催眠術師のひとりごと / 第三章

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多重人格と向き合って催眠を使う

催眠をカウンセリングとして用いる(77ページ)

十字 アイコン私が初めて、それまでのような興味本位や遊びではなく、催眠をカウンセリングというか、施術として用いたのは付き合っていた恋人だったのです。

考えれば皮肉な話ですよね。催眠を精神的なトラブルの解消法として考えたことなどなかったのですから・・・。初代の引田天功を見て憧れただけです。いわゆるエンターティメントというか、催眠術で引き起こされる現象のほうにだけ興味はあり、それしか知らなかったのですから・・・。

それが将来、自分の家族や身内、付き合っている恋人のために、そういった技術や知識が必要になるなどとは思ってもみませんでした。

苦肉の策だったんですよ。初めて催眠を行った時に受けた銜撃は大きく嫌悪感や恐怖もあった。心理学の一分野であるとか技術だとの自覚もない。当初、私は催眠術を使うといった発想にはたどり着きませんでした。

ですから散々、他の方法や受け入れてもらえる場所、解決策を探しました。

ですが、解決方法や手段が見つからず書店で漁っていた本に「催眠療法の記述」があるのを発見します。

結果として彼女の様子を探るために、自分で催眠を用いるしかなくなってしまいます。

事態は切迫していたんですよ。後に詳しい事情にも触れますが、別の人格が現れる頻度が段々と早くなっており、当初、ニ、三日に一回程度であった現象がそのうちに毎日になり、その後、日に何度も現れるようになったからです。

それも日を追う度に、元々現れた人格とは違う、新たな人格すらも次々に覗かせるようになります。

これは彼女も未だに知らないことですが・・・・。徐々に現れる人数が増えたんですよ。

ずーっと後になってネットが発達してから色々調べてみると、多重人格のケースにおいては、最初にメインになる数人のパーソナリティ(人格)が現れ、その後で他の人格が追随するように現れるケース多いようです。

もちろん、当時はそのような知識などある筈もありません。

正直、恐かったですよ。改めて催眠と向き合うのも恐かったですが、自分が彼女の心の中を覗くことも彼女の過去を自分が知ってしまうことも恐れました。何か根底に原因が潜んでおり、その原因も彼女の反応を見る限り、在り来たりの内容だとは最初から思えなかったからです。

男性にお聞きしますが、好きだったり、今付き合っている彼女とか「奥さん」の過去の性体験を。すべて知りたいと思いますか?

これほどの凄い反応があるからには、きっと過去によほどの出来事があったと考えるのが普通です。

精神的な悩みに対して、十分な知識や経験を持たないままであった当時の私にしても、それくらいのことは朧げながら感じとれました。

最初は医者に連れて行き、彼女の両親に相談して様子を見ようとしました。

自分の手には余る、と考えたからです。まだ若造でしたからね。そこまで自惚れてませんよ。

インターネットを通じてのメールでのやり取りで「自分の子供に催眠をかけて勉強をさせたい」などといってくる人がいますが、私はよくそこまで無謀になれるものだと呆れてしまいます。

それはあなたの我が子でしょうに・・・。

これまで催眠に対して何の知識も経験もない人が「催眼術をかけさえすれば、自分の子供に無理やりにでも勉強させられる」と安易に考えることが私には不思議でなりません。自らの子供にそういった内容の催眠を直接的に行うことが、その人は恐くはないのでしょうか?

おそらく子供を自分の従属物程度にしか捉えていないのでしょうね。話し合うことも理解のために時間を割こうともせずに、何らかのマニュアルを用いれば勝手に押さえつけ、勉強や習い事を強制できると考えています。

私はそんな感覚をとてもじゃないですが受け入れることができません。

中学校で初めての「催眠術」に成功して以来、稀に真似事のような内容はやっていましたが、自分が引き起こした出来事で受けたショックはそうそう簡単には拭えなかったので。ですから「安易に行うのはいけないことなんだ」といった意識があり、心理的なブレーキになってました。

恐さが先に立つものですから、その後も真剣にやってみるつもりはありませんでした。当然ですが、自分の身内や恋人のトラブルが生じたからといって、自分が催眠などを用いて彼女の心の悩みを解消してやるんだ、などといった意気込みはまったくありません。

そんな余裕などなかったのです。

大胆な行動から誤解を受けますが、基本的には私は臆病なんですよ(笑)。

私の仕事においての正式な依頼や施術なら仕方のない部分はありますが、トラブルになりそうな場合には自分から積極的には手を出さないようにしています。

精神的なトラブルに一旦、関わることになったら後には引けません。覚悟が必要であることを誰よりも知っているからです。

それなのになぜ、彼女の時は自分で取り組むようになったかというと、彼女と一緒に住んでいたからでしょうね。問題が起きたからといって出て行けとはいえませんよ? そこまで冷たい人間にはなれないでしょう。

それに彼女(時々現れる人格)は何かをいいたくて、私の元を訪れているようにも感じましたから・・・。

何度も何度も、病院にも連れて行こうとしましたよ?

每日のようにトラブルは頻発していましたから。夜も眠れず仕事にだって行かなければならない。ですが、私が彼女を病院に連れて行こうとしても、どうしても受け入れてくれなかったのです。

「病院に連れて行くくらいなら死んでやる!」と暴れ、喚かれました。

しばらくして症状が落ち着いたと考え、安定している今のうちに病院に連れて行こうと考えると、私のその考えを先読みしたかのように違う人格が現れ、「あんな女、殺してやる!」と叫びます。

私には施設に連絡して入院させる勇気もありませんでした。精神的な疾患にはまだ馴染みの少ない地方都市で昔のことでしたから。そういった所に行けば二度と彼女は帰ってこられない気がしました。

私が連絡してそんな所に押し込めれば、彼女はきっと私を生涯許すことはないだろう、とも感じました。

彼女の両親に相談はできませんでした。彼女がどうしても「それは嫌だ」といったからです。

特に母親には絶対に状況を知られたくないと考えていました。父親を嫌悪し徹底的に嫌っていました。彼女の精神的なトラブルの根本の部分に、彼女の実の父親が深く関与していたためです。

私も両親の離婚の頃に板挟みになって育っています。その私が「両親にだけは絶対に話さないで」と求められれば話すことなどできませんよ。私もずっと一人で生活してきていましたから・・・。どんなに苦しみ、悩み、悲しいことがあっても、私には相談する場所すら長くありませんでした。

子供の頃から孤独であったのは、彼女だけではなかったのです。

幸せな環境で育ったり、両親の愛情に包まれた人にはわからないでしょうが・・・。家族だからこそ話せない場合だってあるのです。そんな私ですから、彼女の気持ちは痛いくらいにわかるような気がしました。

そういったトラブルに直接、向き合った経験のない人はそれがどんなに強烈な内容であり、辛い出来事であるのかわからないと思います。

多重人格だけではないですが、精神的なトラブル、薬物中毒やアルコール依存症の人が暴れることを「実際に体験」した人でないと決してわからないと思いますが・・・。

狂気というのは恐いんです。あまりにも恐いんですよ。暴れ方も尋常ではありません。

連れ出そうとして自分の生活するマンションの廊下で大声で泣き叫び、足を踏みならして暴れられたら、誰だってビビります。

私は病院や両親の元に連れて行くことは諦めざるを得ませんでした。

どんなに暴れたり泣き叫ぶからといって彼女を傷つけた原因になった可能性のある病院や施設、彼女の実家に私が連れて行くことは可哀想でできませんでした。

仕方なくというか、自分の生活を守り、彼女の症状を緩和させたいと願って催眠を用いることになりました。当時、自分でいくら考えてもそれしか思いつかなかったんですよ。

他人事であれば「病院に連れて行ったら?」で済みますけどね。

自分の恋人がトラブルに見舞われたら、あなたは平気で病院に入院させますか? 当時は精神的な悩み事やトラブルに関する理解が足りない時代です。地方都市なら尚更ですね。

実際に身内や知り合い、恋人や奥さん、自分の子供がそのようなトラブルに見舞われ自宅で暴れられたら、それがどんなに大変な状況であろうと、そちら(精神科など)に行くには勇気が入ります。

そういったトラブルを抱えた家族をお持ちの方なら理解できると思いますが、本人はそれを受け入れません。「私を気狂い(きちがい)扱いするの!」と泣き叫ぶ場合もあります。

病院などには逃げ込みたいけれど、逃げ込めなくなるのですよ。

そちらに逃げれば簡単ですが家族を見捨てたり、放置したのと同じ感覚が家族にはつきまとってしまいますから。本当に切羽詰まってからでないと動けないのです。

現在でも多重人格などの症例を扱っている病院は皆無でしょう。

まして、当時(原稿を書いたのは1999年、その九年近く前)ですから、どこに行ったらいいのかもわかりませんでした。現在ですら著名な精神科の先生が先に上げた『24人のビリーミリガン』などの例を引き合いに出し「そういった現象は絶対にあり得ない!」などと、著作の中で堂々と言い切っているケースもあるくらいですから・・・。

催眠についての知識というか、誘導の経験が多少なりとも私にあったのは、お互いにとって幸か不幸かは解りませんが・・・。とにかく、自力で原因を探ってみるつもりになったのです。

というより、他に方法がなかった。私にすれば万策が尽きたので。決して望んでやったわけではありません。