催眠術師のひとりごと / 第三章

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多重人格と向き合って催眠を使う

そこに介在する思い(102ページ)

ハート付き エンジェル アイコン当時、多重人格という言葉すらなかったですが・・・。実際に目の前でその人の人格が入れ代わり、暴れたり普段とはまった違う行動をとったり表情や声の質、雰囲気がガラッと変われば信じざるを得ません。

私には多重人格を否定する余裕もなかった。

多重人格を知りませんから。それに対する知識や経験どころか取り組む覚悟も無いままに、私はいきなりその症状と向き合わねばなりませんでした。

彼女はどうしても医者には行こうとしませんでした。自分の手に余る、と思った私は途中でも何度も「病院に行こう」と誘いました。

そういった悩みを抱える多くの女性が家族や友人、そして恋人(夫や子供)にだけはどうしても知られたくないと望んでいるんですよ。

行けば、自分の両親や家族に過去の出来事や事情が知られる、と思うからです。

それを家族に知られるくらいなら「死んだほうがいい」と本気で願われれば、どうすればいいと思いますか?

家族であったり親族であったり、親しい間柄であるから距離が必要だったり立ち会ってはならないものもあります。

私は自分で彼女の中にあるトラブルと向き合う方法を探していて「催眠を」行うようになったんですよ。いわば緊急事態が先です。泥縄ってヤツですね(笑)。

まさか、そんな出来事に巻き込まれるとは思っていなかった。そのままの流れで逃げられなくなり、毎晩人工呼吸をやって必死にならざるを得ませんでした。

こういったトラブルの相手が自分の身内とか家族、恋人でなければ、逃げることも「そんなことは絶対にあり得ない!」などと簡単に否定できるでしょう。

他人事ですからね(笑)。一部の医療関係者や有名な精神病院の院長が著書で真っ向否定しているのは当事者ではないから。詐病とか嘘をつく患者もいますから、そういったのに一人でも当たればそうなるでしょう。

ですが、実際に自分の目の前でそういった症状や現象が起きてそれで苦しんでいる人を見た場合「そんなことはあり得ない!」などと悠長に言ってられないでしょう?

目の前で大切な人や家族の呼吸が止まったら、あなたならどうしますか? 

演技だといって放置できますか? そのまま死んだ時には? 確かに死の直前になって生き返ってきたり、呼吸が回復する可能性はありますよ? それを恋人や家族に命を賭けさせて、試すのですか?

その場から逃げることなどまずできないんですよ。逃げれば二度とその人には会えなくなってしまうでしょう。

その人が助かろうと、助からなかろうと結果は同じです。そこには「大切な人を助けずに俺は逃げたんだ」というその一点だけが重くのしかかってきます。

その場を逃げ出しながら「あれは仕方なかったんだ」」といい訳しても無駄なんですよ。自分の卑怯さを自分ならわかってしまいますから・・・。

自己嫌悪で立ち直れなくなるような気がします。恐かったですが、私にはその場から逃げ出す勇気がなかったんですよ。私は当時、自分の部屋に帰るのが恐かった。帰れば現実と向き合わなければならなかったから・・・。私が青い顔で毎日、職場に立っていたのを当時の同僚は知りません。

毎日は信じられないくらい長い夜でした。一番酷い時期には彼女はちょっとした物音とかショックで呼吸が止まるようになっていました。

遠くで暴走族が爆音を響かせただけで、簡単に呼吸が止まった。

深夜に汗だくになって人工呼吸を行った経験が何度もあります。一睡もできないままに彼女の寝顔を見つめ、呼吸が安定するように願い呼吸を数えました。眠っている彼女にショックを与えるような物音がしないように必死で願い祈りました。

私は「神様なんか」一ミリも信じてはいないのですけどね(笑)。

私は翌日、真っ赤な目をしたままで自分の職場に向いました。

それを誰にも打ち明けませんでした。私の場合、その毎日が半年ほど続いたんですよね。

まだ若かったとはいえ体力的には限界に近かった。それでも逃げ出さなかったのはそこに自分の思いが存在したからです。

治してあげたいと望む気持ち、助けてあげたい何とかしてあげたいと願う気持ち。その思いがそこに存在したから、結果として私は何とか自分の弱さから逃げ出さずに済んだ。

多少なりともですが、人格の統合にも成功して彼女に協力できたのだと思います。

技術や知識も大切です。ですが、もっと重要なのは「そこに介在する何か?」であり、強い思いではないのでしょうか? 無神論者である私が用いる例えとしてその言葉が適当であるかどうかはわかりませんが・・・。

何の願いも込めていない技術など魂のこもっていない仏像のような物ですよ。

やはり何らかの思い入れがあってこそ、そういった技術は生きてくるのではないか? と私は思うのです。

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