偽りの記憶症候群について

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リアルすぎて区別がつかない

2018/12/19改訂
2000/04/10初稿

カウンセリングと違う部分もある

宇宙人

催眠誘導の方法には幾つかの方法がありますが、基本的には同じです。

まず、被験者との間で状況の聞き取りを行います。ご本人だけではなく周囲のご家族や友人も含めた上で調査は行い信頼関係(専門用語ではラポールと言います)を築きます。

軽い導入を行って異常反応等がないかどうかを確かめた上で深化を行い、深いトランス状態に導きます。

催眠が深化した後、過去の出来事などの中から現在起っているトラブルやイライラの原因を突き止めることで問題の解決を計ろうとする場合が多いでしょう。

そこに至るまでの方法や技法は様々にありますが、顕在意識を遠のかせ、心の奥底にアプローチをかけようという所は同じなのです。

ただし、催眠誘導においては施術側がよほど注意して行わないと起こってしまうトラブルがあります。

勘違いされてしまう方がいますので、ここで解説を加えておきますが、被験者から何かの情報をひき出そうとする場合、カウンセリングのやり方が時に当てはまらないケースがあります。

「催眠誘導でトランンスに至るまで」は、確かにカウンセリングと同じと考えていいのです。

ですが「催眠誘導」に成功し「深化」してからは同じではないことに留意して欲しいのです。

催眠中は自意識、つまり自我と呼ばれる表面の蓋(ふた)が外れています。

意識がある時には自意識は外れていません。顕在意識ともいいますが、一種のフィルターがかかっている状態なので、こちらが問い掛けや質問を行っても極端な歪みが生じることはなく、自分の経験とか感情から解答を探し出します。

ところが、催眠中に無理な問い掛けとか追加でどんどん質問を行うと、その質問に答えようとするあまりに別の記憶とか体験、イメージを引っ張り出してくる事例があるのです。

それが今回解説する「偽りの記憶」症候群と呼ばれるものです。

連想方法が難しい

カウンセリングにおいて行われる問い掛けや連想法は、相手の心を知る重要な手がかりとなります。

相談者に直接的に内容を聞くのではなく、漠然とした質問、悩み事とか生活とはまったく関係のない質疑応答を繰り返し、その反応の中からヒントを探り出そうといった手法ですね。

箱庭療法やロールシャッハテストなどもその範疇(はんちゅう)に含んでも良いでしょう。

絵を描かせる、何かの文章を書かせるなどもそうですが、大ざっぱなテーマ(例えば、行ってみたい場所は?とか、木を絵で描けなど)だけにして全体からヒントを探します。

狭い範疇とか問題の中枢(例えば、現在の悩み事はなんですか?など)については、触れないで行う方法です。

調べたいのは潜在意識なわけですから・・・。具体的な悩み事、その原因がご本人にもわかっていないケースがあります。

それについては「催眠術師のひとりごと」のプロローグを参考にしてください。

催眠術師のひとりごと / プロローグ
プロローグ (8〜23ページ)忘れてしまった過去の記憶 Aさんの場合(8ページ)忘れてしまった過去の記憶 Bさんの場合(19ページ)

その時々に思い出された内容や記憶、咄嗟に相談者が考えた脈絡もない言葉などを聞き取って、何らかの解決の糸口にしよう、と考えることです。

具体的な部分にいきなり触れてしまうと心理的な抵抗があります。

無意識の領域を確認するため、一見、何の意味もなさそうな手順や図形を見て何か感じ取ったり、他のテーマで書かせることで解決に至るプロセスを求める方法ですね。

これは催眠中でなくて一般的なカウンセリングにおいても同じです。

現実の相談において「悩み事が何か?」が具体的に特定されている例は少ないでしょう。

なんだかわからないが「イライラする」とか「不安を感じる」「寝つけなくなった」「うなされる」「酒の量が増えた」などが多いと思います。

問題が「仕事にあるかも?」と思っていても、辞めれば生活が成り立たちません。恋愛においても相手をいきなり失えば喪失感が大きい。だから認めたくはなくなります。

必死に心の修復や関係の改善を計っているのです。ですからご本人にストレートに「悩み事は何ですか?」と聞いてもまず答えませんよ。

それは「問題ではない」と思い込んでいる例は非常に多い。本人にも問題の根本が見えていないケースが多く、なぜならば「そこを自ら認めてしまえば」自分自身が傷つくのです。

覚醒中(目が覚めている状態)においてはどんな質問でも構わないでしょう。そこには本人の持つ意思(顕在意識)によって選択が行われ、自分に苦痛である話や内容は自然に除外されるのですから。

多少、質問者が未熟であってもお終いです。次から相談に来なくなるだけで済みます。

ところが、深層催眠を行い深いトランス状態にある被験者に、選択的な質問や誤った指示を行った場合は時に困った問題が生じてきます。

例えば誘導者が

ディレクター

あなたは何歳に戻っています。

と退行催眠を用いた後とします。その時

ディレクター

そこで何かをみたはずです。あなたは何を見ましたか?

と言ったとします。

幼い頃の記憶が曖昧で、被験者が返答に戸惑っていると

ディレクター

あなたは◯◯を見たはずです。さあ、答えなさい!

などと質問者が追い討ちをかけた場合、被験者は慌てて「何か?」を探します。

そういった質問を繰り返した瞬間に「被験者の中で」勝手にイメージが出来上がってしまいます。

過去にあった実例

これが催眠誘導の初期の頃、特に犯罪捜査に用いようとした時によく起こった間違いです。

犯行現場を目撃したはずだとか、ナンバープレートをみたはずだと考える捜査員とか医療関係者が。催眠の能力とか問いかけ方を誤解していたことで「偽りの記憶」を呼び覚ましたり作り上げることになりました。

初心者がよく陥る勘違いですが、カウンセリングとか催眠は取り調べじゃないんですから・・・。

犯人探しが目的ではないんですよ。

「誰が悪い」「これが悪い」と決めつけても問題は何も解決できません。

必要なのはご本人の自覚とか認識です。先にも触れましたが、苦痛であったり失うことが怖くて認められないケースが多々あるのです。

それが原因であるとご本人が納得して受け入れてしまえば、悩みそのものが軽減されているでしょう。

必要なのは「自分自身の心の説得」なんですよ。

原因の特定のために記憶の断片とか過去を拾い出す必要性はありますが、相談者(催眠においては被験者)を追い詰めることで得られるものは少ないでしょう。

ディレクター

○○について話せ!

と、被験者に何度も聞き返したとしましょう。

そういった質問を繰り返せば、圧迫感にしかならないでしょうね。被験者は苦しそうに眉を歪めながら必死に自分の記憶の中から何かを探し出さなければなりません。

被験者の苦しげな表情をみて「今、自分の過去の記憶を探してるんだ」と勘違いする施術者や先生もいるようですが、実際には「慌てて偽のイメージを製作中」である可能性も残されます。

潜在意識と呼ばれる領域はかなりの広範囲に及ぶと考えられます。

ですから「何でも自由に」と指示してしまうと現実と夢との判断がつかず、区別のつかない出来事を見たり聞いたと錯覚してしまう場合があります。

おそらくは、ある程度、条件を絞り込んでおかないと偽の記憶を生じさせやすくなります。

このような過ちは結論を急いだり、普段、高圧的な感覚を滲ませる人によく起こります。また催眠を過信していたり、異様に効果を強調するような人にも起こり得る錯覚です。

過去にはそういった誤った誘導をきっかけに重大なトラブルが起きています。

その時間にそこにはいなかった筈の人とか、事実関係や証拠からは明らかにおかしいのに「間違いない」と主張するケースがあるのです。

アメリカなどで催眠誘導を行う施設やカウンセラーが増えるにつれ、そういった問題が生じてくるようになりました。

特に催眠誘導が盛んであった1970〜1980年代において、そういった例の報告が数多くあります。

性的な暴行を受けた、として娘が実の父親を警察や裁判所に訴えた実例があります。

実際に父親は逮捕拘束されてしまい裁判で激しく争ったのですが、その時間その場所には父親は居らず、行った先で買い物したレシートや証言から「別の場所で複数の友人と」会っていたことが判明します。

証言ばかりではなく写真等も残されていたため、距離的に犯行は不可能でした。

娘の証言は「錯覚ではないか?」と受け取られました。娘が「嘘をついた」とか「何かの思惑で父親を貶めようとしている」のではなくあまりに真剣であったので、催眠誘導中の何かの問い掛けが引き金となって、偽物の記憶を形成したのではないか? と考える研究者がいたのです。

それがのちに「偽の記憶症候群」と呼ばれるものの研究へと繋がってゆきます。