仮想世界や異世界、フィクションの意味

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いわゆるバーチャル物が増えてる理由

現実社会、厳しい部分からの逃避ではない

まあ確かに、そういった側面があることも否定は出来ませんが。若い人が現実から逃避するためにバーチャル物とか架空世界、異世界モノが当たってるとの分析をしてる人たちがいます。

実際にはそうでばかりは言えませんね。長くネットで活動してた私だからわかることですが。書き手とか描き手が「あちこちからの圧力とかクレーム」を避ける意味合いがあります。

某出版社が「異世界禁止」令を出したようですが

色々な資料とかネタを漁っていたり古い書籍を調べていると面白いことがわかります。

時代時代ごとに流行ってのはあるものでして。戦争や飢饉が遠くなったり疫病などがない時代になると様々な文化が花開いたりします。江戸時代とか中世ヨーロッパにも流行り物ってあったんですよ。

歌舞伎とか浄瑠璃とかね。そういった世界にも「架空モノ」がしっかり存在します。

どんな方でもご存知なのは「四谷怪談」「番町皿屋敷」とかですね。お岩さんって有名でしょう?

あと悲恋モノ、心中モノも流行りました。

面白いのは日本で食文化、演芸、演劇が発達したのは平和が長く続いた江戸時代が多いのですが。ヨーロッパなどだとシェイクスピアの時代くらいでしょうかね?

彼は死没したのは1616年4月23日とされています。

日本では元号が「元和」で三代将軍家光の時代で。まだギリギリ徳川初代将軍の家康が生きてた時代となります。そう考えると日本でもヨーロッパでも文化が大きく変化したり、仮想世界や演劇、音楽が発達した時期は似通っていることになります。

応募作が異世界モノばかりになったので、お腹いっぱいになった出版社というか編集者が「異世界モノの応募は禁止」と言い出したようですが(笑)。

それはどう考えても間違いでしょうね。

作品とか創作物というのはそもそもが玉石混交で。まともなものとか凄いものだけが応募されてくるわけがない。どちらかというと単なる駄作とか思い込みだけで作られたものも多くなります。

一本、ヒットが生まれるとある種の「潮流」というか流れが出来るのは当たり前の話で・・・。一般大衆とか民衆が飽きるまでその流行や勢いは止まりません。

だから幽霊モノとか心中モノって同じ時代に連発してるんですよ。

当時の大ヒット作を幾つも生んだはずのシェイクスピアや近松門左衛門(ちかまつもんざえもん、日本における流行作家で曽根崎心中などが代表作)も、「似たような続編を延々書け!」と迫られて四苦八苦した話が残されています。

当時だってスポンサーがいましたからね。好き勝手に振る舞えたわけではありません。

ヒットするまで粘るのが難しい

ヒットメーカーだったシェイクスピアと近松門左衛門でもその有様なんですから(笑)。

二番煎じ、後出しジャンケンで追い始めた他の作家とか版元が。それに追いつこうと思えば新しい突出した才能とか、別のコンセプト、まったく異なる「潮流」を見つけるしか無い。

一本、ヒットがあればそれにあやかろうという連中も出てきます。結果として金太郎飴のように「どこを切っても同じ」ような作品が集まって。

「まーた幽霊モノかい?」「今度も心中か?」と言われるような作品も数多く作られているんですよ? その殆どが当たらなかったので短期間で打ち切られてもいます。

ヨーロッパなら劇場、日本なら「小屋掛け」と言いましたけどね。

アメリカで言えばブロードウェイですが大都市の表通りの本通り、人が集まりやすい所だけではなく地方公演もありますし、一本入った裏路地、小さな箱(劇場、芝居小屋)オフ・ブロードウェイから活動を開始して後に大ヒットしたり、流行作家になった実例があります。

若い方にもわかりやすく言うならね。

AKBみたいなもんですよ。プロデューサーとしての仕事をよく理解しているのが秋元康。

本来なら一過性のヒットで「一発でとか一瞬で終わってもおかしくない」ものをご本人が借金までして仕掛けています。以前の秋葉原は不況で閑古鳥(かんこどり)鳴いてましたから。

そのガラガラで、当時、落書きや放火事件まで起きてた秋葉原で劇場を作るという。

不思議がられてましたよ?

誰でも会える普通の女の子、クラスでも2番手か3番手の女の子を使った「会って握手のできる地元密着型のアイドル」芝居小屋、ミュージカルを行える劇場を作ろうと言い出しました。

これが「コンセプト」と言われるもので。後から考えれば画期的なものだった。

ただし数年間は鳴かず飛ばずで。業界人にも「秋元康は終わった」「頭がおかしくなった」って当時は叩かれてましたよ? 巨額の費用をかけて映画会社が傾きかけ「Titanic」(タイタニック)を撮ったジェームスキャメロンみたいな状態に。

私はその頃、東京にいて秋葉原に出入りしてましたので。当時の記事をよく覚えてます。

そこで諦めたらその後のアキバブーム、地下アイドルグループもAKBから派生した「坂」グループも、台湾や海外にまで波及してゆく「AKB系スタイル」や商法も確立できてないでしょうね。

「玉」(ぎょく)を拾うのが本来のお仕事

秋元康というプロデューサーは。

「もうお腹いっぱいだからAKB禁止」「応募してこないで」とは決して言い出さないでしょうね(笑)。それを自分の役割だとは思っていないから。

流行ってのはいつか終わります。大衆はいずれ飽きる。飽きる前に全速力で駆け抜けるしかない。今のうちに「一個でも多く当てよう」と考えてアクセル踏んでます。

すでに別の潮流を作ったことがあるからでしょうね。若い頃におニャン子ってのを当てたことがある。その経験があるので、安易な禁止令は出さないでしょう。今は自分の体力、流行が続く限り「アクセルを限界まで踏む」ことにすべてを賭けてるのではないでしょうか?

おそらくはシェイクスピアや近松門左衛門と同じで。「もうそろそろ勘弁してくれ」「俺、もう限界まで頑張ったじゃないか・・・」「誰か代わってくれ」とでも本心は思ってるかもしれないですが。

ところが周囲がそれを許してくれない。当たるまではさんざん批判したはずの人たち、懐疑的で秋元さんを信用してなかった人までが「秋元さんの車に乗せてくれ」って寄ってきてますよ?

すでに過積載で重量オーバー。その上、限界までアクセル踏んでぶっ飛ばしてますから(笑)。

必死でしがみついててもボロボロと色々なものを落っことしていきます。

不祥事も起きれば庇いきれないトラブルも増える。それを見ているファンからも怒りの声が届く。それでもアクセルを踏め、ともかく進んでくれないと困ると言われるので仕事を続けるしかなくなる。

しんどい話なのは「それでもその中から玉(ぎょく)、何らかの当たりを見つけて捕まえること」がお仕事なわけです。誰からの応募も反応も得られなければ当たりも見つけられない。

バラバラと何かを落っことしながらそれでも猛スピードで曲がりくねった道を突っ走ってます。

確かに、似通ったものの中から当たりを見分けたり判別するのが大変でしょう。

だからといって「似たようなコンセプトのものは最初から送ってこないで」と募集をしてる側が言い出したらダメだと思いますよ? それは努力不足でありルール違反。

玉石混交、ってのは中国の故事で教訓です

まして物語を書くのは膨大な時間がかかりますからね(笑)。

それがラノベでも漫画でも小説でも同じですが。自分の出版社とか雑誌ではもう必要ないとか、異世界モノはもういいやって思っててもそこは言葉に出しちゃダメでしょう。

持ってくる人がいなくなる。

ブームの火付け役の秋元康が「AKBはもういいや」って途中で言い出すようなもんです。

本音はうんざりでもそれを態度とか言葉には現せない。自分のたった一言でブームが終わってしまうかも知れないからですね。それが役割というものでしょう。

本音が出てくるのはずーーーーっと後になってから。それがプロとしての流儀でありルール。

流行はいつか終わりますから。終わるまで我慢して書いてた人がシェイクスピアや近松門左衛門のような人たちでしょうね。舞台装置や浄瑠璃人形を作ってる人の生活にも関わっています。

中国では昔から「玉」(ぎょく)つまり翡翠(ひすい)とか瑪瑙(めのう)を磨いて大切にする習慣がありました。元は単なる石で他と見分けがつかない。道端にいくらでも転がっている。

ただしそれが「玉」だとわかった瞬間で数百倍にも膨れ上がる。皇帝に献上したり転売することで巨万の富を得ることが稀にあったので、それを諺(ことわざ)とするようになりました。

新人相手に都合よく「価値にある玉(ぎょく)だけ売りに来い!」はないでしょ(笑)。

その新人の作品を最初から「玉」(ぎょく)だと認めて高値で買い取るでしょうか?

これまでにないコンセプトで優れた作品を「最初から持って来い」って態度の出版社なら。新人だからと足元をみて安く買い叩きそうですよね(笑)。大切にしそうもない。

幽遊白書って漫画が当たったりね。ワンピースって漫画が当たるとその種のものが一気に増えますよ? それはいつの時代でも同じことです。

江戸時代に怪談モノが大当たりしたのは他の作家や劇場も一本のヒット作にあやかろうとしたから。「拝んどけ」「それ、俺たちも後ろに続け!」ってなモンですよ? 多くが群がる。

それとは異なるコンセプトが欲しいなら「こういった作品、こういった世界観、こんなものが応募されてきたら嬉しい」と前もって明確に伝える必要があります。

最低でも近年の自社の採用作とヒット例を。一覧にして掲げるくらいはしたほうがいいですね。

どちらかというと出版社やマスコミ関係者の都合

面白いなぁと思うのは。そんなこと知ったことじゃないって雰囲気で異世界モノを連発してる「ネット系の」後発の出版社ですね。その手法で当ててる作品がある。

きっと異世界モノの応募を嫌がった大手出版社の何倍もの量が日々、持ち込まれているでしょう。

それを一々、審査したり読むのって大変だと思いますよ?

最近はよく出来ててそのままネットで掲載して人気投票をつけています。応募もネットなら審査も一般人やレビュアーにやってもらって、そのランキングで出版を決めてしまおうって手法です。

これなら人手が削れるわけですね。人件費もかからない。

組織票とか実力もないのにインチキでランキングをあげようって人も出てくるでしょうが。それでも組織票だけで固めるのは難しいので、自然と面白い作品が残るようになっています。

私は好きですよ? 異世界モノ。面白い作品も多い。

ピントのズレた編集者というか識者を気取るコメンテーターが「現実逃避だ」「若い人たちが厳しい現実から逃れるために異世界に浸ってる」というご意見もあるようですが。

勘違いですね(笑)。

江戸の街では空調のない時代に夏場の涼を求めて怪談話が流行ったとも言われていますが。民衆が架空世界や異世界(あの世)に浸って真面目に生活していなかったと思いますか?

普段の仕事とか生活は真面目にしてて、たまの息抜きとかエンターティメントとして講談本とか演劇、幽霊話とか派手な「どんでん返し」(これも歌舞伎や演劇から生まれた仕掛けで言葉です)を楽しんでたと思いますよ? いつの時代もそんなに変わっていません。

そっちの世界に「行ったきり」になった人なんて存在していませんので。

酷いなぁと思うのは、出版社とかマスコミ関係者の態度ですね。異世界モノが目立つようになった背景には彼らの事情が関係しています。

出版にはどうしても時間がかかります。作家や漫画家は超人ではないので。一人で書ける量には限りがある。日刊には出来ないでしょう。サザエさんのような4コマ漫画じゃないですから(笑)。

社会には流行りとか廃りがある。20年あったらポケベルがスマホに変化するくらい状況とか使ってるツールが激変します。止められないんですよ。

ブラウン管なんてもうどこにもない。私がこのホームページを持って更新を始めた1997年には液晶ディスプレイを使ってる人なんていませんでしたよ? 14インチのブラウン管一体型PCでした。それが漫画の長期作品なら違和感として描かれることになってしまう。

未来予想図を立ててそれを描くなんて出来るわけがない。

ところが出版社や雑誌社が「当たると長期化を」望むわけです。

そうなると現実社会なんて描けないでしょう(笑)。車のデザインも持ってる電話やツール、下手をすれば法律までが変化する。海外ではワンピースのサンジの持つタバコが飴に変わってます。

中高生の服装とかスカートの長さ、制服の型だって違いますよ? 女性の体型とか化粧、下着や水着の流行やスタイルも違ってくる。

絵柄を変えて対応したとしても、現実とのすり合わせとか時間軸がズレてくる。それで「仮想世界で描いてくれ」「ファンタジーのほうがいい」って言い出したわけです。

ワンピースみて育った世代はワンピース描こうとしますよ?

ワンピースを見た人が「同じ海賊モノではないファンタジーモノを描いてくれ」と言われればアクセル・ワールドのようなバーチャル世界とかゲーム世界の話を描こうとするでしょう?

「アクセル・ワールドやファイナル・ファンタジーはお腹いっぱい」と言われたら、次は全く異なる異世界、ゲームを模した形での自分なりの仮想現実を求めるようにはなりませんか?

おまけにそういった出版社とか漫画雑誌が、ゲーム会社とコラボしてるわけですね。

当たったラノベとか漫画をいち早くアプリ化したりゲーム化しようと考える。原作をガンガン進めるのを待ってくれって言われるケースもありますよ?

結末が先にわかるとゲームの売上が落ちるから。シナリオや原作は少しでも早く進めろと言われますが、発表や出版だけは待ってくれと言われてアニメ制作までもがストップします。

そういった制約とかコラボが多くなったら。新人は架空世界や異世界以外の何が書けるんでしょうね?

おまけに今は版権とか人権問題も絡んでくるのでやたらとクレームが多いです。

商品名もろくに書けやしない。写真も使いづらい。

仮想世界の話であっても中国が文句言ってきてアニメ化が止まったりね。

楽曲を入れたわけでもなく、当時流行ってた曲名とかアーティスト名を入れただけでも金を払えって即座に言ってくる団体までいますよ? 全部、伏せ字とか仮名か匿名にするしかない。

インターネットのほうがまだ気軽に書けるってどういうことでしょう?

そういったものを一切、気にしないでいい、「そういった調整はすべてこちら引き受けますから自由に書いてください」って言うだけの腹の座った出版社や編集者がいなくなってるから、安全策として異世界モノが圧倒的に優勢になるのではないですかね?

そういった部分にはまったく触れもしないのに。真面目に文章を書いて応募してくる若い世代を「異世界モノばかり書くな」って責めたり「若者の現実逃避だ」って批判してる自称識者や出版関係の人はちょっとおかしいですよ(笑)。

じゃあ、あんたちも厳しい現実社会、出版物にクレーム入れてくる圧力としっかり向き合えと。関係者捕まえて100万回くらい説教したいです。

出版社や漫画界がもっと腹据えて作家や新人を守ろうとか育てようとしたら。そりゃ異世界モノだけではなく自分の日常のこととか、もっと突っ込んだ作品だって出てくると思いますよ?

若い世代だけではなく、どうみても古い世代というか私と同世代か上の年齢で。昔ならせいぜい自費出版で終わったはずの作品が大きくヒットしてる実例があります。

自衛隊モノがあんなにヒットする時代が来るとは思いませんでしたね(笑)。それも異世界を題材としているから可能になったのだと思います。

2018年10月02日

谷口信行

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