前世は本当にあるのか?

2017/12/11改訂
2004/04/08初稿

聖書に書かれている一節

新訳聖書ヨハネによる福音書9章、2節にこういった記述があります。先生。彼が盲人に生まれついたのは、だれが罪を犯したのでしょうか? この人ですか? その両親ですか?」

これは今から2000年も前の話になります。イエス・キリストが各地をまわっていた際に出会った、生まれつきの盲人を見てイエスの弟子が質問した話です。

興味深いのは2000年も前からすでに「前世があった」とする考え方があり、その人の前世に何らかの出来事や事件があって、それが現世において、何らかのハンデを背負って生まれてきたのではないか? と考える人達がいた証明となる文章です。

業(ごう、といった表現も用いられますが、何らかの業を「過去世(前世)に背負っているからこういった状況に本人が陥っているのではないか? と考える人々がいたことになりますね。

キリスト教は終末思想というものに繋がっています。世界はいずれ終末に向かってゆくのでそうなる前に、正しく生きる方法を考えようという教えを説いていたので、リインカーネイション、つまりゾロアスター教や仏教、他の宗派の概念とも繋がる「生まれ変わり」については否定的であったのではないか? が近年の研究者の主張です。

「誰が罪を犯したか?」という弟子の言葉は。そのまま「前世があった」にも変換できます。

キリストが架空の話ではなく実在の人物だったとしてこの質問はイエス・キリストが生きていて弟子と直接話ができる時代に描かれたことになります。

キリスト教のベースになった「ユダヤ教」にはリインカーネイション、生まれ変わりに近い概念が遺されているようでが、キリスト教の信者は否定的ですね。

一度しかない人生で神から授かった命だから、大切に生きなさいと考えるため自らが命を絶つ自殺を禁忌と考えており、悩んだ末に亡くなった方でも自殺だとなかなか許そうとしません。

生まれ変わりがないから自殺は罪であり許さない。それが前提なのにキリストが生きている時代には、弟子たちが師匠にこういった問いかけをしていることになります。

これは当時の概念の中に当たり前のように「生まれ変わり」というものが入り込んでいて、一般人や弟子たちが前世について考えたり、質問として口にする機会があったことを示しています。

前世について書き始める前にこういった話を例にとるのは、皆さんにはそういった考え方が何千年も昔からあちこちで論議されてきたことだ、という認識を持って欲しいからです。

前世(催眠)についての考え方

私の元にも時折「前世催眠をやってください」といった依頼が舞い込みます。またそういった療法を売り物にしている施設、団体もあるようです。

テレビ番組などの影響もあるのでしょう。一部のいかがわしい団体が「催眠で前世さえ調べればどんな悩み事も解決する」などとネットで煽ることもあって、高額な費用を請求してると聞いています。

番組に時折出ているスピリチュアルカウンセラーとやらを名乗る男もいて、そういった連中が前世、前世というから信じ込んだり頼ろうとする人も出るわけですね。

「谷口さんの所ではやらないのですか?」といった問い合わせも受けます。

私の所では一切やっていません。その理由、私の考えについてもこのコーナーの後半に述べます。過去にあった実体験としてそれに近いものも紹介しますが、私の思いは別にあります。

研究者によって前世催眠や療法については様々な考え方があります。

少々難しいのはそこに輪廻(りんね)とか、カルマ(業)とか、リインカーネイション(生まれ変わり)などの複雑な概念(がいねん)を含むため、哲学や思想、宗教観やそれぞれの考える生と死なども関わってしまいます。

すると冷静にというか、施術者の主観を挟まずにそれらに関わることがとても難しくなってしまいます。

前世催眠を最初から真っ向に「まがい物だ!」と決めつけてしまう研究者、施術者もいますし反対に「前世催眠こそが問題の解決のためのもっともな近道だ!」と熱烈に訴える人もいます。

中にはかなりヒステリックな方や、妙に熱心な信奉者(どちらの方向にも)もいますが、私はそういった物をとやかくいう前にもっと真摯に考えなければならないことがあるのではないか? と考えています。

日本において若い世代には「前世はある!」(あって欲しいと願う?)人も多いようで、私の元に寄せられるメールの中には、「私には何らかの前世があり、それを知りさえすれば自分の現在抱える問題があっさり解決するのではないか?」といった期待を抱く人も数多くいます。

リインカーネーション「生まれ変わり」?

1970年代、アメリカでベストセラーになった本があります。

原題は忘れましたが、「ブラッディ・マーフィーを探して」(もしくは、マーフィではなく、メアリ)という邦題がついていたと思います。興味がある人は探してみてください。

残念なことに現在は絶版になっています。私は昔の古い本や特殊な書籍ばかりから知識を漁る癖がありますから、現在その本が興味を持つ皆さんに手に入るかどうかはわかりません。

ここで紹介すると長くなりますから、かいつまんで一部分だけ書きます。

ある女性に深層催眠をかけてどんどん退行を行ってゆくと、結果として前世が現れるようになり、現在(その当時)被験者が住んでいたのとは違う地域で違う世代(1798年)にアイルランドに別の名前で生まれ、生活していたと証言し始める話です。

このコーナーを最初に書いた2004年の時点では詳細な情報や正確な原題、放題がわかりませんでした。その後、ウィキペディアなどで追加情報を載せ翻訳してくださった方がいます。

正式な人名はブライディ・マーフィーで邦題は「第二の記憶:前世を語る女ブライディ・マーフィ」だったようですね。

最近になって、ブライアン・L・ワイスという方が書いた「前世療法」という本が日本でも翻訳されて話題になり、かなりの册数が読まれたようです。

そのどちらにも共通するのは「前世」が存在すると仮定して、催眠誘導中に現れた本人の過去の記憶、すなわち前世を検証(ブラッディ・マーフィにおいては実際に現場を追跡)しようとする話です。

ブライアン・L・ワイスという方の書いた「前世療法」という本の中では、生まれ変わりについてかなり突っ込んだ解釈が載せられています。

これまでにあった本のように「前世がある」「催眠をかければ出てくるんだ」といった漠然とした感覚ではなく、輪廻(りんね)とか転生、要するに「生まれ変わりは本当にあるんだ」といった思想、概念が色濃く感じられますね。

仏教やチベット宗教などにおいては、昔からそういった感覚教えが残されています。

近年になって(アメリカ、ヨーロッパ、日本を問わず)世紀末の世相や社会情勢を反映してでしょうか?若い世代を中心にそういった感覚や思考は受け入れられ、多くの支持を集めているようです。

興味深いのはこれまで、欧米における一神教(キリスト教)主義においてはあまり触れたり重要視しようとしなかった部分も一緒に引き継いでしまっています。

輪廻(りんね、生まれ変わり)とインドやチベット密教などでの考え方に近い「カルマ」つまり、宿縁や宿業生まれる前から本人が背負っている何か? といった考え方や、マスター(守護者)や指導霊(人間より上位に属する何らかの存在)に導かれる、といった記述が多くみられることですね。

一部は徹底的に否定されました

実は「ブライディ・マーフィーを探して」という本で書かれた内容については、その後、研究者から徹底的に否定されたのです。

物語の主人公になった女性が、3、4才の頃に実際にアイルランドに住んでいたことが分ったからです。

子供の頃からアイルランド地方の方言や言語に慣れ親しんだに経験があってその地域の知識や言語を無意識下に貯えており、誘導者が過った誘導方法や方向性を用いたため、それらをつなぎ合わせてもっともらしい話に作り直された、と考えられたためです。

日本にはこれ以上の記録がなくて、おそらくは海外での情報を元に翻訳したものでしょう。その後、アメリカでは「ブライディ・マーフィーが本当に実在したのか?」が徹底検証されています。

当時29歳だった主婦のヴァージニア・タイという人は実在しており写真や催眠時の録音テープも残されています。ただしその彼女の内側にいたはずの前世の人格、ブライディ・マーフィーとその家族は存在が確認されないまま現在に至っています。

「第二の記憶:前世を語る女 ブライディ・マーフィ」は古書扱いで絶版となっていて入手は困難であるため、概要を知りたい方はウィキペディアなどを参照されてください。

退行催眠における前世の出現を「まがい物だ!」と決めてしまう研究者の多くは、そういった事例(ブラッディ・マーフィーを探して、など)を参考に出して来る人が多いですね。

特に日本においては、昔(1970年より前)から催眠を勉強された研究者にはそういった意見が支配的ですね。そういった道を志ざせば一度は触れる知識ですから・・・。「そんなものは絶対にない!」「ああいったおかしな誘導を行う者がいるから我々が迷惑するのだ!」との意見も根強いのです。

確かに催眠の持つ側面には、そういった問題を抱えています。

催眠においては偽りの記憶症候群という少々やっかいな問題を抱えており、その現象が実際に起きたものなのか、誘導方法の誤りや指示によって生じるものか見極めるのが難しいのです。

ダニエル・キース著の「24人のビリーミリガン」などの多重人格の問題なども、それこそ初期の頃は徹底的に否定する研究者が多かったのです。

現在のアメリカにおいては多重人格の存在については肯定的な意見が多くなっているようですが、専門であればそれら「偽りの記憶」についての詳しい知識があるため、安易に「被験者がそういっているから、きっとそうに違いない!」とは決められなかったのでしょう。

ブライディ・マーフィーの騒動は全米でも大きく取り上げられています。キリスト教系の人達は前世を否定する人が多かったのでセンセーショナルだったのです。

結果として催眠誘導、ビリー・ミリガンのケースにおいても深く、影響を残したと言えます。

開業当時、私が体験した不思議な出来事

私は正直に言いますと、前世催眠についてはかなり懐疑的です。ただ、だからといってそれらを簡単には否定できない実体験を幾つか持っています。

長くこういった特殊な仕事や技術に携わり多くの経験を積めば、様々なケース当たりますよ? そういったものの中には「前世なるものがもしかしてあるのではないか?」と思ったものもあります。

もうかなり時間も経過しましたので、一例を紹介しましょう。

私が大阪の心斎橋で診療所を開設した当初(1996年、現在の事務所とは所在地が異なります)私の元にある男性が訪れたことがあります。

その男性はある企業の跡取りになります。かなりの地位と学歴、肩書きを持っている方で、ある意味においては成功者といっていいでしょう。昔はその地域の大地主とか名士と言われた家系で地元の方なら知らない人はない、という家でした。

事業や収入においては他人の羨むだけの成功を納めていると考えていいでしょう。

彼は自分の立場をよく理解し、努力と研鑽(けんさん、自らの力で自分を磨くこと)を欠かさない人でした。いわゆる世間知らずのボンボンとかただ単に跡を継ごうというだけの人ではなかったです。

こういった仕事をやっていればわかることですが、精神的な悩み事=貧乏とは限らないですよ。

金銭的に満たされていても苦しんでる人はたくさんいますよ。第三者からみて羨むような成功を納めていたり、地位や財産を得ていても悩む人はいますよ。誰しもが自分の心の中に闇は抱えているものですし、ただ生きているだけでも苦しみや悩みは抱えているものです。

そのバランスをとるために人は様々な努力を重ねます。

(後で詳しく触れますが)仕事上のトラブルや問題、地位や財産、何かの成功を望んでいたのではなく、彼自身のプライベートな問題で自分が悩んだり、苦しんだりしている部分があって、そのために私に相談にみえたのです。

その依頼者と知り合ったのは偶然です。専業になってカウンセリングや催眠の看板を掲げて事務所を構えるようになっても、いきなりそれが軌道に乗ったわけでもありません。

当時の私は開業して間もない頃で、施設の運営費や家賃の支払いなどを抱えていて生活がとても苦しかった頃です。苦肉の策として宣伝も兼ねてあちこちのお店に招かれてショー催眠を行っていました(笑)。決して自らが望んだ訳ではないのですが、背に腹は代えられなかったので。

その頃の騒がしくやりづらい場所での実演が後の番組出演などに活かされているようです。それはおかしな巡り合わせというか皮肉にも感じますね。

そのお店の一つにお客として通っていた方が私のことを信頼してくださり、診療所に相談にみえたのです。ショー催眠とカウンセリングは微妙に異なるのですが、やはり多くの方の目の前で実演を行うというのは説得力もあるもので。そこから訪れてくれる方が増えました。

その方に催眠誘導を行い始めると私が何の指示も与えていないのに、あっという間にトランスに陥りました。正直うろたえました。当時、私の持っている知識と経験ではそこまで早くトランス(この場合においては深い催眠状態)に至る筈ではなかったので・・・。

まだカウンセリングの経験量が足りない時代だから驚いたのです。

わずか数秒です。崖下に「落っこちる」といった表現が適当でしょうか?

深い催眠にはかかっているのに、瞼(まぶた)の下での眼球の運動が非常に活発でクルクルとかなりの速度で左右に動き続けています。

被験者がこういった状態に陥るケースでは、被験者が意識下で何らかの強烈な夢や幻覚、イメージ映像を見ていることを指します。

過去に大きな事故や病気で死にかけたり、麻薬中毒患者や薬物中毒になった人にも似た傾向が出ます。当時、そこまでの知識のなかった私ですが、それでも様子がおかしいことだけは理解できました。

過去に多重人格(私の著書などを参照)などの難しいケースを担当したことのある私は異常反応の恐さはよく知っています。呼吸停止した女性を蘇生させようと、深夜に真っ青になりながら人工呼吸を繰り返した経験を持っています。

少なくとも今回の場合でも、施術者側が何の聞き取り調査も心の準備も用意もなくそのまま深化を続けていいようなケースには受け取れませんでした。

そこで私は彼にリラクゼーション用の暗示だけを与え「すっきりと気持ちよく目を醒まします」とだけいって、すぐに催眠を解きました。他には何の指示も誘導も行っていません。

心の中にある出来事や被験者が「見た内容」を聞くことも、その場では一切行わなかったのです。

すると彼は(かかった時と同じように)あっさりと目を醒まし、何事もなかったかのように「あー、すっきりした! 気持ちよかった。感謝します」とだけいって、私の元を立ち去りったのです。

急に現れた「前世」と語られた話の要約

その後、話は意外な展開をみせます。

それは彼がその日、家に帰ってから起こったそうです。

家柄の古い旧家の跡取りですから、家はかなり立派な建物です。昔風の土蔵などがそのまま残っており、ご両親もかなり厳格で格式のある家と考えていいでしょう。

家で家族と食事をした後、彼は急に自分の意識を失い「私は第何代当主の◯◯である! お前達に言いたいことがある!」と家族に向かって語りだしたそうです。

家族は最初、彼が何を言い出したのかわからなかったようです。彼は急にスックと立ち上がり、いつもとは違った口調で何かを熱く語り始めた模様です。

彼はこれまでにそういった振舞いに及んだことはありませんし、おかしな内容を口走ったこともありません。それらは家族や友人の証言ではっきりしています。

被験者の年令は当時で32,3才だったと思います。少しずつ地盤を固め、いずれは会社の跡継ぎか地元の代議士にでもなるべき人でしょう。父親や先祖からの遺産であるとか、格式を受け継ぐ立場で家族や親族、社員も期待をかけていたと思います。

普段の彼は、そういった奇異な行動とか言動とはほど遠い部分があった。

彼があまりに明確に多くの人物名を口走り、(過去にあったらしい?)事件についてのあらましを詳細に語り始めたので、親族は半信半疑ながらその内容を書き留めたそうです。

彼が語った話を要約するとこうなります。

彼は前世でその家の第○代の当主でその地域の領主で結婚して館を構えて住んでいました。その館に住んでいる時に、好きになった男性に裏切られる形で恋愛が終わってしまい、それを怨んだ彼はその恋人を刀で斬殺してしまったそうです。

断わっておきますが、依頼主は男性ですよ。

依頼主は男性ですが、その前世?で本当に好きだったのは男性で、その男性が自分(当主)を裏切ったのでお手討ちにした、というのが語られた内容の大筋です。

時代背景から考えて時期的には江戸の初期から中期の頃でしょうか? 衆道とも言いましたが日本においては当時、男性が男性を好きになることは過ちだとは考えられてはおらず、戦国時代などには侍の作法、儀礼として奨励する人々も多くいたそうです。

今では考えられないことでしょうが。織田信長などは近習に伽(とぎ)を申し付けた、などという記述が数多く残されています。

これは戦国の習いで女性は戦場に連れてゆけませんし、女性を巡ってのトラブルや内通を恐れたのでしょう。江戸期に入って徳川の世になっても三代将軍家光などは男性にしか興味がなく、世継ぎが生まれるのが遅くなったと言われています。

元々ね、彼(現世の相談主ですよ)の相談も好きになった男性(恋人)が自分を裏切ったり、嘘をついたりするのを見ると相手を殺そうと考えるくらい腹が立ってしまう。その憎しみが押さえきれず暴走してしまうのが怖い、といった相談だったのです。

そのうち「自分が本当にそういった行動(要するに殺人ですね)を行うのではないか?」と考えて相談にみえたのがきっかけだったのです。

一致してしまう証言と証拠

夢の中で「誰かを殺してしまう」というのは別に珍しいことでもないのですが・・・。

心理学の始祖で「潜在意識」という用語の生みの親であるジークムント・フロイトは「夢とはその本人の願望やストレスを軽減させる、または実現させるために現れるものだ」といった解説を加えています。

夢判断という著書を出して当時のベストセラーになっているくらいです。1900年に書かれたものなのですでに100年以上前の本ですね。

現在の心理学でも、夢で誰かを殺しているから現実にもやるかもしれない、危険な兆候だと受け取ることは殆どありません。

ただし、白日夢というかご本人が意識を失った状態なのにしっかり目を見開き、前世のことを滔々(つとう)と話し始めるというのは前代未聞でしょう。

まさかというのが、当時関わった全員の印象です。当初は誰も信用してはいませんでした。

それをすぐ素直に信じるならおかしいでしょう? 急に様子がおかしくなった彼に「いったい何があったんだろう?」と皆でうろたえただけです。

彼が男性が好きだったり付き合っているということもご家族は知りませんでした。いきなりのカミングアウトだったんですよ。驚くなというほうが無理です。

もちろん、私も当時はそのことを誰にも話していません。ウチに相談に見えたことも伏せていました。ご家族や実演を行った店も含めて、個人のプライバシーについては一切表には出していないのです。

ご家族はやはり、病院に連れてゆこうとも考えたそうです。

その話を家族から打ち明けられた時、私は催眠が悪かったんだろうか? とも考えました。まだ開業して間がなかった頃ですから・・・。

以前に付き合っていた女性が多重人格で苦しんでいた時、私はある言葉を投げつけられ驚くと同時に悩んだ経験があったからですね。

「私がこんなに催眠で苦しんでいるのに!」と。

まあ実際には違うわけですが。催眠で症状とか状態が「顕在化」することで確かに表には出てきます。一時は苦しんだのですが、その後は徐々に改善に向かっています。苦しめているのは私や催眠ではなくて「彼女自身の」過去やトラウマであるわけで。

私が虐待を加えたわけではありません。

催眠をかけていない、かかっていない状況でも「多重人格」が消えて無くなるわけではないので。当事者は私が側にいるから発覚、発症したように勘違いしますが、実際にはこれまでにもあちこちでトラブルを引き起こしていた可能性が残るのです。

別人になった彼の語った言葉の中には妙な符合がありました。

「このことは倉の中にある家系図と書き付けに記してある」と告げて、彼(前世の彼です)は消えたのです。

まあ、消えたというのは語弊があって幽霊ではないですから、目の前から姿が消えたのではありません。元の彼に戻っただけ。

あまりの豹変ぶりにまるで憑き物が落ちたかのような印象をご家族が受けただけです。

半信半疑ながら家族が倉の中をひっくり返して探すと確かに、古びた長櫃(ながびつ)の中から虫食いだらけの書き付けと古い家系図が見つかりました。

そんなこともあるのか?

読めませんよそんなもの(笑)。古い文章で文体ですし、筆で草書(崩した書体)で書いてありますから、現代人に読める筈もありません。

知識人で聡明であられたその家のお祖母さん(当時、お祖父さんはすでにお亡くなりになられていました)でも、読むことができなかったそうです。

仕方なく出入りの業者(書画や骨董の鑑定を行う専門家)を呼び寄せて、書かれてある内容を読んでもらうことになったそうです。

私は残念ながら、現実主義者です。

私自身、数多くの神秘体験や不思議な霊体験をしています。ウチの母方は巫女さんの系譜です。その系統か血筋を色濃く引いたのか、死ぬ人は事前にわかります。

母親も私と同じタイプです。テレビ番組をみていて亡くなる方を当てたのも、仕事や事業で失敗したり失脚する政治家を当てたのも一度や二度ではありません。

たぶん、占い師としてそっちで身を立てたほうが儲かったでしょう(笑)。

(社会一般における)常識では説明がつかないような出来事や事件に遭遇してますし、催眠などという、一般の人には馴染みが薄くて「嘘だ!」「インチキだ!!」などと言われがちな内容や技術に関わっていながら、それでもそれらを簡単には受け入れることができません。

どちらかというと、むしろ否定的ですね。

何を見ようが当てようが、信じられないものは信じられませんし恐いものは恐いからです。それが普通でしょう。私も普通の人ですよ。

ただね、あまりにもはっきりとした証拠が見つかってしまうと、否定できなくなってしまいます。彼の証言に誤りはなく、書き付けと家系図には彼の言った通りの内容が書かれていたのです。

当主の名前もお手討ちになった男性(部下)の名前も、自分の妻、子供の名前、父母の名前、年代も誤りはありません。これには関わった全員、背筋がゾーッとしました。

今を遡る(さかのぼる)こと何百年前、第何代当主の名前、なんて誰も知ってる筈がありませんよ。家族や親族は皆、そんな書き付けや家系図が残されていることすら知らなかったのですから。

現代では読むこともできないような文字です。専門家でないと解読も無理でした。ですから子供の頃に倉に入り込んで本人がそれを読んだ、とか、誰かにそれを聞かされて育ったなどはあり得ないのです。

つまり前出の「ブライディ・マーフィーを探して」などのケースとは明らかに異なってくると思われます。

信じたくはないのですけど・・・

私がこれまで自らのホームページにこういった話を載せなかったのは、催眠や私のホームページをオカルトと一緒にされるのを嫌ったからです。

ネタはたくさんあるんですけどね(笑)。掲示板などに書き込むと喜ばれます。なにしろ実体験ですから・・・。

へっぽこ芸人が売れたいと思って作り出す半端な怪談話よりよほどリアリティもありますし、驚く話しもありますよ?

私も匿名でなら書き込みすることがあります。

よくいるんですよ。オカルトと超能力、心理学と占い、本来、催眠とは違う筈のものを、全て一緒くたにしてしまう人が・・・。中には気功なんてのもあります(笑)。

私からすればそれぞれは独立した物で、知識や技術の一部が重なることがあったとしても、まったく同じ扱いにしてはいけないと思うのですが・・・。

私は実体験として確かにそういった経験は複数あるのですが、それらをどんなに懸命に綴った所で意味がないでしょう。何事にも適材適所、雰囲気や空気を読む必要はあります。

このホームページや催眠がオカルトと一緒にされたり、何かの勘違いや錯覚、誤解を生じさせるのは困ります。ですからこれまでは一切、載せないでやってきました。

こういった具体的で特殊な事例に当たるとなんとなく信じざるを得ない部分が確かにありますね。

私だけが見たとか聞いただけなら「間違いないんだ!」とは言えません。一人じゃだめでしょう。世の中には大嘘つきとか目立ちたい、注目を集めたい、金儲けをするためにだけ前世やスピリチュアルなものを利用しよう、そう偽ろうとする連中が大勢いますから。

複数の人がその状況に関わりはっきりと証言できる人がいたり、証言を補強する証拠、今回なら書き付けとか家系図でもない限り信じられないのが当たり前です。

その状況(いわゆるトランス状態)に陥ったご本人は自分が語った内容をまったく覚えてはいませんでした。それが余計にびっくりしました。家族だけがその状態を目撃し書き留めました。

本人どころか家族もまったく覚えていないのに、蔵に仕舞ってあった書き付けや家系図にの場所ついては正確に言い当てたのです。不思議に思いませんか?

彼はすでに地位と財産、肩書きを手に入れていました。通常であれば、私のような人間? が簡単に出会ったり触れあうことなどない人だと思われます。

ですから、そのような内容を私に偽る必要はないと思うのですが・・・。

芸人志望で目立ちたがり屋の貧乏人とか、金目当てでそう偽る詐欺師や占い師とは立場が違うのです。ましてその頃、私はまだ無名で事務所こそ持っていたものの、テレビ番組にも出演してませんよ。

私は未だに信じられないというか、なぜ、ああいったことが起きたのだろうと不思議に思っています。

前世についての考え、イエス・キリストの答え

実は私は前世(または退行催眠、前世まで遡れるという主張)について、まったく重要視していません。ですから自分の所では行っていないのです。

また、今後も積極的に行うつもりがありません。

確かに実体験としては幾つかありますがそれらは多くの症例、長く施術を行っていれば起こってくる担当ケースの一つ、様々に生じる現象の一つとして捉えています。

ブライアン・L・ワイスという方が書いた「前世療法」を読み、そうに違いないと考えたり、そういった内容の信奉者からすれば、「あなただって実体験や霊体験が数多くあるのに、そんな考え方をするのはおかしい!」と言って来られるかも知れませんが、私には私の考え方があります。

これまでまったくそういったものに触れなかったのに、ここでわざわざオカルトなどと一緒にされたり、誤解を生む可能性や危険がありながら前世療法などに触れるのは、練習会に訪れる人の中にもそういった物に急速に傾倒する人がいるからです。

占いや宗教的な概念、カルトのような集団生活や高額な支払いを押し付ける輩もいる。

正直に言いますが、私はそのような人を好みません。

理由は後で詳しく述べますが、前世に傾倒し現実の問題の解決を全てそちらに押し付けることは、結果として新たな差別やトラブルの種になります。

またその行為が精神的、肉体的な障害やトラブルと懸命に向き合う方やご家族を馬鹿にしかねない部分があり、とても賛同できないからです。

「先生。彼が盲人に生まれついたのは、だれが罪を犯したのでしょうか?」

「この人ですか? その両親ですか?」

イエスの弟子の行った質問について、その意味をもう少しわかりやすく補足して説明しておきます。生まれつき目が見えない人がどこかで「罪」を犯す筈がありません。

生まれたばかりの赤ん坊が、それも生まれつき目の不自由な人がいきなりどこかで何の罪を犯しますか? 何かを盗む? 誰かを傷つける? あり得ないでしょう。

目の見えない赤ん坊が自ら行動して何らかの罪を犯し、誰かを殺したり神の教えに逆らう筈はないのです。それはどんな人にでもわかることですからそう言っているのではないと思われます。

この質問は現世、つまり今の「赤ん坊」の状態ではなく、前の世代、つまり「前世」で何かがあって誰か(ご本人、ご家族を含む)が罪を引き起こしたのではないか? という問いかけです。

その結果として子供が「目が見えない障害を背負って生まれてきたのではないか?」と考えている人が何人もいたことを指し示しています。

私にはその考え方が受け入れられません。なんという驕った考え方だろうと思います。

現世において障害を背負わなかった人達は前世で善行を行い、障害がある人や障害のある人達のご家族、面倒をみる人達は罪を犯した悪人扱いなのですか?

誰かが前世で何かの罪を犯し、それを現世において償っている、何らかのハンデを背負って生まれてきたのは「この人達の前世の行いではないか?」と問い掛ける弟子に対し、イエスはこう答えています。

(ヨハネによる福音書9章3節)

「この人ではなく、この人の両親でもありません。神の御業がこの人に現れるためです」

私がここでこの挿話、聖書の一節を引用するのはその真偽を問うのではなく、当時の思想や背景です。

繰り返しておきますが、この挿話は何千年も昔の話です。

2000年も前から「人間には前世はある」と考えた人達がおり、肉体的なハンデや精神的なトラブルを負って生まれてくる人を「この人達は前世で悪い行いを行ったから、現世で罪を背負ったのではないか?」と考えていたことを示しています。

ここでこの話をわざわざ引用したのは。数千年も前からすでにそういった考え方があった、ということを皆さんに知ってもらいたいたかったからです。

前世が重要なんでしょうか?

人間全てにそういった前世があり、前世で罪を犯したから現世が苦しいのだ、ハンデキャップを背負って組まれてきたのが、といった考え方は非常に危険で息苦しい物に感じます。

考えてみてください。もしあなたのお子さん、ご兄弟が障害を持って生まれてきたと考えてください。

何らか障害を持つあなたのご家族、お子さんに何かの罪がありますか?

無垢なまま生まれてくる赤ん坊に罪があるのですか? 障害を持つことは恥で「その人(達の前世)が悪い!」と健常者(この表現も好きではないですが)が一方的に見下ろして罵るのでしょうか?

私が前世前世と言い張ったり、それを崇める連中を嫌うのはあまりにも傲慢で身勝手だからです。

この科学全盛でDNA治療まで行われている時代に。そういった偏った考えで障がい者を中傷したり「お前たちに罪があるんだ」と言い張る感覚にがっかりします。それも「前世」ですよ?

スマホやネットは何のためにあるのですか? 障がい者を誹謗中傷するためですか? あるかどうかもわからない前世に縋って誰かを貶めるためですか?

そういった連中の前世に関する考え方が。何らかの肉体的なハンデや、難病に苦しむ人達を「お前達が罪深いからそういった状況に陥ったのだ」と、最初から決めつける行為にも等しいからです。

なんでそんな言葉で括ったり、決めつけたりしなければならないのでしょう?

百歩譲ってそれが実際に正しいとしましょう。前世がありその前世で何らかの過ちや間違いがあったために現世でハンデを背負ったとします。

それを現在、懸命に自分の障害や病気、ハンデと向き合って生きている人達に告げるのでしょうか?

「お前の前世での行いが悪いから、お前はそうなったんだ」と?

それでは生きる力を失いますよ。側でサポートしている人達まで気力を失います。

酷い話ですよ。身体には障害が無かったとしてもきっと精神に欠陥がある異常者でしょう。障害を持って生まれたというその一点だけで勝手に相手を見下ろしたり罵れると勘違いしてます。

そういった感覚の人に素晴らしい成果を残す仕事をしていたり、売り上げを伸ばしたり才能がある人なんていないようにも思いますけどね?

それを平気で相手に告げられる人は前世がどうこうなどと論じる以前に、人間としてもっとも重要な優しさや思いやりを失っており、非常にごう慢な人だと感じます。

私は不思議に感じます。

前世、前世と言ってくる人は最近多いようですが、前世がそんなに大切なのでしょうか?

それならば人はなぜ前世の記憶を失って生まれるのでしょう? そんなに大切な物であるならわざわざ失う必要などないでしょうに? 神様だってその部分は残すと思いますよ(笑)。

色々な説を唱えてきて私を説得しようとする人も現れるかも知れませんが、私は認めませんよ。

正直、スピリチュアルだの前世だのと煽ってる連中は人として屑だと思っていますから。

もし世の中に前世という物があったとしても。もう一度、人として生まれ変わることを許され、過去の記憶を失って新たな生を受けるとしたら、それは前世などにこだわらず「今を精一杯生きなさい」という神からのメッセージではないでしょうか?

そういった考え(前世があって罰が当たったなどと唱える連中、前世さえ知れば現在のトラブルが解消すると煽る)連中にお聞きします。

あなたがたの信じる神様は試練ばかり与えるのですか? 罰ばかり当てて「我を拝め!」「拝まなければ障害を持った子供が生まれるぞ!」「生まれ変わったら障害者になるんだ!」と脅すのでしょうか?

人は無力なままで生まれます

前世が「あるかどうか?」などは大切ではないですよ。

殺人鬼や犯罪者は全て前世に問題があるわけですか? では、現在偉人と呼ばれる人達は前世で行いが良かったからなのでしょうか? この世に生まれてからの努力は関係ない?

殺人鬼に殺されてしまった人は同じく「前世で悪いことをやったから、次の転生では惨たらしく殺されることが決まっていた」と言うのでしょうか? それこそ馬鹿馬鹿しいですよ。

まあ、今のところ私は「神様にも」会ったことがありませんが・・・。

自分を神だとか預言者だと偽る、詐欺師とかペテン師には大勢会っています。

彼らが自分を神だと言い張るのはご勝手ですが。震災を予知して大勢を救ったとか「不慮の事故や事件、震災で」亡くなった人達を次々と復活させて生き返らせた、なんて実例は知りません。

後出しジャンケンで「地震を予知していた」と言い出した恥知らずや屑は何人もいます。

「前世で悪いことをしたから目が見えないんだ」「悪いことをしてると、あんな子になって生まれてくるよ!」と障がい者を罵るのですか? それが神のご意思だと?

私は無神論者でどういった宗教にも関与しませんが、もし神と呼ばれる存在があるならばそんなに浅い存在であってはならない。それだけは間違いないと思います。

人が赤ん坊として全てを忘れて白紙のままで現世に生まれるのなら「そこからがんばれ!」と言っているようにも思うのです。

もし神がいるとしても人の運命が最初から決っており、その決まりきった筋書きの通りに歩かせるために存在しているとは決して思いたくありません。神という存在がもし本当にあるならそんなに狭い心で人間を玩んで(もてあそんで)いるのではないように感じます。

私からするとそのような感覚、脅しや契約、見返りで人間を縛って操るならば、それはむしろ古(いにしえ)から言われる悪魔の姿に重なるような気がします。

人は赤ん坊の頃に何の記憶も力もないままに生まれてきます。真っ白な状態で生まれ、誰かの介助を受けないとどこにも行くことができず、何もすることができないのです。

他の動物とは違い、外敵から身を守る術も持たずすぐに立つことすらままならない。1年もかかるんですよ。人間の赤ん坊が成長するには必ず大人の庇護者を必要とします。

どこかに放置されれば簡単に死ぬでしょう。誰かの愛情とか何かの保護を受けないと決して成長することができない。それが人間です。

そこから成長を遂げることは、何より素晴らしいことで難しいことだとも思います。

私個人はクヨクヨと前世にこだわるよりも現世に生を受け、誰かの愛情や保護をもらって、大きく育つことのほうがよほど奇跡的で凄いことで意味があることのように考えています。

私達が今ここで生まれ、様々な悩み事を抱えながらもこうやって生活していることは、私達が思うよりももっと素晴らしいことで難しいことなのかも知れません。

生活をがんばっている皆さんへ

現在、仕事や恋愛、子育てや介護、学校に通ったり、自分の生活や家族を支え懸命に生きている皆さんへ。がんばって下さい。

社会には様々な思惑と出来事があり、良い事ばかりとは言えません。嫌な事もありますし、悪意にぶつかる事も多々もあります。苦痛もあるでしょう。悲しい場合もあります。

でも、負けないで下さい。

人は皆、真っ白な存在として生まれます。一人では何もできないのです。立つ事もできず、這う事もできない赤ん坊が多くの人々に支えられながら成長し、前に進むのですから。

苦しんでいることが恥ではない。悩んでいる事、迷っていることが恥なのでもない。自分で考え、選び、それでも前に歩もうとする意思こそが人々を育てるのです。

誰かに頼り他人を当てにして前世にばかり縋っていたら何も切り開けません。

正解を「教えてくれる」と考えて占い師を探し歩いたり「私の過去(前世)に問題があるから助けて」と考えてブクブク太ったスピリチュアルカウンセラーを拝んだり前世催眠術師に金を払うよりも。

そのお金で。子供や旦那さんにパンツの一枚でも買ってあげなさいって。そのほうがよほどご利益もありますし、神の御心に叶うのではないでしょうか?

自分で失敗しながらでも懸命に歩く人のほうが私は好きです。

臆病で怖がって何も失敗をしない人達よりも、何かを拝んで一時の安らぎを得ようとする人よりも、現実社会の中で躓きながらも精一杯、歩き続けようとする人のほうが遥かに素晴らしく立派な人達なのです。私はそのような人達がとても好きです。

前世は「在る」のかも知れません。あるいは「無い」のかも知れません。様々な経験と知識を通し、私にもおぼろげにながら見えるものや感じる事はあります。

私も時折、前世は「在る」ように感じます。

不思議な出会いや偶然とは思えない出来事もあり、正直、判断に迷う所はあります。

だからといって本質を見失うべきではないと思っています。現世に今、生きている私達が必要以上に前世にこだわるよりも「自分に何かできることはないのか?」を真剣に考え、前に進みたいと思います。

前世にこだわる人の多くは、現世における自分のトラブルや悩みと向き合うことを嫌がり、自分の弱さを認めず努力することを厭う人達です。

そんなことを繰り返していたら、結局は誰か都合よく誰かに操られますよ?

自らの意思を持たないもの、努力や研鑽を怠って逃げるもの、誰かに自らの将来とか未来を手渡してしまう者に待っているのは例外なく「破綻」です。

「前世催眠さえかければ人生はバラ色になる」「悩み事や精神的なトラブルは簡単に解消する」そう煽っている者の多くが自分でも「それ」を信じていません。

連中の日々の行いや生活をみればわかります。そいつらが何の悩み事もなく素晴らしい生活おくってるように見えますか? 家族や親族までを含めて全員が幸せそうに過ごしている?

連中のホームページとか活動内容、生活態度や文章を眺めると。どうもそうは見えないんですけどね?嘘っぱちですよ。要するに誰かを騙して金が欲しいだけですよ(笑)。

カリスマや預言者を気取り「未来や前世がわかる」とほざいている者の多くが。他者(相談にくる者や悩む者)には高圧的で我慢や浄財を求めますが、自分は贅沢をして欲望にまみれるものが殆どです。イエス・キリストのように荒野でボロを纏う者は一人もいないでしょう。

美食に溺れ肉欲に走り、でっぷりと太ったり愛人を抱えて高級車を乗り回す連中が、偉そうに前世や神様の言葉を騙るもんじゃない。私はそう考えています。

そういった自称預言者様やスピリチュアルカウンセラー様や凄腕の占い師様や神様? よりも。日々の生活を頑張っている市井の人達、単なる一般人で学生で父親で母親で会社員の人達のほうが、よほど立派で「神のご意思」にも適います。

妙な連中を教祖だ神だ預言者だと崇めて大金を貢ぐよりも。我が子のために懸命に働いたり、恋人や家族を思いやって花束やおみやげの一つでも買って帰る人のほうが。

「前世が見える」「前世催眠が出来る」などと煽っている連中より何倍も優しく、家族や仲間を思いやり、愛情があるのは間違いないことだと私は信じています。

イエスの言葉の意味

番組出演などを重ねていた時は何度も執拗に「うちの幹部にしてやるから参加しろ」「あなたもそろそろどこかへの所属を決めないと」ってメールが届きました。中には洗脳騒動を起こし詐欺で捕まったものまでいます。

全てが前世のせいになってしまえば人は何の努力もしないでしょう。全ては神様や前世とやらに事前に決められて縛られてしまっており、現世における努力は必要ないのでしょうか?

催眠をかけ、前世がどういった物であったのか知るだけで全てのトラブルがあっさり解消するとはどうしても私には思えません。まして、生まれつき重度の障害や、身体的なハンデを背負っている人に催眠をかけ、それで彼等が救われるとでもいうのでしょうか?

ここを読んでいる方は、イエスの弟子や二千年前の人達が考えたように、前世で本人やその家族が罪を犯したから「あなたは足が動かない」「目が見えないんだ」と受け取りますか?

だから「(現世において)罪を償え」「不自由にも我慢しろ!」「仕方ないんだ」と皆さんは迫るのでしょうか? それだと人類は二千年も前から何も進歩していないことになります。

ちなみにですがイエス・キリストは、存命で活動期間中に私腹を肥やしたとの記述はありませんよ? 現世における自称神とか預言者とか凄腕の占い師? のように豪邸にも住みませんでしたし美食を楽しみませんでしたし、愛人とセックスしてたとの記述はありません。

妻帯もせず、荒野で粗食に耐え厳しく自分を律していた側でもあります。

宗教を食い物にして肥え太る教会とか司祭を嫌っていましたし、人々を救うよりも教義にばかりこだわり、安息日を厳密に守れと言い張る頭の固い「パリサイ人」を糾弾する側でもありました。

それどころかお供え物や貢物を売っている商人、ショップの行為に怒って打ち壊すことまでやらかしています。「神の子である私にお金、貢物を持って来い!」とは正反対で。神の名の元に商売をしたり祭壇に捧げる生き物を神殿前で売っている人達にまで激怒して、大暴れした記録が残っているのです。

イエス・キリストがその言葉の中で、「この人ではなく、この人の両親でもありません。神の御業がこの人に現れるためです」と言ったのはなぜなんでしょう?

それはもしかしたらこういった意味なのかも知れません。

前世も家族も関係ないと・・・。だから、現世において「懸命に生きなさい」と・・・。だから「この人の罪ではない」と言い切ったのではないでしょうか?

私からするとそう解釈したほうがしっくりきますし、好きですね。

新訳聖書における彼(イエス・キリスト)の言葉の中には弱い立場の者や何らかの障害やトラブルを抱える人間に対する深い愛情が感じられます。

逆らったのは支配者とか権力者、当時、神の名前を利用して私腹を肥やしていた人達に、なんですよ。社会的な弱者とか貧困者、まして「障害を持つ人」「そのご家族」ではありません。

ですから、一連の受け答えは相手を見下したり、悪く考えての言葉ではないように感じます。

これは、聖書を読んだ上での私なりの解釈です。

この解釈を他人に押し付けたり皆が同じに受け取る必要はないと思いますが、そう考えれば少しは嬉しいですし救われるような気もします。

全てはケースbyケースで、広い範囲で学び、考えて下さい

私は催眠において、これが絶対、などという方法はないように思っています。

状況によって様々な症例やケースがあるのだと思います。それは簡単に括ってしまえる物ではなく、その時々によって反応や現れるものは違うように感じます。

私が体験したような不思議なケースもありますし、「ブライディ・マーフィーを探して」またはブライアン・L・ワイスが書いた「前世催眠」のようなケースもあるのかも知れません。

間違えないで欲しいのは本を一冊読んだり知識としてそれを知った瞬間に「そうに違いないんだ!」と思い込んで安易にそれを実践しようとしたり、そちらにばかり傾倒しないで欲しいのです。

「あなたの所でもやるべきだ」と勢い込んでそういった内容のメールを送り付けられるとがっかりします。この人は「私のホームページの何を読んだのだろう?」と・・・。

だからこのコーナーを立ち上げ、私の考え方や方針を示しました。

ここでもう一度、はっきりと私の考えを述べておきます。

1.前世があろうとなかろうと、それに執着してしまう理由がない

2.精神的な悩み事やトラブルが前世を知るだけで全て解消するわけがない

3.障害を持って生まれたことが罪ではないし、前世とはまったくの無関係

だからやりません。専門家や催眠術師を名乗りながらそういった手法を安易に煽っている連中を、私は心の底から軽蔑しています。

残念ながら世の中には悪意も数多く存在します。相談にのってやると持ちかけながら実際にはトラブルの種を持ち込む者、自らの欲を満たすためにのみ熱心な者もいます。

誤った先入観から誘導を行われれば、それはまた違ったトラブルの火種ともなるのです。自らの生活や行動を振り返る事を忘れ、努力や研鑽を怠るなら未来なんて開けませんよ。

私は認めませんし、自分でやるつもりは毛頭ありません

ストレートに言っておきますが、私は前世催眠を売り物にしたり被験者を募集するような連中を一ミリも認めていません。

今現在のご家族のことや生活を考えず、前世にばかり目を向けて何の意味があるのですか?

前世で「あなたの夫(妻)が罪を犯したから夫婦生活がうまくいかないんだ!」と言われたら離婚しますか? 殺人事件が起きる都度に勝手にしゃしゃり出てきて「あれは前世で云々」と言い出すブクブクに太ったスピリチュアルカウンセラーもいますよ?

「あなたの子供が前世で罪を犯した!」「いずれ殺人犯になって多くに迷惑をかける!」と言われたら? 首を絞めて殺したりどこかに捨ててしまうのですか? それが神の御心に叶うと?

本当かどうかわからない前世、つまり他の第三者が確認することもできない前世や「過去世」なるものにしがみついたり、責任をなすりつけることがどれくらい怖いことかわかりますか? 殺人とか子殺し、障害を持つ家族を安易に捨ててしまうことも安易に正当化してしまうことになるんですよ?

生きてゆくことそのものが苦労の連続です。トラブルもあれば体調不良だってある。我が子や家族が事故に遭ったり病気にかかったり障害を背負うこともある。「あれは前世が」なんて言い出す輩の話が正当化されてしまったら。そういった人達の面倒を誰が診ますか?

面倒になって捨ててしまうのではありませんか? その行為にどこに「神」がいますか?

そりゃ古(いにしえ)の昔から悪魔と呼ばれるもので。良心を売り渡すことで富や繁栄を得ようとするもの、地獄の劫火で永遠に焼かれるべき連中でしょう。

大切なのは他者に対する思いやりです。

施術者側、つまり「催眠を行う側」がどう考えどう思っているかも大切かもしれませんが、むしろそれ以上に大事なのは相談者(被験者)側の願いであり思いです。

どういったことで悩み、どういった方向性を望んでおられるかを知り、相手の意向や感覚を捉えること、それを補助する事がカウンセリングや催眠においては大切だと考えます。

場合によっては私の担当したケースのように前世の記憶らしき物がよみがえる可能性はあります。ですが、それは可能性とかたくさんある症例の一つで全てがそうとは限らないのです。

催眠を学ぼうと考える人は、安易に何かの方法や手法に傾倒してしまって片寄った知識や感覚を手に入れるのではなく、広い範囲で知識や経験を得て下さい。

反対に施術を受けようと考える人は、「一瞬で悩み事が解決する!」「私が解答を教えてやる!」などといった宣伝文句で煽る診療所とか施設とかおかしな占い師や詐欺師を信用するのではなく、共に手を携えて悩み事を真剣に考えてくれる人達を大切になさってください。

それは本来はカウンセラーでなくてもいいのです。親族でも家族でも恋人でも友人でもいいんです。

おそらく、社会に本当の意味で求められているのは有名な占い師でも著名なカウンセラーでも「前世を覗ける人」でもない。あなた自身を見つめ、あなた自身を必要としてあなたを真剣に思う方、あなたを大切にしたいと思っている方こそが、あなたのもっとも正しい理解者です。

大切なのは肩書きでも技術でもない。その人への「思い」なのです。

前世や催眠を変に崇めて自分が現在抱える問題やトラブルから逃避するのではなく、自らと向き合い、問題を解消するためにそれぞれにあった技術や手法、施設や方法を選んで下さい。

悩みや苦しみを持つ人が、少しでも楽になれるかどうか? 一人でも多くの人が自分に合った方法を見つけられるかどうかが本来の目的となります。

催眠などの技術、心理学の応用、宗教の概念、様々な人々の指針が、誤った感覚で利用されるのではなく多くの人の力として利用されることを願っています。

このコーナーの初稿は2011年に書かれています。年数が経過しましたので2017年のサーバー移転の際に、読みやすいようにレイアウトと一部に加筆修正を加えてあります。

2004年04月08日 初稿

2017年12月11日 改訂

谷口信行

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