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Archive for 10月, 2010

日本の警察官も色々大変ですな(笑)

練習会の時にも色々あったなぁ・・・

おいおい、いきなり何があった?

SP 野望編

人の行動パターンを色々観察する習慣のある私は、妙なことに気がつくことがあります。先日、自宅でオークションで落札した商品を受け取っていると奇妙なことが起きました。

昼過ぎくらいでしょうか? 宅急便の配達員がウチのマンションの防犯カメラに映りました。オートロックで一階には管理人が常駐しています。

いつもの宅急便の配達員と妙な作業服着たおっさんがセットになっている。

今までにそんなことはなかったのに、いったい何事か?と思いました。

今は宅配業者も厳しくなっていてですね。きちんと会社の制服着ていないと首になりますよ。宅配便を装って内部に入り込む馬鹿が多かったので、内規でもしっかりそう決められています。

チャーター業者といわれる下請けもあるのですが、そういった人でも制服は着なくてはなりません。

なのに普通の作業服を着て配達に来るのがおかしいのです。

一人は間違いなくいつも配達に来る人です。顔も覚えていますしきちんと社名やマークの入った制服を着ています。ですので部外者が勝手に入り込んでいるのではない。その運送会社に許可を得て、一緒にマンション内に入り込んだり荷物を持ち込むことが出来るとしたら、答えは幾つかしかありません。

立ち居振る舞い、雰囲気から「警察官」じゃないかなぁ?と(笑)。

「なんだ、なんだ?」「俺、最近何かしたかなぁ?」

と色々考えてしまいました。

もちろん、表情には一切、出さないで受け答えをして荷物を受け取りましたが。

そういえば近所の薬局で

中国の反日デモのことを書いたり、民主党に批判的な内容書いたので目でも付けられたのかな?と、うがったことを考えたり・・・。

余談ですが、中国共産党について書いたり日本の尖閣諸島問題でデモが起きていることを書いた瞬間に大手サイトのリンクがいきなり外されました。

いわゆるプログラムで排除しているのでしょうが・・・。こういった場所(ただの一般人のホームページ)にも一種の検閲というか婉曲な圧力というか、リンクを外すような行為が行われているようで、新聞社とかニュース系サイトからは弾かれてしまったり。

結果としてページランキングがいきなり「3」に落ちたりします。

だからといってそういった記述を外したり、ヒット数を気にして自分が書きたい内容を変更してしまうのは私の主義に反します。ですので削除や変更はしません。このまま載せておくことにします。

そういったことがあった後なので、「それで見に来たのかなぁ?」とも思ったのですが、どうやらそうでないことが判明。

近所の薬局でね、塩酸を買ったんですよ(笑)。濃度35%。

最近、別の仕事で金属を磨いています。動画用のカメラ部品とか製麺機の製作などを手がけていて、明治や昭和初期の古い歯車などを磨くために塩酸が必要になります。

印鑑があるだけで買えるのですが、念のために免許証も持って行きました。

成人であれば住所を記載して印鑑を押せば試薬として購入可能なのですが、最近になって急に厳しくなってしまい、近所の100円ショップなどでは塩酸入りのトイレ用洗剤などが軒並み撤去されています。

おそらくはそれで現認、視認(実際に対象者が住んでいるかどうか?)に来たんですな(笑)。真面目というかご苦労様というか・・・。大変ですね。

ネットでは普通に買えるんですが・・・

いつもお世話になっている通販サイトでは「サンポール」「ネオナイス」というトイレ用の洗剤が買えます。別に印鑑など必要はない。もちろんAmazonなどの大手サイトでも取り扱っていますよ。

なのでわざわざ薬局に行く必要はないのです。

ただし、価格が高いんです。試薬として買えばたった200円前後で35%が500g買えます。トイレ用洗剤と同じ濃度(10%前後)に薄めて使えば100円ショップで買うより安い。半額以下ですね。

しかも、薬局なら送料もかかりません。

そっちのほうが安いとの情報を得て、薬局を片っ端当たろうと思っていたのですがすぐ近所の一件目で塩酸を売っていました。

厳しくなったのは硫化水素を使った自殺のせいだと思っていたのですが、どうやら違うようです。

何でも過去のイジメを句にして自宅に引きこもってしまった男性が、仕返しに爆弾を作ろうとした事件があったそうで・・・。逮捕されています。その製作のために塩酸を利用したようで、警察の捜査や薬物の管理が一層、厳しくなってしまいました。

ネット社会というのも面倒なものですね。

その程度の知識というのは昔から存在したのですが・・・。アングラ本ともいいますが、科学オタクというか昔の過激派(極左)が書いた本とかがあります。図書館で保管されている本にはそういった記述があり、珍しくもありません。

ただ、インターネットの発達で安易にそういったものの知識を検索したり、どこかで聞き齧っただけの者が得意げに載せることも多くなったので、警察としても対応が必要になるのでしょうね。

いつも買っていた「ネオナイス」(100円ショップ、ダイソー系で販売)が撤去されてしまったので、私としては大迷惑です。

若い人は安易でアホな行為はしないように・・・。警察は意外にきちんと調べますよ。あまり甘く考えないほうがいいです。

練習会を打ち切ったり、参加者を絞った理由

まあ、これも時間が経過して遠くなったので種明かしです。

以前は頻繁に練習会を行っていたのですが、ある時期を境にピタッと辞めてしまいました。それを不満として私の悪口を書き殴っている人もいました。

その事情について述べておきます。理由は大きく分けて理由は三つです。

1.宗教関係者、特にカルトが幾つか混ざるようになってきた。

当時はライフスペースの事件とかが起きていました。オウム真理教の事件も起こった後でその残党の活動もありました。20世紀末に終末戦争が起こるから「今のうちに催眠術を覚えなければ!」と言い張るお馬鹿さんもいて、辟易した覚えがあります。

2.宗教関係者の監視、情報収集のために警察関係者の参加申し込みがあった。

相手は「警察官だ」とは言いません。言いませんが特有のパターンや雰囲気、匂いがあります。

後で述べますが、慣れている人間から見ればわかりやすいのです。

3.私自身に番組出演や取材依頼があって露出が増えた。

私は一般人に過ぎませんが、ネットの初期の頃から活動をやってきたのでネットの怖さとか影響力の強さも理解しています。ですから番組への露出が増えた時点で一切の指導や依頼は絞りました。

インターネットは諸刃の剣(つるぎ)です

警察官にしても、現場のたたき上げの人と1課や2課、警視庁のキャリア組とは空気が違います。

歩き方にも特徴があったりね(笑)。キャリア組とか大卒で警察官僚になるような人には護衛がつくのですが、それは機動隊あがりが多い。顔に面ズレ(剣道)があったり柔道の練習で耳が潰れていたり、装備を付けて走るために歩き方に特徴(外また、がに股)があったりですね。

別々で申し込んできてもね。この人が上官でこの人が部下だな、ってことは言葉の端々でわかります。変に親しげであったり敬語を使ってしまいますので。

もっともこれは、私が重要参考人や容疑者でなかったから油断しただけでしょう。ただの情報収集のためだったので、ついうっかり態度に出たんですよ。

変な宗教関係者が練習会の参加を申し込んできて、それを監視しようって人達も釣られて申し込んでくる。マスコミの関係者らしき者も色眼鏡で見て来ていましたし、それを一々、識別するのが面倒くさい。

インターネットで参加者や練習者を受け入れていると相手との関係性は希薄です。実社会のように相手の住む場所や顔や人柄を確認してではない。その分、気楽ではありますがトラブルも予想されることになります。

それが塩酸などを用いて硫化水素自殺を考える人や、安易に爆弾を作ろうとする者を増やした理由でもある訳ですね。

当時はそこまで予想していた人はいなかったのでしょうが、私は念のためにネット経由での接触を減らしてリスクを回避するようにしていました。

人との接触が増えれば増えるほど情報は漏れます。こちらがどんなに好意で親身になったとしても悪口は増えますよ(笑)。人とはそういうものです。

どちらかというと良い評判のほうが増えません。善意の人が第三者のために必死で悪口とか嫌がらせに対抗してくれるような例が珍しく、肉親とか恋人でもない限りはまず行わないでしょう。

中傷する側のほうが執拗ですから(笑)。普通は中傷が優位になります。

つまり、マスコミの露出やテレビ番組の仕事を受けた時点で「どこかでちょっと知り合った人」とか「以前の仕事仲間」でも悪口を言い始める人はいる訳で、それがネット経由なら尚更、多くなるでしょう。

やっかみとか嫉み、ただ単に「見た目が気に入らない」だけでも人は悪口は言います。それが匿名なら尚更です。

個別指導とか知り合いからの紹介が主です

私は過去に接客業や営業職をやっていて、人の心理や反応には多少は詳しいです。ネットの黎明期から活動してきましたので、物まねや盗用、執拗な中傷や誹謗にも何度も遭っています。

インターネットの利点や欠点、長所とリスクを知っているからこそ、そういった対策を行うことにしたことになります。

遮断や無視がもっとも有効なのですが勇気が必要でしょうね。

まして相手が窃盗犯とか盗用者、物まねや卑怯な振る舞いを何度も繰り返していると知ったら怒鳴り返したくもなります。人間は理屈ではなく感情の生き物なんですから。

こちらに明確な落ち度とか悪い部分があったのではなくても、執拗に中傷誹謗を繰り返す連中もいます。それを笑って受け入れたり、むかつかない人のほうが少ないでしょう。

私の場合は父親の死の際にも嫌がらせや盗用を繰り返してきた連中がいましたから、尚更、我慢するのは難しかったです。

情報や面談、受け答えを遮断してしまうことで一時的に悪口や中傷、依頼者や同業者?の誹謗が増えたとしても、そのほうがマシなんですよ。

勇気は必要ですが、きちんとした活動、商売や仕事を行っていれば自然と収まってきます。自身に歪みとか奢り、身勝手さがあればトラブルは拡大しますが、そうでないならばわかってくれる方も増えるものですよ。

商売の基本は信頼です。見え透いた煽り文句とか自作自演ではない。

そういったものはただのメッキに過ぎず、時間が経てば剥れます。そういったメッキに騙された人も時間が経てば本質に気がついて戻る人もいます。

地味ですけどね。地道な活動が一番です。

私は今はネットでの活動に軸足を置いてはいません。練習会も大勢を集めて行うものはやっていません。個別指導、知り合いや過去に指導を受けた方からの紹介、テキストの購入者から懇願を受けてが殆どです。

何事も冷静に・・・ 判断の基本です

「催眠術で大儲け!」とか煽っている人がいますけどね(笑)。馬鹿じゃないかと思いますよ。だったらネットで煽ったりせずに自分だけで行うでしょう?

それはその人が「自分だけ」金を得たいってだけだと思いますよ。10年も前から進歩していない人達もいます。

余談ですけどね。そろそろ警察も色々見直したほうがいいんじゃないかと思います。捜査は必ず2人一組体制とか、支払いはクレジットカードでとか。打ち合わせとか対象者からの情報収集は「居酒屋」とか・・・。

携帯電話とかメール、留守番機能もありますし動画カメラだって小さくなった時代なんですから。もうちょっとやり方があるでしょうに。

いわゆる外郭団体とか警察のダミー会社があってですね。支払いにはそちらを使います。ルパン三世の銭形警部ではないですが、一々、領収書を貰っていたら監視対象者や容疑者に置いていかれる。

なのでそういった方法を使うようになったのでしょうが、そういった情報もネット社会になれば漏れてしまいます。

練習会に参加した「警察官じゃないか?」と思った方が使った会社名、クレジットカードの種類(法人カード)も、私は支払い時にレジ前にいてきちんと確認しています。

その程度の警戒、用心は当たり前だと思うので。

私が運送会社に詳しいのは亡くなった父(義父)が運送会社にいたから。義理の弟は現役で勤めていますよ。自衛隊や特務(SPや機動隊)に詳しいのは昔に付き合いがあったから。

格闘技やってた者は格闘技やってる者を見分けます。歩き方でもわかります。

クレジットカードに詳しいのは銀行員やレンダース(全国信用情報センター連合会)に元カノがいたり。色々な方から聞いた話を私は何年経っても忘れることなく把握しています。

それで判断できるということです。憶測や妄想で決めつけているのではありません。

冷静に観察し記憶し、後でそれをとり出して比較すれば一般人にだって「探偵」(職業としての探偵ではなく、相手の動向や職種を判断すること)は可能になります。

PS.

岡田准一主演の『SP 野望篇』の番宣を見ました。

正直、驚いた。あれは格闘技者の動きですね。よく鍛えてあります。邦画としては珍しく面白そうなので見に行ってみようかと思います。

私とのロケ中、手の平で拾ったダンゴ虫を転がしていた彼が豊かな表現力を持った役者になったものです。

仕事で会っただけで他人事ではありますが、それはやはりとても嬉しいことですね。

2010年10月30日
谷口信行

中国の「反日デモ」のピントがズレている理由

古い時代の影響、中国の持つトラウマ

戦後日本の特異な事情

中国で反日デモが起こっているとの報道があります。(2010年10月18日現在)

ネットの書き込みなどを見てみると、中国が日本の靖国参拝などになぜこんなに反発するのかがわからない若い世代が増えていますので、中国側の考え方と日本との考え方、文化の違いについて述べてみたいと思います。

両国の歴史や背景、文化の違いから考えると様々なことがわかってきます。

おそらくですが、中国(共産党)の幹部は日本という国や資本主義という体制がよくわかっていません。彼らの今、行っている行為は寝た子を起こすようなもので結果としては、中国にとって悪い結果を招くでしょう。

日本には強い宗教団体が存在しません。

現時点では創価学会くらいですかね? 他にも多少は数を集められる宗教はありますが、欧米のように数百万とか数千万人が一気に集まったり、その宗教団体の動向で政権とか国家がひっくり返るほどの集約力、集票力を持つ組織は存在しないのです。

と同時に日本には強い「軍事団体」も存在しません。

何しろ敗戦国ですから・・・。戦後の焼け野原の中から復興してきましたので、組織は一度解体されています。戦前は強力な団結力を誇った組織でも今は存在しないとか形が変わっているものが殆どです。アメリカで代表的なのは退役軍人協会とか軍人の遺族会ですが、日本ではあまり力を持っていない状況です。

GHQによって軍が解体されてしまい、建前上は自衛用の部隊しか持っていないことになっています。

海外の軍隊と違う部分は本来なら縦横の繋がりが強化され、政府にも強い働きかけを行えるはずの「軍」が、まったく政治と連携出来ないということですね。

つまり自衛隊の隊員とか家族とか退役者が、政府や政権に参加できない、影響力を行使できない、多少参加できたとしても発言力を奪われたり、まったく機能しないという珍しい国になっています。

アメリカの戦後統治では、戦争中の日本の行動の全てが「誤りだった」という基本的な方向性、指針が中心になっています。その教育や指導が奇妙に歪んだ形式として定着しています。

アメリカやロシア、中国やイギリス、フランスはもちろん、日本と同じく先の大戦では敗戦国だったドイツやイタリアでもそういった形式にはなっていませんよ。軍出身の閣僚や大臣が存在しないのは先進諸国では日本くらいのものでしょうね(笑)。

小泉政権下でやっと一人(中谷元)出てきただけです。

それで国防が行えるはずがない

本来は軍関係者の中から、戦略を練れる閣僚や大臣を選ぶことは「国防として」当たり前のことなのです。

その当たり前のことが日本では出来ません。先の大戦で日本人が結構、頑張ってしまったためにその集中力や団結力、結束力を恐れたアメリカやソ連、ヨーロッパ諸国が日本の軍事組織を解体してしまい、骨抜きにしたからですね。

政府と軍が密接に関係してこそ、国防は可能になります。

ちょっとやりすぎというか戦後60数年も経って自国の政府と何の連携や参加もできないというのは本当に珍しいです。自衛隊はむしろアメリカ政府やアメリカ軍との連携のほうが強い組織ではないでしょうか?

軍の機密とか弾薬の供給、衛星からの写真もアメリカに頼っている状況です。スパイ防止法も諜報網もありません。ですので身を護る楯がまったく無いに等しいですね。

以前に私の元にも知人を通じて外務省の関係者から協力要請があったことがあります。おそらくは洗脳とか催眠に関する専門家が日本に殆ど存在しないことが、私のような者にでも声がかかった理由でしょう。

ですが、丁重にお断りしました。

アメリカやイギリス、フランスなどと違い、この国には証人を守るプログラムも報酬を払うシステムも、それどころか護衛すら満足に付かないのが実情ですから・・・。危険が増えるだけです。

何かあったら使い捨てにされたり、マスコミで一方的に中傷される可能性すらあります。欧米では犯罪捜査やテロリストの排除のために協力した人は保護するシステムがありますし、報道規制もできますが日本にはそんなものすら存在しません。やりたい放題なんですよ。

いつ情報が漏れて危険に晒されたり殺されるかもわかりませんよ。

宗教でも軍の関係者でもいいですが「強い組織」として固まってしまえば、政治家も送り込むことができます。アメリカで政府の関係者が退役軍人や遺族会に配慮するのはそれが実際に選挙に直接的に影響するからです。

アメリカ人を人質にするテロリストや拉致する犯人に弱気に出れば途端に吊るし上げを食います。次の選挙では確実に落とされるでしょうね。日本にはそういったものが無いのです。

日本の政治家が弱腰だ、と怒る世代がいますけどね(笑)。それは当たり前なんですよ。

中国やアメリカ、ロシアが強気に出るのは強い軍隊を背景に持つからです。いざとなると強引な手法も使えます。自国民を守るとの名目で軍隊を派遣しますし、いざとなったら撃つ連中だからこそ、外交でも強気に出れるのです。

その上、アメリカやイギリスにおいては軍や軍の関係者、退役軍人からの支持や支援もあります。

強気の姿勢が「国益を守る」とか「国民の支持を得られる」と思っていて実際に選挙で勝ったり、政府首脳に入れる資格になると考えている層があるからです。

戦争の起こる本当の理由

アメリカでは一時、「日本は経済は一流だが政治は3流」と日本を揶揄(やゆ、まあ悪口ですね)していましたが酷い話なんですよ。政府と軍との連携すらとれない形には当のアメリカがしたのですから・・・。

本来は外交とか貿易、国同士の交渉は「軍隊」無しにはありえません。いざとなった時には自国の利益を守るために戦争も辞さないとか、少なくとも護衛のために艦船や航空機を派遣する前提で行われます。

大きな利権とか大きな利益が関わるようになったら綺麗事なんて通じませんよ(笑)。だから軍事的なバックアップも必要です。アメリカは太平洋に横たわる光ファイバー網を「軍」(潜水艦)が盗聴して日本企業の入札価格や戦略を知っていたと言われる国ですから。

経済が一流で軍の強化や連携を行い、政治も一流になればアメリカのような大国にとっても日本は再び脅威となるでしょう。経済的に発展したからこそ、政治は3流であって欲しい、と各国とも願うことにもなります。

日本の「軍」と政府が密接に関係を保ち、国防の意識が高まっていたとするならね。北朝鮮による拉致問題も最初から起こっていないでしょうし、尖閣諸島の問題でここまでコケにされることもなかったでしょう。沖縄や対馬まで「中国に寄越せ!」と怒鳴られることも無かったと思いますよ。

戦争が起こるのはいつの時代も「利権」の問題です。

石油なり鉱物資源なり何らかの市場原理が働きます。それを独占したり植民地化することで自国が富むとか一部の企業家が儲けるために行うものであって、そこに正義など存在しません。

一部の支配者層の占有欲とか独占欲、お金儲けのために「国際社会、民衆から袋だたき」にされないための大義名分を求めるだけであって、戦争の「正当な理由」などはむしろ後付けです。

戦国時代でも中世ヨーロッパの実例でも無数にありますよ(笑)。苦しんでいる民百姓を助けるだとか、跡継ぎとして正当な子を領主に据えるためだとか、圧制を強いている王政を倒すためだとか、理由は立派なものが並んでいますが現実には殆どが利権争いです。

大量破壊兵器を見つけて破棄するためでもいいですし、相手が「危険なテロリストだ!」でもいいんですよ。「日本が軍国化しているから懲罰を加えてやる!」でもいいわけです。

理由など後付けでとりあえず、適当な理由で戦って勝ってしまえば何とでもなるのが実情ですから・・・。

ただし、あまりにもあからさまな侵略行為や歪んだ大義名分、自称「正義」では国際社会や隣国から反発を喰らって反対に攻め滅ぼされてしまったり、利権を失います。

ですので数年間とか数十年もかけて入念な根回しを行うことになります。世論工作や世論誘導を行い、自分たちの「正義」に同調してくれる国、攻め込む側の内部に「自分たちのシンパ」を時間をかけて増やすことになります。

国家間の戦争は実質的には二種類しかありません。

持てる国、富める国が更に豊かになろうとして「資源を持つ国を」侵略するか、侵略を受けた小国が圧力を跳ね返そうとして「ゲリラ化」して命を賭けて徹底抗戦するか?の二択です。

大きな国であるが故の利権構造があります。不況や産業の不振、将来的な不安、国内の不満を外に向ける必要があったり、内部の政権争いを国民に知られないようにする意図もあります。

世界の歴史は綺麗事ではなく、血まみれです

世界各国で戦没者は大切に扱われています。

世界の歴史は血まみれのものです。ヨーロッパでは農地を巡って長く戦争を行っています。中世のヨーロッパでは作物の保存や育成が十分ではなく、農地を確保していないと天候不良ですぐに多くが死にます。

そのためには作物をより多く独占できるように戦争を行って併合し、強固な軍隊と城壁で守り、家族や仲間を餓え死にしないようにする必要もあったのです。原始の戦争、戦闘の多くは食料を巡るものでした。

戦争に負けた側は殺されてしまうか、奴隷に落とされる。またはその地を追われることになります。

ですので「戦争に強い」ということはそのまま、その地域で死ぬ人が減らせることに繋がるのです。戦争で次々勝利を得た将軍や王が今も敬われているのは、それが自分たちの先祖であるというだけではなく、その人がいなければ子孫も国家も存在していない、国家の礎(いしずえ、基礎)を作ったとの思いがあるから。

実際にはやっていたことはあまりいいことでもありませんよ。人殺しであったり、略奪行為であったり、各地で強姦や強奪を繰り返していた例が無数にあります。というかむしろ、そういった連中ばかりでしょう。

神の教えを広めるとして始まった十字軍の行軍にしても、実際には現地で略奪行為を繰り返していたとの記述もあります。

負ければ奴隷か強姦です。殺害されるかその地を追われることになります。侵略してくる側の論理や振りかざす正義は様々ですが、いきなり見ず知らずの土地とか隣国に攻め込んでいますし、その地域に住む人達からすれば家族や仲間を奪われたり殺されることに変わりはありませんよ。

正義の戦争、などというものは最初から存在しません。

ただし、それを兵士とか一般大衆とか民衆に告げてしまうと戦争は行えなくなります。

民が餓え死にしそうになれば王や施政者に対する不満は集まります。正義感や倫理観から隣国に攻め込むことを嫌がっていれば、自分たち(王や施政者達)が真っ先に吊るし上げられて殺されてしまうことになるでしょう。

持った途端に奪われたり、殺されるケースが多かった

ヨーロッパでは土地が限られていましたので、開墾を行うのも限界があります。森を切り開こうにも森すらない。仕方ないので海藻を敷き詰め、そこに集まるわずかな泥とか腐葉土を集めて先祖代々、数百年もかけてやっと農地を獲得している島や住民もいます。

やせ細った土地で身を隠す建物もない。こんな場所には人など住めないだろうという場所に隠れ、代々、凄まじい苦労の果てにやっと安住の地を見つけた人達もいます。

(アイルランドの実話 興味がある方は「アラン島」1934年のドキュメンタリー映画で検索を)

数十年、数百年かけてやっと農地化したり、細々と作物が獲れるようになった土地でも奪われてしまえばお終いです。元は豊かな地にいた人達が戦争に負けて追われ、殺されるよりはと考えて作物も獲れない塩分の多い島へ逃れたのです。それでも後に作物が獲れるようになったと知るとやっぱり襲われました。

そういったことが繰り重ねられて、ヨーロッパでは「戦争には負けてはならない!」という意思が強まったのです。スイスの永世中立というのも「武器や軍隊を持たない中立」ではありません。

世界中のVIPから匿名でお金を扱うような国家戦略を行っています。これは「ウチを攻め滅ぼすとアンタの金も無くなるよ?」という脅しでもありました(笑)。と同時に国民全体に国防の意識を植え付けるために教育し、銃器を配布したり緊急時には招集できる体制も整えています。

ヨーロッパではそれだけ血で血を洗う戦争が繰り重ねて起こっていたからで、民族紛争や宗教間闘争もあります。永世中立を保つためにはむしろ軍をきちんと整備して持つ必要がありました。合わせてスイスは匿名口座を開設、銀行が各国から重宝がられることで中立を守る手段としようとしたんでしょうね。

古くはナチス・ドイツのヒトラー、最近ではイラクのフセイン大統領や北朝鮮のキム・ジョンイル氏もスイスに銀行口座を持っていた、便宜を計ってもらっていたとの報道がありました。

古い時代から地球上では少ない資源とか土地、作物を戦争によってお互いに奪い合いの状態ですから・・・。色々なことを気にしていたら自分たちが先に死んでしまう。

攻め込んだ先で略奪行為を繰り返していたり、残虐行為を行っていてもだいたいは目を瞑ってしまうようになったんでしょうね。

アメリカ軍が人道的で日本軍が凶悪だった、など妄想ですよ(笑)。ロシアだろうとどこの国の軍隊でも同じ。悲惨な話やむごい話など幾らでもあります。人を殺すという行為そのものが人を狂気へと駆り立てるものであり、そこの部隊や組織に所属する限りどんな真面目な人、まともな人でも心の暗部や歪みが増幅されます。

戦地では常識が通用しない。まともな人から真っ先に撃ち殺されますよ。理由はともかく「相手を先に殺そう!」と思う。そういった強い狂気を宿らせることでやっと自分や自分たちの陣地、隊の命を保つのです。

持つが故に襲われるというジレンマ

逆説的に言えば、資源や利権を持っていない場合にはあまり襲われません。

不幸なことに敬虔な仏教徒やイスラム教徒が暮らす平穏な地に、鉱物資源や石油が発見されることが多くて・・・。ミャンマーやチベット、イラクやイラン、最近ではブータンなどが大国の思惑に左右されています。

ブータンは王政だったのですが、危機を察知して捨てました。賢明な国王はミャンマーやチベットの二の舞いを恐れたのでしょう。自分が倒れたり暗殺されたら傀儡政権を樹立されて国ごと乗っ取られます。

ブータンは穏やかな国民性と相まって急速な近代化を嫌がっていましたが、議会民主制度を導入。海外から観光客の受け入れを開始しています。海外からの旅行者が戦争に巻き込まれれば世界で報道されるからです。そういった準備を怠った国は、油断している間にいきなり大国に併合されたり植民地化されたりしています。

インドネシアに存在する最後の食人族と言われるコロワイ族などは、長年、石器時代と同じ生活を続けていますが侵略は受けていません。彼らは一応、弓矢と槍で武装していますが、遠方から銃で撃たれれば一瞬で全員死ぬでしょう。

豊かな農地を所有していない。豊かな鉱物資源がある地域に住んでいない。原始同然の姿で生活している。コロワイ族にとっては結果としてそれが幸いしています。

アメリカのインディアンが住んでいた地域には不幸なことに石油や砂金が出ました。正当な持ち主である筈の彼らに与えてしまえば、後から進出した移民達には利益が生まれません。資源や鉱物、農地を後から来た者が独り占めにしようとか奪おうとして戦争や弾圧になっているケースは往々にしてあるのです。

持たなければ襲われない。

ただし、持たなければ富むこともない。苦しい生活を強いられます。先に述べた「アラン島」などが典型です。後から来た連中に豊かな土地を奪われ、殺されないために痩せた荒れ地に逃げ込むことになったのです。

イギリスではアイルランド紛争という血まみれの闘争や爆破事件が相次ぎましたが、それは過去の略奪や民族弾圧の影響もあります。

日本は資源の無い国と言われて久しいのですが・・・。

尖閣諸島周辺に大規模な油田が見つかってしまいました。1970年に国連が行った調査で埋蔵量は約1095億バレル。これはイラクに匹敵する量で世界第4位に相当します。今の技術で正確に計れば、おそらくはもうちょっと多いでしょう。

以前は地下から石油を吸い上げる技術が足りませんでした。ですから海底油田が見つかっても掘るのには莫大な費用と技術が必要で二の足を踏んだのです。今なら十分に可能です。

これをうまく開発すれば、日本全体の持つ借金なんて一気に返せるだけの油田です。経済的に破綻したアイスランドなどからすれば咽から手が出るほどの資源でしょう。自国の領海内にあり、それだけで借金を全額チャラにして余りある額なのですから。

これで日本も資源欲しさに他国から狙われる国に変わったことになります。

権力が集中すると危険が大きくなる

敵国に攻め込もう、と思った場合に真っ先に行われるのが「シンパの増幅」です。

シンパとは英語のシンパイザー(sympathizer)から来ています。支持者や賛同者、政治的思想に同調する者を指します。世界平和を強調して若者を利用したり、利益や甘言で釣ります。それの数が一定数に増えてから、政権を乗っ取りにかかるのが通例です。

チベットやカンボジアはその手でやられました。

カンボジアの時は若者から先に取込まれたんですよ。耳あたりの良い言葉で政権を奪取したポル・ポト派は自分たちに逆らう者全てを皆殺しにしようとまで計りました。

真っ先に殺されたのはポル・ポト派を招き入れることに積極的に協力した若者です。国民の3人に1人が殺され、知識階級や若者の数が激減しています。村ごと消滅していたり、140万人とも170万人ともいう人々を殺しました。爆撃や戦闘、飢えで亡くなった人を含むと300万人とも言われています。

カンボジアの人口は1970年で約690万人前後です。本来は1980年で800万人に達する筈の人口推移のグラフが大きく凹んでいます。回復には時間がかかり元の軌道に戻ったのはなんと1995年に入ってから。

これは第二次世界大戦での日本人の戦闘での死者数を上回ります。その凄まじさがわかりますか?

ポル・ポトを応援した政治家の多くも殺されています。事前に約束した利益や報酬など、支払いたくなければ占領が完了した時点で、一族ごと殺してしまえばいいんですよ。

共産主義、社会主義には素晴らしい部分がたくさんあります。優れた思想や主義であり、そこには見事な知恵と弱者を思いやる心があります。

ポル・ポト(クメール派)にしても最初は弱者の救済、特に農業従事者や文章を読めないような貧困者を助けることを旗印としていたのです。だから支持も集まりました。

問題は、ですねぇ・・・。所詮、運用するのは人間ということですよ。

元の思想や主義が博愛精神に満ちたものだったり、弱者の救済や貧困層を救おうとするものだったり、社会の不均衡さや不公平さ、格差を是正しようと考えられたものでも、そこには多数の人間が関与するのです。

権力を握った瞬間に独裁者や惨殺魔に変貌してしまった例が世界には無数に存在します。

言ってることと、やってることが違ーう

どんなに耳障りの良い言葉をかけられても、私が共産主義や社会主義に迎合したり同調しないのは、彼らがいつ自分の気に入らない連中の粛正に動き出したり、仲間や一般民衆を皆殺しにし始めるか予測がつかないという点ですね。

それはやっぱり怖いでしょう。

最近の日本の政治家にも、選挙が終わった途端に180度、違う内容を主張している人もおられるようですが・・・。二枚舌ってレベルじゃないくらいです。

内ゲバともいいますが、共産系や社会主義系には博愛主義や格差の是正を掲げる割りには仲間割れも多く、自分たちと意見が異なる者を集団で責めたり、殺してしまおうとまで考える連中までいます。どちらかというと陰湿なイメージのほうが強いですね。

だから私はあまり好きじゃないんです。自分たちの意見が正しいと思うのなら暴力でとか数で相手を威圧したり、殺してしまうのではなく、粘り強く理(り、ことわり)を解いて説得しないと意味がありません。

レッテルを貼って怒鳴るとか、決めつけてなじるだけでは誰もついて来ませんよ。古くさいやり方です。

粛正や弾圧を始める者は、直前まで「そんなことは絶対にしない」と言い張ります。言い張りますが、権力が一点に集中しやすいため、その気になれば何でも出来てしまう体制が問題なのです。

共産主義や社会主義をそのまま、実践できるなら素晴らしいことなのですが・・・。私は残念ながら過去の歴史上において共産主義や社会主義でパラダイスやユートピアを築いた実例を知りません。

パラダイスとまではいえないけれど、多少なりとも成功を納めたのはキューバくらいのものですかね?

共産主義や社会主義のトップは、なぜか独裁者になってしまい自分以外の者を信用せず、一族で世襲制を導入したり造反者や反論する者を粛正することにのみ、熱心な人が多数います。

言ってる事とやってる事が同じなら、こんな素晴らしい主義主張はないのですが・・・。共産主義とは共に産み出すと書きます。財産を私物化するのではなく社会全体のものとして共有して、貧困や差別のない社会を生み出そうとの思想の元に始まったものです。

実際にはそんなトップはみたことがない(笑)。殆どが自身や親族で独占しています。中国なんて典型ですよ? あれのどこが共産主義なのでしょう?

資本主義と変わらないのであれば、報道の自由や宗教の自由を認めるべきでしょうね。議会制民主主義や選挙制度も導入すべきです。

共産党の幹部のみが豊かであったり利権や地位を世襲できる制度は「共産主義」じゃありません。しかも、自分たちに不利な情報は一切、外に漏れないなら資本主義のほうが遥かにマシでしょう。

欧米式の資本主義なら一応は選挙制度もありますし、信教の自由もある。インターネットやマスコミを通じて事実や情報が漏れることもある。自身や一族が失脚する可能性もある中で戦うのが筋なのです。

日本独自の考え方や文化、宗教観がありますので

中国は基本的には「反日」じゃないと思いますよ(笑)。実際には反米です。

以前に中国に仕事で行った時、中国人の通訳や現地のガイド、運転手が「マクドナルドやケンタッキーには絶対に行かない!」と言い張るのでびっくりしました。行くなら餃子屋がいいのだそうで・・・。

驚いたのは収入がそんなに高くない筈の運転手までが「俺が奢るから餃子屋にしよう」と言い張ったことです。そこまで嫌がります。

元々、中国は反米路線でした。ところが経済的な失敗が原因で外資に頼らざるを得なくなった。1991年の旧ソビエト連邦の崩壊も大きな一因でしょう。どんなにアメリカが嫌いでもアメリカを無視したり敵視しては商売として国家としてやっていけない所まで追い込まれたのです。結果として反米路線を諦め、方向転換します。

が、子供の頃から反米として教育を受けて育った世代は急に路線変更しろったって無理ですよ。ですので感情として残ってしまっており、それが食文化などでもはっきりしています。

それのガス抜きとして代わりに頻繁に利用されるようになったのが我が国、日本です。

ちょうど、尖閣諸島の油田問題も抱えています。軍と政府の連携がとれず、毅然とした対応がとれない敗戦国である日本なら「叩いても簡単には反抗してこれないだろう」と考えたわけですね。

中国が間違っているというか錯覚している部分が結構あってですね(笑)。ここは中国でもアメリカでもなく日本という特殊な島国だということです。

先に「日本には有力な宗教団体がない」と書きました。と同時に「政治的に影響力を持つ軍が存在しない」とも書きました。その特殊な状況下で経済的な大国となった珍しい国なんですよ。

選挙や政治に直接、宗教団体や軍の影響下がないのは日本くらいのもんです。

言い換えれば、だからこそ難しいのです。中国のように政治の中枢とか党のトップを掌握すれば総取りできるシステムではない。中国なら共産党のトップ=軍のトップ ですが日本ではそうではないのです。日本を完全に掌握しようと思えば政権を獲っただけでも、軍(自衛隊)を掴んだのだけでも足りません。

軍(自衛隊)を掌握しようと思えば、まず先にアメリカ軍との連携を切らなければならない。自衛隊は下手をすればアメリカ軍の一部です。

靖国参拝にしても同じです。日本は宗教団体が牛耳っている訳でもない。靖国神社を超大型の宗教団体や組織と勘違いして中国や韓国が大騒ぎしているのを見たら、本気で馬鹿なんじゃないか? と思います。

日本では正月に神社に初詣に行って、節分で豆を撒き、ひな祭りを祝って端午の節句に鯉のぼりを飾り、結婚式にウエディングドレスを着て、クリスマスにケーキを買います。国民全体、社会全体がそんなムード。

ある意味、節操が無い。中国の故事やお祭り、和洋折衷でのイベントがあってそのどれもを受け入れている状態なんですよ。はっきり言えばこれは大きな宗教団体の影響が薄いからこそ備わった特質なんです。大きなキリスト教の一派がのさばっていたり、仏教の一部が突出していればそうはなっていません。

靖国神社についても、中韓がああいった大騒ぎをしなければ徐々に風化して遠くなったでしょう。戦後60数年間が過ぎているのですから・・・。歴代の首相とか閣僚や大臣がお参りするくらいは無視しておけばよかったのです。ただの年中行事で日本人におけるクリスマスと変わらなくなってきていました。

それをわざわざ突っつくもんだから「靖国神社とは何か?」を検索する人も増えたでしょう。日本の政治家も後に引けなくなった。寝た子を起こしたようなものです。

中国と日本はかなり感覚が違います

ネットで検索すれば正確な意味も知ります。となるとそれを手放したりないがしろにはしなくなります。日本人とはそういう人種です。国を守ろうと戦った人がおり、A級戦犯という分け方がただの呼称であり、罪の重さで分けられたものではないことが若い世代にまで浸透してしまいました。

結果として靖国神社への参拝客やお参りする人が増え、若い世代が詳しく知ることになった。風化は更に遅れることになりました。今後は死者を悼んだり、国を守ろうとした人をお祀りすることにまで口を挟む人達への嫌悪感が増すでしょう。

日本をチベットやミャンマーのように併合? を目指すならそれはもっとも下手なやり方です。

1995年に中国共産党の幹部(李鵬 りほう:Li Peng:1928年10月20日)が、「数十年後には日本なんて国は無くなっている」と発言しています。

おそらく、日本人は恫喝には屈しませんよ。表向きは従った素振りはするでしょう。しかし内心は苦々しく思うでしょうし、決して心を許しません。取り込むのなら理(ことわり)を持って説かねばならない。軍事的な恫喝や脅迫で何とかなるは幻想です。

従順で大人しくてね、恫喝すればすぐに謝って相手のいいなりになるような人種や国なら、とっくにどこかの国に飲み込まれているでしょう。これまでの世界情勢はそれだけ厳しかったのですから。

戦後の動乱期にね。何一つない焼け野原から立ち上がってきた日本人はそんなに弱い存在じゃないですよ。意外なくらいにしたたかです。直接ぶつかって言い負かすことよりも、迂回したり多少の手間がかかっても何らかの打開策がないか考える人種で国だからこそ、現在の繁栄があります。

正面きっての言い争いや殴りあいはできるだけ避けます。理由は簡単で「先の戦争で負けてる」から。軍事的な背景を持たず政治と連携もできない。その弱みがあったからこそ備わった特質であり能力です。

何か独自でしようとすればアメリカの目も光ってる。なので超大国のような力づくの手口は使えません。

満足な軍もなく、諜報組織もスパイ防止法もない。政治は3流だと馬鹿にされたり悪口を言われる。実際には3流じゃないと思いますよ(笑)。アメリカ人のように鼻高々で自慢したり、自分の手柄を誇るのではなく縁の下の力持ち的な発想で、日本を支えてきた多くの先達達がいます。

日本がアメリカに合併吸収されたり、ソビエトに植民地として支配されないように影から支えてきた人達もいます。アメリカ国債を買って、日本が国家として存在しなくなったらアメリカの経済界にも影響が出るような防衛策は、今では中国が積極的に取り入れる方法でもあります。

それは一部のマスコミが言い張るような「アメリカのポチ」でもないと思いますよ(笑)。いいなりになっているのとは違う。

だったら現時点で日本以上にアメリカの国債を買い占めている中国は「アメリカのタマ」(サザエさん家の飼い猫)でしょうか? 日本に倣って中国共産党はアメリカ国債の大量保有を始めたとも言われているのですが・・・。

中国からしても、それがアメリカをけん制する材料になるとの判断です。

いわゆるスイスの匿名口座などと同じで高度な政略になるでしょう。それは相手の飼い犬や飼い猫になるのではなく、政治的な駆け引きです。

中国はデモとか宗教団体とかを異様に怖がりすぎ

まあ、これは独裁国家の宿命みたいなものです。中国共産党にとって、自国で用いたいのは「共産党」というイデオロギーであって、その他のいかなる宗教や宗派、考え方も必要がないのでしょう。

中国で今、「反米デモ」をやれば粛正されますよ(笑)。一部の共産党幹部がアメリカとがっちり手を握っていますので。今は反米路線では困るのです。ですので代わりに日本を用いている。民衆や学生側も日本相手なら逮捕されないし、強制労働もないと思っているから。

官製デモと呼ばれるのはそういうことです。

「靖国、靖国」と言いますけどね。日本人の多くは中韓がああいった騒動を起こすまで靖国神社がどういった存在でどんな祭祀を行っているのかも知らなかったと思いますよ。戦後の60年とはそういうものです。下手すりゃ自分の親すら生まれてないのですから・・・。

それをわざわざ煽ったものだから火がついた。日本人は一度、覚えたことはなかなか忘れませんよ。

日本人が尖閣諸島問題で抗議するため、中国大使館に向けてデモを行っています。それに呼応するように中国各地で反日デモがあり、投石や破壊行動を行っています。

ああいった行動もよくないでしょう。先に述べましたが日本のデモは官製ではない。中国とは違うんですよ。日本政府が命令したものでも、誰かとか何かの団体が主催して煽っているものでもなく、自然発生的に行われるものです。日本は共産党の一党独裁ではないので、それを強引に解散させる権利がどこにもありません。

ルールや法律に則った形で申請が出され、許可を求められたら警察や自治体もOKを出すしかなくなるでしょう。これはこれまで左翼系の人間が散々、利用してきた手口ではないですか?

なのにその矛先が自分たちに向いた時だけ、抑制しろとか。または「もっと酷いデモを日系企業に行うぞ!」と脅すとか。そういった恫喝は余計に中国や共産主義に対する失望と警戒感を高めるだけで何の意味も持ちません。

確かに中国国内でのデモとか宗教団体は危険なのかもしれないですよ?

下手をすればそれで中国が崩壊することもあり得るでしょうから・・・。必死で抑制したり弾圧を加える気持ちも多少はわからなくはありません。ですが日本国内においては話は別ですよ。

日本人は低反発まくらみたいなもんです。

強引に押せば力を加えた分だけ跳ね返してくる。ゆっくりと時間をかけて沈み込めば反発は少ないが、無理やりに型に嵌めようとすればなかなか納まりません。

日本人は中国人や韓国人のように「大声で怒鳴り返す」ことは得意ではないでしょうが、だからといって「何にでも従うか?」といえばそれも当て嵌まりません。現にアメリカ産牛肉の消費も、韓国産キムチの消費も、中国製冷凍餃子の販売数も、以前の数値にはまったく戻っていませんよ。長く影響を残すのです。

日本を自陣に引き込もうと思うならば、まずそれを理解すべきですね。

黄巾党の乱などの実例、中国の過去の歴史が警戒させているのでしょうが、それは行き過ぎ。恫喝や脅しで日本人の心を抑制するなんて不可能ですよ。静かであるからとか大声で怒鳴り返して来ないから、これで自由自在に操れると思い込むのは国民性の違いを理解しない人達の錯覚です。

日本を一気にチベットやミャンマーと同じにしようったって、それも不可能です。そういった手口で併合するには日本は大き過ぎます。経済的にもそうですし、人口的にも無理でしょう。

日本の市場とか技術が完全に中国に流出するとしたら、もっとも嫌がるのはアメリカでありユーロ各国です。中国の思惑はどうあれ、そのまますんなり併合とかは難しいでしょうね。

しかし、アメリカの代用として気軽なサンドバック扱いにされるのは、そろそろ辞めてもらいたいものです。

2010年10月19日
谷口信行

愛想尽かし、相手とはうまく別れましょう2

愛想尽かしの言葉、態度は?

昔、武家社会や吉原(色街、傾城街)で使われた表現

世良公則(&ツイスト)の昔の歌に、こんな詩があります。

「愛想尽かしの言葉がダメなアンタに似合いと」いつもお前は笑うのさ♪

愛想尽かし(あいそづかし)と読みます。

古い表現なので若い世代にはわからないと思いますが、この「愛想尽かし」というのがよく考えられたシステムというか、先人の素晴らしい知恵なので紹介しておきたいと思います。

吉原という地名がついたのは葦が生え茂る湿地が語源とも、この地の管理を任された「オヤジ」が東海道の宿場、吉原宿の出身だからとも言われていますが諸説あってはっきりとはしません。

庄司甚右衛門(しょうじ・じんうえもん)という小田原生まれで武家出身(一説には忍者出身だったとの説もあります)が幕府に「傾城街(遊廓)を運営したい」と願い出たことがスタートとなります。

東海道の宿場町で天下統一後の徳川家康を待ち受け、女性を使って接待して傾城街の認可を受けたとか逸話が幾つか残されていますが定かではありません。

遊廓や遊女屋では様々な情報が飛び交います。昔から情報収集には寝物語との例えもありますが、スパイ活動には遊廓の運営がもってこいだったかもしれないですね。

今も中国や北朝鮮ではその手口を盛んに使いますが、元は日本でも行っていました。

吉原はその後、江戸の街の治安維持や無宿者の管理に絶大な効果を持ちます。

忍者だったかどうかはわかりませんが、庄司甚右衛門(しょうじ・じんうえもん)はただの商人ではなく幕閣や江戸幕府の高官に何らかの強力なコネを持っていたことは間違いないでしょうね。

でなければ傾城街や遊女街、いわゆる売春に関する膨大な利権を一手に引き受けることはかなわなかったでしょう。まして吉原は江戸幕府が無くなった明治維新後まで続いたのです。途中で誰かに奪いといられたり潰されたりしなかったということは、よほど強い繋がりや利点がなければなりません。

賂(まいない、わいろ)なども役人に行っていた形跡はあります。

届け出が受け入れられた背景

庄司甚右衛門(しょうじ・じんうえもん)が傾城街を最初に願い出たのは慶長10年(西暦1605年)です。徳川秀忠が二代将軍に就任、家康は隠居して大御所となっていました。

江戸城と城下は急ピッチで整えられておりまだ完成しておりません。武家の社会が固まってしまい戦乱や戦場(いくさば)で男が身を立てる時代は急速に過ぎ去ろうとしています。

吉原のスタートは江戸の町が大幅に変更になり住人が強制的に移住させられた時期とも重なります。街割り(区画整理)が行われるのと同時に遊女を雇って商売していた他の仲間を取りまとめ、代表者として「傾城街」として一ヶ所に設置することを申し出たのです。

戦乱が納まれば新しい統治が始まります。もう武士同士の戦いは納まりつつあったのですから・・・。結果として商売も様変わりします。商人や遊廓街の整理や淘汰が始まり、いずれば幕府からおとがめを受けたり必要がないとして捕縛や取り壊しが行われるかもしれません。

各地で諜報活動を行ってきた忍者や草の者も、急速に力を失い職場を無くします。

鋭敏な感覚でそれを感じ取った庄司甚右衛門(しょうじ・じんうえもん)は先手を打って、世が完全に治まる前に、先に遊女宿を取りまとめて幕府に対して協力を申し入れます。

なかなか認可が降りないので更に7年後の慶長17年(西暦1612年)にも申請します。

「居続け(連泊)は行わせない」「どこかで盗賊が浚ってきた娘を働かせない」「怪しげな浪人、悪党や脱藩したり無宿者がいたら通報する」ことを誓い、再び傾城街の運営管理を願い出ることになります。

傾城街の運営が治安の維持管理、流れ者や無宿者、無法者を摘発したり風紀の乱れを整えることに役立つことを力説しながら長く辛抱強く待ちます。

時代は慶長から元和(げんな)に移ります。その間に豊臣家との最後の戦い、大坂冬の陣、夏の陣が起こっています。

戦国の世が納まり、幕府としてはこれからは内政にも心を砕かねばなりません。豊臣家との最終戦争も終わり徳川家が盤石の体制を築くには、江戸の街を騒乱から守ると同時に「ガス抜き」というか一般人や武家の不満が一気に高まらないように配慮する必要がありました。

と同時に監視体制を強化するために傾城街を設置、利用する方向に動きます。

この部分は以前に述べた「日本において宗教法人が優遇される理由」にも重なってきます。

売春のみ、とは微妙に異なる部分

江戸時代には湯屋女、茶屋女と言いましたが、いわゆる身体を売る女性はかなりの数がいたといわれています。もっともそれは人口の多い大都市のみで地方にはそういったシステムは整っていませんでしたが、湯治場とかお参りに行く際にやはり女性を買う人はいた模様です。

千と千尋の神隠し、などで表現されている「湯屋」にはそのようなシステムがあり、職業として女性が大勢働いていたとの記述もあります。

吉原においてはそういったただ単純に「身体を売る」女性を扱うシステムではなく、読み書きが出来たり作法を知っていたり、会話や芸事、詩や楽器を売り物にして「安売り」しない形式へと変更したようですね。

身体を売るだけの女性は一度、やっただけで客が飽きてしまうからでしょうね。もったいを付けるというか付加価値を高めて客の居心地とか、遊び心や虚栄心をくするぐように変更していったのでしょう。

大門を潜ると身分の差は関係ありません。どんな大店だろうと身分の高い武士だろうと差が無くなるのです。もちろん、お金持ちなら大盤振る舞いも可能ですから派手な遊びも出来ますが、金にあかして身勝手な行動をとると「無粋だ」として周囲から蔑まれ(さげすまれ)ます。

大店の旦那、大身の大名や旗本が何ヶ月も通った揚げ句に結局は振られる、という珍事も吉原では時折起こっています。

それを「粋」(いき)と称して売り物にしたんですね(笑)。

遊女、遊廓であっても心意気がある。それを無粋に踏みにじろうとするものは「遊びを知らないダサいおっさんで、流行りを知らない田舎者、半端者」として街全体で笑いものにしたのです。

吉原にいる時は身分など関係ない形になります。肩書きや家柄で威張るのではなく、自分の身一つで花魁(おいらん)を口説き落として見せよ、が基本システムになっています。

懸命に努力して何年間も働いてお金を貯めて、花魁に会いに来た染め物屋の職人がいます。二人は恋仲に落ち、花魁が年期が開けた時に嫁として迎え入れて職人の故郷に仲良く一緒に帰っていった話も残されています。

愛想尽かしが必要になったのは・・・

傾城街(けいせいまち)とは「入れ揚げると身代、家が傾く」との意味もあります。中国の楊貴妃(ようきひ)の例もありますが、美人に治政者とか施政者、王様が入れ揚げると国が傾いた実例もあるのです。

傾城街の意味は「国や城が傾きかねない美女を取り揃えた街だよ」という宣伝の意味もあったようで・・・。一応、旗本とか大名は吉原への出入り(発令は元禄6年)に禁止されたのですが、無視して出かける者が多数いました。

それはね。吉原としても困るのです。行き過ぎれば幕府に睨まれますから。

情報を得たい相手の出入りは許したかもしれないですね。ただし、本気で大名や旗本の子息が女性に入れ揚げてしまってトラブルを招くのは幕府としても歓迎はしないでしょう。

旗本の子息は、下手な大名よりも裕福であったりもしました。徳川家の天下統一に尽力した者の子孫が江戸の街に残されて護衛役を旗本として貰っているわけですから。大名とは異なって参勤交代や城の普請などの負担がない分だけ経済的には余裕があったとも言われます。

時間は余ってますからね(笑)。戦争は無くなっていますし。裕福な旗本にはやることが少ない。お役につけるのは長男(跡継ぎ)だけです。

部屋住みの三男坊と揶揄されたのは、それだけ暇を持て余したからでしょうね。次男は長男が不慮の事故や病気で亡くなった際のスペアとして多少は大切にされましたが、三男や四男は可能性が少なく、養子に出されたりしました。

吉原に通い詰めた有名人としては若き頃の水戸光圀がいます。

大名とか旗本の息子が通い詰めているとの噂が高まると処罰が下ります。幕府としては今の体制を整えるための功労者やその子孫を「厳しく」罰したくはないのです。反発も強まりますから。

その藩の宿老(しゅくろう、おとな、ともよびます)とか家臣達は更に大変ですよ。下手をすればお取り潰しです。明日から路頭に迷うかもしれない。自分の上司になる若様が女に走った揚げ句、お家が無くなれば再就職どころじゃありません。

大店の若旦那とか大身(たいしん)の武士とか身分のある人が色事に走ってしまえば、家族や家臣は真っ青ですよ。ですので吉原の店に「何とかしてくれ!」と泣きつくことになります。

ところが吉原や遊廓も客商売ですからね。入り口を閉鎖するわけにも参りません。昨日まで普通に出入りしていた客を入り口で強引に追い返せば角が立つでしょう。

ましてそこにはお侍さんも含まれます。面子を潰されたと考えた武士はいきなり腰の物(刀)を抜くかもしれません。吉原においても武士が入り口(大門)で刀を取り上げられることは無かったのですから。

そこで必要となるのが「愛想尽かし」なんですよね。

相手への深い愛情もあれば、トラブル予防の意味もあった

浄瑠璃とか歌舞伎においても「愛想尽かし」の情景は時折出てきます。

花魁とか遊女にもね。情はあります。嫌な客は断ってもいい、という建前で整えられた吉原においては、遊女側も相手を「選んで」いたことになります。大金を持っていることばかりが花魁や遊女と過ごせる条件ではなく、多少は女性側の意思も反映されたのです。

いくら遊女であっても毎回、通ってくれて優しい言葉をかけてくれたり、大枚(大金)をはたいて通い詰めてくれる客、しかも身体の関係が何度もあった相手をいきなり大嫌いになるというのはあり得ませんよ。

売り上げが落ちたり、指名がまったくない遊女や花魁は徐々に格下扱いを受けます。客の数とか人気が自分の生活を支え居心地を左右するのですから、遊女側にも上等客は大切にしたいとの想いはあります。

吉原においては金を払って男が強引に女を買って、好き勝手に扱ったとか奴隷にしていたのとは微妙に異なるのです。遊女側が拒否する権利もありましたし、他の客が来ているからと何度出かけていっても居留守を使われるケースすらありました。

若様とかお坊ちゃんがいつものように出かけてゆくとね。花魁とか店の雰囲気が微妙に違う。理由ははっきりとはわからない。わかりませんが空気というか雰囲気が重い。妙に居心地が悪くなります。

花魁がなかなか出てこない。店の者の連絡も悪い。すぐに奥には案内されず、待たされる時間が多くなる。雑談にもなぜか皆が快くは答えてくれない。せっかく愛しい女に会いに来たのに散々です。

待たされはしますが花魁は必ず会ってくれます。会ってくれますが二人きりが少ない。店主とか店の顔役が一緒にいたり、隣の部屋に誰かが控えるようになります。花魁の態度も冷たいものになっており、いつものような親密さがない。

場合によってははっきりと「あんたには愛想が尽きました」と言われます。詳しい理由は何も述べません。縁を切りたい場合には「愛想が尽きた」と遊女側が言うのが決まりごとになっていた模様です。

花魁と店が冷たいのは「家臣」とか「幕府」とか、大店の親族から泣きが入っているからで「申し訳ないが、つれなくしてくれ」(愛想尽かしをしてくれ)と頼み込まれているからなんですよ。

愛する旦那(お客さん)や男を守るためにあえて、つれない態度をとらなくてはならないことも、吉原という場所では立場上あり得たわけです。

幕府に睨まれた時点でお終いなんですよ。よほどの大身とかお取り潰しが難しい大名(幕府直轄である水戸藩など)なら多少は好き勝手に出来たと思いますが、小藩ならひとたまりもありません。

相手を思うからこそ「ここら辺が潮時」「もうウチに通うのは辞めてもらわなければ」になります。実際に大名や旗本の中には、吉原通いを理由にお取り潰しになった者もいます。

それをよくわかっている店と遊女側は必死の思いで「愛想尽かし」を試みているわけです。いくら特例が認められている吉原だからといっても、相手は刃物を持っているお侍です。危険もありますし逆上だってあり得る。勇気が必要だったでしょうね。

相手とはうまく別れましょう

ごく初期の頃、私がこのホームページの運営を開始した頃に書かれた文章があります。

「相手とはうまく別れましょう」

今回はこのコーナーの補足です。検索結果を眺めていると、最近は異性とかパートナーとの別れ方に悩んでいる方が結構いるようですね。

「相手とはうまく別れましょう」のコーナーに書かれている「畳の目を数えるようにして別れろ」は、言い換えるならば「うまく愛想を尽かしてやりなさい」になります。

相手を思うからこその別れもあります。

私にしても今も連絡とりたい相手はいますよ。以前に付き合っていて好きだった女性なら尚更です。困っていると聞けば駆け出しそうになりますし、自分の多くを投げ打ってでも何とかしてあげたい相手もいます。

でも、それでは優しさにならない。

私が今も独身で結婚しておらず、相手に添い遂げてあげたり今後も側にいてあげれるなら話は別でしょう。自分が結婚しており側にいてやれないなら、歳を重ねた現在だからこそ我慢したり会わない勇気も必要になります。安易に哀れみをかけたり、面倒を見ることばかりが愛情ではないと思います。

時には「あなたには失望した」とか「見損なった」と罵られるくらいでいいのです。それでその人は次の人生を次のパートナーと歩いてゆく道筋だって出来るのですから・・・。

はっきりしないのがもっとも良くないでしょう。

いつまでも綺麗事を言って中途半端になるなら別れになりませんよ。ズルズルといつまでも続きます。抜き差しならない年齢になってしまった時にもっとも辛い立場に追いやられるのは、関係を引きずってしまったその女性になってしまうかもしれません。

嫌われてあげること、罵られてあげること、別れを言い出したことで快く思われないことも含めて、それは「付き合った男が背負うべき責任ではないのか?」と私は思っています。

女性の方も同じですよ。

吉原の花魁は売り上げや指名が落ちれば、店から追い出されることもありました。格下の店で身体を売ることになったり、栄養状態が悪くなれば労咳(結核)を病んで野垂れ死にしてしまうことすらありました。

それでも、時に「愛想尽かし」を行ったのは相手を思えばこそです。と同時に幕府とか時の権力者に睨まれ、店や自分自身が危うくなるのを逃れる意味があります。

愛想尽かしは「時間をかけて」整えられたシステム

吉原のシステムは最初から固まっていたわけではありません。

徳川が栄えた数百年の間、徳川幕府の体制と共に歩み、明治期になって滅びてゆきます。ですのでこういった「愛想尽かし」にしても最初から定まっていたわけではないのですよ。

「愛想尽かし」というシステムは長い年月の中で徐々に整えられていったものでしょう。

治外法権というか一種の自治権を与えられていた吉原ではありますが、刃傷沙汰とか心中とかお侍が刃物を持ち出して花魁や遊女を刺したとか店の者と斬り合いになった話も多数、残されています。

安易に追いつめれば人はキレます。

廓(くるわ)の中で無理心中でもされてしまえば、店も大損です。幕府とか他の店への体面もあります。年季明け(24歳前後)を楽しみにしている花魁も死ぬのは嫌かも知れないですね。できれば穏便にご退場を願うためにそういったシステムも整っていったのでしょう。

別れとか愛想尽かしにもある程度の段階とか手順があってですね。いきなり前日とはまったく違う態度をとれとか相手を「遮断しろ!」って意味ではないのです。

危険ですから。

どんなに藩の上役とか宿老(しゅくろう、おとな)から頼まれても日数は多少、かけます。いきなり翌日から出入り禁止にするわけではないのです。

現代でわかりやすい例でいえば「ネットの掲示板」などが似たようなシステムですね(笑)。

何らかの荒し行為や不法行為や宣伝を行ったり、誰かの中傷を繰り返す人物がいます。それをいきなり出入り禁止にすれば、荒しは止むどころか増えたりもします。やってる行為は間違いなくその人が悪いのですが、だからといっていきなり遮断に動けば恨みを買って極端な行動に出る者もいます。

なので「ちょっと」緩めるのです。全部を締めつけてしまうのではなく書き込み出来る場所とか抗議できる場所を残す。その上でその人物が「態度を改めるなら」制限や入場解除も視野に入れます。

本当はそんな面倒なことやりたいわけないのですけどね。荒らしたり宣伝を書き込む奴が悪いに決まっているのですから・・・。ですが、そこを厳しくしすぎると他の良心的な利用者に悪影響もありますし身勝手な報復を働く者もいます。

これなども過去の失敗例や経験から徐々に固められたシステムでしょう。

吉原では「愛想尽かし」と決まった瞬間から対象者(旗本の跡継ぎや大名)と二人きりにはしていません。出来うる限り、隣室には誰かが控えていますし顔役なり店主なりが同席します。二人きりになる瞬間はありますが、油断はしないように気はつけていますし、いきなり翌日から「もう会わない」にはしていません。

要するにこれは「畳みの目」を数えることになります。

意図的に二人の間に時間とか衝立(ついたて)を作る。全てを一気に遮断することはしない。徐々に距離を離すのです。常に誰かを間に挟むようにしていきなり、相手の感情が高ぶるのを抑えるようにしているのです。

最後に現代風にアレンジとアドバイスを・・・

現代においてもこれが大事。別れ話を切り出す時は誰かの同席を頼みましょう。ただし、同席といっても同じテーブルについてもらう必要はありません。

「なんだその男は!」「新しい男か!」と言い出して逆上する可能性が高いです。親族や身内も危険です。交際に反対していると知っている相手では感情を逆なでしてしまうかもしれません。

ですので、職場の仲間とか上司とか以前から「両方が知っている知人」「得意先」などが望ましいでしょう。中立に見える相手がいいのです。

吉原で言えばその店の主人、「オヤジ」と呼ばれた顔役に当たります。利益を得ている店の店主が大金を支払ってくれている客を追い返したいわけはない。だからこそ同席します。

大切なことは「別れ話」そのものには立会人や「オヤジ」であっても関与させないことです。

立会人には「大切な話があるから離れていて」と頼んで、テーブルから離れた位置に座っていてもらいましょう。話し声は聞こえないが視野には十分に入ることが重要です。

揉めた時にはすぐに助けにこれる距離が最適です。遊廓であれば襖や障子の向こうで、何かあったら駆け込んでこれる場所が「愛想尽かし」をする際の控室になっていました。

対象者に別れそのものは「自分の意思」で進んでいることを自覚させます。立会人や仲介人が変に口を挟むと「こいつが二人の仲を邪魔しているんだ!」と憎悪を増幅させます。話し合いの邪魔はしないことが大切です。

もちろん、暴力を振るう場合には飛び出していって(できれば複数の人間で)強引にでも押さえつける必要はあるんですけどね。廓でも多数を用意していました。そこは毅然とした対応が求められます。

別れ話のもつれで家族や親を刺し殺すような事件があるのは、ここの部分の対応の誤解や失敗です。

徐々にマイナスのエネルギーとか圧力を抜くこと。恋愛沙汰っていうのは強力なパワーがあり、昔から国を傾けたり家(大名や旗本)を滅ぼしたり、相手を殺すような事例がたくさんあることは忘れないでください。

たまにいますけどね。他に好きな人が出来たからといってメールアドレスや携帯番号をかえてしまい、いきなり連絡を絶つ人が・・・。それはもっとも危険な行為です。相手には事情がわかりませんから探し回ることになりますし、逆上させるきっかけや原因となります。

別れの意思は明確にすること。できれば理由や事情もはっきりと伝えること。どこが嫌になったのか、何が辛かったのかを伝えないといけません。誰か(新しい彼とか彼女、親族)とか、何かの意思ではなく自分自身の意思で「新しい選択」(別れ)をしたこと。

それを繰り返して別れる相手に伝えてください。

伝える時は二人きりにならないこと。誰かの「仲介」ではなく、「立ち合い」を求めること。立会人が感情的になったり一方に肩入れして怒鳴ったり、相手に決断(別れ)を迫らないこと。

その上で「徐々に」面談の回数を減らすとか連絡の回数を減らしていって、最後に「遮断」です。いきなり連絡がとれないとか、相手との約束の日時や場所にいかなくなる行為は辞めたほうがいいです。

自宅周辺での待ち伏せや職場の回りをうろつくようになり、相手の行動パターンの予測がつかなくなって尚更、危険になります。

一方的な「遮断」で片が付くなら吉原の遊女は皆、そうやったでしょうね。恨みを買えば報復を受けます。何かのきっかけで蓄積されたマイナスのエネルギーは時間の経過で減ることはなく、むしろ強まることもあります。大名やお目見え以上(将軍の顔が見られた)の旗本の恨みを買ったら大変です。

現代においては職場の上司との不倫みたいなものですね。

せっかくの出会いで育まれた関係です。切るといっても一時は好きだった人でしょう。多少は段階を踏んで徐々に離れてあげることが、結局はお互いのためになってトラブルを防止できます。

愛想を尽かす、というのは元々は悪い意味ではなくてですね。愛している想いを尽かす、離れるとの意味を含みます。

吉原で愛想尽かしをされた旗本や大名、大店の息子が諦めて帰ることが多かったのは裏に「自分に対する愛情」や家臣や実家からの懇願があったこと、幕府に知れて役職を失う危険が迫っていることを、冷静になれば徐々に察知するからでしょう。

誰かとの別れを望む場合にはトラブルを予防するため、上手に「愛想」を尽かしてあげてください。

2010年10月02日
谷口信行
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