確認するための作業
お母さんが許しても、あなたはお父さんを許せませんか?
・・・・・・。
あなたはお父さんがきらいですか?
そんなことはありません。お父さんはずっと好きです。
お父さんはお母さんを好きじゃありませんか?
お母さんはどうですか?今、二人は仲が悪いですか?
仲はとてもいいです。
あなたは、お母さんのようにお父さんを許してあげれますか?
はい。
彼女のこの答えは初めから予測できたものです。いわば確認作業に過ぎません。
ですが、施術者が被験者に催眠をかけ、ご本人から回答を引き出すことにこそ意味はあるのです。
御両親のどちらかを一方的に嫌いになれるとしたら、そんなに悩んだりしません。お父さんが好きで尊敬していて、昔のことだから許してあげたくて、それでも同じくらい好きなお母さんがかわいそうで同じ立場に立った時、女としてどうしても納得できなくて・・・。
おそらく、そういったものの板ばさみで苦しんだのだと思います。
先にも言った通り御両親のことは要因の一つにすぎませんが、複雑に絡み合うことでご自身にも影響が出てしまったのでしょう。
お父さんのことはここまでで一段落、状況は確認しましたので、ここから本題である彼女の彼や結婚のことについて解決を計って行きます。
質問を変えます。今、付き合っている彼がいますね?
はい。
その人のことが好きですか?
わかりません・・・。
自意識、表層意識が弱まり、本心の覗く瞬間
過去にあった出来事の問題の解決を計り、「彼を好きか?」と尋ねたとき、「わからない」と答えるのであれば、かなり煮詰まっていると考えた方がよいでしょう。
これまでの経緯から考えて、本来彼女は彼との関係を修復したい、許したいとの感情もあって板挟みになったのですから。
なぜ、わかりませんか? あなたはこれから彼とどうしたいですか?
わかりません・・・。
ここまで話すと彼女は涙を流し始めました。
不思議に思うかもしれませんが、催眠中であっても人は涙を流します。そしてその「催眠中の涙」は通常の場合とまた違った意味合いを持ちます。
催眠中は心の上に被さっている普段の体裁やカッコつけ、見栄の部分があまりみられません。
表層意識や自我の一部が薄まっているのです。いつも強がっていて、他人に隙を見せまいと頑張っている人ほど、催眠誘導中は早く泣いたりします。
これは飲酒や薬物(麻酔、睡眠薬や催眠誘導剤)においても似通った性質をみせます。
悲しいことに人間は自分の心を素直には表現できません。自分の心をストレートに表現し、それを否定されることは自身の全てを否定されることにも等しいからです。
好きだ、という気持ち、嫌いだという感情、色々な気持ちや感情を押し殺してしまうことで、人はかろうじて自分を保っているところがあるのです。
ここで彼女が泣いてしまったこと、そして彼との将来についての質問に「わからない」と答えるところに私は胸が痛みました。
彼のことが好きなら、お母さんのように許してあげて結婚したり付き合って行く方法もありますよ?
もう苦しい・・・。だから、やめたい・・・。
催眠中に彼との将来について問われ、「苦しいから、もうやめたい」と答える彼女は普段の生活の中で、泣いたりすることは殆どなかったのでしょう。
いつも顔をあげて朗らかで、うつむかないように懸命に生きてきたんだと思います。
この部分は私の推測に過ぎませんが、彼との8年にも及ぶ付き合いの中でも何度もやめよう、と思ったことがあったのではないでしょうか?
そう考えると、彼女が「わからない」「もう苦しいからやめたい」との言葉は彼女の本心、心の中の叫びにも聞こえるのです。
解答は相談者本人の心の中に
私は催眠中、答えを誘導するようなことはしません。
答えは私の言葉や経験の中にあるのではなく、その人の心の中にこそ存在するものだからです。
催眠誘導とはその名が示す通り、被験者の心を誘導するためにあるのであって答えを強引に押し付ける者ではありません。
様々な経験や相談ののってきた自負はありますから、明らかにここはこうした方が本人のためではないか? と思うことはありますが・・・。
それでも、私はそういった誘導は行わないつもりでいます。
全ての行動は、ご本人が自分の意思で決めることだからです。いくら催眠といえど、たとえそれが善意から出た言葉であっても、本人の意思を無視しなにがしかの思惑や意図を押し付けるならそれはもう、催眠とは呼べません。
それでは洗脳です。本人の意思や自主性、方向性を損なう行為だと思っています。
施術者、催眠誘導を行う者は神であってはなりませんし、そう自惚れるべきではないのでしょう。全ての決定は本人の意志で定まらなければなりません。
それがどんなに辛いことであっても、です。それは私がこの仕事を始めた当初から定めているポリシー。もっとも大事な基本方針の一つ。
歩いてゆくのは難しいんですよ。誰もが不幸になりたくて生まれてきたわけではないので・・・。
自立という言葉は美しいですが、人間には弱気になる瞬間だってありますよ。
時には間違っていてもいいんですよ。間違いのない道筋なんてのは最初からありえません。火傷をしたり、嫌な思いをすることもあるでしょうが、様々なものと真摯に向き合うのなら理解者や支援者も現れます。
それらはご本人の経験として後から生きてきます。私自身もそうやって少しづつ成長してきたのだと思います。
催眠も含めて、廻りの人達が誰かに対して行うことはアドバイスに過ぎません。
「こうした方があんたのためなんだ!」といくら強制した所で、本人の自由な意思のない状態では長続きしないでしょう。いくら苦しくても悲しくても、本人の意思で進む方向を定め、自分の足で歩いて行かなくてはならないのです。
今回のケースでも彼女自身が悩み、苦しんだ上での結論でしょう。
そこに私が意見や感情を挟む必要はありません。
ここまでの過程、確認の作業はすでに彼女自身が出している答えを思い出すため、その部分を見失って時間を更に失ったり傷が深くならないために行ってきたものです。
私が道筋や回答を用意したり、そちらを強要はしません。事実確認、心の底に隠れていた遠因である「お姉さんとのエピソード」を表に出すために催眠を使うことになっただけです。
本来、催眠やカウンセリングとはそういった方向性で用いるのがベストだと私は考えています。