催眠術師のひとりごと / 第四章

カウンセリングと自立の意味を 催眠術師のひとりごと

カウンセラーになりたい方へ(106〜118ページ)

誰にでも起こる精神的な悩み(106ページ)

怖めの仮面 アイコン古臭いように感じるかもしれないですが、精神的な悩みと向き合うのには根性がいるんですよ(笑)。そこには狂気が存在しますから・・・。

日常にはない感情というか、日々を暮らしていても皆ができる限り、それには気がつかないでおこうというか、目を逸らし認識したくない現実がそこには存在しています。

精神や心を病んでいる人は異質なんですよ。街で恐い人や目付きのおかしな人間がいる と自然に皆は目を伏せ、周囲から遠ざかるでしょう? 

言葉は悪いですがヤクザ屋さんや身体障害者の方に対する反応もそれに近いでしょう。

それらはまったく異なるものです。同一にすべきではない。なのに温かい目でというよりは目が合わないようにとか近寄らない、触れないようにしようといった「似たような反応」で迎えてしまうこともあります。

理由は簡単です。自分たちとは違うというか、それが「異質であるが故に」恐いからです。

身体や外見、動作や雰囲気、目付きなどで「自分とは違う」種類の人間のように感じるから恐い、と感じてしまい、瞬間的に萎縮したり身体や視線、表情が自然に反応します。

判断の基準はその人が本当に危ない人か、安全な人なのかではありません。自分とは 「違ってる」「異なっている」という事実、視覚情報や雰囲気そのものに恐怖を覚えたりもするんですよ。

身体障害者から目を逸らすといった行為こそが差別なのかもしれません。私は当然、そういった反応とか対応が嫌いですよ? ですが、綺麗事を述べても仕方ありません。

私だって心構えもなくいきなり「異質」なものに触れたら目を伏せます。悪意があってではなく「見てはいけない」もののようにも映るから。社会にはそういった反応が溢れています。

それが正しいとは思っていません。何度もいいますが好きではないのです。ですが、異質であるというその事自体が周囲を怯えさせ、それらを触れたくないものにさせてしまう場合があります。

催眠とかカウンセリングなどを考える場合、ただ知識と技術さえ身につければいいのではない、と私は思うのですよ。

知識や技術は確かに重要です。でもね、「それだけでいい」とか、それしか誇ることのできない人はね、肝心な時に必ずといっていいほど現場から逃げ出します。

「異質なものは恐い」からです。

単純ですよ? 普通であれば常識が通用します。理屈も通る。ですが現場ではそうではない。常識や理屈があっさり通る人には催眠やカウンセリングなど最初から必要ないのです。

一旦、歯車が嚙み合わなくなれば常識や理屈は通りません。そこには常識とはまったく関係のない、狂気に近い感情が残るんです。そして、困ったことにその狂気の欠片(かけら、片鱗)はどの人の中にも存在します。

(カウンセリングも含め)催眠などはね、やはり特殊な技術には違いないんですよ。

長くやっていれば、私のように恐い出来事もビックリするようなトラブルも、またどうしても断れない逃げられない状況も時々は起こってきます。

私にもあなたにも、どんな人にも精神的なトラブルは起こる可能性があります。

あなたが「人間である限り」何が起こっても不思議はない。

そういったトラブルが生じるまでは、自分とは関係ない遠い出来事のように感じます。何かで悩んで苦しんでいる人を見ても「アイツはチョットおかしいんだ」と他人を詰ったり罵れば済みます。

冒頭のプロローグに書かれたBさんの例などもありますが、実際にはそういった精神 的なトラブルはどんな人にも起こってくるんですよ。はっきりいうと本人の意志とは関係ありません。

傲慢で自分が凄くタフだと思っている人にも、どんな地位にありどんな立場にある人にでも分け隔てなく起こってきます。要はその「きっかけ」引き金になる出来事が自分の周囲にあるかどうかの違いでしかないんですよ。

洗脳問題などは典型例でしょう。

家に隠っていて、一歩も外 に出たり、他人と触れ合うことなく生活しているなら話は別になりますけど、社会生活を営む限り誰にだって可能性はあります。

自信満々に仕事をこなしていた人がリストラや会社が倒産した途端に抜け殻のようになってしまう場合もあります。何かの事件、何かにきっかけさえあれば人間は脆いんですよ。

不慮の事故や病気、周囲の環境の変化、家族や恋人が原因で精神的なトラブルに巻き込まれるケースは往々にしてあります。

誤解して「あれは遺伝だ!」とか、「アイツは元々おかしいんだ!」中には「先祖の霊、前世が原因だ!」などと、もっともらしい嘘を平気でいう人が現れますが、私はそうではないと思っています。

そういったトラブルに見舞われる可能性は全ての人にあります。当然ながらそれは私も例外ではありません。

精神的な悩みに詳しければトラブルは起こらないか、全て予防できるか? と問われればそんなことはないと答えるでしょう。

医者は風邪をひかないか、インフルエンザにはまったくかからないかといえばかかりますよ? 精神的なトラブルはどんな人にでも同じように起こってきます。医者だろうとカウンセラーだろうと関係ありませんよ。

『羊たちの沈黙』 という有名な映画がありましたが、そういったモノの中でもちょっと触れていますね?

カウンセリングで犯罪者と多く触れ合う機会のあるカウンセラーや精神科医が、逆にそういった犯罪者などの影響を受け徐々に感化されておかしくなってしまうケースがあります。

短期間で洗脳された実例があって、そういった実例を元に小説や映画化が成されているのです。

正気と狂気なんて紙 一重なんですよ。自分が正常だと思っていてもいつ自分が狂気や異常に囚われるか、 なんて誰にもわかりません。長くこういった仕事をやってれば、いずれそれに気がつきます。

自分では十分に理解、把握している答だったのに、気がつかないうちに自分でも微妙な狂いを生じさせます。相談やカウンセリングを専門としている人間でさえ、おかしくなる瞬間とか場合があるんですよ。

きっかけ、つまり事故や障害、具体的な出来事のみならずどこかで生活していれば何らかの影響やショックを受け、トラブルに見舞われる可能性は否定できません。

職種、年令、性別に関係なく「起こる時には起こる」んですよ。

誰にもそういった問題が起こる可能性があるのを私は知っています。

それは他人から見れば、ほんの些細な出来事に見える場合もあります。ですが本人にとってはそうではなくなってきます。

そういった例を、私はこれまでたくさん見てきましたから・・・。