催眠術師のひとりごと / 第二章

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育った環境と初代引田天功への憧れ

普通は失敗するんだけど!?(53ページ)

教壇 アイコン私が催眠をかけた友人や、私の同級生はいまだにあれが催眠だとは気がついていないようです。私も本当のところをいってはいません。

彼にかけたのは簡単な筋反射「腕が動かない」から始まって、最終的には「私がいった言葉を正確に記憶して相手(先生)に伝えに行く」などを行いました。

実は、これには多少事情があります。

成績の良かった彼に「私に代わって」先生に文句をいいに行く役目をやってもらいたかったんですよ。

「依怙聶貭(えこひいき)は止めよう!」とか「女生徒の身体を触るな!」という言葉なんですけど(笑)。

変に大人びた子供であった私は大人の言動の裏側にある狡さというか、その教師の行動にいやらしさやいかがわしさを嗅ぎつけ、本能的に嫌っていました。

人間には本音と建て前があり、その本音を隠して自分の欲求を満たす人間が社会には大勢、存在することにすでに中学生だった私は十分に気がついていたのです。

対象になった先生はね、当時の私のクラスの担任なんですよ。露骨な依怙矗貭や父兄から内緒で付け届けや袖の下を受け取ったり、内申の成績を左右すると脅して物品を要求する所がありました。

カマキリとあだ名をつけられた教師でしたが、色々と悪い噂の絶えなかった人物です。授業中にも女子生徒の身体に嫌らしくベタべ夕触ることがありました。

嫌っていたのは、何も私だけではありませんでした。ところが文句が言いづらい。私が中学校に通っていた当時には教師の権限は大きかったのです。まして地方都市でしたからね。その権威は絶大でした。

ですから、嫌であっても誰もなかなか逆らい難かったんです。父兄をや保護者を含め、自分の子供の将来を考えると逆らったり、担任の教師に嫌われることは避けたかったんですよ。

ですが、表立って逆らわないからといって皆がその先生が好きだった訳ではありません。

卒業後にクラス会などの案内がありましたが、あれだけ嫌われた先生も珍しいでしょう。「あの先生が来るなら私はいかない」という生徒が卒業後も大勢いたくらいですから・・・。考えて見ると可哀想な人ですね。長く教師をやっておきながら、その程度の思い出しか自分の担当した生徒に残せていないんですから。

私がその先生に抗議したところでね、絶対に私の話など聞いてくれないとわかっていました。私は担任には嫌われていましたから。正論でものをいう上に、一見、痩せっぽちで弱々しく見える私が一旦、へそを曲げるとテコでも動かない(笑)。脅そうと殴ろうとまったくいうことなどききませんでしたね。

頭にくるとテストなどを白紙で提出するようなところのある子供でした。納得できる部分があれば頭も下げますが、人間的に尊敬も理解もできない人に媚びを売ったり、小細工をすることなど嫌っていました。

子供の癖に変に頑固なところは頑固だし、その割には大人をハッとさせる突っ込みをします。私のことは一部の先生にだけは非常に評価されていたらしいんですが、全体としての評価は決して良くありませんでしたね。

興味がある勉強や知識には凄く集中しますし熱心ですが、そうでないものにはまったく反応しませんでしたから(笑)。ですから、当然のごとく教師のウケは悪かったですね。

少々ズルいんですけどね。私よりもはるかに成績がいい友人が抗議すれば、きっとその先生も逆らえないだろう、程度に捉えたんですよね。学年でもトップクラスでしたから。

おかしなもので、私は劣等生であまり勉強もしないくせに、私の周囲には成績の良い友人が結構いたんですよ。今もお医者さんなどの友人が多いのはその名残りでしょうか?

私が直接、講議するよりも、誰かに代わってもらったほうがはるかに効果があり、きっと安全だと考えたんです。

そこまで悪知恵が回るのなら、何らかの口実を設けてその先生に直接、催眠をかければ良かったですね。今考えてみれば、なぜその先生に直接催眠をかけなかったのだろう? と不思議に思います。

やっぱりそれは恐かったんでしょうか? 中学生でしたし。

自分が抗議したのでは効果がないから友人にそれも催眠を用いてやってもらおうと考えるのは、いかにもズルいですよね(笑)。自分の考えを反映させるために催眠を利用したことになります。彼は頭が良かったですし、先生のウケも良かったですから、きっと彼がいえば大きなトラブルにはならない、と勝手に考えたんです。

実際、大きなもめごとにはなりませんでした。なぜなら、彼の反発に他の同級生も同調したからです。あまりに目に余る先生でしたから、彼の意見はそのまま全体の意見になりました。

もっとも催眠にかかったご本人はそれをまったく知りません。ちょっと授業の前に「コックリさんをしよう」などと私が持ちかけ、その後で私と握手をしたり、糸にぶら下げてあった五円玉をジッと眺めたり「一風変わった遊び」をやったに過ぎません。

「手が勝手に持ち上がってゆく」とか「勝手に腕が動いて文字が書ける」とか何とか。「気持ち悪い!」といっていた彼に、その後、数秒目をつぶらせ意識を集中させただけです。

彼は「自分の意志で」カッコ良くクラスを代表した形になっています。「いつものように」授業中、そのクラス担任が女生徒のお尻を叩いたんです。答えを間違った女生徒のお尻をコラッというように叩いた。

ただし、それは「叩く」というよりも「揉んだ」に近いかな? それをいつもやってたんですよ。セクハラにあった経験のある女性ならわかるかもしれません。

注意したり怒っているフリをしながら実際にはそれを口実にベタべ夕と身体を触っているイメージがありました。

彼(催眠にかかった友人)は、それをきっかけに猛然と抗議しました。「いいかげんにしろ! いつもいつもそんなことをやって許されると思っているのか!」と。

友達をなくしては困りますから、今まで黙っていましたけどね。周囲からすれば「おかしいな?」くらいには感じたのかもしれません。成績は良かったですが、彼は決して自分から前に出るタイプではなかったので。

その時に限って急に「男らしく」なった。彼に女性ファンが増えたことは確実でしょう。

ですから周囲も本人も後から驚いていました。

もっともしばらく経つと、催眠にかかった本人はその出来事そのものをケロッと忘れてしまいましたけどね。

一番驚いたのは私です。まさかそこまで見事に成功するとは思わなかったから。

恐かったですよ。もちろん初心者の頃ですから、そんなに難しい内容を行ったりはしませんでしたよ。自分が口に出せない言葉を代弁してもらおう、と考えただけなんですから。相手にそんなに催眠がしっかりかかっているという自覚はまったくありませんでした。

百科事典で読んだ手順を使って「たぶん、こんな感じかな?」と思っただけだったんです。まあ、これは私のいい訳に過ぎませんが・・・。反省してますって。

彼自身もたぶん、その先生には不満があったのだと思います。随分と評判の悪い先生でしたから。

私たちの卒業後、その教師は同じような行為を繰り返して生徒たちにボイコットを食らい、結局、中学校を首になっています。

私はやっぱり恐かったです。催眠が「存在する」とは思っていましたし、テレビ番組で行われている事実にはまったく疑問は持っていなかったんですけどね。実際にそれが「自分によって引き起こせる現象」だとは捉えていなかったんですよ。

半信半疑でした。彼があまりに見事に催眠にかかり、彼が先生に激しく食ってかかるシーンを見た時には思わず鳥肌が立ちました。喜ぶどころの話じゃないですよ。

催眠誘導に初めて成功した場合、術者の反応は大きく分けて二種類に別れるでしょう。

(催眼という現象そのものを)恐いと感じて、手を引いてしまうか、もっと深い興味を持ち、突き詰めるようになるか、でしょうね。

私の場合は前者になります。「恐い!」と感じ、それからしばらくは遠ざかるようになりました。

まだ子供でしたからね。相手が自分の指示した通りに自由に動くことに対する嬉しさなどかけらもありませんでした。その技術に対する恐さが先に立ちました。

「俺はなんて悪いことをしてしまったんだろう」と思い悩みました。幸い大きなトラブルにはなりませんでしたが、友人には非常に悪いことをしたとしばらく悩みました。

番組を見たり、資料を図書館で漁る時は恐くなかったのに、実際に「自分でも催眠がかけられるらしい」と勘づいた時には恐怖を感じるようになったのです。

実際、今でもあちこちで催眠を指導していると、興味本意のうちは熱心ですが、いざ「白分にもできるらしい」と気がつくと途端にビビり始める人はいますよ。

見ていたり、憧れるうちは楽しいんですよ。所銓、空想の域を出ませんから。元々、私もそうだったんでしょう。「引田天功のようになれたらいいな」と漠然と憧れたに等しいんです。

催眠をマンガや小説などで超能力のように扱う場合がありますが、当時中学生だった私にとって催眠はほぼ、超能力とか霊能力とかと同じ程度の意味しか持っていませんでした。自分が「できるようになる」とは思っていませんでしたし、催眠は特殊なもので選ばれた一部の人にしかできないと信じていたのです。

今も、催眠をそうだと思っている人は多いようですけどね。インターネットに溢れる自称「スーパー催眠術師」の中には「私は特別な人間だ!」と自ら宣伝し、誇る人間もいますから・・・。

「スプーンが曲がればいいな」と漠然と思っているのと、実際に自分が持っている手の中で見る見るスプーンが曲がってゆくのとは訳が違います。当時の私が受けた衝撃はそれと同じくらいになったのです。

誰にも相談できませんでしたし(笑)。信じてももらえないでしょう。

同級生に「あれは実は俺が催眠術でやったんだ!」などといったって誰も信じはしません。結局、誰にも話せなかったので、それは余計に私のやった行為の後ろめたさを増幅しました。

中学校の頃、私は急に無口になった時期があります。実はこれが原因なんですよ。周囲に聞かれても理由は絶対にいいませんでしたが、急に暗い奴になりました。

両親が離婚したこともありましたが、それ以外にも理由はありました。

この話は今まで誰にも話したことがありません。これが初めての告白ですね。

「谷ロさんが初めて誘導した相手は誰ですか?」といわれて口籠ることが多かったのは、そういった理由からです。成功はしたものの、決して周囲に誇れるような内容ではなかったから。

仲の悪い同級生にでもやればよかったんですが、そんなことは考えつきませんよ。世の常ですが、自分がやりやすい相手から選んでしまいました。それが楽だったから。

その彼とは仲が良くて信頼があったため、簡単に初回の催眠誘導に成功してしまいました。

私はその後、自分の行いに罪の意識を持ってしまい、相手に真実を告白できなくなりました。そしてしばらく自分が「どこか、おかしいんじやないか?」と悩むようになりました。同級生で仲の良い友人に、そんなことを行おうとした感覚も変なら、それにあっさり成功するのもおかしいと考えるようになったのです。

催眠は超能力とは違うんですけどね。ですが、いまだにその仕組みが理解されていない部分を持ちます。私が誘導を行えば催眠にはかかるのに、他の先生だとかからない場合もあります。

また、まったく同じ人に催眠を行っても、日によってかかったりかからなかったりすることもあります。

催眠についてはその仕組みがすべて解明された訳ではないんですよね。ですからいまだに理解されなかったり、誤解を生みやすいんです。

催眠をかけるための手法やトランスという現象は昔から様々に伝わっており、生活に形を変えて利用されていたりしますが、欧米に比べ、日本においてはそういった関連の資料すら少なかったりします。

(それが良い悪いはまた別の問題ですが)今の時代ならば、中学生でもパソコンなどを用い、インターネットなどで情報を検索するなども可能でしょう。英文でも翻訳は可能です。当時は今よりももっと催眠に関する情報や知識はありませんでしたし自分で調べる方法もありませんでした。

せいぜい図書館に通うくらいです。お金は持っていませんから図書館か立ち読みくらいしかありません。

当時の中学校の図書館には心理学の本なんてあまり置いてませんからね。まして当時、私は「催眠」が心理学に関係があるなどとは思っていませんでした。

「催眠は催眠である」としか思っていませんから。何から探せば良いか? もわかりゃしませんよ。当然のことながら、私の読んだ本にも「万が一失敗した場合は」とか「成功したら次にどうすればいいか?」など書いていませんでした。

簡単な説明と図解が載せてあっただけです。その本や内容を書いた著者も、まさか中学生がそれを読み、誘導に成功したり、相手が催眠かかってしまって悩む、などと思う訳がありません。

それで初回の誘導に成功するほうが本来はおかしいんですけどね? 中には私のようにそれでできるようになる人もいるんですよ。ごく稀な例なんでしょうけれど・・・。

私の場合は下手に成功してしまったために悩むようになりました。「こんなことが俺にできるのはおかしいんじやないか?」と。今考えれば笑ってしまいますけどね。当時は真剣です。

まるで神秘の技術を自分だけが手に入れてしまったような感覚です。

小学校の頃、テレビ番組で見た例の引田天功の映像が頭でグルグルと回りました(笑)。今なら、催眠に対しての知識と経験がありますから別に不思議でもなんでもないんですけどね。

ただ当時は真剣に「これはやってはいけないことなんじゃないか?」「こんな内容に興味を持った俺自身がおかしいんじゃないか?」と考え、自ら封印してしまいました。

いくら大人びた子供だったといえ、私にもちよっとは子供らしい感覚が残っていた、ということですね。

調子に乗って、催眠を用いて同級生をどんどん操ってやろうなどと思うようになったなら、人生そのものが歪んでしまったような気がします。きっと嫌な奴になったでしょうね。そうならなくて良かったと思っています。

当時はそんな気持ちなど欠片もありませんでした。

正直いうと、根性なくてビビッたんですよ。

その結果、しばらくはまったく催眠には関わったり練習したり、それについて知識を漁ったりもしなくなってしまいました。本人にすればちょっとした悪戯のつもりに過ぎなかったのです。

軽い気持ちで行ったら一発で成功してしまった。

練習どころの騷ぎではありません。「こんなモンでいいのかな?」と半信半疑でやったら、全部がその通りになってしまった。これはショックでした。

逆に失敗していれば、私のことですから、成功するまでしつこく練習したかもしれませんね。

私の初めての催眠の経験は、それで終わりです。

催眼を実際に自分で行ってみた感想は、催眠が自分でも実際に「できる」らしい現象だということと、それにプラスして「これはたぶん、やってははいけないことなんだ」と感じた自分の後ろめたさなどです。

私の中ではあまり良い記憶にはなっていませんね。まあ、普通はそうでしょう。最初の関わり方がいけなかったようです。もっと違う形で成功していれば、違った感想になったのかもしれません。

そして、それはそのまま催眠には関わることもなく終わる予定でした。

本来ならそれで話が終わっている箬だったんです。特殊といえば特殊な例ですし、不思議といえなくもないですが、時間が過ぎれば遠い思い出話か笑い話になって「それは何かの勘違いだろ?」程度の話になって終わってしまう程度の話だったのでしょう。

ところが、私はあることをきっかけにまた催眠に関わることになります。

それはかなり強烈なインパクトになって私に影響を残しました。私がその出来事に遭遇しなければ、そのまま催眠なんてやらなくなったでしょう。

私にすれば、自分から積極的に催眠に関わろうと望んだわけではありません。もし、そのままならばあとになってNobee谷ロという、ふざけた名前の催眠術師も登場しなかったんでしょうね。

不思議な話です。

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