友人ってなんでしょう?

2017/12/12改訂
1998/09/01初稿

私の若い頃のバイトの話

ずいぶんと昔の話になりますが私が十八歳から二十歳前後の頃、地方の飲み屋、今から考えれば高級なタイプのラウンジでバイトしたことがあります。

知り合いに紹介されてたまたま、中で働くようになったんですけどね。

余談ですがそこのお店のママさんがとてもお綺麗で(笑)。お元気ですかねー? 山口百恵にそっくりだってことで地元じゃ有名じでした。お名前もフルネームで覚えています。

もう三十年近くも前の話ですから覚えている人もいないとは思いますが・・・。

今もお綺麗なんでしょうか? まあ、男のほうが色々と過去の感傷に浸りやすいんですよ。女性は意外にあっさり忘れるようですね。

誤解ないように言っておけば私はまだ若造でしたからね。当然、その女性と付きあっている筈はなく当時はただのアルバイトです。面白いのは当時、私はまったくの下戸(げこ)でまったくお酒が飲めない人でした。悪友と飲んだことがあったのですがすぐに頭が痛くなっちゃって。

ですからどこかに飲みにいったり遊びに行った経験もろくにないのに、いきなりそういったお店で働くようになったんですよ。

言っておきますが今なら違法ですよ? 私が若い頃は十八歳を超えたら大人というような雰囲気がありました。大学生もそれくらいですからね。新歓コンパでベロベロに酔っ払うとか普通にありましたが、今ならそういった行為は表沙汰になったら大学関係者が処分受けちゃいますよ。

お酒は二十歳になってから。

三十年以上も前なのにしっかりお店の名前とママのフルネームは覚えています(笑)。下のお名前が貴美子さんだったこと、色白で山口百恵似で清楚だったこと、誕生日が七夕の日であったことだけはなぜか明確に記憶しています。

ウーン、何ででしょう?? 語呂が良かったせいですかね?? 人の誕生日をよく忘れるので、怒られるんですが?? 母親の誕生日すらきちんと覚えていません。

これは遠い日の追憶ですね。その女性へのかすかな憧憬(あこがれ)と共に、私の記憶の奥底で揺らいでいるのでしょうか? ガキでしたからね。

こんなこと言ってるとちょっと照れますが(笑)。

高校時代に行った新聞配達(三年間、やってました)やバッティングセンターやスポーツジムでのバイト以外で、接客業では初のバイトです。当然、かなり緊張してました。

今も他に覚えているのは、飲みに来られた地元では有名なヤクザ屋さん? (高級店でしたからたぶん、幹部の方でしょう)に「フルーツ出せ!」と言われて、まったく経験のなかった私は普通にリンゴをウサギさんに切って出しました。

「お前、なめとんのか!!」

と関西弁でいきなり怒鳴られたことですかね?

だって知らないですもの(笑)。教わってなかったし。

だいたい、一度もラウンジとかクラブに飲みに行ったことすらもなかった私が、こういったお店で出すフルーツの出し方や切り方など知ってる筈がありません。

もちろん今ならわかりますよ。かつら剥きも得意ですし、柳刃包丁も専用で持っています。飾り切りくらいは普通にできますよ。

今では料理は私の趣味の一つです。

一緒に来られていたどこかのクラブのおねーさん達が、「まあまあ、ここは家族的な店なんでしょう」と懸命に取り成して下さいました。それがなければ殴られてたでしょう。

やってきた連中

やっと仕事にも慣れ、少しは勝手もわかってきたある日のことです。

私の働いていたお店に、数人の男がドヤドヤとやってきました。

「おい、ノブ、飲みに来てやったぞ!」
「今日はワシの誕生日や! 何か、飲ませんかい!」

別に危ない連中でも何でもありません。顔を見れば苦笑いです。私の普段仲のいいというか、当時、よくつるん遊んでいた連中でした。

私は連中に「バイトを始めた」とは言いましたが、どこのお店で何を始めたのかもまったく言っていなかったのです。そこが高級クラブだともラウンジだとも言っていませんでした。なのにどこから聞きつけたのでしょう? 店を突き止めて突然、友人が3人で押しかけてきたのです。

これには驚きました。

私にすればやっとお店に慣れた所です。トラブルは勘弁して欲しかったのですが・・・。また、その働いてるお店の雰囲気はどう考えても高級な感じがあり、普段、つるんでいる連中とはどうもそぐいません。

ま、だから言わなかったのですが・・・。連中が気軽に飲みに来れるような雰囲気の場所ではなかったんですよ。正直、すぐに帰って欲しかったです。

ところが、帰ろうとしないのです(笑)。「飲ませろ、飲ませろ」の一点張り(笑)。それも「俺達は今(いつもだったんですが)金持っていないから、お前の給料でツケで飲ませろ!」と入り口で大声で言ってるんですよ。これには参りました。

まるでどっかの芸人かチンピラのようですね。売れない芸人とか、タレント同士が仲間内のやってる店に押掛け、「奢れ!」とか「飲ませろ!」と迫るような?

仕方ないので、その店のママ(経営者でした)をそーっと見ると、快く(こころよく)「いいわよ」というように頷いて(うなずいて)下さいました。

奢りというよりタカリ(笑)

(やれやれ・・・。)

気分は複雑でしたねー。ママにはっきりと断られればそいつらを中に入れずに済みましたから(笑)。

おまけに働いている私の驕りですよ。給料から天引きです。ママに気づかってもらって私の顔が立ったとはいえ、かなりブルーな気分でした。

連中は私の1週間分から2週間分? くらいの稼ぎを一瞬でかっ食らってしまいました・・・。ママが値引きしてくれたのと友達ですから多少の遠慮もしたんでしょうが、当時の私からすれば元が高級店ですからそりゃ、高いですよね。

相手は酔っ払いです。酔った勢いで押しかけてきて「お前の支払いで飲ませろ!」と迫った訳です。

私がしっぶーい顔でカウンターに立っていると、そのうちの一人がこう言いました。

「よっしゃ、ノブ(私のあだ名です)、俺が店やるようになったら、何度でもタダで飲ませてやる。だから今日は黙って飲ませとけ!」

太っ腹なのかなんなんだか・・・。よくわかりませんね。あくまでも将来の約束です。

「タダでいつでも飲ませてやる!」ったって、相手の話はあくまで架空の話ですから・・・。

ただ、彼はメンバーの中でもっともやり手でした。当時からあちこちに顔が効きましたし、仕事にも熱心でした。いずれは自分のお店を持とうと名刺をせっせと集めていましたし人当たりも良かった。

他の連中はすぐに仕事を辞めてしまうので(笑)まったく当てになりませんが、彼の言葉なら多少なりとも信ぴょう性があったのです。

まあ、その言葉を当てにして奢った訳ではありませんが、結果として、私は友人3人に「私の給料で」気前よく飲んで貰ったことになります。

その日、彼らはとても楽しそうでしたね。まあ一方的に押しかけて、他人の奢りでタダ酒飲んだのだから当然と言えば当然なんでしょうが・・・。

私一人がちょっとブルーで、しばらくタダ働きでした。

それから何年かが経ちました

もうその話自体が三十年近くも前の話です。

その後、紆余曲折がありまして何年かが経過しました。

私は他の地域などに働きに出てしまったので、地元には居ませんでした。関西を中心に北陸や東京でも働くことがあったため地元には盆とか正月、身内や親族に不幸とか結婚式があった時くらいです。

連中と会う機会もないままに、それぞれが違う形で働き連絡を取ることも殆どありませんでした。

何かの都合で実家にしばらくぶりに帰ってみれば、その「俺が店を出したら奢ってやる!」といった彼は努力の末に見事に成功して本当に自分のお店を持っていました。

それも数年間のうちにうまく仕事が成功したらしく、現在(最近は帰ってないのでわかりませんが)3店舗の運営に成功しています。

ショットバー2件にレストランバー1件です。青年実業家とでも言うのでしょうか? 彼は地元のそういった業界では、ちょっとした有名人になっていました。

今でこそ彼もお店も順調ですしお店も儲かっていますが、開業当初はかなり苦労はしたらしいんですけどね。金融公庫などからお金を借り、広さ数坪のカウンターだけの小さな小さなお店を始め、そこからコツコツとお客さんを徐々に増やした。

儲かったお金を遊びなどには使わず運転資金として店を広げ何件ものお店の経営者となりました。

意外と堅実でしょ?

経営者となった彼は仲間内の中ではしっかり者で通っていました。自分が雇われて働いている頃からお客さんからもらった名刺から丁寧にリストを作り丁寧に案内状などを作っていました。年賀状や挨拶も欠かしませんし、女性への気配りも上手だった。まあ遊び人ですが(笑)。

あそこまでのマメさは他の連中にはなかったと思います。

彼は最初から、自分がお店を始める時には「お客さんから最低でも何枚の名刺を集めてから」「絶対に来てくれるお客さんを何人確保してから」と決めていたようです。

凄いですねー。経営を行っている途中では、多少嫌なトラブル(同業者などの嫌がらせなど)もあったようですが、そこは彼の器量と根性で乗り切ったようです。

私も驚きましたよ。

アレレ、奢ってくれるんじゃなかったの?

当時の仲間の一人は彼のやってる店舗を店長のような形で切り盛りしていました。仲間の一人は頑張って何店舗もあるお店の経営者になり、一人は雇われて店長になったんですよ。

そいつ(店長)は私とは高校の頃の同級生ですから、そっちのお店に飲みに行ったんですよ。

するとね、

「おお、ノブ、久しぶりだなー」

といって歓迎してくれました。

嬉しかったんですけどねー。そ・こ・ま・で・は、ですが・・・。

「久しぶりだなー、何か、飲ませろ」

おいおい、ここはあんた「等」が経営してる店だろ? と思わず突っ込みたくなりましたよ(笑)。

遠方から訪れ、わざわざ飲みに来た私に自分の店で「何か奢れ!」と迫っているんです。店は二重に儲かるではないですか。

流石になんか、違うような気が・・・?

連中は知らないんですが実は私は大阪北新地で飲食店の経営にも何年か携わっていましたしね。銀座のホステスさんと同棲していた時代もあります。水商売にも詳しくなっていましたし、そこそこの高級店にも接待で連れて行かれたり、反対に政治家とか秘書を連れてって自分が面倒見たこともあります。

まあ地方のショットバーですから、元々たいした金額じゃないんですけどねー。それでも、中で働いてる連中までが寄ってたかって飲み、多少の食い物でも出せばあっと言う間に2万や3万にはなります。

私は飲んでて「ショットバーでボトルキープも無し、女連れでもないのに、どこをどうやったら何万円もの支払いになるんだよ?」と思いましたけどね(笑)

まあ、仕方ありませんが・・・。地元にいる間に何日か通いました。どんどん図に乗ってきて、だんだん高い物を頼もうとするので、さすがにキレて止めたこともありましたけどね。

その辺りはお互いにわかった上での遊びです。

金に困ってるならたかってこないでしょう。というか私も飲みに行きません。お互いに元気でやってて多少は余裕があるからこういったことでも遊べるわけです。

そいつの経営する店3店舗、どこに行ってもそれに近い状態です(笑)。

何度か「ツケにしてそのまま帰ってやろうかなー」と思いましたよ。私がいつも現金できっちり払うから、調子に乗るんでしょうね。

遊び、飲み方、楽しみ方

私は元々、ツケで飲むのが嫌いです。どこでも現金払い。クレジットカードで払ったり接待で飲むのも苦手です。それくらいなら飲みに行かない人なんですよ。

以前に飲食店やラウンジの経営にも携わったことはあるので、ツケで飲みのが恥ではないことくらいはわかっています。名刺1枚で飲める店も増えましたよ。顔パスという奴も使おうと思えば使えた。

でもそういうのは苦手なんです。

過去に接待する側だったことも影響していますね。自分で金も払わない、会社とか得意先に支払いを押し付けているのに尊大な連中も数多くみてきていますから。

大手デパートの幹部とか公務員とか政治家とか(笑)。銀行の幹部とかね。接待とか宴席を私が仕切って飲ませてたこともある。おかげで嫌いになったんでしょうね。番組出演とか講演とかが増えて自分が接待を受ける側になるようになった今でも基本スタンスは変わりません。

それも知り合いとか友人の店なら尚更気を遣ってしまいますから・・・。そういうのは嫌です。自分で遊べる範囲でしか遊びには行きません。金が無い時は行かない。

そこからは遊びじゃなくなる気がするので。

久しぶりの地元ですし、手持ちの金もあったので少しは大目にみたんですよ。彼らは彼らで私の表情を読んだのでしょう。途中、連中の対応があまりに酷いんで「そういや、昔、こんなことがあったなー」と水を向けたことがあります。

昔あった出来事(ラウンジのタダ飲みの一件)を話して「儲かったら、お前らが奢ってくれるんじゃなかったっけ?」と言うと

「そんなこと、いったっけ?」
「そんなこと覚えてないし、今さらそんな細かい事、言うなやー」

(四国地方の方言)で一言です。

昔なじみの地元の方言で「言うなやー」って言われて拍子抜け。苦笑いです(笑)。

毎晩、私の酒かっ喰らって酔っぱらってるのは連中です。金出して店を儲けさせてる上に、酔っぱらって絡むのはこいつら。苦笑いはしますよね?

世の中には得なタイプと損なタイプがあるんですよ。さて、私はどっち側でしょう?

今回の話に関しては、私は得はしてないように思いますけどね?

私からすれば新装、開店祝いのような気分で飲んだ。苦労して店を大きくした同級生や昔の仲間が地元で頑張ってる姿をみるのが嫌ではなかったから。

流石に毎日とか毎回では困りますが、たまにならいいでしょう。

後から考えてみれば、私のほうが苦労していたり大変な時期もあったと思います。

ですがそういった部分は語らない。隠れて努力したり勉強してきたこと資金繰りに苦しんだ事は多々ある。身内や親族の借金を返そうとしたり危ない領域とか仕事に踏み込んだこともあったから。でもそれは私や私の家族、一緒にやってきた人達が知っていればいい話で一々、人には話さないでしょう。

同級生だったり、古いなじみだからこそ、あっさり、他の地域で成功してうまくやってるようなフリくらいはしますよ(笑)。私は飲み会に暗い話を持ち込むのが嫌いです。

長年運営をやってると、辛いことだってありますよ?

まあ、連中と飲んでるのは確かに楽しいんですが(笑)。私にしても誰にでも同じ対応で、片っ端から奢って歩いている訳ではありません。相手にしたくない連中もいて明確に線は引きます。

以前にひとりごとのコーナーにも書きましたが、これまで何年間も連絡すらなかったのに番組に出た途端「奢ってくれ!」「芸能人の連絡先教えろ!」などと電話がかかってきた経験がありますよ(笑)。

私は長年、実名でホームページの運営やってますからね。nobee.comという独自ドメインも持っている。私からは別れた女性とか友人知人や同級生に連絡がとれませんが、相手がその気になればいつだってメールを送ってくることはできる。SNSやTwitterより簡単ですよ。

中には私を袖にして他の男の元に走ったり、結婚しているのに連絡してきた女性もいます。それが一人ではない。哀しいというか何というか・・・。私に何を求めているんでしょうね?

中には番組の関係者に嘘を言って連絡を求めた人もいます。二十歳代の頃に北新地で黒服やってた頃の恋人でしょうか? この人はおかしな新興宗教にハマっていた人で。最後は男作って出てった人です。

その人が「どうしてもあの人に連絡を取りたい」と電話してきて。インターネットのホームページのアドレスを教えたら「私がインターネットなんて出来るわけがないじゃないですか!」と逆ギレされたそうで(笑)。当時はスマホとかありませんからね。

これは携帯やスマホにカメラ機能やメール機能がついて。気軽にいつでもメールが送れるようになる前のお話です。私が始めて番組に出始めた1997年の頃にはスマホなんてありませんから。パソコン持ってて多少は知識がないとメールが送れなかったんですよ。

正直、これが連続するのは寂しいです。私と別れたことを責めるつもりなどは毛頭ありません。その頃に何らかの幸せを願って、私以外の誰かを選んだのでしょうから。

ただ、自分でその頃考えて選択したことなら自分で責任を持って欲しい。

当時、私を信頼出来ないとか信用しなかった人が後から親友とか仲間顔、まして恋人のふりをしてまで連絡してくるのはさすがに嬉しくないですね。

そこには私がもっとも苦しい時期とか支えて欲しい時に去ってしまった人達も含まれます。

何事もなかったかのように連絡してきたり、新しい商品(CDとかDVD、通販で取り扱うようになった特殊な商品)を当たり前のように「ウチで扱わせてくれ」と言ってくる人が多いことに驚きます。

長い時間かけて勉強したり培った末での技術だったり、兄があちこちの企業のサポートやデータベースをコツコツと行う事で販売を任された権利や仕事です。

お金に殆どならなかった障害者の雇用問題にずっと取り組んできたから繋がったもの、信頼を得るのに長い時間がかかったものもある。片手間で簡単に取り扱えるようになったものは少ない。苦労して努力してやっと掴んだものも多いのです。

いわば地道な活動やお金にもならない仕事、ボランティアを続けてきてやっと身に付いた技術や信頼関係、取り扱い商品だったり知識だったりするわけで。

ネットで浅はかなパクリを繰り返してる連中とは違うのですが・・・。

やっぱり、私はそんな人達と会おうとは思いませんが・・・。苦しい時期に励ましのメールの一本でもくれた人なら話は別ですが。私は辛い時期とか苦しい時期でもこのホームページを何年も維持してきています。苦しい時に励ましすらなかった方々が私の友達なのですか?

それは違うと思いますよ。それが一人や二人ではなく何人もいることに驚きます。

同じ図々しさでも、故郷の悪友連中は違うと思いますよ。

他人との距離に悩む理由

確かに言ってる内容は図々しと言えば図々しいですが(笑)。彼らは昔からの知り合いです。中学校や高校の同級生もいます。

年齢を重ねるとね。いつ帰ってもまったく同じ対応をしてくれるのが、何となく嬉しかったりもするものですよ。

番組出演とか書籍が出たことを知って連絡してくる元カノとか自称お友達とか親密な関係を強調する人達とは多少、意味が違うのです。

あまり悪意がなくて、苦笑いする程度なのでお付き合いしています。

きっと昔からの友人も何人かみてるに違いないのでここで一言、言っときますが、そりゃいくらかは飲ませてやってもいいけど、多少は感謝してたまには「値引きせい」ちゅーねん!

私の場合には仕事の都合で実入りに乱高下があるから、お金持ってる時ばかりじゃないので(笑)。

地元の友達の話とか子供の頃の話はこのホームページにはあまり載せていません。インターネットというのは便利な半面、トラブルや炎上も付き物なので。私が運営を開始した1997年にはネットリテラシーやネット炎上という言葉も、個人情報保護法やスマホ、Googleも存在しませんでした。

家族のネタは一緒に仕事をしてきた兄のことだけ。それに絞ったのは運営を開始した1997年の時点で近い将来にはそういったもの、個人情報を表に出すことでトラブルになったり、面倒事が起こる時代が来るのではないか? と予想したからですよ。

これも時間が経ったから言えるのですが。結果として時代は私の予想通りになりました。

おそらくですが、私が会社の所在地や事務所だけではなく安易によく行くお店とか立ち回り先、住所や出身学校を載せていたら。そこに直接、押しかけてくる連中も大勢いたでしょうね。

開始した直後からカルトとか怪しげな連中もいっぱいいましたので。相当に注意して用心したんですよ。初期の頃は出張の予定なども載せていたのですが。留守中を狙って自宅に侵入者があったり、私がいない時と狙って掲示板を荒らすなどの行為があったので取り止めています。

そこまで配慮していた私が。ここでわざわざ、こんな話を持ち出すには訳があります。

メールで送られてくる相談の中にですね「友達がどうもできない」「他人とどう触れ合ったらいいのか、わからない」って内容が結構あるのです。

そういったことに悩む理由は簡単なんですよ。

自分が「相手の顔色をみて」それに応えようとするからです。

意味がわかりますか?

相手が「自分のことをどう思っているのか知りたい」と思うのは人の常です。少なくとも催眠や心理学に興味を持ち、私のホームページの愛読者であるなら多少はそういった気持ちもあると思います。

私も同じですよ。他人が自分を「どう見ているか?」「どう考えているか?」を考えてきたからこの仕事をしていますし、このサイトが存在しているのでしょう。

組織や会社での自分の立場、恋人への恋愛感情や家族への思いも含めて、周囲には「自分のことを理解していてもらいたい」と願うものかもしれないですね。

で、相手の顔色を伺ってしまう。

これが結構疲れるんです。

それはおそらく、相手が「あなたを大切だと思っている」ことが伝わってからリアクションを起こそうと思っているからです。それも意図してのものではなく「無意識のうちに」でしょう。

ひどい対応とか拒絶を受けたら傷つくでしょう? ですから相手の本心とか対応を確認してからでないとリアクションが起こせない。それを繰り返すから疲れるのです。友達に「なってください」という以前に先に「この人は裏切らないかな?」と計っていることになります。

誰だってフラれるのは怖いし悪く言われるのは嫌でしょう? だから相手の顔色を伺ってしまう。恋愛でも友達付き合いでも一緒で、できれば確実なルートで安全な道筋を歩きたいものですよ。

確認する前に動くのは勇気が必要ですから。誰しも自分に直接向けられる悪意には傷つくんです。

友達の基準

その気持ちはよくわかります。誰しも利用されたり嘘をつかれるのは恐いですから・・・。私が本来なら語りたくもない過去の失敗例とか、別れた女性からの連絡をここに綴ったのは。

「私も失敗や苦しい思いの連続」だったからですよ。あなただけじゃない。

誰かに友達や友人のふりそして近づかれて結局、利用されたり嫌な思いをするなら誰にも近づいて欲しくは無いでしょう。まして過去に一度でも嫌な経験があるなら尚更、そうなってしまう。

友人というか人との付き合いは、常に対等で居たいんですよ。その対等な筈の人に嘘をつかれたり一方的に利用されたら嬉しくありません。

相手を信用して裏切られることになれば、そういった人の裏切り行為ばかりではなく、安易に相手を信じた自分自身をも嫌いになってしまう。ですからどうしても慎重になります。

ただね、人との付きあいや友達を選ぶ基準がそればかり、要するに「自分を裏切らない」とか「信用出来る」ことだけになってしまえば、意外なことに自分の心のバランスがとれません。麻雀で安全牌という表現もありますが。常に約束された楽な道筋ばかりを歩むと成長はしないのです。

「相手が自分をどう思っているかどうか?」とか、「こいつは俺を裏切らないだろうか?」ばかり考えて相手を選んだり付き合うのは結構大変なんですよ。

全てが駆け引きになってしまいますから・・・。

相手の心とか、今後の対応に期待して何かを決めることはとても疲れることです。期待と異なる対応をされた場合、期待が大きかった分だけ苦痛も増します。相手を責める言葉も増えるでしょう。

また、傷つくのを恐れて相手との距離を保とうとすると相手も距離をとりますよ? そういうのはニュアンスで伝わったりもする。遠慮してこちらに踏み込めなくなりますから。

すると、どうしても孤独になります。

忘れてしまう人も多いですが、恐いのはお互い様なんですよ。あなただけが恐いのではありません。仕事ばかりでななく恋愛においてもそれは同じなんです。勇気がなければ何も始まりませんよ。

基本的に人は相手にもできれば「自分を好きでいて欲しい」と願います。

おそらくそれはそれは恋人や家族、友人だけでなく「これから恋人になりたい」「友人になりたい」人達、仕事や学校、生活における新しい関係性をも含むでしょう。

他人との付き合いをまったく必要としない人は社会には存在しませんから・・・。何らかの理由で自分のキャラクターをそう作っている人もいますが、それは過去に辛い思いがあってそれを「隠したい」と思ったり、自分を「守りたい」と願うから、そう振る舞っているケースが多いでしょう。

山の中でたった一人で暮らす人はいないんですよ。浮浪者というかリストラとか諸事情で路上生活者となっても、人は人が群がる場所に集まります。

一人で居るのは寂しいですし、辛いんですよ。赤の他人の雑踏でもまったくないよりはマシな場合もあります。路上生活者が街中で暮らしているのは食料の確保が容易だからだけではありません。人間にとって山の中とか無人島で自給自足で暮らすほうが、精神的には苦痛になります。

また人は歳を喰うとね、段々、臆病(おくびょう)にもなります。

生活で知り合う人の多くは利害関係が絡みます。仕事絡みであったり、何らかの繋がりがある人からの紹介であったり、金銭や上下関係も絡みやすいのです。

何の利害も絡まない子供とか学生、若い頃とは明らかに異なってきます。

本当の意味での友人っていうのはね、年々作りにくくなるんですよ。

新たな繋がりを作ったり、人間関係に乗り出すのは億劫(おっくう)にもなりますし、何の利害関係もない友人ってのはなかなか知り合うきっかけがありません。

自分で決めるものです

私からすれば、以前からの古い友達が私に会った時に「奢れ!」って言うくらいはまだ可愛いモンなんですよ。

私の現在の生活が楽チンとか収入が一般人に比べて極端に多いって訳ではありませんが・・・。それでも馬鹿騒ぎ出来る場所や一緒に飲める連中がいるのはいい。精神的なバランスを取るために必要なら多少金がかかっても構わないかも知れないですね。

その馬鹿馬鹿しい行為には、あまりにも深い悪意があるわけではないから。

単純に考えれば、私は彼等に利用されているのかも知れません。たタダ酒が飲みたいだけかも知れませんし、店の売り上げに協力して欲しいだけかも知れません(笑)。

だからといって遠ざけますか?

私がたまに思い出し「アイツらのとこに飲みに行こう!」と考えたり、相手が「よく来たな! 一緒に飲もう!奢れ!」と大騒ぎできるだけでも、私は幸せなのかも知れませんよ?

私は「友人であるかどうか?」は相手ではなく、自分が決めるものだと思っています。

多少ごう慢な言い方ですが、相手がどう思っているなんてどうでもいいんですよ。

アイツらはもしかして、私のことを友人だとは思ってないのかも知れません。ただのカモで都合のいいお客さんだと思っている可能性もありますよ? ですが、いつもそんなことばっかり考えて相手と付きあっていればすぐに煮詰まってしまいます。

疲れるでしょ?

飲んでてもつまんない。相手を一々疑うのは面倒ですし大変です。必ず見返りがあるとか台頭な立場でなんて「大人同士のお付き合い」でも、なかなかありえませんよ?

得意先とか仕入先、編集者でも散々飲み食いして知らん振りなんて普通にあります(笑)。接待は必ず見返りがあるとか契約が成功する架け橋ではないから。捨て銭とか無駄金になるものもありますし、腹の立つ相手、最初からこちらを利用しようとかピンはねしようとして近づいてくるのだっています。

その全てを疑ったり精査していたら。結局は後手に回ってライバルに先を越されるでしょうね。若い人には理解しがたい部分もあるかもしれないですが。

成功する人とか仕事でうまくいく人は「見切り発車」や「出たとこ勝負」も多いですよ(笑)。Microsoftのビル・ゲイツなんかも。IBMから「OSを作ってくれ」って言われた時に手元のは現物がなくて。慌てて原型を買いに走ったり、技術者を抱え込んだって逸話もありますから。

まして私生活においてまで、相手が常に「友達だと思ってくれているから」「私も友達だ」などと考えていたら、息苦しくって仕方ありませんよ。相手を信用できずに苦しむくらいなら、多少利用されたとしても信用してみるのもいいとは思いませんか?

私個人としては、その程度の度量や器量はあってもいいと思っています。

私としてはそれくらいに考えるほうが気が楽です。仲間とか古い友人をむやみに疑って酒を飲んだり苦しい思いはしたくない。だったら最初から行かないほうがいい。

いい歳して若いお姉ちゃんに騙されて金貢ぐ人だって社会にはいっぱいいるのですから・・・。それに比べたら安いもんでしょう? 気晴らしってのはそういうものです。

反対にですが、私は嫌な奴とは金もらっても飲みませんよ(笑)。奢ってくれるったって行きません。疲れるだけですから。それなら自分で金払って勝手に飲みます。

人間関係は立場とか金だけで割り切れるもんじゃないですよ。

人間はロボットではないですからね。所詮は「感情」で、その感情が満たされる場所とか相手。シュチエーションがいいのです。

人間関係ってのは不思議なものですね

「奢ってもらえるなら何だって構わない」と思う、さもしい方も世の中にはいらっしゃるとは思いますが、それは悲しいですよ。

いつもそういった感覚の人だと周囲からは徐々に人が減って、ついには誰にも相手にされなくなります。若い内は多少は我慢して貰えますが、気がついた時には周囲には誰もいなくなります。

「金さえ払えば人がついてくるか?」と言えば、必ずしもそうではありません。時折見かけませんか? お金持ってて高級店などを飲み歩くのに、なぜか寂しそうなおじさんを。

ああいった人達はある意味器用な人達ですよ(笑)。あちこちで大金支払いながら嫌われたり孤立するんですからね。普通は慕われますしモテますよ?

金も持ってない普通のおじさんなのに、なぜかホステスさんや部下から好まれる人もいます。

私はあちこちで派手に遊ぶ金があるのに寂しそうな顔してたり、腰ぎんちゃくみたいな連中しかついてこない人、「僕はなんて孤独なんだ」と口癖のようにつぶやく人を何人もみてきました。

孤独にしてるのはその人自身の身勝手ですよ。相手を信用しないで使い捨てにしてきた結果ではないでしょうか? その傲慢さとか身勝手さが態度や表情に滲む。だからお金持ってても敬遠されるのです。

なのにそういった人に限って自分のそういった部分については無視するんですよ。全てが他人の責任で周囲が「私を支えてくれない」「俺は一人で寂しいんだ」が口癖です。

自分が孤独で寂しいと思うなら、自らが先に家族や友人、知人、仲間を助ければいいのに。身体が不自由だとか動けないわけでもない。下手をすれば他の人より地位やお金、自由に動かせる立場や組織がある。なのになぜか、自分だけが孤独で助けてもらえないと愚痴ります。

馬鹿じゃないんですかね?

誰かに助けてもらった人は感謝くらいしますよ? 確実な見返りとか報酬は得られないのかもしれない。それでも周囲に対して優しさと配慮を忘れない人が完全に孤立化して誰からも相手にされない、なんて見たことがありません。

その人達が言うような「一人で寂しい」状態になんてなってませんよ。必ず友人や仕事仲間、家族や恋人、誰かが側に居たり連絡をするようにはなってます。

自分からは何もリアクションを起こさず、何かしてもらっても当たり前だと考えている。感謝の言葉の述べません。そりゃ孤独にもなるでしょう? 身勝手なんですから・・・。

私は自分がそうなってしまうのは、やはり悲しい気がします。いくら仕事で成功しても一緒に喜んでくれる人が一人もいないなら寂しいですよ。そして、それは男として恥だとも思います。

ですから地元とか古い繋がりも大切にします。私個人には何のメリットもない人とでも一緒に騒ぐ事はある。それは別に利害関係とか不自然なことではなくて、私の心のバランスをとるために必要な作業なんです。相手のためにやってるのではなく、結局は自分のためなんですよ(笑)。

かく言う私も、昔はよくあちこちで奢ってもらいましたよ。お金がまったくない時に色々な人に支えてもらったことはあり、今も感謝しています。

そういうのはね。順番なんでしょう(笑)。

最近は奢ることもありますが、それは私も歳をとったので立場上であって。私が誰かを支える側になったということですね。

私は、あいつら(古い友人)の性格知ってますからね(笑)。私は自分にお金が無いときにはお店に行きませんし近寄りませんよ。わからない人にはわからないでしょうが、「男としては」時折、見栄の張ったり馬鹿騒ぎする場所もあっていいんですよ。

少なくとも「ここだけは」パーッと飲んだり、見栄を張れる場所や帰る所があるのは悪いことではないんです。

利用し合うものではなくて支え合うもの

最近、仕事にかまけてて地元にも帰ってませんけどね。そろそろ、一度くらい帰ってみましょうか? まあ、いつ帰っても変わらないでしょう。「飲ませろ!」「奢れ!」は彼等の口癖です。

相変わらずだとなぜかちょっと安心します(笑)。歳を取るとお互いに飲む量が減りましたね。私は水商売の経営にも携わっていましたので、それこそ浴びるように飲んでいた時代があります。

ビールくらいじゃ酔わなかったり。ブランデーや弱い酒では納得しなくなってワイルド・ターキーとかハーパーなどのバーボンばかりストレートで煽ってました。殆ど北方謙三の世界(笑)。

経営に携わっていた時は、自分の店が襲撃されると聞いて木刀取りに帰ったり。身体鍛えていたのはそのせいです。これももう遠い昔になったので暴露してしまいますが・・・。後ろ盾がない学閥や支えてくれる組織がない、学歴がない私のような人間には「力」が必要だったんですよ。

若い頃は空手とか合気道とか喧嘩の強さにも頼った。誰にでも暴力を振る側ではなかったですけどね。自分の店とか仕事とか収入を守りたかったから。身体鍛える前はね。理不尽に殴られたり女性を盗られたり、店の厨房にいただけの男から「給料を俺に寄越せ」って脅されることもあったんです。

悔しい思いや寝られない夜が私にもあったわけで。

私も「誰かに利用されるのが嫌だから」身体とか精神力を鍛えた側です。それが一歩進んで体力とか喧嘩以外に心理学とか催眠「術」とかネットスキルやパソコンも学ぼうに繋がっていきます。

人間はいつか衰える。その衰えた時に喧嘩自慢とか昔話だけでは対処しきれないでしょう?

ですから動画編集もやればWordPressも多少は使える。レビュアーとして徐々に上位者になったり、文章やテキストを書いたり「催眠術」も使えるようになったわけです。パソコンなんてブランドタッチなんてできませんでしたよ。指一本で打ってた側ですね。

最初から何でも出来る男なんて存在しません。油断して転んで怪我をして、誰かに裏切られたり利用されたり、煮え湯を飲んでやっと「頑張らなければ」という自覚、勇気が湧くだけですよ。

社会には多くのトラブルがあります。嫌な出来事や理不尽な思いもあります。仕事をやってれば納得できない思いや苦しい思いもあります。そういった感情を自宅に持ち帰りたくない場合もあります。

気分の切り替えが難しく誰かに当たってしまいそうな時もある。

女の人は「すぐに帰ってこい!」と言いがちですが、多少は多めに見てあげて欲しいですね。親しい家族や恋人、奥さんだからこそ見せたくない姿、苦しい感情もあるものですから。

得意先のおっさんとか実力もない世襲社長に、一方的に罵られたなんてことを男が家族に話せますか? 理不尽な要求など世の中にたくさんある。飲んで忘れて家庭や翌日に持ち越さない。ワーッと騒いでカラッと忘れて次に進む方法だってあります。

「友人ってなにか?」と問われるなら、私は即座に「自分が飲みたい時」「遊びたい時や気分転換をしたい時」に一緒にいられる奴と答えます。

まあ最近は体調不良、年齢のせいで酒を飲まなくなったので一概にそうとも言えませんが(笑)。酒や飲み会は無くともいい。ただし、少なくとも何かの見返りを求めて出かけることははないですね。それでは利害関係で仕事の延長になってしまうから。息抜きになりませんよ。

対人関係で悩んでいる人にならば、友人とは「社会との繋がりだ」と答えるでしょう。家族や学校、恋人や奥さん、子供、兄弟、友人知人、様々なネットワークが「その人」個人を繋いでいます。

そういった「社会との繋がり」がまったくなくなれば、どこからも孤立します。

メル友とか携帯友達なんて言葉もあります。最近だとLINEとかフォロワーでしょうね。正直、古い世代には理解しがたい部分もある。別にその人に会う訳でもなくただ単にメール送ったりブログやTwitterをフォローしただけで「なんで友達なんやねん?」と思う部分もあります。

それでも彼等は彼等なりに社会との繋がり、友人との距離や関係を保とうとしているのでしょう。

「友人」と「ただの知り合い」「仕事仲間」との違いは紙一重です。時に重複もしますよ? それでも知人と友人との違いは感覚的に違いがあります。

その分け目は「お互いの心の距離」だったりもします。ご本人の考え方一つで別れるんですよ。

関西弁だとこう言います。

「あいつは俺のツレや!」

「俺が友達や、ちゅうんやから友達や!」

漫才みたいですけどね。それが真実だと思っています。

一方通行でもいいと思いませんか? 私の自己解釈ルールです(笑)。

「俺がツレやと思ってるからツレ」「友達や!」

身勝手ですが、それでOK。

私にとっての友人とは?

このホームページの開設は1997年の3月です。早いもので20年(この文章を書き直したのは2017年12月)になりますね。

最近は映像やホームページの仕事で知り合いになった方も増えてきています。また催眠「術」とはまったく異なった所から繋がりができたり。

私にとって友人とは私と繋がりを持ってくれる方です。苦しい時期に励ましをくださったり、、再開をじっと待ってくださった方々ですね。

もちろんそこには地元の飲み友達や一緒に仕事をやってきた人、家族や身内を含みます。

興味本位で私のホームページを見にきて、そのまま何度も遊びにくるようになり、テキストを買ったり指導を受けたりという積極的な関わり合い合いが無くても、このサイトを読んでくださる方や「頑張れ!」と思ってくれている方々が私の友人です。

目に見える応援とか直接的な言葉だけが全てではないですよ? 何年も放置してきたのに何度も訪れてくださるリピーターも私の支援者であり、これまでの心の支えとなり勉強の後押しになりました。

ですので、今回は時間をかけて全ページの見直しと修正を行ってあります。

この場を借り、深く感謝致します。

途中、嫌な事も多かったので何度も辞めたくなりましたよ。

ネットは特に嫌な事はいっぱいありますよ。露出が増えたりヒット数が増えたり、読者やネットに参加する人達が増えれば増えるほどトラブルも拡大する。

ブログで炎上する例はアメリカやイギリスでも多数あります。

私の元にも酷い中傷や嫌がらせ等は数多くありました。

兄とか友人にみせたら「止めてくれ、精神的に立ち直れなくなる・・・」というくらい酷いのも何通もありますよ? そういうのが、私の家族が亡くなった直後にすらある。

それでも私自身が何かを求め、何かを訴えたいならどこかで何かを表現するしかありません。

繰り返しますが、ネットは不特定多数の人々の目に触れます。確かに嫌な事も多々ある。それでも粘り強く活動することで色々な部分が変わる事もある。諦めてしまえば何も変わらないのです。

できることなら、私はいい歳して「孤独だ」とか、経営や何かの仕事に長く携わってきた癖に「寂しい」などと言うくだらない男にはなりたくないですね。

特にそういった情けない言葉で女を口説くような屑にはなりたくない。これも時折見かけるのですが。家庭を持って奥さん子供がいながら、若い女性に泣き言いって同情を買おうとする男は糞ですよ?

どこでも、その手で自分より一回りも二回も若い女性を口説いたり甘えてますから(笑)。

既婚者は絶対に女性を口説くなとまでは言いませんが。経営者や商売人、いい歳をした大人なら泣き言を言うべきじゃないでしょう? どちらかと言えば若い世代の愚痴を聞いてやって励まして、カッコよく女性を惚れさせて掻っ攫うくらいの器量と話術、経済力くらいは持って欲しいもんですな。

あなたが孤独で悩むのなら、まず自らが誰かを支える事です。自分が寂しいのと同じように、社会には数多く孤独で悩んだり寂しい人はいます。

一方的に「俺は寂しいし悲しいし大変なんだ」「わかってくれ」は愛情でもなんでもない。ただの甘ったれです。自分から歩み寄って支える努力だって必要なんです。

「誰だって一人は寂しいし辛いわ、ボケ」

だから、誰かを支えるんでしょ? 自分だけ支えて欲しい、愚痴を聞いて欲しいはエゴです。

誰しも苦しい時も悲しい時もある。そういった時に支えてくれたり、黙って一緒に飲めるような人なら失いたくないでしょう。自分が「先に」そういう存在になっているなら、孤独になんてなるわけがない。家族にも仲間にも「お前には側にいて欲しい」と必ず求められます。

都合のいい時だけ甘えない。ただし、相手が困っている時には相談に乗ったり黙って一緒に飲んだりする。私はそう心がけます。

一日は有限で時間は誰だって大事ですよ。それでもそういった繋がりや関係性を保つ。仕事や生活でどんなに大変でも、利益や見返りがなくても出掛けて行ったり時間を割いたり手間をかけることもある。

それが友達です。

個別返信の代わりにここでお礼を

若造で何の手段も持たない者が孤立するのは仕方ない部分がある。これから頑張ればいいのです。

おそらく、私もそういった若造の部類でしたね。

私にしたって元は、ただ単に鼻っ柱が強かっただけのどこにでもいる若造だったのでしょうね。何の確証もなく、たいした実績もないのに訳のわからない自信だけがあった。それが若さです。

まあ確かに水商売で揉まれたり接客業や販売業をやって、徐々に打たれ強くなって精神的にも肉体的にもタフにはなって行きましたが。とてもじゃないが順風満帆ではなくて逆風の連続でした。

店を潰してやるとヤクザに脅されたり付き合っていた女性が浮気して出てったり、せっかく軌道に乗った商売を横取りされようとしたり、仕事が忙しかったのでしょうが、私が自営業を始めた時に、パソコンを教えてやると言ってくれた兄は放置して自宅にもろくにやって来なかったり(笑)。

結局、パソコンをローンで買って書店で専門書集めて全てが自力です。

家族にも言ってないことはたくさんありますよ。

私がホームページを立ち上げた時はメールもまともにできないくらいの知識レベルでした。先にも触れましたが、指一本でキーボードを操作していました。キーボードに触ったこともなくろくな知識も経験もないままに細々と更新を始めました。

当時は解説書も少なかったですし、ネット検索もまともに動かない時代。GoogleどころかYahoo JAPANも稼働していませんでした。今考えてみれば、あの状況でよくやろうと思ったものです。

それでも表現したい事が私にはありましたからね。

今の若い世代は恵まれていますよ。私が始めた頃とはインフラもパソコンやソフトも違う。費用も格段に安くなって動作も速くなっています。

スマホ1つでもやる気になればなんだってできるでしょう。

小説などもネットで気軽に投稿できるようになりましたし。下手をすれば私よりも上の世代がラノベ書いて上位者に入っていたり。面白いものですね。

もっともそういったツールやネットが発達しすぎて、最近は迂闊(うかつ、ついうっかりって意味です)に、メールで「友達に」とも言えなくなりましたけどね・・・。

そういった途端に変な連中とか金目当ての詐欺師が押し寄せることもありますから。

私がネットで出来た友人を大事にするらしい、仲よくなれば「メールで色々情報をもらえるらしい」と掲示板やメルマガで煽った連中がいたらしく、見事にマニュアル化、テンプレート化した内容が一時期、メールで連続して届くようになりました。

そういったものがあまりに増えれば、さすがに受け答えする気力がありません。

誤解しているようですが、インターネットはそういった形で利用するものではないんですよ。基本的にはどんな道具も、相互が嫌な思いをしない形で利用し補完し合うためにあります。

自分の言い分を一方的に送り付けたり、何かを聞きだすためにだけ利用しようと思うならそれは誤りです。本当は相互に支え合うためにあるツールですから・・・。

私もそういった形で様々な人に支えられてきました。

ここに書いたような様々な事情で個別の返信ができなくなっていますが、温かい励ましを戴いた方々には今も感謝しております。この場を借りて御礼申し上げます。

出会いは自らが一歩踏み出すこと

結局ね、何事も信じないと始まらないのです。

相手を疑って「この人は本当に私の友達なのか?」と考え始めればきりがありません。恐くても、信用して内側に入らないと相手も信用しないでしょう? 勇気がないと繋がりは保てません。

どんな些細な繋がりも、それをきっかけに太くするのも、あっさり断ち切ってしまうのも自分次第なんですよ。

現在、「友人が少ない」「繋がりが持てない」と悩む人はそこから始めて下さい。

相手を信用しよう、と思えば勇気が必要ですよ。信じればこそ傷つくのですから・・・。信じなければ深く傷つくこともない。代わりに繋がりが浅くなった分だけ孤独にもなりがちです。

私も、出来る限り相手を信用しようとします。

嫌な思いも散々な思いも何度もしてきてるんですけどね(笑)。何度もひどい目には遭っている。たまたま知り合いになっただけの人から中傷を受けたとか、付き合っていた女性の交際相手だとかが一方的に悪口を掲示板に書き殴った事もある。

ホームページを実名で公開してるとそういった行為を平気で行う人もいますよ。

だからタレントがやってたブログとかTwitterが、突然、閉鎖されたりもします。面白い情報を発信していた所が更新されなくなったりするのです。

この仕事以外でも私は、これまでに様々な嫌な思いも何度もしてきています。

私のこれまでの経験を知れば驚く人が多いでしょう。「よくそんな目に」と思うようなことも何度かあります。社会の表も裏も十分に知っていますし、苦い思いも何度も経験してきていますが、それでも、他人を信じることを諦めてないだけです。

そうじゃないと面白くないから(笑)。突如としてスーパーヒーローとか白馬の王子様が現れて助けてくれるってのは漫画やアニメの中だけですよ? 出会った人達の中から「何かを紡ぐ」必要があるのです。運を良くするも悪くするも自分次第で。人である以上、誰かと関わらないと商売にはならない。

結果、今でも利用されたり騙されたりすることがありますけどね(笑)。

ですが後悔はしません。「虎穴に入らずんば、虎児を得ず(意味は辞書で引いて下さい)とも言うでしょう? 私が他人を信じず、どことも繋がりを持たなかったら、とてもここまで歩いてこられなかったと思います。友人も知人も増えてないですし番組出演も出来てないでしょう(笑)。

文章を書く能力も、何日も我慢してWordPressを修正する忍耐力も、何百人も前にして原稿なしで数時間話し続ける話術も授からなかったと思うのです。

今後も信じる事で騙されることはあるかもしれませんが、少なくとも誰も信用せずに「私は孤独だ」とのたまう、情けないおっさんよりはマシだと思いますね(笑)。

様々に出会いもありますし別れもありますよ? これまでに連絡が途絶えた人も何人かはいます。

本人がどう思っていようと、お互いのタイミングとか仕事の都合、巡り合わせでも仲の良かった人とすれ違ってしまうこともありますよ。一時疎遠になっていようとも、時間が経って歳をとったり立場が変わればまた交わることもあります。

大切なのは自分で相手を選び、その選んだ相手を「信じること」だと思います。

確かに騙す人や嘘をつく人はいますよ。残念ですが社会には悪意がたくさんありますから・・・。こちらの善意を悪用する人や相手を利用しようとする人は後を絶ちません。

そういう愚かしい行為を繰り返す人は、結局は孤独なんですよ。

信じなければ始まらない。恐くても最初の一歩目は自分で踏み出すしかないのです。友人が多い人と多くない人の違いは、結局は相手を信用し踏み出した勇気の数によるものでしょう。

言い方を変えれば騙された数かも知れない。利用されることや騙されること、傷つくことを恐れず、相手に歩み寄ることのできる人が、最終的には友人に恵まれると思います。

孤独感にさいなまれる前に、自分から他人と繋がりを持つ努力を。

これは恋愛にも通じる話ですけどね。一人でいることが辛いのは、きっとあなただけではありません。

このコーナーの初稿は1998年に書かれています。年数が経過しましたので2017年のサーバー移転の際に、読みやすいようにレイアウトと一部に加筆修正を加えてあります。

2002年08月28日 初稿

2017年12月12日 加筆、修正

谷口信行

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