トム・クルーズ「ラスト・サムライ」

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当時の日本の描かれ方

ラスト・サムライ トム・クルーズ 映画 写真※この文章が最初に書かれたのは2004年01月11日です。

元々は旧ひとりごとのページに置いてありましたが、サイトのリニューアルに合わせてこちらに移動します。

「ラスト・サムライ」という映画を見ました。

全体としてよく描けていたと思います。

横浜の港(時代的な背景で考えれば、東京湾浦賀沖でしょう)にアメリカの客船が入港するシーンにおいては、古き良き時代の日本が見事に復元されており、驚嘆します。

当時の桟橋は木製でした。江戸近郊の海は遠浅でしたので、排水量の多い大型船がそのまま乗りつけることはなく、艀(はしけ、客船が船底をこすらないように、沖から小舟で渡った)などに乗り換えてから桟橋につけたのです。

日本への上陸のシーンでは、雨が降っています。桟橋は板張りでしっとりと水(海水)を吸っていて、黒々として使い込んだ印象になっています。

ウーン、凄いわ。昔見た川河岸の写真(昭和初期の頃)を動画にすればこういった感じになるでしょう。

傘をさす民衆のシーンでは、蛇の目傘(番傘、油紙と竹組で作った日本独自のもの)と西洋傘が混在して描かれており、そのたったワンシーンで和洋折衷、つまり西洋の情報を吸収しながら開国を進め、急速に転換期を迎える日本の西洋、東洋、両方の文化が混在する世界を表現しています。

流石に巧いですね。

一部、辻褄のあわない部分もある

まあ、その冒頭の上陸シーンで、後ろにチラッとみえる東大寺を模した天皇の御所(笑)が映るのはご愛嬌です。マットに背景としてペイントでかかれたものでしょうが、ほんの一瞬だけみえます。

おそらくですが各地から集めた写真を元に背景をおこしたと思います。そこには日本だけではなくアジアや沖縄、中国のものも混ざっていたと。

で、中国の紫禁城のような背景になった、と。

他のシーンにしても所々、おかしな映像というか、日本人スタッフなら絶対に描かない筈のものが描かれています。

実は、日本の城(江戸城)のような、多段式の階層型城塞、というのは世界的にもあまり例がありません。ポルトガル人宣教師のルイス・フロイスも、信長の居城(安土城)を指して本国にこのように書き綴っています。

「基督教国にもあるべしと思われざる甚だ宏壮なるものにして見事なる城」

木と土壁、石組みと瓦で天守閣を作るような技術は日本独自で発展したもので、中国(天平時代に東大寺の設計図が伝来)やアジアにおいても、五層、六層といった積み重ねの形で高い建造物、まして、装飾として木組みに漆塗り、漆喰白壁の美しい建物は描かれていないのです。

現存する資料、写真がありませんので、描けば今のコンクリート作りに近い印象になってしまうでしょう。

映画の最初の頃の戦闘シーンでも、蘇鉄(ソテツ)が映っていました(笑)。

松の木とか杉ではなく、背の高い蘇鉄やシュロの木のように見えます。一部の映画用掲示板に「日本なのに、ヤシの実が映っている」と書かれていましたが、よく見ればあれが南方に生えるヤシより、もうちょっとアジアの北寄りの地域に生える植物、ソテツの種類であるとわかるでしょう。

ソテツは裸子植物亜門、ソテツ綱、ソテツ目で九州南部には自生しています。沖縄とか九州、「日本には」実際に生えているものですから、あながち嘘とは言えません。

アメリカで集めた日本の古い風景画やスチル写真を元にしたり、日本の風景に詳しい(情報提供者には沖縄に在留経験のあるアメリカ人、つまり軍の関係者も多い)人から情報を募れば、ああいった映像になっても仕方ないでしょう。

こっちは背景とは違って、直しようがないですからね(笑)。

日本は狭い地域の割に、四季があって地域によって生える植生が異なります。アメリカのように広大な地域ではないのですが、その割に分類や分析は難しく、正確に描くためにはよほどの注意が必要でしょう。

なぜか、昔からアメリカの映画製作者(スタッフや監督)は、日本と聞くと、沖縄と奈良や京都(寺院)鎌倉(大仏)が大好きです(笑)。

妙に中華風の建物があちこちに建っていたり、変な訛りの入った片言の方言、沖縄風の英語や、奈良の大仏殿を模したもの、ちょんまげ、芸者、富士山、眼鏡やカメラ(現代劇)空手やカンフーが「日本式」だと思っています。

日本通だ、と自称する監督ですらその有り様ですから、今回はまだ、よく調べたほうだと思いますよ。

具体的におかしかったのは、刀の銘(詳しいことは映画かパンフレットを観るように)ですかね?

ありゃ、鋼で打った(刻んだ)文字ではありません。どうみても電動のグラインダーで削った文字です(笑)。また、包丁じゃないんだから本身(刀の本体)の部分で、実戦においてこすれ合う所に銘を刻めば、衝撃で折れます。

普通は銘は柄(つか)の部分、握りの所にタガネで打ちます。拵え(こしらえ)を行って柄を付ければ外からは見えない部分に打つのが通常です。表の見える部分は実戦的ではありませんし、日本刀においてはありません。

日本に詳しくない人達が映像を作れば、お地蔵さんと大仏とを混同してしまい、大仏のミニ版が路傍(道端)に座っているような勘違いもおきてしまいます。

映画の影響力

アメリカのハリウッドが制作した映像で、アメリカのスタッフが中心になって進んできたプロジェクトです。ですから、一部には誤りもありますし、気に入らない部分のある人もいるのでしょう。

そういった枝葉の部分とか日本人なら絶対に間違わない部分もありますので、気に入らない人が掲示板などで盛んに叩いている例もあるようです。

ただ全部が全部おかしなものではないですし悪意があっての構成ではないでしょう。むしろ真摯に捉え、今の日本の時代劇にさえ描けない優れた部分や、当時の姿に迫るためにハリウッドでオールセットで再現した映像には迫力がありますよ。

マスコミは事情があって書けないでしょうし、一般の人はこの映画の本質の部分に気がつかないようですので、ここで一部分だけ、映画に描かれているものとは違う背景について書いておきましょう。

トップガン トム・クルーズ 映画 写真ラスト・サムライ主演のトム・クルーズは、軍需産業が主体になって作った映画の出身者です。

彼の出世作、彼自身の地位や名声を不動のものとしたのは、言わずとしれた「トップ・ガン」(1986年公開)になります。

当時、アメリカはベトナム戦争以後、志願制となっていた軍への入隊希望者が大きく減少し、軍の維持管理に支障をきたしかねない状況にありました。

※アメリカの徴兵制は1973年、ベトナム和平締結後、廃止されています。

廃止への経緯は色々とありますが、当時のボクシングヘビー級世界チャンピオンであったモハメド・アリ(本名はCassius Clay。モハメド・アリという名前は彼の信仰するイスラム教からとっています)氏の徴兵拒否、チャンピオンベルトのはく奪などがきっかけで、アメリカ国内で世論が盛り上がったといわれています。

アメリカは泥沼化していたベトナム戦争への厭戦気分が若者を中心(ビートルズのジョンレノンなども、反戦運動推進派に含まれます)に強まり、政変を期に一気に撤退を決めます。

ベトナム戦争以後、厭戦(えんせん)気分が強まっていたアメリカでは、若者の軍隊志願者が激減、職務に支障をきたすほどでした。

映画の公開された1986年当時といえば、イラクへの対応、湾岸戦争直前、といってもいいでしょう。そのままの状態では到底、派兵は無理でした。

それを救ったのが、あの映画(トップ・ガン)だと言われています。

「たかが映画、作り話の映像じゃないか?」と日本人は捉えがちですが、アメリカではそうは考えません。

主人公がかっこよくキャデラックに乗り、イカした(死語?)髪形で皮のジャンパーを羽織り、可愛い女の子連れてダンスに興じ、ポップコーンほお張りながらコーラを飲むだけで、憧れたり、影響を受ける人々がどれくらいいるか、販売の実績がどれくらい伸びるか、これまでの経験から十分に承知しているのです。

イメージ、という「戦略」

ハリウッドや映画、映像を制作し、イメージとか印象を整えること、民衆の意志を統一したり、意義や方向性を整えることは、多民族国家で数々の軋轢を抱え、歴史の浅いアメリカだからこそ、積極的に取り組んできた分野でもあります。

日本はその分野で20年は立ち遅れています。

KAWASAKIのバイクに乗った主人公が、空港で戦闘機と競争をするシーンをみて、「俺もあんな風になりたい!」「軍に入ってパイロットになるぞ!!」と思った人も多い、ということになります。

そのたった一本の映画、役者やスタッフにより恰好良く作られたストーリーが、現実の軍隊への入隊者数を増やし、アメリカ軍を崩壊の危機から救った、とも言えるのです。

たかが「映画」(と日本では馬鹿にされる)なのに、アメリカ軍の全面協力が得られ、職務に優先して撮影(現場)に入れるのはなんででしょう??? 真剣に考えたことがありますか?

私のテキストの購入者ならもうお解りですね(笑)。

テキストに書かれている「一杯のかけそば」の例もおんなじ意味ですよ。架空の出来事であるか、フィクション、現実であるか? は問題ではなく、情報とかイメージ、言葉とか映像、文章が文字通りの「力」を持つのです。

凄い話だとは思いませんか?

本物の「Samurai」?

今、トム・クルーズの取り組んでいるものは、危険きわまりないものです。

映画に描かれていた「カスター将軍」(アラモ砦で全滅、各地でインディアンの撃退、殲滅を行った)は、アメリカで長く英雄として扱われていた人物です。

アメリカは移民の国ですが、元々、アメリカ大陸には土着の民族がいました。無人の野だった訳ではなく、以前からそこに住み、生活していた側を押しのけるか排除して、自分たちの住む場所や土地を確保しなければならなかったのです。

それが今でいう少数民族、先住民であるインディアン達になります。

カスター将軍(達)のような人がいなければ、後からきた移民達は住む場所すら失うこととなります。

いくらお話の上だとはいえ、インディアンを「虐殺した」のがカスター将軍で、その将軍を「殺人者だ」「無抵抗の住人を見せしめのために殺害した」などといった内容を映画で流せば、アメリカ国内においては、ただで済む筈がありませんよ。

それが事実か、事実でないかは別として、現在のアメリカにおいては絶対に触れてはならないことの一つに含まれるのです。

流石はハリウッドというか、アメリカですね。

良くも悪くもその部分を描く者が出て、それを流そう、という映画館があること、制作に関わるスタッフがいることが驚きです。日本なら、とてもそうはいきませんよ。

大手プロダクションに逆らうお笑いタレントのようなものですかね。

※余談ですが、インディアンに支払う筈の土地の貸与料、つまり賃借権は「当時の政府によって」きっちり設定はされてはいますが、なぜか「ずっと先送りに」されています。

いわゆる石油メジャーなどがプラントを設置している例も多く、考えようによっては、それも軍需産業の一部分、と捉えることもできるでしょう。

ライフルについても、懐疑的な描き方をしています。映画においては、高性能ウィンチェスタ銃の性能を褒め称えながら、「人殺しの道具である」かのように描き、決してそのセールスに熱心ではない主人公の姿があります。

軍需産業というか、軍の全面バックアップとアメリカ政府の意向を受けて制作されたのが、「トップガン」でしょう。

なのに、その出身者でその映画をきっかけにメジャーへと羽ばたいた主人公であり、全米ライフル協会にも近しい関係であった筈のトム・クルーズが、違う映画で「その内容の」全批判をしているに等しいのです。

そりゃ、危ないに決まっているわ。

文字通りの命がけです。

腹が座ってるわ

私はあのシーンをみて、「あー、こりゃ、本国(アメリカ)で、叩かれるわ」と思った。下手をすればアカデミー賞の受賞どころかノミネートも怪しいでしょう。

あちこちから圧力がかかるのは確実です。

知らない人(日本人)も多いのでしょうが、トム・クルーズはラスト・サムライの制作に、多額の私費を投じています。

むしろ一般のスポンサーというか、企業は募集せず、台本を読んで気に入った彼が題材としてこの内容を選び、自分で制作の資金を出して全ての配役とスタッフを集めた、というのが真相ではないでしょうか?

ただの主演とかタレントだけではなく、製作者でありスポンサーであり、失敗すればその全てを我が身に背負う、厳しい立場での参加になります。

凄まじい覚悟ですね。

残念ですが、私はトム・クルーズのファンではありません。

そりゃ、若い頃にトップガンは見ましたよ。面白かったしかっこよかった。マイノリティ・リポートもミッションイン・ポッシブルも見てます。

ですが、それはただの映画ファンでして他にも多くの作品をみています。彼だけを贔屓目(ひいきめ)に見る訳でもなく、日本人の女性達、つまり熱狂的なトム・クルーズファンとも、サムライや軍事系おたくという訳でもない。

それでも、この映画の制作において、これだけの覚悟を見せつけられればわかることがあります。

トム・クルーズのほうが映画に出てくる「架空のサムライ」より、よっぽど腹が座っています。

戦争と平和

あれ(ラスト・サムライ)は、彼の賭けです。

彼の誇り、意地でもあるのでしょう。

昔のアメリカの記事において、トム・クルーズを揶揄(やゆ、中傷)する内容が何度も載せられた時期があり、読んだ記憶があります。

「彼は作られたスターで、何の実力も魅力もない」

「背景とか事情が彼をスターにしたのであって、(なにもあの役は)彼でなくてもよかった」

現状の絵(ラスト・サムライの映像)、覚悟と企画をみる限り、彼はもはや「作られたスター」ではなくなった、と思います。

この映画は、アメリカ人や日本人、映画を作り続けている人やハリウッドという世界、映画に出演するタレントや映画を観る観客に対し、その良心を問い、何かを話しかけて伝えんとする製作者、トム・クルーズの「賭け」でしょう。

多少、センチメンタルな部分や作り込んだ部分はありますが、この時期(アメリカ軍のイラク進攻、治安維持の確保)にこれだけの内容をストレートにぶつけてくるのには、相当の覚悟が要ります。

彼は、他でもないアメリカに住んでいるのですから・・・。

下手をすれば今後、一切仕事が来なくなるかもしれない可能性すらあるんですよ。

実際の話、第二次世界大戦やベトナム戦闘当時、反戦運動に身を投じたり、反戦のメッセージを含む映画を制作した人の多くは不遇な時代を過ごしています。

無声映画(声の入ってない映画、当時は弁士と言う映画を説明する人がついていた)で有名だったチャーリー・チャップリンも、それが原因でハリウッドを追われています。

名誉を回復されるのにはその後数十年を経ており、認められてアメリカに招かれたのは、なんと死の直前です。彼は最後までそのことを気にしていた、と言われます。

あれだけの名声を得てあれだけの才能を開花させ、多くを感動させて評価を得、たくさんの友人がいながら、平和を願う気持ちが強かったがために第二の故国と定めたアメリカからも、大好きだった映画制作からも追われたのです。

戦争や騒乱時は一種の集団ヒステリーのような状態になりがちですから、まともな意見とか正論、個人の思いなどちっぽけなものです。

それはどんなに有名な人でも同じでしょう。

ですから、(こういった種類の映画は)トム・クルーズにとっても危険な賭けになると思います。

なんせ、刃向かっているのは国家という組織であり、軍需という産業であり、これまでに自分を支え作ってきた過去の全てなのですから・・・。

重なる作品

私は近く、もう一回、見に行きます。

少なくとも、DVDくらいは買いますよ。ただ、できれば映画館でもう一度観たい気がします。CG(コンピューターグラフィック)全盛の時代にスタントとカメラワーク、爆薬で仕上げたという映像の迫力は、映画館でしか伝わりません。

たぶん、アメリカ本国ではそこそこの売り上げで頭打ちになる可能性があります。このご時世ですから、アメリカのマスメディアが好意を持って受け入れてくれるかどうかわかりません。

※この文章を書いた2004年、映画を制作していた前年の2003年は3月に当時の大統領、ブッシュがイラク進攻作戦、イラク戦争を行っていました。

興行収入が悪ければ、次回作がどうなるかもわからない。

ささやかながら、日本の売り上げが少しでも伸びれば、今後の対応も変わってくるのかなーなんて、淡い期待をします。

独裁者 チャールズ・チャップリン 映画 写真私には今回の映画(ラスト・サムライ)と重なったイメージがあるのですが、チャーリー・チャップリンの「独裁者」という映画が好きです。

素晴らしいですよ。トム・クルーズとはタイプが違いますが、また腹の座った作品です。若い世代にも、機会があればぜひ一度はみて欲しい作品です。

白黒、無声映画からトーキー(音声付き)、カラーへと変わって行く時代に作られた作品になります。

(今回のラスト・サムライと同じく)作られた当時は評価が大きく別れた作品ですが、当時の絶対的な支配者であったヒトラーを茶化す内容、馬鹿にした内容を含み、戦争に反対の姿勢、明確なメッセージを貫きます。

映画の講演で、ナチス党から命を狙われることもあったと伝えられています。親日家として知られたチャップリンですが、日本に訪れた際にも暗殺計画があった、といわれます。

いわば命をかけて作品を作り平和を訴えたことになりますね。

なのに当時の社会情勢から映画の内容が反戦、反アメリカ的である、というだけの理由でアメリカからの追放の憂き目を受けます。

一部の愛国主義者(アメリカ)からは徹底して糾弾され、悪口を書かれ表彰も受賞も受けられなかった(一部はチャップリン自身が受賞を拒否)。故郷であるイギリスでもアメリカでも彼は「共産主義支持者である」とのレッテルを貼られ、長く受け入れられなかったのです。

時間の経過と共に、彼の功績を評価し、名誉を回復する動きも多くなりましたし、何より(私も含め)彼の作品のファンは根強く存在します。

ラストの演説のシーンは、彼(チャップリン)の心の叫びがあります。当時は決して受け入れられなかったものですが、人種、国家、性別や肌の色ではなく、人は人として繋がりを持てるのだ、ということを迫力を持って話しています。

ラスト・サムライという映画や、トム・クルーズの「本当の評価」は、何十年か後の話なのでしょうね。

良い作品とか、熱烈な思いは時代を超えます。その人の生き様や覚悟が、多くを捉えて離さないのです。

時代の背景や巡り合わせやタイミング、一部の企業や国家の思惑で、一時、悪い評価を得たとしても、そこに明確なメッセージ、祈りにも似た強烈な願いが込められる限り、必ず、乗り越えることのできる壁だと思います。

チャップリンについて詳しく背景を知りたい方は1991年に制作された「Charlie」(チャーリー)を観てください。チャップリンの実の娘さんが出演されています。

日本の喜劇王、欽ちゃんこと、萩本欽一さんが憧れたのもチャップリンです。

※ひとりごとに載せた当時と、ほぼ同じままで公開してます。一部だけ修正しています。

2004年01月11日 初稿

2010年01月22日 移転

谷口信行

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