職業を間違えたんじゃないの?
当然、音声もマイクで拾っています。ピンマイクを腰につけて電波で受けます。彼が女の子に片っ端声をかけるシーンをみていると面白い。
やっぱりねー、結構、ウマいんです。なにが、って彼のナンパが、です。決して男前ではないんですが、物怖じしないし雰囲気が堂々としてます。彼のキャラクターが面白いと言いましたが、彼女が浮気の心配するのもよくわかる気がします。
女の子に声をかけるのに何のためらいも恥じらいもまったくないんです。これはなかなか難しい。
余談ですが、ナンパは結局根性なんですよ。普通の男なら、見ず知らずの女の子に声をかけるのはちょっとは躊躇(ちゅうちょ)するでしょ?
昔から下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるって言いますが。言葉を返すなら一発も撃たないなら誰にも当たらない。
勇気と根性がないと誰かに声をかけるだけで萎縮してしまいます。
街に馴染むって言うか違和感がない。現場で撮影中にキャバクラや水商売のスカウトか何かと勘違いした、現地のスカウトマン(らしき人物)が彼に「お前は誰に断ってココで商売してるんだ!」って撮影中にねじ込みに来たくらいですから。
ちょっとしたハプニングです(笑)。AD(アシスタントディレクター)が慌てて駆け寄って説明していました。ああいった街角にはスカウトマンが常駐していて露骨な縄張り争いがあった時代ですね。
当然、放送はされませんでしたが「撮影です」って被験者の彼が懸命に言っても、相手が信じてくれなかったんですよ。番組スタッフが出ていって初めてわかってくれました。
まあ、スカウトマンがそう錯覚するくらい慣れてました。寒かったのか使い捨てカイロのようなもので手を温めてて。ずっと周囲を見回しています。
よっぽど普段からやって鍛えてるんでしょうかね? 凄いのはね、確かに彼が話し掛けた何人かの女の子は、自分からそのまま彼と延々と話している女の子がいるんですよ。
中にはね「私、スッチー(スチュワーデスって事ですね。今ならばキャビンアテンダントと言います。)なの」って聞かれてもいないのに話し掛けてきた人までいます。
このシーンはそのまま放送されました。
困るのはね、彼、結構な面食いなんですよ(笑)。
マイクで音声拾ってますからね。「あんなの大したことねーや」とか「綺麗なネーチャンが通っていないなー、今日は」って声を拾ってるんです。
別に私達はあんたの好みを聞いてるんじゃないって(笑)。「誰でもいいから早く声かけろ。さっさと撮影させんかい!」って、撮影スタッフは皆言っていました。
「いいのがいないなー」と言いつつも、かなりの人数の女の子に声をかけてました。付き合ってる彼女が気に入った女の子や綺麗そうな女の子を見かけると、「私を放っておいて見に行ったり、走っていって声をかける」って言ってた意味がよくわかります。
彼は、そのまま職業(スカウトマン)になれそうな雰囲気でした。
確かに目隠ししてる(笑)
そこまでの収録が終わったら、一旦、彼をロケバスに戻して催眠を強化します。
ここからがやっと本番です。
暗示の内容については先に書いた通りです。「目隠し」と「コウちゃん」がキーワードです。ただし、時間もかなり経過してますし、一旦、完全に催眠を解いたのでスタッフ一同(私やオセロも含めて)不安になってました。
もう暗くなってたのですが時間を割いて、特に念入りに暗示をかけ直しました。
果たして彼は本当に目隠しをするのかどうか? 皆、ドキドキしながらモニターを見つめています。
催眠のロケにおいて面白いのは、その瞬間に参加者全員が緊張することですね(笑)。
どこでどんな番組に参加しても同じです。どんなに事前の被験者の反応がいい、本当にかかっていると確認しても、カメラまわして実際に現象が起こるかどうかまでは確定していません。
どんなに入念に用意しても安心はできない。
プロとして施術に呼ばれている私はともかく、ディレクターやスタッフまで緊張するのは何でなんでしょうね? 異様な緊迫感があるんですよ。期待感と緊張感、いわゆるショービジネスでいう所の幕の開く直前のような、というのでしょうか?
困ったのはねー、出演してくれた彼(素人さん)が好みがうるさいモンで、普通に通りがかる女性ではなかなか反応しないんですよ。
よっぽど美人でないと反応が弱い(笑)。声かけに行かないんです。そんなビックリするような美人が東京の街角にゴロゴロ転がっている訳ないじゃないですか・・・。
贅沢なんですよね基本的に。もう時間がないのに。仕方ないのでもう一度ロケバスに呼び寄せました。
「ちょっとでも綺麗だ、と感じた女性は全部、顔をのぞき込もうとして、結局、自分に目隠しをしてしまう」って暗示を更に追加してみました。
元の場所に戻すとその直後に、若い女性が彼の目の前を通りがかりました。
お、いいなー。
と言いながら彼が行動を開始します。
いつものように自然に話し掛けようとすると、自分の手が自然に顔まで上がってきてしまい、両目とも塞いでしまいます。
子供の頃にね、「イナイ、イナイバー」ってあったでしょ? 子供をあやしたり、機嫌をとるためにやる奴ですけど。ああいった感じですかね?
よく考えるとね、失礼な話ですよね。自分の顔を覗き込もうとする男性が、ですね、わざわざ自分の両目を塞いでいるんですから(笑)。
企画した時はそれが相手に失礼にあたるとか、女性が怒るとは思っていなかった。
「私の顔は鑑賞に堪えない、見ることもない、ちゅうことかい!!」
関西なら突っ込まれるでしょうね。まあ、ギャグだと思ってくれる人もいるかもしれませんが。ここからがまた凄かったんです。
暗示の内容は、「ナンパしようと考えると目を塞いでしまう」でしたから、確かにその通りになっています。物理的に考えれば目を塞いで、そのままナンパできる筈がありません。
まったく前が見えない状況なのに、彼はそれでも女の子に話し掛けたんです。
「ねえ、これからどこに行くの?」
マンガでしょ(笑)? スタッフ一同吹きました。
声かけられた人も恐かったと思います。なぜか、自分で目隠ししながら近付いてくる男が必死に話しかけてくる。ちょっとしたホラーです。
「何? この人?」が普通の反応でしょうね。
お二人の仲はかなり良かった
この収録が面白くなったのは、ひとえに、彼と彼女のキャラクターのおかげでしょう。彼女は典型的なコギャル(これももう死語ですね)なんですが、モニター見ながら
ちょー、ムカつく!
って(笑)言ってたんですよ。
でもね、そう言いながらでも撮影中も彼を気遣ってました。
外は寒かったですから。優しい心遣いを見せていました。
言葉遣いや雰囲気は今風の若者そのものですが、彼女の時折見せるその態度や言葉の中にはね、彼が本当に好きなんだなーってことが自然に伝わってきたり温かいものがあって。
おそらく、それは周囲にもわかるんですよね。
なかなか優しい女性でした。彼の浮気(というかナンパ癖)も、「何が何でもヤダ!」と思ってヒステリックになっているのではなく多少は我慢するけど「私もちゃんと見て」と思っているような女性でしたね。
確かに若いですがしっかりしている部分もありました。
彼は彼で彼女を大切に思っていないのではありませんでした。収録中もその前の調査や事前の準備の時も、結局二人とも仲は良かった。
たぶん、思い出作りに番組に参加してくれたんでしょうね。本気で怒ってとか腹が立っての依頼ではなかった。
彼女にすれば、普段は我慢して「私がこーちゃんを好きなんだから仕方ないよね」と思っているものの、彼のナンパ癖が一時でも止まり、「なんでや? 前が見えん! チャンス逃げ捲まくりじゃん!」と必死に焦っている彼を見れたのが嬉しかったのかもしれません。
ロケバスの中で大笑いしてました。
彼は彼で彼女の尻に敷かれている部分があります。なんだかんだ言っても、彼女が好きで、そのまま付き合っていたいんですね。確かにたまーに、浮気はしそうな雰囲気はありましたけど(笑)。
末長くお幸せに
まだ若い彼女なんですけどねー。彼に上手に騙されたフリをしてあげてるって感じでしょうか?
本当に仲の悪いカップルでこういった撮影なんてできませんよ。お互いがお互いを許している優しさがあったので、見ている人にも嫌な感じを与えない、幸せそうな映像になったのでしょう。
まあ、ハッキリ言ってしまえば、今回のケースでは根本的な浮気の解消には役に立っていません(笑)。
後で全部、元に戻しましたから。
そのままにしたのでは、いくらなんでもちょっと彼が可哀想でしょう?
お二人の思い出にこの収録が残り、将来の良い記憶になれば嬉しいと思います。
最後に彼女が彼にこう、言いました。
こーちゃん、寒い!
番組のクライマックスです。その言葉を聞くと彼は私の行った暗示の通りに、彼女を後ろからギュッと抱き締め彼女のほっぺたにキスをしました。
キャーッ!
と恥ずかしそうに言いながらも、彼女の顔は満更でもなく嬉しそうです。
彼女は調子にのって「こーちゃん、寒い!」「こーちゃん寒い!」を連発しました。すると今度はこーちゃんがもっときつく彼女を抱きしめ、激しく彼女にキスをしようとします。
ギャーッ! 恐いー!
今度は本気で叫んでいます。やりすぎだってば(笑)。
キーワードを何度も言ってしまったため、彼の反応があまりにも激しすぎて流石の彼女もビビったようでした(笑)。
撮影の終了後、催眠を全て解除しました。
その帰り道、彼が
俺、いったい何してたの? 何があったの? 教えてくれー!
と、彼女に詰め寄っていたのが印象的でした(笑)。
Xmasも近い街角に二人で消えていったのですが。ON AIRまで彼には内緒にするようにスタッフが指示していました。見たら驚いたでしょうね。
お二人とも、末長くお幸せに。
1999年04月20日 旧、撮影日記から改訂
2018年12月10日 加筆、修正
谷口信行