長文、初回投稿(記事、ポスト)テスト
彼女は嘘をついていない
俺は楽しかったことを、と言ったんだよ!
「その時がね、一番、ドキドキして興奮した」
正直、ドン引きする。
その女性が体験談としてそれを話し始めた時、一番驚いたのは俺自身だった。
催眠術の仕事を開業した頃、まだ依頼は少なかったので。知人の店、ショーパブなどでアルバイトをしながら実演をやっていた。
一言でショーパブと言ってもその地域でもっとも派手で有名な店だったので。内装や衣装には異様に金がかかっていた。毎晩、有名人や著名人や金持ちがやってくる。
有名私大の学長、上場企業の創業者や会長、アンダーグラウンド、危ない世界のトップ、政治家なども来ていて年齢層も職種もバラエティ豊かだった。
超高級店で女性も男性もオカマ、同性愛系もやってくる。有名人がそっち系なのかと知って驚いた。不倫、浮気相手と堂々と飲みに来る人たちもいて。
(こりゃ、とても人に話せないな)
(お? 禿げてる)
家族や友人にだって話すのは無理そうだ。TwitterやSNSが発達した現代なら少しは漏れるのだろうか? 当時の印象としては「そういうのって意外とバレないもんなんだな」と思った。
派手な店を選んだのは客層も派手になるからで。自分の仕事の客が拾えるかな? との淡い期待もあった。オーナーが割と話の分かる男で。面白がって暇な時は店内で実演することを許してくれた。
飲みに行った先で実演を行っていると嫌がられたり追い出されることもままあった。
俺はそこで女の子を口説いているわけではないが、催眠にかかると酒の飲み過ぎで意識を失って寝ているようにみえるらしく、女の子が注意をうけたり黒服に席から呼び出される。
変な客、危ない人扱いを受けることもあったので、実演を許可してくれる店はどこでも貴重だった。
どこかで腕を見せないと依頼なんて来るわけがない。
当時、すでに自分の事務所は構えていた。誰かの悩み事を聞いたりカウンセリングを行うならそこまで大きな部屋は必要ではないので、繁華街からごく近くの雑居ビルを安値で借りることになった。
驚いたことに一番最初の客は、そのテナントを俺に紹介した不動産屋だった。
それだけ当時としてはカウンセラーという職種が珍しく、催眠術が使えるという看板を掲げている場所が少なかったことを意味する。
その不動産屋の繋がりからちょっと変わった話に飛び火する。これは俺がバイトしていた店ではなく不動産屋の相談に乗った時の話だった。
「カップルの友達と一緒にコタツで寝てたの」
「彼女は熟睡しててね。起きないから友達の彼氏が私に迫ってきて」
困ったな、と思うのは俺はそんなことを話してくれと頼んでいない。たまにこの手のかかり方をするタイプがいる。
不動産屋が相談に乗って貰ったお礼にと言い出したので、キャバクラに飲みに来ていた。
まだ若いがやり手の不動産屋だった。近々、親の事業を引き継ぐという。
悩み事というのは付き合っている彼女のことで飲みに行ったその店で働いていた。
その子の友達がボックス席で俺の隣に座り、不動産屋と彼女は仲良さそうに反対側に陣取って二人の世界に入っている。
仮称を斎藤さん、とする。
支払いは俺ではなく斎藤さんの奢り。正規料金は貰ったのでそこまでして貰う必要はなかったが・・・。何度か断った。ただ、ご本人が彼女に会いにゆくついでにご馳走すると言い出した。
誰かが一緒に来てくれると助かると。事務所もまだ暇だったのでご厚意に甘えることにした。
少なくとも安くて良いテナントを紹介してくれた人なので、無下に扱うのも悪いと考えた。
前職で貯めた数百万を家賃と敷金、内装費に当てた。それでも足りずに借金まであった。古いビルではあったが最寄り駅から数分で、正直、この予算では難しいかなと思っていた良い場所にテナントを見つけてくれた。
相手のご厚意に甘えて飲みに行っているのだから、求められて「実演」というのは自然な流れになる。
おそらくはその店もその不動産屋が一枚噛んでいるのだろう。フリーで店に入った時には実演を咎められることもある催眠術だが、店員も止めることはなく興味津々でこちらを見ている。
いつものように数人に催眠術をかけ、味覚変化とか身体が動かなくなるとか、幻覚を見せるなどをやった。黒服やボーイ、ついでに責任者である店長にもかけてみる。
普段は厳しく接している店長が激しく踊っている姿を見て、女の子たちも大笑いしていた。
偉い人、怖そうな人、立場が上の人を狙うのは実演時のセオリーだ。意外性とそのギャップが観客には驚きを持って受け入れられる。
大きめの箱、女の子の在籍が20人位はいたので結構盛り上がる。
徐々に店が忙しくなったので、女の子2人だけをつけてもらってボックス席に座っている。
「ねぇねぇ、私にも催眠術をかけてよ」
と言い出したのは斎藤さんの彼女の友人だった。
店はそこそこ広い。すでに他の客もいる。接客中だったので実演中には寄ってこれなかったらしい。この女の子が自分から友達に頼んで「あの人につけて」と言い出して俺の横に座っていた。
年齢は23歳前後だろうか? 白い肌で大学を卒業した直後くらいの印象。とびきりの美人ではないが若くて色気もある。胸が大きくてスタイルもいい。
その店は透けてるパーティドレスのような衣装を着てる女性が多かった。身体の線がはっきりわかる衣装もあって若干お色気寄りの店なのかもしれない。早い時間から客は多く流行っていた。
俺自身も水商売の経験者で。食えない時はボーイや黒服、街頭スカウトまで何でもやった。
何のコネもなく出かけていってその日から衣食住付き、住み込みで働けるのは水商売とか風俗、反対に新聞配達とか肉体労働くらいしかない。常に人員不足な業界なので保証人も求められない。
免許証一枚、未成年者でさえなければ仕事は見つけられる。全国各地で働いたことがあった。
同じ業界にいたのだから内情はわかる。できればこれ以上、店内で悪目立ちはしたくはなかった。贔屓の客からすれば見知らぬ男が自分の指名している女の子と変に親しくしているだけに見える。
興味を持ってくれたのは嬉しいがウチの顧客にはならないだろう。そんな深刻な悩み事があるような年齢ではない。
まして世話になった斎藤さんの彼女の友人だ。口説いて手を出すわけにもいかない。
実演はもうお腹いっぱいなので遠慮した。
「さっき散々やった後だから。もういいんじゃないかな?」
「私はかけてもらってないもん」
ちょっと膨れてみせる。仕草は可愛いができれば、それは他の客にやって欲しい。甘え癖があるようで断ってもなかなか引かない。
仕方ないのでサービスのつもりでほんの障りだけ、隅っこのほうで隠れて実演した。
軽く催眠をかけて質問をしてみた。
「あなたが、これまでで一番楽しかったことはなんですか?」
ごくありきたりな質問。意図としては楽しかった記憶を呼び覚まして擬似的な体験をしてもらうこと。遊園地とか家族旅行とか昔見た映画とか。そういった軽い内容をこちらは聞いたつもりだった。
「友達とその彼氏と3人で一緒に寝てて。こっそりしたこと」
彼女のその第一声に、俺がびっくりした。
(おいおい、そりゃ楽しかったことじゃなくて・・・。)
(一番、興奮したこと、だろ!)
誰がそんなことを店の中で話せって指示したよ? と思わず反射的に突っ込みそうになった。
その時、ハッと我に返った。
(この子が言ってる友達って?)
まさか、ここにいるこの二人?
幸い、こっちの会話には気がついていない。簡単な心理テスト、指のくっつき反応等から一気に進化して語り始めたので声が大きくはなかった。
そもそもの斉藤さんからの相談が彼女との結婚についてで。その時期とタイミング、自分の両親の説得、彼女の今の仕事を辞めるようにいつ切り出せばいいか、と言ったものだった。
この斎藤さんの彼女の友人をA子とする。
その時の模様、どういった状況だったか、自分がどれほど感じて興奮したかを淡々とした口調でA子は目を瞑ったまま俺に伝えようとする。
慌てて催眠を解こうとする。その話が実際に目の前にいる二人、斉藤さんとその彼女のことを指しているのかどうかはわからない。
このまま放置して、下手に個人名が出て確認がとれたら大変なことになる。
「なになに? また催眠やってんの?」
斎藤さんの彼女がこっちに気がついて近寄ってきた。
「斎藤さんがね。凄いの。おっきくて気持ちよくて。U子が寝てるから余計に興奮して」
U子というのは斎藤さんの彼女の名前である。
(あっちゃー! やりやがった)
ところが、ここで不思議なことが起こった。
当の不動産屋、斉藤さんは驚いたような顔はしているが、何かがバレたとか後ろめたそうな反応はしていない。通常ならこういった暴露話があった時、当事者は慌てふためいて必死で誤魔化そうとするものだ。
そういった必死の反応がなかった。
ただし、その告白を聞いていた「斉藤さんの彼女」U子の表情がみるみる曇った。彼女はその告白を本当のことだと受け止めてしまったようで、きっとこの後、一波乱がありそうだ。
慌てて解除を急ぐ。
「A子ちゃん。もう起きましょうね。あなたの前に階段がありますよー」
「階段なんてない。まだ戻りたくない」
自分から催眠をかけてくれとせがんでくるタイプには2通りが考えられる。何らかの悩みとか良心の呵責とか重大なトラブルを抱えていて、それを解決したいと考えていて。
目の前に占い師なり霊媒師なり「催眠術師」が現れることで渡りに船とばかりに飛びつくタイプだ。
最初から自分が隠している秘密を暴露して楽になることが目的なので、それに使われる道具は占星術でもタロットでも霊視や催眠術でもいいことになる。
他には催眠などを馬鹿にしていたり信用していなくて。嘘を暴いてやろうとか恥を掻かせてやろうと考えていたり。誰かがかかっているのをみて単に興味本位で参加して、後でネタにしようという2タイプに大きく別けられる。
催眠誘導の難しさは日によっても違うことだ。
前回は深くかかったのに今回は難しいということがあれば。それはおそらく、心の中にある心理障壁と呼ばれるものが。何らかの原因で分厚く育ったことを意味している。
その防壁を突破して一度、内側に入ってしまうと洗いざらい吐き出して楽になりたいという心理も働くのか、なかなか目を覚まさないし起きることを嫌がる人も存在する。
斎藤さん(仮)は心当たりがないようだった。
確かに過去に借りてた部屋で3人で雑魚寝したことはあるようだ。
そもそもが大学の同級生で同じサークルの出身者だった。彼は卒業後、親の跡を継いで不動産屋になった。仲が良かった者同士で雑魚寝もあったし、サークル内で交際が始まったカップルもいて二人もそのパターンだった。
結婚話を間近に控えての浮気騒動、それも彼女が寝ている側で親友と関係を持ったという話なので。それが事実なら別れ話は確実、という情勢に一気に傾きそうになっていた。
「いや、やってないって」
「絶対にそんなことしない」
斎藤さんはどちらかというと真面目なタイプに見える。その種の嘘を上手につけるとは思えない。表情からは焦りと言うよりは困惑が読み取れる。
彼が不真面目で不誠実なタイプだったら。怪しげな催眠術師のために親身になってテナントや事務所は探していないだろう(笑)。お礼に飲みに行くきましょうとも言わなかったはずだ。付き合いはまだ浅いが彼の仕事ぶりや対応は真面目で不愉快な部分がまったくない。
その彼の印象と。A子が話す行為がどうにもうまく結びつかなかった。
かといってA子はしっかり催眠にかかっているので。彼女が見え透いた嘘や作り事を並べて親友を陥れようとか別れさせようとしてるとも思えなかった。
(なにかが、おかしいな?)
そう感じた。
奇妙な違和感。おまけにこのままでは催眠をかけた俺が悪者になってしまう(笑)。
いいテナントを探してもらった上に酒まで奢ってもらって、結局は二人の別れの引き金を俺が直接引いたという結末は流石に勘弁願いたい。
とりあえず、嫌がるA子を目覚めさせ、状況整理と聞き取りを行うことにした。
「だって、本当にしたんだもん!」
「斉藤さんが私をセクシーだって言ってU子ちゃんが寝てる時に誘ったんだもん! 私が誘ったとか迫ったわけじゃないんだから!」
(いい歳こいて、モンモン言うな)
とは思ったが言わなかった。
内容が内容だけに人目につかないように控室に移動してる。先程、ド派手な腰振りダンスを披露してくれた店長が斎藤さんのために、と部屋を用意してくれて俺たち以外に人はいない。
最初はA子の甘えてくる声とか姿が好ましくも思ったが、途中から印象が変わった。仮にも自分の親友、学生時代から付き合いのある二人にの将来にも関わる内容なのに。
「関係を持った」ことを舌っ足らずな声で熱弁するA子の姿に、なんか無性に腹が立った。
仮に彼女が言っていることが100パーセント事実だったとしても。まったく悪くないという話ではない。やったことは良くないに決まってる。
そこを理解していない感じがするので、聞いててイライラするのだ。
どちらかというと斎藤さんを信じたい。すでに泣きが入っている結婚予定の彼女、婚約者のU子の肩を持ちたいし応援したいとも思う。
ところがその友人であるはずのA子が「自分は斎藤さんに誘われて肉体関係を持った」「私から誘ったわけじゃない」ことを頑として主張してまったく譲ろうとしない。
(なんか、そういえばこういったケースが昔の症例であったような?)
偽の記憶症候群、という。
ただしそれは催眠誘導の失敗とか問いかけのミスによるもので。このA子は過去に催眠術にかかった経験がない。だから偽りの記憶で誰かを罵ったり親友を傷つけているわけではないように思う。
(だとすると、何が原因で3人の記憶、事実関係に齟齬が生まれてんだ?)
何らかの記憶のすれ違い、誤解や錯覚。どこかに間違いや綻びがあるはずだ。
その時、俺はA子の言葉におかしなキーワードがあることに気がついた。
「斎藤さん、大変、失礼とは存じますが・・・。あなた、大きいですか?」
「え? 大きいって何が?」
「U子さんにも確認したいのですが・・・。斎藤さんって激しいですか?」
斎藤さんのこれまでの言動を見るとそこまで大胆なタイプに見えない。
彼女を気遣って会ったばかりのカウンセラー、私に将来の選択の相談をしているくらいだ。豪胆で人を騙したり浮気をして平気なタイプなら、相談に乗ってもらった男を飲みに誘うだろうか?
自分の彼女がいる店に? 浮気相手も同席させて?
やらないというか出来ないようにも思う。その彼が。本命の彼女が寝ている横、コタツの中で激しく腰を振って浮気行為を行うものだろうか?
A子の発言にある「大きくて激しくて気持ちいい」に強い違和感を覚えた。
「そもそも、その大学のサークルってどんな活動をやってたんですか?」
基本、飲み会だという。不動産業を営んでいた彼の父親が息子のために物件を一つ提供していた。大学の部室よりも居心地が良かったため、そこが学生のたまり場になっていて。何人もが雑魚寝、飲み会のついでに泊まって帰ることがあったようだ。
「それだ」
すでに何となく原因は見えた。
「A子ちゃん。あんた、酒強いだろ?」
こちらも以前は水商売だ。食えない時代には探偵のマネごとや助手までやった。人間観察は職業病というより慣習になっている。酒ヤケの声、肌の荒れ、指関節の膨れやタコなど大酒飲みとか拒食症で吐き癖のある人などは一瞬で見分けることができる。
肌荒れは殆どないが声が若干枯れている。甘えた声とは裏腹に声にかすれがあるのは連日、かなりの量を飲んで、時折吐いているからではないか? と考えた。
「確かに飲むけど。でも、あの時はそんなに酔っ払ってなかったもん!」
だからモンモンじゃねぇよ、と思ったが・・・。
おそらく現場は暗かったのではないかと考える。
家主は斎藤さんになる。斎藤さんが父親から預かったもので鍵は持っている。ただし部室兼で複数の人間が出入りするようになっているので、合鍵を持っていた人間は複数いるのだろう。
コタツで寝ている所を後ろから抱きしめられて。酔った勢いで関係を持った。バレないように声は抑えるだろうし、電気をつけたりはできない。
当然、A子は家主である斎藤さんだと思い込むだろう。部屋には親友であるU子と訪れている。彼氏である斎藤さん以外が深夜に帰ってくるとはなかなか思わないものだ。
なぜだか自分を誘惑してきたので。酔っ払っていたこともあって暗い中でそれに応える。覚えているのは身体の感覚で。実際には振り返って相手の顔は見ていない。
答えにくそうにしている婚約者のU子さんに対して。俺は重ねて、こう問いかける。
「斎藤さんって。ビックサイズ?」
U子は顔を真っ赤に赤らめながら違う、と首を横に振った。
隣の斎藤さんを眺めると口がポカンっと開いていた。もちろん自分のサイズを婚約者に否定されたことでショックを受けたのではなくて。おそらく犯人が誰だかおぼろげにでも見当がついたのだろう。
部屋の鍵を持っている者は数人しかいない。斎藤さん本人、サークルのメンバーで合鍵を渡されている人、後は管理会社や父親になる。
(こりゃ、まずいな)
あえてそこは聞かなかった。長年、不動産業を営む父親や管理会社は論外として、鍵を持っている人間は限られる。
「A子ちゃん。それ斎藤さんと違うわ」(笑)
「A子ちゃんが斎藤さんだと思い込んだだけだよ」
「えっ 嘘、絶対そうだと思ってたのに」
「斎藤さんはその日、そこには泊まってなかったんだって」
よく聞いてみればわかる。その程度のことも確認していないのだろう。
「コンビニのバイトから帰ってきたのが明け方で。起きた時にはU子ちゃんA子ちゃん斎藤さんの3人しかいなかったから。錯覚しただけだと思うよ」
もしかしたらA子を口説いた張本人が行為の最中に斉藤だと名乗ったのかも知れない。酔っぱらい相手の相槌なら、部屋の持ち主だと名乗ったほうが後腐れがない。
「斎藤さんなの?」
「ウンウン。そう」
それを鵜呑みにして「一番興奮した」と喜んでいるA子もA子だとは思うが・・・。
とりあえず、彼女は嘘は言ってなかったわけで。そうだと思い込んでいただけだ。
A子は愚かしくはあるが悪人ではないのだろう。
解けてしまえばなーんてことのないトリックというか、酔っぱらいのたわごとのようだった。
酔ったA子がコタツでうたた寝していると男が入ってくる。時間も遅かったことから顔も確認せずに部屋の持ち主の斎藤さんだと思い込む。男から抱きついてきたり、後ろから行為を始めたため驚くと共に感じてしまった、というのが真相だろう。
問題なのはそれをずっと本当だと思い込み、親友にも斎藤さんにも話そうとしなかったことだ。
その上、なぜかA子にとってそれは「もっとも楽しかった記憶」として刻まれている。
いかに催眠術と言えども。本人が誤解したり錯覚したり、間違って相手を記憶している場合にはそれを再現できない。人間は超能力者ではないので。
後ろから抱きついて性行為を行った男性の顔とか、人柄とか名前を正確に思い出させることが出来るわけがない。見ていないのだから。
おまけに当時彼女は「酒に酔って」いた。
酔っ払ってさえいなければ顔は確認するだろう。キスくらいはするかもしれない。香りとか雰囲気、体格なども覚えているので冤罪は発生しない。
最初は疑っていた婚約者のU子も全員との会話の中で腑に落ちる所があったのだろう。その後は大きなトラブルにも喧嘩にもならず、そのまま結婚へと話が進んでいったようだった。
斎藤さんにはとても感謝された(笑)。そのままだといずれA子がU子に何かを言ったかもしれない。A子本人は本気で斎藤さんと関係を持ったと思い込んでいた。
誤解を解かなければ、その後、何らかのトラブルに発展した可能性も残る。
結局はテレビ番組などへの収録が決まって、心斎橋にあった事務所は早いタイミングで閉めてしまうことになるのだが・・・。初期の頃の思い出だ。
その後、俺の元にA子から何度か営業電話がかかってきた。
「先生、良かったら飲みに来てよ」
留守電だった。先生に会って楽しかった、また催眠術をかけて欲しいといった内容だった。
(残念ながら、俺はあなたが驚くビッグサイズでもセックスが激しい人でもありませんよ?)
と返信したくなったが黙っていた(笑)。
催眠をかけた時「楽しかったことは何ですか」としか問いかけていない。
あなたが一番興奮した時は何ですか、どんな性行為が楽しかったですか、とは一言も言っていない。なんでそこからあんな飛躍が出来たのだろう? 今でも不思議に思っている。
性的な欲求がよほど強い人でないと。そういった発想は生まれないだろう。
今回のケースではA子も被害者だと言える。もっともA子の場合はあまり同情できない。
あとで聞いた話だと彼氏が寝ている間にサークルの他の2人とまとめてやった、という今回とは真逆の話を斎藤さんは聞いたことがあったらしい。
実はA子にもサークル内で彼氏がいた。現場となったあの部屋で数人で一緒にお酒を飲んだ後、彼氏が爆睡している間に「別の二人と」楽しんだ、という話だった。
そういった噂があったので婚約者であるU子は「斎藤さんともA子がやったんだ」と思い込んでしまった。
結局、A子と関係を持ったのはサークルの先輩だろうと言うことで話が落ち着いた。
よほど裕福な学生ならともかく、普通はホテル代は負担したくない。誰かが借りている部屋が空いているなら使わせてもらおうという不心得者だって出てくる。
先輩から強く言われて仕方なく貸し出した時に、部屋の合鍵でも作られたのだろう。
微妙な表情を見れば何となくわかる。家主であるはずの斎藤さんが立場上逆らいにくい人。
斎藤さんが犯人の名前を告げなかったのは、その先輩にも本命の彼女がいたのではないだろうか?
たまたま、家主である斎藤さんの留守中、部屋で寝ていた酔っぱらいのA子と鉢合わせする。
魔が差したのだろう。普段からサークル仲間と遊んでたA子ならば、やっても大丈夫だと思ったのかもしれない。後ろめたさもあったのかその後、先輩は逃げるようにその場から立ち去っている。
サークル仲間は卒業が迫っていたので、先輩が部屋に来なくなったと考えていたようだが、実際には違ったのかもしれない。魔が差したと考えるのは図々しい男なら何事も無かったかのように顔を出しているだろう。
その先輩はサークル内でも有名な巨根で有名だったそうで(笑)。
結果としてそれが決定打となった。
俺からするとA子とU子が、なぜ長年、友達なのかが理解できない。二人の結婚式には呼んだのだろうか?
少なくとも俺個人としては。学生時代からの親友の彼氏と。こっそりコタツでやったことを「一番楽しい記憶」として引き出しに仕舞っている女性はちょっと遠慮したいと思う。
(そもそも、関係持った男性をサイズで記憶してるような女性ってどうなんだろう?)
男が付き合った女性をおっぱいとか「おしりの大きさ」で覚えていたり表現したら。きっと袋叩きになるような気がする。
※この話はフィクションです。
2018年09月27日
谷口信行