人と人との繋がりについて

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詐欺被害を防ぐ対症療法

心のバランスを失う瞬間はある

てんびん バランス アイコン人間の心は非常に脆い(もろい)バランスで成り立っています。よほど訓練を積み、少々のことには動じない覚悟やトレーニングを持っていたとしても、そんなに簡単ではないでしょうね。

それが簡単でしたら厳しい訓練を積んで軍人になった人や特殊部隊の精鋭が。PTSDを発症したり心を病んで辞めてしまうこともないと思います。

どんなに影響を受けないでおこうと考えても、周囲からの中傷や悪口、長期に渡るストレスや大勢による圧力などには抵抗できません。

だから過労死とかストレスからのうつ病なども問題化しているんですよ。動物なら途中で止まれるものを人間だけが自分を追い込んで限界を超え、結局はストレスを抱え込んで過労死までします。

ましてそこにカルト集団が扱っているような薬物(覚せい剤)とかアルコール依存などを含むようになればとても単独では対処しきれないでしょう。

どんなに幸せで順調に見える人であろうと、悩みや苦しみはあるものなのです。生活を支えるには勇気が必要ですし、社会には多くの悪意も潜んでいます。

ある種のショックや衝撃に人の心は弱いんですよ。肉親の死や病気や怪我、仕事や恋愛での失敗や独りでいることの孤独感など、数え上げればきりがありません。

その全てに「平気だ」とおっしゃる方は、人間ではありません(笑)。ロボットですね。人としての心をどこかに置き忘れているか、思いやりを忘れて感情のコントロールを失っている人で、いつ人を殺すかもしれない危険な感覚を持つ人物と同等に考えて良いでしょう。

まあだいたいは勘違いですよ。よほど運が良くて今までに大きなトラブルに見舞われたことのなかった人か、悪くすれば犯罪者、もしくは「自分を神だと勘違いしている」ごう慢な人かもしれないですね。

人生経験が豊富で数々のトラブルを乗り越えてきた人でも、何かがきっかけになって騙されたり、心の扉をこじ開けられたり乗り越えられてしまうことはあります。

それは恥ではないでしょう。人であればあり得ることなのです。

よく詐欺で「騙される奴が悪い」という主張をする人がいますが、私はそうは思いません。「騙す奴が悪い」に決まっています。何かに付け込んで誰かを騙したり、自分の思惑を押し付けたり利用しようとする連中こそがおかしい人間であ、り間違っているのです。

それを誰かがはっきりと指摘しないと詐偽行為を行うものがどんどん調子に乗ります。被害が様々な世代、職種、地域に広がってしまいます。

カルト宗教の中には病院の前で怪我や病気で悩んでいる人を待ち伏せしたり、入学式や卒業式に押しかけて布教活動を行う悪質な所もあります。

心のバランスを失っている人につけ込む行為は卑怯であり、そこから更にお金をだまし取ろうとする人間が「愛」だの「正義」だの、社会平和を説くこと自体がお笑いです。

よく効く特効薬はありません

はっきりいえば、カルトに良く効く特効薬のようなものはありません。

なぜかというと、彼等の行為は人間が本来合わせ持つ弱さとか優しさ、個人の悩みに付け込んだ卑劣なものであり、それを全て法律で規制するのは不可能に近いのです。

ニュース番組では元、大学の教授が「専門家」として紹介されこのような言葉で締めくくっていました。

1.相手の話をよく聞くこと

2.内容が変わったら、断ること

これはですね・・・。現状を知りそういった団体と直接向き合ってみればわかりますが、理屈や理論としては非常に正しいのですが、机上の空論で完全に間違っていると言えます。

それで防止できるのならカルトに取り込まれる人達など、どこにも存在しませんよ。

学者が考える「常識や理論」としては正しいのです。流石に専門としてよく調べられており、カルトと接触する機会が日常のどんな所に潜んでいるかわからない、相手の正体がなかなかわからないことを知った上での警告であり、おっしゃる意味はよくわかる気もします。

ただね、上の二つの項目、「話をよく聞いて内容が変わったら断る」が誰かに注意、忠告されたくらいで簡単に行えるなら詐欺やカルトに引っかかる人は一人もいなくなりますよ。

専門家と称する人が忘れていることはですね、「人は孤独感に耐えられない」ことです。

宗教やカルトに取り込まれる人の多くは目標を見失っていたり、悩みを抱えていたり生活にいて孤独感に苛まれ、それから逃れたいと望む人達なのです。

そういった状況に置かれた人の場合、誰かに「話を聞いてもらうだけでも」救いになるケースがあります。なのに安易に「相手の話をよく聞け!」などと専門家が言い出せば勧誘を行う者の思う壺ですよ。

本当はね。

「話を聞きに行かせちゃ、絶対に駄目」

なのです。

孤独感に悩んだり苦しんでいる際にカルトやおかしな団体や集団、個人に話を聞いてもらって、本人が親近感を持てば後が大変になります。

詐欺師は自分のことを被害者や鴨に「詐欺師です」とは紹介しませんよ(笑)。

女性をはべらして遊び回ったり、自分が贅沢三昧をする為に誰かを騙している連中がいます。一般信者にそれは隠したり誤魔化しますよ? 私利私欲のためにお前らを操っているとは言わないでしょうし、世界平和、愛のために社会に献身しろ、その金は「俺が預かる」という筈です。

そういった連中は社会平和、人類救済のために「ありがたい御札をやるからお布施を寄越せ」だとか「先祖供養に効果のある壺を置きなさい」だとか「この掛け軸を分けてあげるからご家族のために持ち帰りなさい」だとか言って金品をだまし取ります。

一見、正論にみえて社会貢献や先祖供養が出来る。優しげな言葉から取り込まれるのです。一旦、相手の話や言い分を聞き、しっかり受け止めてしまえば取り込む手法は様々にあります。

周囲の言葉に流されがちな人が相手の話を「よく聞きに」行ってしまえば、確実に取り込まれて帰ってこなくなるでしょう。

生活に潜む悪意、カルトや宗教関係者の「罠」

泣き顔と怒り顔のお面 アイコンカルトに「特効薬がない」と書きましたが当たり前です。それらは生活に密着しており、彼等は他人の善意や悩みに付け込んで接触を持つからです。

人間の持つ「善意や優しさ」を利用するためにボランティアや慈善団体を装うものもあって判別が難しい。

内容が変わったら断れといったって相手は専業ですよ? 何年も詐欺や相手を騙すことだけを考えて商売としてやってる。そう簡単に馬脚を現してくれるとはとても思えませんけどね?

時にそういった活動を行う者の中にはカルトではなく、本当に善意で活動する集団もある。その区別は表面上は難しく、年々巧妙にもなっています。

カルトや強引な販売や詐欺を勉強すればするほど、様々な手口と「きっかけ」があり、些細な出来事から取り込まれ、長期に渡って人生を棒に振るケースがあることがわかります。

友人や家族、職場の上司や仲間からも接触を持たれる場合があります。そういった「接触のきっかけ」はあちこちに知らぬ間にポッカリと穴をあけて待ち構えていたりもします。

ここで皆さんに知って戴きたいのは、善意をアピールしたり、ボランティアのふりをして近付いてくる団体も数多くあるということです。

その全てを否定することは生活における人間の優しさや善意を全て否定することにも繋がります。新たな出会いや人間同士の付き合いができなくなり、周囲に対する優しさ、つまり、自分の社会生活そのものを否定することにも繋がるでしょう。

社会には多くの人々が生活しています。そのそれぞれに価値観はあり、信じるものもあります。いかがわしい連中や拝金主義の人間もいれば、その反対もいます。全てが善意を隠れ蓑にしたいかがわしい連中とは限りませんから、全部をストレートには否定できなくなります。

「カルトに近付いてはいけません!」といった所で、「誰にも接触するな!」とまでは誰も言えませんよ。会社の上司とか奥さんの家族、友人や知人、得意先や行きつけの店に、そういった団体の関係者や信者がいたらどうしますか?

現実にあった話では得意先に仕事で挨拶に行ったり、接待した折りに宗教に取り込まれたケースはあります。友人や知人の「善意の」勧めで入信して酷い目に遇う人もいますよ?

元大学教授(テレビに出ていた専門家)が言ったような、いわば誰でも知っている常識、つまり「話の内容をよく聞いて断れ!」で対処は可能ですか?

そんなもので断れるなら苦労はしないですって(笑)。その大学の先生にしても、学内の派閥が特定の宗教団体で牛耳られていたり、学長や直属の上司が入信を勧めたら?

面談や参加を全て断れますか? 話を聞いてから断れる?

おそらくその元大学教授でもそういった噂のある相手とは面談を断るでしょうね。会った時点で絶対に断れなくなるから。それが唯一の回避方法です。

大学の中にも派閥はありますし、自分の先輩とか研究室のメンバー、ゼミの関係者から誘われたら。一度出席したり話をよく聞いた後で、そこから逃げるのは容易なことではないですよ。

外からみてカルト集団や危険な宗教でも、入信者はそうは思っていませんよ。

布教を行うことこそが正義だと考えていたり、その人を「本気で救っている」つもりに陥っていますから・・・。真剣だからこそたちが悪く執拗です。ご本人達は「この人をどんなことをしても救ってあげたい!」と本気で思い込んでいるのですから。

その時点で正常な判断力を失っています。彼らにとっては正常な人助けですが、関わるものにとっては災厄でしかない。これが結構ありますよ。

例え専門家とか大学教授でも、大勢が集団でかかってきたら「内容が変わったから断る」のがとても難しくなるのです。