私の正体?

ホームページ運営の開始は1997年4月から

谷口信行 別名、Nobee谷口

谷口信行 別名、Nobee谷口

Nobee谷口の名前は番組出演時だけです。

プロフィール
北海道 夕張市生まれ
身長182cm 体重88キロ
趣味、空手、合気道他

写真がどこにも無いと以前に番組関係者にうるさく言われましたので一枚だけ(笑)。2017年のサイトリニューアル時に撮影したものです。

元々の仕事は、セールスや接客が主体でした。元々、子供の頃から勘は鋭いほうでセールスや営業においても相手の反応を読む作業が多く、感情を読み取ることに長けていました。

そういった仕事にかかわる傍ら、人間の心理の勉強と催眠誘導の練習を重ね、現在は独立、兄と有限会社オフィス トゥルーを設立。

※1996年に法人登記。本社が奈良でしたが、現在は大阪市北区梅田に移転しました。

番組出演、雑誌への取材、ドラマ等の催眠シーン指導協力等があります。

過去の経験を活かし、企業向けに販売実績を上げるための方法や、得意先、顧客への接し方、催眠誘導の実演や指導、講演やカウンセリングにあたっています。

他にも障害者の方の在宅支援などを考え商品開発などもやっています。関西では最大手にあたるNPOにも所属、兄はリハビリセンターで長年、講師も行っています。

たのしい催眠術講座、という理由

このサイトを当初に「たのしい催眠術講座」としたのは、面白い話を中心にしたかったから。

生きていれば悲しいことや苦しいこともある。日々の生活の中では嫌なことがたくさんあって、生きていて辛いことや苦しい時がある。そんな中で少しくらいは「心理学の面白い知識」とか「催眠の不思議な現象」とか、ちょっと役に立つ情報とかがあってもいいな、と考えて文章を綴ってきました。

元々はそこがスタートだったのです。だから「たのしい催眠術講座」だったんですよ。

ネットで笑う、という文字に括弧(笑)をつけて使うようになったのも私が初です。怒るとか悲しいという文字は極力使わず、笑うという言葉だけを強調して使おうと初期(1997年)に自分で決めました。

それが嘘ではない証明に、初期の頃に出した著書「催眠術師のひとりごと」は、その方針がそのまま書籍になっています。今ではどこでも当たり前のように使われていますが、1997年にそういった書き方をしていた書籍はなかったと思います。

もっとも、そのような意図で始めたホームページだったのに途中から悪質な物まねオヤジ、気持ちの悪いカルト団体が催眠を悪用したり、私の書いた内容を盗むことが増えました。

催眠を何でも出来る技術だと喧伝したり、神秘の技術を教えてやるからと数百万円という高額な料金を請求したり、マルチ商法まがいで練習生や被験者をネットで盛んに募集するようになりました。

他にも催眠をアニメやゲームで見て錯覚した「モテないから女の子を操ろう!」だのを企む馬鹿もたくさん出てくるようになって・・・。結果として悪徳サイトとかカルト集団、物まねオヤジに対するけん制文とか警告文、対抗するための内容が増えました。

それらはいわば苦肉の策で。私が自ら望んだわけではありませんよ。

残念ながらこのホームページも途中で「戦う催眠術師」に変化してしまいましたが・・・。

仕方ないとはいえ、そういったものに何度も向き合わなければならないのがかなり辛かったですね。まさかNPOとの活動や兄と一緒にやってたボランティアまで歪めて、自身の宣伝とか信用を増すのに利用しようとする屑がいるとまでは思わなかったので・・・。

どんな馬鹿とか屑でもその程度の良識や常識はあると考えた、私はどこか甘いんでしょうね。

体調不良になった上に、そういった愚かしい連中が押し寄せてくるのに辟易して一時期更新も改訂もサボってました。私がホームページやブログを直したり、新しい内容を載せる都度に「自分が思いついた」かのように偽る連中も出ます。

残念なことにまた、それを鵜呑みにする人達もいて(笑)。当時はまだネット検索が今ほど進んでいませんでしたからね。どれが本当かを見分けるスキルが一般人にもなかったのです。

私と同じ時期に綺麗なイラストとかオリジナルのアイコンを作っていた方もいたのですが・・・。盗用者が自分で作ったかのように偽るので嫌気が差したのでしょう。何人もが辞めています。

初期の頃から私のサイトの内容を「そっくりそのまま」盗用している「他の催眠術師を」番組で用いるとか。そういったことが何度も繰り返されれば、そりゃうんざりもするでしょう?

私が更新しなきゃ盗用もできないでしょ? だからしばらく更新や新作がなかったんですよ。書かなきゃそいつらが実力で書くか、一から自分で作るしかなくなります。

「私の正体」は・・・

はっきり言えば現在は「ただのおっさん」です(笑)。ただし多少は経験量が豊富です。普通の人とは異なる経験とか場所に出入りしたこともあり、かなり深い部分も知っています。

社会の影とか闇の部分も覗いたことがありますし、大金持ちから浮浪者寸前の人まで付き合ったことがある。芸能人にも知人や友人がいたり、特殊な場所にも出かけています。

まあ番組関係者や練習会に来た人、友人知人、家族にも話したことのない経験は結構ありますね。

変に好奇心が旺盛でしたからね(笑)。私が中学生の頃、両親が離婚して急に貧乏になりましてね。背負わなくていい筈の苦労とか余分な経験も自然に増えました。どちらかというと父親に似ていた私は、母親にあまり好かれなくて実家にいられなくなったんですよ。

母親からすれば別れた父親のミニ版が目の前にいるようなものですからね。よく「お前はお父さんにそっくり!」となじられたものです(笑)。

実父に話せば一緒に暮らすことも可能だったのですが。妹に「兄ちゃんは自分だけがお父さんの所に行って暮らそうとしてる」と責められました。一人でも養育費が減ると家族が生活できないとも母親に言われ、昨日まで一緒にいた兄弟が急にいなくなったら学校で離婚したとバレるとも責められました。

結果として身動きがとれなくなったんですよ。

母親や妹、兄に配慮して父親の元には行けなかったのですが・・・。今度は父親にも責められることになります。「お前らは困った時にしか頼りに来ない」と。私は父親に小遣いすらせがんだことがなかったのですが・・・。兄や妹のように父親に金を貰いに行ったことは一度もありません。

中学校2年生の頃に親が離婚して私が高校を卒業して社会に出るまでの5年間、私は母親や父親に一度も小遣いを貰ったことなどなく、学用品も昼飯代も全てアルバイトで賄いました。

思い悩んだ末に選んだ結論、弱い立場の母親や妹を守りたい、そう願って折り合いの悪かった母親との暮らしを選びました。私のそういった願いを知らず「子供たちは全部、私の元に来た」と父親に対して勝ち誇る母親の言葉や姿にも深く傷つきました。

これは最初の著書にも書いていますが。それで催眠「術」に憧れたんですよ。親が揉める前に一緒に見ていた番組が「初代、引田天功」の特番でした。喧嘩したりいがみ合うのではなく、私に残されていた数少ない家族全員が幸せだった頃の記憶です。

家に居場所がないので、自宅になかなか帰ろうとしなくなった理由でもあります。

少なくとも離婚は私の責任じゃないでしょう? なのに「あんたなんて産むんじゃなかった」と詰られ(なじられ)たことが何度もある。

離婚したのも「あんたらのせいだ!」「あんたらさえいなければ私は違う人生が歩めた」と罵られたこともありましたっけ。当時の私は中学生です。どないせいっちゅうねん? あんたらが好きでくっついて自分たちで作った子供じゃないか? とも当時は思いました。

困ったことにウチのお母様は私に言ったことを全て忘れてらっしゃいます(笑)。妹もですよ。おそらくですが、家族にとっても苦しい時代だったのでしょう。

どうやら記憶の改ざんというかすり替えが起こっているようで・・・。当時のことはなぜか何もかもが私が一方的に悪かったことになっているようですね。私が急に反抗期になって暴れるようになったとか言うことを聞かなくなったかのように思い込んています。

両親の離婚時、私は中学校の2年生のガキに過ぎませんよ。その頃の私に出来ることなどたかが知れています。地方都市なのでアルバイト先を見つけることすら難しかった。その当時、学校で認められていたのは新聞配達だけでした。あとは隠れてやるしかないですね。

これまでそういった部分について、このサイトで触れたことはなかったですが・・・。母親とか甥っ子や姪っ子の目に触れさせたくなかったことと、そういった部分については触れない、書かないで「楽しいことを」中心にしたかったからです。

そういった苦労話は誰にもできなかったので

子供たちも大人になりました。事情も知らないままに「おばあちゃんとおじちゃんが仲が悪い」と思われても困りますし、そろそろ受け止められるだけの大人になったでしょう。

高校三年間も新聞配達しながら、あちこちでバイトを掛け持ちしながら通っています。変に大人びた子供だった私はいじめのターゲットにもなったことがあります。特に卒業までの半年は殆ど、誰とも口を聞かないままでした。自宅でもそれに近い状態ですね。

要するに高校3年生になってから1年間、卒業のその日まで「私は誰とも殆ど口を利かなかった」期間があります。自宅でも学校でもですね。「お前みたいな大人びた子供は嫌いだ」と教師から面と向かって罵声を浴びたくらいですからね。

好きで大人びる子供なんていませんよ。ろくに苦労もしたことのない担任教師が生徒を見下ろします。

後で知ったのですがその担任は自分の教え子、女生徒に手を出して結婚までしてます。その教師がただの生徒である私を「大人びているから」と言うだけで罵るようなことが現実に起こっていました。

それは生徒が大人びているのではなくてね・・・。その教師が子供なだけですよ。成人した今になって思えば、自分の教え子に手を出している時点で屑です。

兄は当時、母親と喧嘩の末、家を飛び出してしましたし父親は離婚でいません。残ったのは私と妹だけです。学校で何かがあったからと誰かに相談することも出来ず、母親に一方的に殴られたこともある。私はそういった状況で育ちました。

このサイト上に学校教育の話とか、催眠術とは違う堅苦しくて面白くもない話が延々載っているのはそのせいでしょうね。そういった過去の生活環境や学校体験にも影響を受けています。

これまでには食ってゆくために様々な仕事を探し、詐欺に引っかかったり騙されて苦労したこともあります。四国から5千円札一枚握って鞄一つ持ったままで大阪にたどり着き、求人情報誌やアルバイト情報誌を買って住み込みで仕事を探したのが社会生活のスタートですね。

6畳一間の寮とは名ばかりの部屋、二段ベットの上、肉体労働のタコ部屋と呼ばれる世界、あいりん地区や東京のピンサロ? と呼ばれる風俗店で居場所を探しながら暮らしたこともある。

こういった苦労話、家族にも友達にも話したことのない話はいっぱいありますよ(笑)。

私と知り合いだった人とか、収録や練習会で直接会ったことのある人はそんな風には思わないでしょ? 面白いことに、なぜだか知りませんが番組の関係者とか練習会であう人達は、私を何の苦労もなく成功してるとか、世間知らずのボンボンだと思い込んだりします。

仕事に溢れて食うものがなくなって、何日も水だけ飲んでたなんて経験もありますよ(笑)。もちろん、それらは催眠とかを仕事にする前のお話で。このサイトを開始する前のことです。事故や喧嘩に巻き込まれるとか、ヤクザに絡まれたとかホームレス寸前になったこともある。

実家とは疎遠で母親とは喧嘩別れしていましたから、連絡なんざ出来ませんよ。

布団かぶって泣いたこともあります。長年、私にとって親はいないも同然でしたから・・・。親の庇護がないと生活にも苦労します。どこかに就職するにしても部屋を借りるにしても保護者とか保証人が必要となるのが世の中の常ですから。

私にはどこにも頼る場所が無い。

事件とか事故とかね。社会に出て何かに巻き込まれると大変です。身寄りがいないとか側に友達が一人もいない状況で働き始めると苦労しますよ。社会はそんなに善意で出来ていませんから・・・。仲間がいないとか一人だと知ると嵩にかかってくる連中や、何もかも取り上げようとする連中も大勢います。

私が空手や自主トレに傾倒していったのはそう言った事情から。誰も守ってくれないからです。

周囲からかぶさってくるプレッシャーを跳ねのけ、誰も知人や親族、家族がいない状態で仕事をしたり、誰かに認めて貰うためには「気の強さ」とか、はったりではない実力、喧嘩の腕っ節や体格、「しゃべる能力」までの全てを含むのです。

結局はね。「それで色々なことができるようになった」のです。空手も合気道も「催眠術」もできますし、今では料理も掃除も電気工事も内装もできる。ホームページやWordPressのカスタマイズもやれば動画撮影や編集、シナリオを起こして企業用のイメージ撮影をこなしたこともある。

学生の頃は食い物が無くてね(笑)。運良く身長は伸びたのですが痩せててガリガリでしたよ。一日に学食の200円のピラフだけって生活続けていれば当たり前でしょ? それしか買えなかったから。同級生や教師には内緒にしてましたが、その金も新聞配達で自分で稼いだものでした。

それがあるせいか、食い物で蘊蓄(うんちく)垂れるおっさんとか、入った店で誰かが食ってる物にケチ付ける人が嫌いです。私からすると食うものがあるだけでもありがたかった。

今では料理も私の趣味ですが。美食家なんてくそくらえと思ってますよ(笑)。

あまりいい環境で育ったとは言えなかったですが、私は「自分が最初に著書を出した」時に、巻末には両親に対する感謝の念を綴りました。

社会でその意味がわかる人は少数でしょうね。

自分が異質であるとは思っていなかった

父親や母親、身勝手な「担任教師」ろくに口を利こうともしなかった同級生を恨んで、恨み言を一生、言い続けるのは「馬鹿でも」できる。

その頃の両親の立場とか環境を思い、周囲に感謝の念を持つことが出来る者が、きっと大人となった時に誰かを支えて行くのでしょう。

私自身は自分を「異質である」とは考えて無かったんですよ。年齢が上昇して始めて自分がある部分で普通の人とは違うことに気が付きました。

記憶が異様に鮮明なんですよ。私は2歳からの記憶が明確にあります。

上の兄と2歳違いなんですが。子供の頃に住んでいた家とか近所の子供とか、どこに遊びに行って誰と話したかなど。もちろん離婚した実父の記憶もありますし、母親がなんて言っていたかも覚えている。いわゆるスライドのような形で記憶に刻まれていて、それが動画の状態でいつでも引き出せるわけで。

このサイトを開始してすぐに一定数のヒットを得て多くの方からメールを戴きました。その中にはテレビ局とか有名人も何通かあったわけですが、その中にこういった記述が何件かありました。

「どうやったらこんなサイトが出来ますか?」

これは自分でもまったく理解していなかったのですが・・・。私は記憶が他の人とは違って延々ストックできる上に、その記憶が後からインプットされる情報と次々にリンクするようです。

ですから子供の頃に読んだ本とか不思議に思ったことが、年齢を重ねるごとに解き明かされるというか、時代が追いついて行く姿がみえるわけですね。

他の人も同じだと思っていたので・・・。わずか2、3年前のことまで人が記憶を失うとか忘れてしまうと思ってなかったんですよね。私からすれば20年前でも30年前でも同じことです。当時の服装とか街の雰囲気、流行っていた物とか音楽まで明確に思い出すことができます。

だから「父と母が」延々いがみ合っていることも理解できなかった。

おまけに今はこのホームページとか過去のメールなどもありますからね。

ブログ、というのは本来は日記のことを指すのですが。1997年、20年も前から当時あったことを中心にこのサイトを運営管理していますからね。私がホームページを開始したその頃はブログシステムそのものがネットとか社会に存在していませんでした。

通常は自宅で「自分の日記帳」に書くわけです。いつからか通信機材とかネットが発達して今ではネット上の自分のスペースにスマホや携帯、パソコンで書くようになりました。

ブログ、つまり私は日記と同じものを。20年前からせっせと付けていましたので。記憶の改竄とか歪みは起こりませんよ? 自分の過去の記述を眺める都度に記憶が修正されます。当時の事実が、繰り返し思い出されることになりますから。

このホームページや昔のメールを眺めると自分の記憶が正しいというか、変化したり都合のいい内容に改ざんされていないことはわかります。

同級生に会って高校時代の思い出話をしてみれば、何もかもが間違っていたり歪んでいたりもします。話している内容がすっかり自分中心のことになっていたり。人はこんなに何もかもを忘れてしまったり、自分に都合よくしか覚えていることができないのか? と驚きました。

そんな当たり前のことにすら、私は長い間気が付きませんでした。

おかしいなと思うようになったのは30代くらいから。同級生や昔の彼女、家族や兄に会って話していると記憶に欠損というか、忘れてしまっていることが多いとやっと気が付きました。

そりゃ話が噛み合うわけないわ(笑)。私は覚えているのに相手は覚えていないんだから。私に散々迷惑をかけた友人や知人、過去の部下とか仕事仲間、私を捨てて他に男を作って出ていった筈の女性までがこういったサイトをやってると当たり前のようにメールで連絡してきます。

それが一人は二人ではなかったり。最初はとても腹が立ったのですが、そのうち「ああ、こいつら本当に当時のことを忘れているんだ」と気が付きます。

そうなると相手を責めても無駄でしょうね(笑)。一度、記憶の改ざんとか忘却が生じるとその後、どんなに怒ったり訂正を求めてもその記憶は戻りませんから・・・。

証拠の手紙とか写真とか。場合によっては動画を見せても一度自分がそう思い込んだことは認めようとはしませんよ? 完全に忘れているのですからどうしようもありません。苦笑いするだけですね。

書きたいものがあるんだな、と遅ればせながら気がついたので

結局は異異質な記憶力と過去の読書量、経験値とデータ値でこのサイトは構築されているような・・・。個人的には私のこのサイトの何が良かったのかはよくわかりません。

間違いないのは学閥やプロダクションの後ろ盾を持っているわけでもない私が、何百人もを前に話をするようになったこと。ゴールデンを含むテレビ番組に呼ばれて実演するようになったこと。

今も多くの人達が私のテキストや文章をあてにして訪れたり、あちこちで引用されていること。それらは一重に私の異質な記憶能力と、過去の厳しい生活環境にあるのでしょう。

自分では記憶力や再現率がそこまで良いとは欠片も思ってなかったのです。盗用者を見ても「なんでこの程度のことを自分で書かないんだ」と思った。全員がその程度は普通にできると思ってました。

「そうか、できないんだ」とある時、はたと気がついた。

そこの部分にもっと早く気がつけばよかった(笑)。

こんな職業をやってる癖に、自己分析がどうも苦手です。若い頃は仕事で成功を収めて裕福になりたいとか、女性にモテたい、それが自分の目標だと思っていたのですが、どうやらそこも違ったようで・・・。物欲はどちらかというと薄いようですね。

誰かが買った物とかブランド品などをひけらかしていると、羨ましいというよりもむしろ哀れに思います。反対に優れた才能、凄い作品とか企画を見ると素直に羨ましいとも思いますし、その人に強烈な尊敬の念が湧く。不思議なものですね。

おそらくは自分で表現したいものとか、誰かに伝えたいものがあって、こういったサイトを始めたんだろうな、とこの歳になってから思います。

自己表現の場というか結局は文章を書くことが好きだったのだろうと。

物書きになるとか、漫画家になる人には二種類しかいないと思うんですよ。

お金持ちになりたいとか有名になりたいとか、女性にモテたいって人と。それとは違って「何らかの物語」自分が表現したいとか書きたい、誰かに読んで欲しいとか残したいと思う人の二種類です。

前者は権力欲とか金銭欲、色欲などの「欲求」に直接的に繋がるものですが後者はむしろ、自分の表現方法というか「物」ではないんでしょうね。イメージとか概念に近い。

寂しかったりね。辛かったりね。誰かに支えて欲しいとか側にいて欲しいと願ったり、強烈なコンプレックス、時には「歪み」を抱えた人が魂を削って書く文章とか絵っていうのはやはり、見るものの心を奪います。自分の中にある様々なものを作品に向かってまっすぐに叩きつける人が稀にいます。

もっとわかりやすく噛み砕くとね。「物書き」を目指す人と「物書きにしかなれない」人がいます。どちらも似ているように思うかもしれないですが、決定的な違いがあります。

おそらく、それは職業ですらないんですよ。

物書きを「職業として」目指す人は実入りとか受け取れるものがあるのが前提です。報酬とか名誉とか名声が主体なので大手出版社とかメジャー入りを目指すことになる。その結果として異性にモテるとか周囲からちやほやされるってのがあって。

最近はこちらを目指すタイプのほうが主流かもしれないです。

ところが、物書きにしか「なれない」タイプはそうじゃないんでしょうね。食えない辞めとけって周囲に言われても自分の描く世界から離れられない。そこにしか自己表現の場所がないから。

寝食を忘れて四六時中書いてるタイプの人が、それに当たります。見てる周囲はハラハラするでしょうが、ご本人にとっては苦痛ですらないんですよ。その瞬間が幸せなんです。

今なら発表の手段はいくらでもある

今は昔と違ってパソコンもインターネットもありますから。その気になれば今すぐにでも自分の作品を公開する事ができる。雑誌社などへの応募も簡単になりましたね。

私の場合はちょうど中間ですかね? このサイトを通じて講演会や指導も行いましたし長期に渡って読みに来てくれた読者もいます。超メジャーではないにしても番組出演も行ったことがあります。

テキストの売り上げだけでも結構な金額ですし、出演料や講演料も戴いています。私にまったく才能がないのならば私のサイトを「丸パクリ」にするような愚か者、ましてそれを新聞紙上や雑誌の誌面に載せるような連中もいなかったわけで。

面白いのはパクリとか盗用、文句を言う連中の数が私の能力の実証で、私の書く文章に魅せられた人が多いという証明になってしまっています(笑)。

読まなきゃ盗用もできないですし文句も言えません。

ずーっと放置してきたホームページを、膨大な時間をかけて整えたのには理由があります。

これまでの集大成としてそろそろきちんとした形として整えておきたいと考えています。

私が若ければ出版社などに持ち込むのですが、もういい歳です。自分の集大成としてこれまでの経験とか知識を文章にするのなら誰かとか何か、第三者を挟むのではなく全てを自己完結で臨もうかと。その覚悟というか気力が湧いてきたので全文を読み返して整えています。

元々、ネット中心でやってきた人間ですからね。体調不良で休養中に遊びで始めたレビューでも各所で高位者になっていたりします。催眠術師? として名前を出さなくてもその状態なら、文章を書く能力そのものは、そんなに悪くないんじゃないかと思ってみたり。

身勝手な盗人が多かったことと、匿名で始めたレビューが軒並み高位者になったこと、その2つが新しい小説とかテキストを整えておこうか、という気持ちにさせています。

「たのしい催眠術講座」のほうはこの辺りで一区切りとして小説を何本かと過去のテキストを取りまとめて出そうと思います。その宣伝とか告知もあるので、放置してあったサイトを復活させて大幅な加筆訂正、レイアウト調整を加えてあります。

読み返してみると、苦しんだのがよくわかる

これまでのコンテンツを一通り見返して加筆修正を加えるようになると。その当時の嫌だったこととか苦しんだことがはっきりとわかります。

良かった話よりも苦しかった話のほうが多い。インターネットの黎明期から活動していますから。2ちゃん(今なら5ちゃん)とかGoogleがなかった頃からサイト運営やってますからね。

今ならばモノマネとか盗用サイトもすぐにバレます。Googleなどもオリジナルを大切にするようになって次々に対策を講じていますから。そうしないと真面目に運営管理したり貴重な情報を載せてくれる人が嫌嫌気が差して辞めてしまうでしょう?

盗用者と既存マスメディアだけがのさばるようになるとネットで商売しているGoogleやAmazon、プロバイダなどが困ります。ネット通販やネットにおけるコンテンツ産業は一般人から広く情報を集める形で発展、既存メディアを追い抜こうとして来たわけですから。

大手出版社とかマスコミ、盗用者だけが大きな顔をしているのは何とか止めようとします。

文章をネットから丸パクリすることが恥ずかしいとの概念もやっと一般人に定着してきています。ところが一昔前はそういった意識とか常識がありませんから・・・。酷い連中が大勢いました。

ネットの内容をそのまま流用して賞に応募した女までいますよ? 大賞を獲った新進気鋭の女流作家と出版社が煽っていましたが、その後はまったくの鳴かず飛ばずですね。

おそらく、今ならスマホを自在に操る中学生にも負けますよ。ネットの黎明期に咲いた徒花(あだばな)で単なる偽物、促成栽培の造花ですね。できれば、これから何らかの夢を目指す若い方にはそういった連中になって欲しくないですね。

見え透いた煽りと肩書きさえあればで売れた時代はもう終わります。ネットの普及がそういった連中を駆逐してゆくと思いますよ。他とは異なる才能とか実力は不可欠です。

長い運営においては、苦い思い出もたくさんあります。

どうすりゃよかったんだろうな? と今も思います。流用者や盗用者を次々に訴えてやりゃ良かったのかと。確かにこのサイトを通じてチャンスもありましたし良い出会いもあったのですが・・・。それ以上に苦い経験もあって。途中からは新しい文章を載せるのが苦痛になっていました。

読み返してみると、あちこちのコーナーの長い文章の中に似たような表現が何度も混ざっていて。よほど腹に据えかねたというか、そういう連中をどう扱い、どう戦えばいいのかがわからなくて自分が苛立っていたことがわかります。

今回のリニューアルでそういった部分を削除して修正するのが大変でした。昔の文章を読み返すことで、その当時の苦しい思い出や感情までが鮮明に蘇るようです。

大きなメンテナンスもこれがもう最後のつもりで手を出しましたので。一応、メインとなっているコーナーは全部に修正を入れてあります。

※ただし「学校へ行こう!」のコーナーは当時、番組関係者に許可を貰っていますので、大きく修正を入れることができません。見た目というかレイアウトを整えるに留めています。

興味がある方は読み返してみてください。私なりにですが熱意を持って改訂に取り組んだつもりです。これまでにはなかった記述とか、種明かしも各所に入れてあります。

直す気になったのは、小説に書いた内容と「この場所が」リンクしているからですよ。実体験がなかったら何も書くことが出来ません。だから執拗に覗き見して盗む連中もいるわけですね。

小説を書き始めてから「ああ、これはあの時に体験したアレが元になってるのか」と自分でも気付かされました。そうなると半端なままでホームページを放置してあるのも気がかりなので・・・。この機会に時間をかけてでもレイアウトとか、半端で放置されている文章を整えておく気になりました。

私個人としては利益採算性重視ばかりではなく、経費のかからない電子書籍とかネットだから展開できる商法とか商売、変わった取り組みがあってもいいと思っています。大手マスコミとか一部の出版社だけがコンテンツ産業を名乗ることがおかしい。

ネットで情報発信していたり、スマホで写真を上げたり自作の小説や漫画を載せている人もすでに製作者であり、作家の一員ですよ。大切なのはツール(所属団体や枠組みを含む)ではなく中身なのです。

だからスマホ小説や個人のブログ、SNSからでもヒット作が出ています。

私の書くのは架空世界ではありますが、完全な絵空事とか空想だけで書かれた話ではありません。実体験を元に実際に「使える」知識であったり経験や技術を織り交ぜようと思います。

催眠に興味があったり、学んだことのある人にも参考になる形として内容は整えたいと望んでいます。

完成したら告知しますのでお楽しみに。

2017年12月15日 更新

谷口信行

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