催眠術師のひとりごと / 第三章

スポンサーリンク
多重人格と向き合って催眠を使う

一人の男として、またカウンセラ—としての私(92ページ)

男性マーク アイコンその女性と一緒に暮らした時、変に勘が銳かった私は彼女の中に別のものが潜んでいるのではないか? と気づいたのです。

かえって、何も気がつかなければ良かったのかもしれない、と後になって何度も何度も思いました。気が付かなかったら手をつけなかった。

おそらくですが彼女が付き合ってきた他の男性はわからないままに別れているのでしょうね。彼女を助けようだとか詳しい原因を調べようなどとは思わず、そのまま縁が切れてしまえば悩む必要もありませんから・・・。

多少は奇異な言動があっても、そんなものかとしか思わないのかもしれないですね。

私は「先生」とか医師、催眠術師やカウンセラーとして、彼女に接していたかったのではありません。一人の男として、彼女が好きでその生活を守り続けていたかっただけに過ぎないのです。

自分の付き合っている相手が何かに悩み、苦しんでいると知れば何もしない訳にはいかないでしょう? 

私は彼女のために何か行おう、彼女を理解し助けたい、と願ったに過ぎません。ですが、その思いが結果として彼女との別れを招くことになりました。

わかりにくいでしょう? この文章を読んでいる皆さんは「せっかく良くなったのにどうして?」と考えると思います。

ですが、考えてみてください。それが現実だったんですよ。

理由は簡単で「私がそれを知ってしまった」からです。

彼女にとって、たぶん「私にだけは」自分の過去にあった出来事をを知られたくなかったのだと思います。

別れの直接的な原因になった言葉は「聞いたの?」でした。

ついうっかり、私が別の人格から聞いた話をメインのパーソナリティである彼女に漏らしたのです。

自分が付き合っている人に、自分の全てを知っていてもらいたいという人は意外に少ないように感じます。相手が好きだからこそ、伏せておきたい部分はありますよ?

理解を求めるのと、何もかもの恥部(ちぶ、恥ずかしい部分)をさらけ出すのは違う。人間誰しも、自分の汚い部分や「相手には見せたくない」と思う過去の一つや二つは持っていてもおかしくありません。

暗黙の了解というか、そこの部分はお互いに触れないことで成り立つ人間関係も多いですよ?

恥ずかしいと感じたり、好きだからこそ誤解を招きたくないとか、知られて嫌われたくない、と考えても不思議ではないでしょう?

このケースでは「私が無理に彼女から聞き出した」わけではありません。次から次へと現れた人格が自分から申告を始めて私に色々と語ってきかせたのです。

彼女は苦しくて「誰かに聞いて欲しかった」のかもしれませんし「理解して欲しかった」のかもしれません。

そうでなければ現れてはいないと思います。

残念なのは彼女と向き合ったのはカウンセラーとしての私ではありません。当時はただの一人の男として、私はそこにいました。

彼女を助けたいと望んだのは、彼女が好きだったからでしょう。彼女との生活を続けたいと考えました。私の望みはただ、それだけだったんですよ。

高い理念に駆られた訳でもお金目当てでも、また職業として関わったのでもありません。彼女と暮らしたい、その一心で恐怖と戦い毎日のトラブルと向き合ったんです。

彼女を理解できるのは自分だと信じたから。

彼女は自分でどこにも持ってゆくことのできなかった苦しい思いや経験を、誰かに聞いて欲しくて、またわかって欲しいと願い、そしてどこにもそんな人がいなくて自らで抱え込み苦しんでいました。私が現れたことで、彼女はある意味においては救われたのかもしれません。

ですが、ある意味では苦しかったのかもしれません。

それは「聞いたのが私だったから」です。

たとえ医者でもね、自分の家族を担当するのは嫌がる場合があります。医者も人間です。家族や友人、自分の恋人には冷静でいられない場合もあります。「家族だから」面倒を見たいと願う反面、家族であり大切な人だからこそ自分が担当するのを避けたい場合だってあるんです。

精神的に冷静でいられなくなりますから・・・。

私は元々、カウンセラーとしてこの問題に向き合ったのではありません。専門家ではなく一人の男に過ぎなかったのです。自分の彼女が苦しんでいるのを見兼ねて、他に逃げ場とか方法がなくなって、催眠を用いるようになっただけなんですよ。

私だったからそれ、つまり彼女の過去の原因になったトラブルに気がつき、私だから何らかの対応が立てられたのかもしれない。

確かに効果もあったのでしょう。ですが、それは本来、私であるべきではなかったんですよ。他の人でなくてはならなかったのだと思います。

「それが私だったから」彼女は私の元から去って行きました。

私は何とかその後もそのままの関係(恋人であり同棲しているカップル)を続けたいと望み、努力しました。

ですが、彼女にどうしても受け入れてもらえませんでした。私には「私が全てを知ってしまった」からだと思います。私が構わないとか、それでもいいといったところで相手にはそうは受け取れなくなってしまうのです。

「この人の側に私がいてはいけない」と、彼女が受け取るようになったように私には見受けられました。

何とか関係を修復し、彼女に側にいて欲しいと思っていることをわかってもらおうと努めましたが、彼女は私が出張に行っている留守中に置き手紙だけを残して出て行ってしまいました。

その後も彼女に電話をかけ、何度も部屋に戻るように説得もしましたが、どうしても戻ってくれなかった。

彼女が部屋を出て行った直接の理由は、私の出張中に飲みに行って「酔った勢いで他の男性と関係を持った」ということでした。

私はそれを信じませんでした。彼女が私との会話の中で、その時を「はっきりと覚えていない」といったためです。彼女の別の人格が引き起こすいつものトラブルだと考え、信用しなかったのです。

彼女は、自分が浮気をしたといっても「それでもいい。帰ってこい」と、私にいって欲しかったのかもしれません。ですから私も「それでもいいから戻ってこい」と何度もいいました。

その答えが聞きたくて、彼女がそういった行動をとっているようにも感じたからです。

ですがそのニ、三週間後、更に私に追い討ちをかけるように、その浮気の相手との一回の関係で妊娠したと告げられた時、私の気力は萎え一緒に生活するのは不可能だと判断しました。

私もただの男なんですよ。たぶん妊娠はしていない、と感じました。様々な状況で虐待を受け続けた彼女が「それでもこの人が許してくれるなら」と考え、私を試しているようにも感じました。ですからそこで、それでもいい、と返事をすれば良かったのかもしれません。

それがどうしてもできませんでした。もし「妊娠が本当のことなら」と考えると、どうしてもそれでもいいとは言えなかったんですよ。私自身も両親が離婚しており、父親に似た雰囲気や外見を持つ私は実の母親から疎まれた(うとまれた)経験があります。

同じ兄妹でも私だけが反応が異なることがありました。好きで一緒になって別れた男のミニ版がそこにいるわけですから・・・。実際の血縁関係があってもそんなものです。引き受けるなら相応の覚悟が要ります。

彼女の苦しみを知ってしまった私には、戻ってから中絶しろとはどうしてもいえないからです。

苦しかった。それでも彼女が好きでした。

嘘だと思いましたし妊娠もしていない、と感じました。でも、もし「それが本当」なら、私はその後、彼女の人生や子供とどう向き合えばいいんでしょう?

彼女の名誉のためにいっておくと、私はそれらを今もまったく信じていません。たぶん浮気もしていなければ、妊娠もしていないと思っています。私には彼女が私を試しているだけだ、と感じたんですよ。

そういえば「この人の本心がわかる」と・・・。

確証こそありませんでしたが、これまでの彼女の行動パターンを見ればそう感じました。ただね、その時になってはじめて、私はそんな男と一緒に暮らすのはかえって彼女の心の負担になっていたのではないか? と。

自分が逆の立場になればわかることです。自分の過去を何もかも全て知ってしまった人と一緒に暮らすことはかえって苦しいのかもしれない、とやっとわかったのです。

彼女は私から離れ、自分で生きようとしているんです。

私は今も彼女は私が好きで、私と一緒に暮らしたいと本当は望んでいた、と信じています。まあ私もそうでしたから。そうでなければそこまで頑張ったりしてません。

どちらも必死だったと思います。ですが、彼女が新しい生き方を探し始め、私が近くにいることで苦しんだり負担に感じるならば引き止めることは正しくないでしょうね。

しばらく経ってから彼女から連絡をもらい、妊娠は結局なかったと告げられました。また浮気についても、当日、一緒に飲んでいた友人に「別にあんた、あの日は何もなかったよ」といわれた、ともいっていました。