんだけは家で留守番です。幼稚園に上がる前だったそうですので、だいたい三、四歳の頃でしょうか?

お父さんと遊園地に行ってみると、そこに見知らぬ「お姉さん」が待っていました。

そのお姉さんはお父さんの知り合いで二人はなぜだか仲が良さそうです。何のことかはわかりませんが、とりあえず、お父さんと子供たち二人、それにそのお姉さんを含めて四人で一日、楽しく遊んだそうです。

が、その日の帰り道、姉妹は二人でこう相談したそうです。「今日のことはお母さんには絶対に内緒にしとこう」と・・・。それが姉妹だけで取り決められた話なのか、お父さん、もしくはその見知らぬお姉さんがそう釘を刺したのかどうかはわかりませんが、ともかくそう決まったのです。

私はお父さんが子供の記憶力を舐めてしまって「まだ子供だからわかりやしないだろう!?」と安易に考え、二人に自分の浮気相手を引き合わせてしまったために起こった出来事ではないか? と推測しました。

その見知らぬお姉さんと「楽しく遊んだ」事実がまだ子供だった姉妹の心に、何らかの影響というか傷を残してしまったのではないか? と考えたのす。

その「お姉さん」が少なくとも嫌な大人であったのなら、子供たちにはそれほど深刻な心の傷にはならなかったはずです。いっそ彼女(たち)は、知らない女性が遊園地で待っていた時点で「家に帰る!」とか「お母さんと一緒じゃなきゃ嫌だ!」と泣けば良かったのかもしれませんね。

もちろん、子供には何の罪もありませんよ。

子供ながらにお父さんとその女性の間に、ただならぬ雰囲気があるのを感じ取ったのではないでしょうか? 結果「これはお母さんにはいってはいけないことなんだ」といった感情を作り上げ、彼女の中に罪の意識「お母さんに申し訳ない」といった感覚を生んだのではないでしょうか?

その記憶は本来、そのまま封印されて表面に覗くことはないはずでした。人間の心には小さな引き出しがいっぱいにあり、それぞれに思い出という名の記憶や体験がたくさん詰まっています。ですから、その全てが将来に深刻な影響を及ぼすとは到底思えません。

たくさんあるものの「わずか一つの引き出し」です。

Aさんの彼氏が、長年に渡って浮気をしていなければ問題はなかったのかもしれません。ですが彼女の場合、偶然、そのキーワードが一致してしまいました。本来、閉まっている筈の記憶の扉が開いてしまったのです。

Aさんは「お母さんと同じようになってしまう」つまり、表面上は信頼しあっているように見える夫婦なのに、実際には長年に渡って裏切られるというか、嘘をつかれたり騙されるのではないか? ということを人一倍、恐れるようになったのではないでしょうか?

人間の記憶力とか潜在意識と呼ばれる領域は広いんですよ。表面上の記憶からは消えていますが、子供の頃の記憶とか体験の影響は大人になってからも影響として残る場合もあります。

催眠の実際例、本当の悩みは何でしょう?
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※このケースについては、その後の経過を上記アドレスで掲載しています。