自殺したい、手伝ってくれと言う前に

2017/12/06改訂
2011/01/15初稿

難しいとわかった上であえてこのテーマを

私の元にも時々、「自殺したいから手伝ってくれ」みたいな内容のメールはありますよ。

一時期、自殺幇助っていうか、そういうのを煽る報道やおかしな掲示板が流行したので、その余波でしょうね。

2017年になって神奈川県座間市のアパートで9人が絞殺されるという事件が起こっています。

このホームページの公開は1997年からなんですが・・・。以前から私はネットの匿名性、特異性に気をつけて「安易に家族や友人にも告げずに誰かに会いに行ってはいけない」と書いています。

それが女性であれ男性であれね。ネット上であるならどんな嘘でも言えます。時代が移り変わってツールが発達し、HTMLを使ったホームページからブログやTwitterがメインとなったりスマホを使って気軽に写真をネットにあげて。インスタグラムを楽しめるようになってもそういった部分は変わってないんですよ。

家族なり友人なり恋人や仲間が異変に気がついてくれるなら手も打てます。どこかに出かけるにしてもマンツーマンだと危うい。相手を確認する方法がないですから、「自殺したい」「悩んでいる」「助けて欲しい」とネット上で呟けば同情して返信してしまう人だって出ますよ?

こういったサイトを長くやって来て、それ以前にも接客業や営業に携わっており、全国各地を講演や出張で飛び回ったから言えることですが・・・。

世の中はそんなに善意では出来ていません。相手に同情して出ていって殺されたとか、ヤクザにシャブ漬け(覚醒剤漬け)にされたとか。何の罪もないのに犯罪やトラブルに巻き込まれて人生を台無しにしてしまったとか、助からずに死んでしまった人にも何人もお会いしています。

身体の痛みが生命の危機へのシグナルだ、という話もこのホームページには載せていますけどね。普通の人に必ず備わっているはずの「警戒心」もまた、あなたの心と身体、命を守る警報機なのです。

警報機が故障している人が増えています。SNSやTwitterは万能ではないですよ?

これが学校内とか社内のクローズネット、閉じられた空間ならまだ話はわかる。限られた人達しか参加できないとか身元がはっきりしていれば多少はマシなんですよ。

そうでないならばやはり第三者や友人の立ち会いを求めるか、せめて帰り時間くらいは家族に伝えておくべきだと思うのです。

三鷹市の女子高生ストーカー殺人などでも同じなのですが・・・。

女性を口説こうとか騙そうとする男はどんな嘘でもつきますよ? 高学歴だとか芸能関係者だとかアイドル? と知り合いだ芸能事務所を紹介してあげると言います。

ネットで知り合ったとしても、まさか「学生証、卒業証書を見せろ」とはいえないでしょう? 相手を疑っていることになりますから。言い出しにくいんです。

若くて社会経験のない学生や社会人の1年生が、誰かの嘘を暴くとか気づくってのは難しいです。寂しかったり出会いが欲しいというのは誰しも同じでしょう。根底に「何か良いことがないかな?」とか「誰かと友達になったり仲良くなりたい」があれば騙されやすくもなるんですよ。

気持ちはわかるんですけどね。ただし、だからといって家族や友人にも内緒で安易に出かけてゆくなら。「いい人」に出会って幸せになる確率よりも、悪意がある相手に騙されたり殺人鬼やストーカーに当たる可能性のほうが遥かに高くなってしまいます。

催眠術で「何とかしろ!」と言ってくる人達

最近になって新しくGoogle Analytics(グーグル・アナリティクス)に登録したり、WordPress内部でアクセスログをみれるように改造しました。

一時期は執拗なハッキングや荒しも相次ぎましたので、仕方なく分析することにしたのですが。結果としてここにたどり着く前に検索されたキーワードを真剣に眺めることがあります。

すると検索してたどり着いたキーワードやログで、今までは気が付かなかった様々なことがわかることがあります。

世の中には本当に色々な人がいますよ?

「自殺したい」でたどり着いている人がいる。「洗脳したい」反対に「洗脳されたい」もありますね。「浮気を暴く方法」でたどり着いているのはご愛嬌ですが「浮気を誤魔化す方法」「夫を洗脳する方法」などで検索している人もいます。

これまでには様々なメールを受け取っています。面談の申し込みがあったので遠方まで出掛けてみれば悩み事や苦しみからから逃れたいから「洗脳してくれ」とすがりつこうとする女性とか。

我が子を操り人形のようにして「勉強させてくれ」申し入れてくる親とか。

何を考えているのでしょうかね? 我が子が母親の言いなりになって常に言われた行動のとおりにしか動けなくなったらロボットと同じですよ? 自発的な行動は何一つとれなくなってしまう。母親が死んだ場合はどうするのでしょう?

母親が一言、「学校の先生の言うこともよく聞きなさい」と命じただけで大人に逆らえなくなって性的虐待やパワハラ受けても当たり前だと思う状況になるかもしれないですよ?

それでいいんですか?

「私は知らない間に洗脳されてこうなった筈なので催眠術ですぐに何とかして欲しい!」と申し入れてくる人もいました。

だから「すぐに解け」と。催眠さえ解ければ私にはバラ色の人生が待っているはずだ、私の人生や生活がうまくいかないのは「あいつに操られているからだ!」もありましたね。

少なくともたった数時間の面談で完全に洗脳、ってのはかなり難しいと思うのですが。催眠などを長く手がけて多くのケースに当たってきた私だけに、その難しさは熟知しています。

そんなに瞬間で人が変わったり変えられるものなら、世の中はとっくにカルトや一部の凶悪犯だけが支配する、地獄絵図になっていますよ(笑)。世の中は悪意のほうが多いんですから・・・。

確かに自らの思惑で身勝手な行為を行うものは大勢います。

いますが、そういった連中が「瞬間で」洗脳できる方法を発見したり入手したら、被害はもっと甚大なものになりますし、異様な広がりを見せているでしょう。

「苦しまずに自殺したいから催眠術で手伝ってくれ」って言われたり「恨みに思ってる奴に復讐したいから催眠術で手伝って」って言われてもね・・・。

これが一人や二人じゃなかったりします。

検索結果を見ていると、「旦那が寝ている時に催眠術で暗示を」とか。

苦労も苦痛もあるし、悲しいことや嫌なこともいっぱいあるかもしれないが、頑張って生きてみようよ、「たのしいこともきっとあるよ」と長年書き綴ってきたのがこのホームページですので・・・。

ここに載せられている内容や私の目指したものと、そういったメールや検索結果はあまりにも異なっています。

う〜ん、困ったなぁって依頼? というか返答に困るメールも時折、あります。

最近は変なキーワードでたどり着く人も増えました。放置しておくと危ない気がしましたので、あえて難しいテーマですが書いてみることにしました。

身勝手な親族、近親者、学校の先生にも大勢います

過去には身勝手な人にも大勢会っています。

自分の姪っ子とか我が子がレイプ被害に遭っているのに、その点には留意したり気づかうこともなく「私の姉は壊れやすい人だから」「父親にバレたらどうしよう・・」とだけ繰り返すだけの身勝手な親やおばさんとか。

その人(おばさん)にとっては姪っ子(姉の子供)が犯罪被害に遭っていて苦しんでいることはどうでもいいらしいです。ともかく自分の姉(その子の母親)と父親にだけは事実を隠そうとします。

見ていて本当に腹が立ちました。

これも10年以上が経過した今だから言いますが・・・。

私はそれを知って何とか助けてあげたかった。近い将来、もっとも苦しむのはその子自身だと思ったから。世間体とか自分の立場ばかりを考え具体的なケアとか対処をせず、その事実を「どうやって隠そうか?」と考える人達も数多く見てきました。

子供自身が苛めや虐待に遭っていたり、深刻な犯罪被害に遭っていても目を塞いだり、勘違いだと言い張ったり。周囲がろくに話を聞こうともしないケースは、意外なほど多いでしょう。

おかしな宗教団体に取込まれている時でも、知らんフリをしたりこちらから対処を申し出ても協力してくれないケースが多々ありました。

これ、芸能人とか有名人、大きな会社の役員とかでもあるんですよ? 面倒事に関わりたくて逃げてる連中の言い出す言葉も大体は同じです。

「もう大人なんだから」「その人の意思だから仕方ないでしょ」「好きでやってるんじゃない?」

学校の教師も含め、自分が知らない、または「知らないフリ」さえしておけば何も関わらないでいい、自分は安泰だと思っている大人もたくさんいます。

最近増えてきた親とか親の再婚相手の執拗な虐待による子供の殺人事件(あえてこう書きます)も、そういった形で拡大してしまったものです。身勝手な屑が「しつけ」と称して弱い子供に暴力を振るい、悦にいっているだけです。

母親や父親、祖父や祖母の誰か一人でも子供をしっかり見ていたり相談にのれば、その殆どは回避できるはずのものです。

少なくとも幼い子供の悲鳴が毎晩続いたり「助けてくれ」と言われれば、誰かが行って対処する必要がある。逆らうだけの力もないですし、他のどこかに逃げ出すこともできませんから。

ところが助ける筈の母親とか父親、義理の親などが虐待に加担していたり、知らんフリを繰り返すとなると救いはなかなかやってきません。

前出の「父親にバレることだけを恐れる」おばさんのような実例は、社会に数限りなく存在します。

そのツケとか報いは、いずれ時間が経過して現れる

確かに世の中に溢れる全ての出来事に一々反応して真剣になっていたら身が持ちません。精神的に疲弊して耐えられなくなりますよ。

ですので、ここを読む人が何もかもに反応したり、気合いを入れる必要はないと思います。

私自身にしても、そのすべてに対処するのは不可能ですよ。時間的な制約、精神的、金銭的な問題、日々の生活もありますので、正義感だけで全部に立ち向かうのは無理でしょう。

そんなことを求めるつもりはありません。

ただし、我が子とか姪っ子のような親族とか、親しい友人や家族、恋人とかね。大切な人を見殺しにっていうか、そういった近しい間柄のトラブルまで無視したり「無かったことにする」っていうのはどうでしょうね・・・?

少なくとも私はそれが正しいとは思いません。

大人が弱者に無関心でね。子供たちが「本当に苦しい時に」助けてくれたり話を聞いてくれたりしなかったのに、大人を信頼したり感謝して育ったりしませんよ。

「どうして私の言うことを聞かないの!」ってヒステリックに怒鳴ったり、子供がいうことを聞かないから「催眠で操ってくれ」と申し込んでくるような人は時折いますが。

詳しい聞き取り調査をしてみると子供を放置して遊びに行ったり、手間を掛けることを惜しんで保育園や祖父母、誰かに預けっぱなしにしていたケースが往々にしてあります。

本来なら子供は親に甘えますし求めるんですよ。わがままを言うのもその裏返しです。他の大人たちには聞き分けのいい子なのに、自分の母親や父親の時だけ駄々っ子になったり暴れるケースはあります。

私の親族にもいましたよ? 私と会っていると大人しくて手がかからない。「この人はおじさんでも他人」とわかっているから迷惑をかけない。寂しくても我慢しているとわかる。

親にだけは特別扱いして欲しい。自分に対する愛情があると思いたいから会った時に暴れます。私はそれを責める気にはなれませんでした。どう考えたって子供のほうが正しい。

近い将来、その子が大人になったとき、そういった「おばさん」や親族、保護すべきだった大人はもっとも毛嫌いされたり敬遠され、少なくとも「信頼されない」相手となるでしょう。

「なんで私を避けるの?」「私の言うことをきかないの?」ではなくてね。種は遠い昔にしっかり蒔かれているのです。

苦しい時、悲しい時、特に「寂しい時」支えてくれたり側にいてくれた人だからこそ、忠告とか励まし、逆に厳しい言葉も価値や意味はあります。

都合がいい時だけ出てきて意見を押し付けてくる人は、仲間でも友人でも親族でもありませんよ。身勝手でうっとおしい人です。近しい関係や親族「だった」からこそ、徹底的に嫌われます。

兄から聞かされた話

もっとも、この手の人は親とか肉親だけではなく、教師とか会社の上司などにも居ますが・・・。都合の悪い部分はスルーするのに都合のいい時だけ出てきます。

自分がいい格好ができそうだとか、大切な得意先や女性が絡んだ時だけ先輩ぶって出てきたり、アドバイスと称して言葉を発するのは「ただのアホ」です。

そんなものは相手にされませんよ。

私の兄は障がい者の支援団体でパソコンの指導とかソフトの使い方の講師をやっています。

最初は完全なボランティア。何年も無料でそういった所に関わっていたので、途中からは相手先が気を遣って講師料? をくださるようになりました。

決して高額という訳では無いでしょうが、兄はその繋がりを今も大切にしています。

以前に障がい者のNPO団体の紹介で映像を作ったのですが、その時の出演者の方がその後、出世されて厚生労働省の上にのぼられていたり(笑)。

私も兄もこの仕事? が何かに繋がるとかはまったく思わずに関わってきました。何らかの利益が得られると考えて始めた行為ではない。

縁があって繋がった障がい者の方々や施設の方に「何かの力になれれば」と思っただけ。

これは兄から聞いて以前に「ひとりごと」のコーナーでも少しだけ振れたことのある話なのですが、今回はここでもう一度、引用したいと思います。

伺ったのは、ある視覚障がい者の女性の方のお話です。

いわゆる全盲の女性で子供の頃から目が見えません。ご両親はその子のことを心配してずっと付き添っていたいのですが、あえて外に勉強に出され電車に乗る時も一人にしています。

ですので支援施設にも、杖をつきながら一人でやってくるんですよ。

やはり最初は不安でね。ご家族はその子の後をそーっとついて行ったり、見守ろうと駅の近くまで出かけていったりご本人には内緒で支援やサポートをしようとしたんだそうです。

ですが、途中で辞められたそうです。

どんなに心配でも一人で外出させるようにした。危ないことも承知で一人きりで歩かせます。心配はずっと変わりませんが、誰かが影から支えたり付いてゆくことも辞めたそうです。

これを読んでいる皆さんは、それをどのように感じますか?

難しいもので、支えればいいとは限らない

ネット経由で私の元に「助けて欲しい」「自殺したい」とか、「洗脳して欲しい」などと言ってくる方にも多少は関係のある話ですので、ここで引用します。

ご両親は決して納得して安心して手を放したのではなくてね・・・。今も心配で駆け出したくなるし、ほんの少し帰宅が遅れただけで泣き出しそうになるそうです。

それでも我慢しなければならない。

親は子供より先に死ぬからです。

事故や怪我、病気で子供が先に死んでしまうこともある。目が見えなかったり耳が聞こえない、手足に障害があれば尚更、不安は募ります。

ただし、親もいつ事故や病気で死んだり動けなくなるかわからないんですよ。普通は年齢が上の者から先に逝きます。だからご本人に障害があっても自活というか、一人でも生活できるように全てを行えるよう生活の手段を得て練習をする必要がある。

ですのでご両親は文字通り、心を鬼にしてそういった選択をされました。

これは難しいんですよ。理屈ではなく感情が・・・。

我が子が障害を持ってしまった故に親が感じるプレッシャーは相当なものです。自分のせいではないかと考えてしまう。

できれば、自分のすべてを投げ打ってでも、危険のない生活を安全を「我が子に与えたい!」と望む気持ちは高まってしまいます。

それだとどうしても過保護になってしまう。

両親はあえて苦しい選択をされて、子供を突き放すことで「自分で全てをやるのが当たり前なんだ」という感覚を身につけて貰おうと考えたんですよ。

お母さんはそれでも隠れて見守っていましたし、時折、後ろで泣かれていたようですが・・・。娘さんはそれも知らないと思います。

私が以前、勤めたことのある会社にも障がい者の方が勤務していました。

車椅子に乗ってた方で聴覚や上半身に問題はなくて仕事に差し障りはありませんでした。

この方が実にいい加減な人でね・・・。仕事の手をすぐに抜きます。印刷関連の仕事だったのですが、やるべき手順をやらない。そのしわ寄せが他の工程に出ます。

彼がサボった分を誰かが補わねば(おぎなわねば)ならず、仕事が度々止まってしまった。なかなか進まないんです。見かねて責任者とか上の者(当時の私は19歳の若造です)が注意するでしょ?

するとね。いきなり帰ってしまう。翌日から出てこないんですよ。

プイッと背中向けて言うことを聞かない。そのままタクシー呼んで帰宅してしまう。

そんなに難しいことをやれとか力仕事をやれと言っているのではなくて、ただ単純に「そこの手を抜くな」「決められた通りのチェックをきちんとしろ」と言われただけで帰ってしまいます。

あげくにそのまま無断欠勤を2,3日続けることになります。

どう対処したらいいかがわからず、職場全体で困ったことがあります。代役で入れたら帰ってこれない。仕事を失うことになります。かといってそのまま放置したら納期が間に合わない。

誰かがきつく叱ったとか、担当者が怒鳴ったわけでも何でもないんですよ。

障がい者と一口にいっても様々な人がいる

2、3日経ってからね、無断欠勤している彼のご両親が会社に訪れて泣くんですよ。

「あの子は可哀想な子なんです」って。

連日、父母、両方が訪れて泣きます。おそらくはこれまでもそういった行為の繰り返しだったんでしょう。ご本人はその2日後くらいにご両親に伴われて訪れてやってきて隣に座っていましたが、仏頂面で嫌々やってきたのがはっきり見て取れます。

ご本人は悪いとも思っていないようで、ろくに頭も下げません。社長も苦り切っています。

ご両親だけが延々、「済みません、済みません」言い続けており、「首にしないでください」「可哀想な子なんです」とばかり繰り返します。

私の育った四国の高校でも、障がい者の受け入れは行っていました。一般校なんですけどキリスト教系の学校でしたので。軽度の障がい者とか、小児まひで影響を受けた人なども通っていました。

私の外見は、高校時代はどちらかというと色白でやせっぽちでした。両親が中学生の頃に離婚して生活苦でもあったので母子家庭の奨学金貰って高1の頃から新聞配達のバイトしてました。

小柄だった私は障がい者を差別したり見下ろすような習慣は持っていませんよ。

今のように背が伸びた(182cm)のは卒業間際になってから。

当時の私はどちらかというと気が弱いというか、優しげなタイプだったと思います。

障害を持つ人がいたら手助けするのが当然だというような教育を離婚した実父から受けて育っており、彼らに悪い感情なんて持っていませんでした。

実父自身が交通遺児の支援団体の理事もやってましたし。

高校に入学してしばらくした時にね・・・。その足が不自由な同級生からいきなり、一方的に詰られて(なじられて)びっくりしたことがあります。

階段をあがるのに苦労してるようだったから手伝おうかと思って、近寄っただけなんですよ。悪意が会ったわけでもない。その瞬間に大声で怒鳴られました。

「なんだよ! お前は!」

過去に一度もそのような経験がなかったのでとても驚きました。

私は手伝おうとしただけなんです。

障がい者の中には、誰かが手伝おうと考えて手を添えようとする行為が「見下している」とか「哀れんでいる」と思って過激な対応をする人だっています。

仕事を放り出してしまい、一度も自分では謝りもしない元会社の同僚。その我が子の隣で泣きながらいつまでもいつまでも頭を下げ、謝り続けているご両親。

高校時代、私がほんの少し手助けしようとしただけで一方的に怒鳴り散らして睨みつけてきた同級生。それを年齢が上昇した今になっても、時折思い出すことがあります。

社会には様々な人間、様々な状況があります

こういった仕事とかサイトを長くやってるとね、思い知らされることがあります。

人間というのは何と脆く、なんと弱い生き物なんだろうか?ということです。

また社会には非常に身勝手で卑怯な人もたくさんいます。このホームページを読んで盗用や流用を繰り返す連中にも私や兄が長く真面目に取り組んだ内容や中身を歪めようとする者もいます。

色々な人とか様々な立場の人に会ったり、ネットを通じて悪意やトラブルを知れば知るほど、複雑な心境にはなりますね。

大抵の人は自由に動くことが出来てね。目も見えれば耳も聞こえる。身体に障害があったり別にどこかの強制労働所に収容されている訳でもないでしょう。

自分の意思で何かを選択することも出来る。歩む意思や学ぶ意思があれば、様々なことに挑戦できる。なのに親が学校が社会がといって言い訳ばかりしていて、自分からは何も踏み出さない人もいます。

人間は精神的なショックに脆い(もろい)ですね。他人から見ればほんの些細な出来事にみえたり、恋愛の失敗、仕事のトラブルで死に至りますし、何年も棒に振ってしまうことはあります。

おそらくね・・・。最初から身勝手な人ってのは少ないのです。

私と似たような体験を経て、障がい者とか統合失調症(ネットでは糖質と揶揄されます)を罵っている例を掲示板などで見ますが、それは誤りです。

障がい者とか精神的な疾患を抱える人が身勝手なのではなく、人間は自分の周囲を取り巻く環境に弱いんです。

「誰かに見下ろされる感覚」に我慢できなかったり・・・。実際はそうでなくても「自分がそう思った瞬間」に怒鳴る人もいる。

相手が善意で差し出した手でも噛みついてしまう人がいる。それは弱さや身勝手さというよりは、誰かを恐れたり見下される怖さから起こる心因反応です。

私個人はそういった人に嫌がらせはしませんし、見下ろした感覚はありませんが、他がそうでないとは言えないでしょう。

あとで考えてみれば、彼らは過去に何度も嫌な思いを経験しているのかも知れないですね。

そうなれば、自分を守るために「誰かに怒鳴ったり」「寄せ付けないように」するしかなくなる。私の通った高校では、障害がある同級生だけで集まっていました。

何か「嫌なものが近づいてくるのではないか?」と感じてしまう。相手が善意でやってきても「信じられない」とか、自分の身を守ろうと異様に過敏になったり、過激な反応になってしまうことはあります。これは障がい者だけの問題ではありません。

周囲が手取り足取りやってくれる。例えば仕事を失ってもどこかから斡旋が受けられる。生活保護や障がい者控除や補助が受けられて一切、働かないとか努力しないでも生活できるということになれば、人間はどんどん弱くなるしその環境や周囲に感謝などしないでしょうね。

それは「身体に障がいがあるかないか?」ではなくてね。

おそらくは環境とか周囲に甘えてしまった結果が、その人に身勝手さや弱さを育ててしまい、心と身体に染みついてしまうのだと思います。

私にしてもいつそうなるとも限りません。人間は弱いですから。常に厳しい環境において努力していないと、すぐに怠けるようになるのでしょう。

それでも・・・やっぱりサポートは要ります

難しいなぁと思うのは、こちらが良かれと思って何かをやっても怒鳴られることはある。多少、厳しい言葉を投げ掛けると中傷されたり苦情を言ってくる例もある。

良かれと思ってアドバイスをしても。それが無償の行為であっても。自分が気に入らなかったというだけでネットに延々と悪口を書き連ねられたことも一度や二度じゃないですよ(笑)。

かといって過保護にしてしまうと働く意欲を奪ったり、相手が嵩にかかって「もっと寄越せ!」「全部を無料でやれ!」と求めてくるケースもある。

いつまでも「そうして貰えるのが当たり前だ」と思い込む例もあるんですよ。

前出の「目の見えない我が子」を送り出す親御さんもね。他の障がい者の実例やご両親の話をあちこちから聞いて、心を鬼にしてでも送り出すようになったのではないか? と推測します。

周囲の善意や思いやり、支えるための制度が、ご本人の働く意思を奪ったり足腰を弱くしてしまう可能性だってあるのです。辛くても苦しくても突き放さなければならないこともあります。

私個人にしてもいろいろありますよ?

昔の友達とか彼女とか、部下だった子や同級生の面倒をみたら、あっさり仕事を辞めて一切連絡もないとかね(笑)。影で支援してあげたり、こっそり就職の口利きしてあげたことを本人は知らないまま、私の悪口を言ってるとかね(笑)。

他での生活がうまくいかなくなったり、何かのきっかけで思い出すんでしょうか? 何年も経ってから何事もなかったかのようにメールを送ってくるとか、仕事の世話を頼んでくるなんてこともあります。

面倒なので一々説明はしませんけどね。さすがに関わり合いになるのは辞めています。別れた彼女が二股をかけていた男が連絡してくるとか。「催眠術を教えろ」って言ってきたケースもあります。

まあ、そういうのもよくある話です。

誰かのためにとか、何かのために無償で関わることもある。その中で何度か嫌な思いを何度かすると、やはり関わるのを全て辞めてしまいたくなるんですよ。

そんな人ばかりではないでしょうし、そんな例は小数派だとは思うのですが・・・。

元は善意だったり悪意がない形でサポートしようとした人であればあるほど、失望感や怒りも大きくなります。元の思いが純粋であればあるほど、怒りや悲しみから攻撃もするようにもなります。

ネットで時折、そういった過激な発言や書き込みをする人がいるのは、過去に何らかの経験があって強烈な嫌悪感を持ったのではないかな? と推測します。

相手側が一方的に怒鳴りつけるなどしてきた場合、「なんで俺達が嫌な思いや負担までして、こいつらの世話なんかしなくてはならないんだ!」になりますから・・・。

私も兄も何度もそういった思いはしていますよ(笑)。すべてがいい思いとか幸せな関係に繋がることはない。

それでも飲み込んでいるのはね、「サポートを必要としている人がいる」ことと、実際にそういったサポートで独り立ちして「立派に生活していけるようになる」人が時折いるから。

私は全てをひと括りにはしません

先に紹介した視覚障がい者の女性などは、ご自分で資格をとって今は一人暮らしをされています。

兄が指導した生徒の幾人かは、ネット販売とかシステムエンジニアとして独り立ちされ、健常者と変わらないどころか優秀な成績をあげて表彰されている人もいますよ。

誰かがサポートしたりね。何かのきっかけで応援していなければ、そういった方達の活躍や自立も、やっぱり妨げられると思うのです。

前出のね。会社の同僚で気に入らないと帰ってしまい、ご両親だけが謝っていて本人は知らんフリだった人は、私の兄も知っている人です。

一時期、兄弟で同じ会社に勤めていた時の出来事ですので・・・。

私も兄もほろ苦い経験はある。身勝手な人に迷惑をかけられたり、「俺達には障がい者年金や保障があるから、真面目に働かなくていいんだ!」と堂々とのたまう人にも何人かは遭っています。

それでも兄は講師に立っています。

私たちは「全部がそんな人ばかりではない」ってことも十分に理解していますから・・・。障がい者だからといって全部をひと括りにすべきではないんですよ。

私の催眠誘導の指導とか練習会にも障害を持つ方が、過去に何人か参加されています。

普通のサイトは嫌がるでしょうし断ると思いますよ? 他の練習者や参加者への負担にもなりますし、到底、そういったこと(催眠等)が、できるようになるとも思わないでしょうから。

それでも参加させたのは「そういった経験がきっかけになって、何らかの勉強の意欲が沸いたり、誰かへのサポートの意味を知る機会に」なって欲しいと願ったから。

私が教えたからすぐに催眠術が使えるようになって、技術者として独り立ちできるみたいな浅い感覚からじゃありませんって。

人生における全ての出会いはきっかけです。ほんの些細なことかも知れませんが、それを刺激として勉強の意欲とか就労、修学の励みやチャンスにして貰えるなら嬉しいと願っています。

ですので、時には習得が難しくても参加してもらうことに意義があると考えています。

そんな人達だけじゃないですよ

その以前に練習会に参加した障がい者の方からこういった内容のメールを貰いました。

「電車に乗ろうとしたら、若いカップルが自分を指さして笑った」

「のみならず、私の不自由な身体の真似をして一緒にいた女も同じように笑った」

趣旨はこのような内容でした。この話ももう10年以上も前ですが・・・。その時の怒りを、なぜか私にメールでぶつけてくることがありました。

たまたま、練習会が終わった後の帰り道での出来事だったようです。

確かに社会にはそういう連中もいますよ。残念ですがそれが現実です。

ただし、私はそういったことはやらない。私の嫁さんも私の兄も、おそらく兄の奥さん、姪っ子や甥っ子、親族も絶対にやらないでしょう。

なぜなら亡くなった義理の父親も心臓の疾患で手術を受けており、亡くなるまでは一級障害者の認定を受けた側だったからです。

血の繋がりはありません。ありませんが義理の父は子供たちを本当に大切にしてくれました。

その父を大切に思い、支えようとして育ち、亡くなった時に大泣きした子供たちや孫達が。安易に障がい者を指差したり、物まねしてあざ笑うような人間になるわけがない。

家族それぞれに私とは背景や考え方が違うでしょうが、根っこは同じです。

兄が長く障がい者支援とかそういった施設で講師に立ってきたのは、亡き父への思いもあってのことです。当時、兄弟で散々泣きました。その反省もあって、障がいがある人へのサポートのために、兄は忙しくなっても辞めずにいたんだと思います。

生活が苦しい時もありましたしね。辞めたほうが効率は良かった。途中、兄も私も体調不良で苦しみましたので、正直それどころではない時もありました。

休めば教わっていた生徒が困ります。なので兄は辞めずに通っていました。そういった事情や背景も知らず、本来なら感謝するべき立場の人から(障がい者の方ではなく、施設に関わる他の業者)一方的な中傷や悪口を言われたこともありますよ。

初心を忘れてというか、途中からご自身の商売がうまくいかなくなったために、障がい者のサポートよりもその繋がりを利用したお金儲けに熱心になってしまった人もいます。

障がい者の方のために、一緒にやってた筈の仕事とか商品開発がそれ以外に使われそうになったり。それにこちらが販売に協力しないと悪口を言い始める人もいます。

講師料以外は受け取らない。同時に、そういった活動を他のお金儲けとか宣伝に利用しない。私たちはそう決めてやってきました。

これはおそらくずっと変わらないでしょう。亡くなった父親に誓ったことでもあります。

周囲を敵視することで育つものはない

私が障がい者を「障がい者である」の一言でひと括りにしないように、私を「健常者である」の一言でひと括りにするのは間違いです。

人間には様々な立場、背景、考え方がある。個性、パーソナリティに違いがあるのですから「健常者」という枠組みだけで括られても困ります。

私の場合は時折、「催眠術師である」という事だけで括られることもあって、更に苦笑いしますが・・・。番組の関係者とかネット経由で聞き齧った人には多いですね。

不自由な身体を物まねしたり、悪意を持ってあざ笑う連中に腹が立つのは当たり前でしょうが、それを誰にでもストレートに当て嵌めるのは間違いだと思います。

「誰かを支えようとする側」や「手助けしようとする側」もいますよ。純粋な善意とか思いやりでそういった活動をする人もいます。何もかもを一緒にして敵視してはいけない。

そうではないでしょうか?

あえて厳しい言葉で書きますが、障がい者を馬鹿にしたり、ないがしろにする行為を嬉しそうにする奴はよほどの愚か者ですよ。脳みそがついていません。現実社会においては、自分がいつ車に撥ねられて障がい者になるかわからないのですから・・・。

所詮は、その程度の想像力もない人なんですよ。

運良く自分自身や家族が事故や病気に遭わなくてもね。歳をとったら障がい者と同じですよ。手も足も動かなくなるし目も見えなくなる。自由も効かなくなるんです。

バリアフリーにしたり障害がある人のために「道筋や病院、交通機関やシステムを整える」ことはそのまま、老齢者の保護や自分たちの将来に繋がることでもあるのです。

動けない人や恵まれない人を差別したりあざ笑うってことは、結果として将来の自分自身や歳をとった自分の家族、自分の祖父母や親をあざ笑ったり、首を絞めるのと同じですよ。

社会は相互の理解で成り立っています。多くの善意がありますが同じように悪意もある。

一部の悪意がある人、たった数人の目立つ行為だけを捉えて何かのレッテルで括ってしまうと、全てが同じに見えてしまうでしょう。

それを繰り返してしまうと、本来は善意があって支援や応援したいと思っていた人までを遠ざけますから・・・。それは良くないと思うのです。

社会には色々な人が混在しているんですよ。

そこには悪意も善意もある。育った環境や背景、年齢や性別、職種の違いもあります。

障がい者だからも健常者だからもない。宗教や宗派でも様々なものが入り乱れます。思想や政治、人種的な背景、国家や地方によっても様々な慣習や価値観、思惑があります。

これはコミュニティの心理学でも述べていますが、敵視することから開始すれば排斥しか生みませんよ。お互いのコミュニティとか立場を理解し合うところから始めなければ、話はなーんにも進まないのです。

阪神の赤星選手の実話です

難しいのはですね。どんな世界、どんなコミュニティにおいても、実際に愚かな人とか身勝手な行為を繰り返す人はいるってことです。

阪神(野球)の赤星選手が支援として車椅子の提供を行ってきました。2003年から自分の盗塁数に合わせて車椅子を自治体に贈り、それを活かしてもらおうと現役生活中からずっと行ってきたものです。

私も大好きな選手だったんですが、残念ながら首の怪我で引退を決め、2009年12月には現役を終えられました。

7年間で贈られた車椅子は301台になります。

その車椅子をね、オークションで転売しようとした障がい者もいます。

発覚して周囲に咎められた時に「貰ったんだから売って何が悪い!」と言い張ったという話もあります。

この人本人ではないか? と思う人が、掲示板などで赤星選手の中傷や誹謗を執拗に行っていた時期もありまして・・・。眺めていてとてもびっくりしました。

これも非常に残念な話なのですが・・・。実話です。

実際に車椅子を贈られたのは自治体とか病院であってですね・・・。ご本人に個人的に直接贈られたものではないんですよ。赤星選手のサイン入りなので高く売れると思ったらしいのですが、幾らなんでもそれはダメでしょう。善意の転売になってしまう。

これは2007年の出来事なのですが、赤星選手はそれで支援や車椅子の提供を辞めてしまうことはなく、引退までずっと寄贈し続けていました。

引退後も何らかの形で障がい者への支援や応援は続けたいとも言っていらっしゃいます。

同じようなことがあったらね。普通は辞めたくなってしまうでしょ? それでも赤星さんは辞めていません。

それはね。私が上記したのと同じでね。全部の障がい者がそんな人達ではないからですよ。

贈られている車椅子をきちんと運用管理してくださる方や、不自由な方の手足となって役立っている例もある。感謝している人や助かっている人もいるのです。

たった数回の嫌な出来事で、障がい者全体を敵視してしまったり、嫌気がさして支援を辞めてしまう人ばかりになると育つものは何も無くなってしまう。

ですから、取り組んでいる人は粘り強く続けていたりします。

制度っていうのは難しい側面がありますね

本当の意味で支援が必要で、保障や手当てを受けるべき人がいます。

ですが、その制度とか保障を悪用して私腹を肥やそうとする者とか悪意のある組織もあります。そういった連中が制度を食い物にすることで結果として真面目な人とか、本当の意味で支援が必要な人が苦しむ例も多々あります。

最初はそんな人ではなかったのに、途中から目が眩む人もいますしね。

生活が苦しくなったり、事業が傾けばそういった感覚に陥ってしまう人もいるんですよ。もちろん、裕福に暮らしたり遊ぶ金欲しさでそうなってしまう人もいます。

貧困ビジネス、とも言いますけどね。本来は無報酬で行うべきNPO活動を用いて仕事が無い人とか障がい者から金を巻き上げようとする行為もあります。

最近になってやっと行政が重い腰をあげて多少は調査したり、審査してNPO法人としての資格を取り消すようになりました。

どんな素晴らしい制度や支援したいとの思いも、運用するのは所詮、人間です。

人間が人間である限り、そこには歪みが生じますし身勝手な思惑も挟みます。

トラブルを防ごうと思って敷居を高くすれば弱者の救済という名目からは外れます。かといって簡便にすれば制度を悪用する迷惑な連中ばかりが群がってきます。

その辺りの折り合いが難しいですね。

健常者にも障がい者(精神障害も含む)にも様々な人がいますよ。もちろん「催眠術師」にもカウンセラーや医者にも色々な人がいるでしょう(笑)。

職種とか肩書きとか団体とかでね。全体を簡単にひと括りにして敵視してしまうのはよくない。やはり相手をよく知ることから始めた方がいいと思います。

誰かにレッテルを貼ってしまったり括るのは簡単です。

一度、張ってしまったレッテルはなかなか剥がすことができません。あなたの「心の中に」できる壁なので、それを壊すのには時間が必要となるでしょう。

大勢の心の中に壁ができれば、繋がりは絶ち切られます。

実際に必要なのはそうではなく、相互に立場とか状況を確認し合って「接点はないか?」「協力し合える部分はないか?」を探すことだと思うのです。

自立を促すために本当の意味でのサポートを

これはこのホームページ上で何度もしつこいくらいに書いてありますが、サポートとか手助けの意味はよく考えてください。

サポートとか手助けっていうのは「おんぶに抱っこ」で全部を誰かに丸投げして、頼り切りになってしまうことではないんですよ。それではまともな行動のとれる人がいなくなってしまいます。

人間は弱いんです。子供の頃から「この子は可哀想な子なんだ」と親が言い張って何でも好きなものを与えたり、自分で努力したり勉強する機会を奪ったら自分の足では立たなくなるでしょう。

私は、それを「サポート」とは呼んでいません。相手をダメにしていっているだけです。

時には相手に嫌われることや、後でネットに悪口を書き込まれること(笑)を覚悟の上で、厳しく接したり突き放すことがあるのは「相手を想う」から・・・。

私個人は依存心を育てたり立てなくするためにカウンセラーや催眠、心理学の知識があるとは思っていないのです。お金儲けのためを中心に考えるなら、甘い言葉ばかりを並べますよ。

私がこのホームページ上で初期の頃から「相手を哀れんではいけない」催眠やカウンセラーに「頼り切りになってはいけない」と言い続けてきた理由でもあります。

可哀想だから「あなたを助けてあげる」なんて思ってるカウンセラーなんて最低だと思いますよ。その時点で見下ろしていることになりますから・・・。

同じ意味で、全部を「私に任せなさい」「任せておけば大丈夫!」と言い張る人もおかしいと思います。そのやり方では自立する意思、下手をすれば思考能力や才能、本人の可能性を奪うことになりますから。

それが説明したくて、今回は目の見えない方のご両親の対応を紹介しました。

と、同時にすぐに仕事を辞めてしまって、ご両親が頭を下げている障がい者の例も出しました。

本来はその人にも、もっと高い能力や才能があったのかもしれない。

ですが、それを鍛える機会を持たずに安易に与えられるものに慣れてしまったら、自分で狩りなどしませんよ。それは障がい者だからとか健常者だからではなく人が環境に弱いから。甘えは自分自身の中にあり、それと向き合うのは骨が折れるのです。

楽なほうがずっと開いて誰かが手招きしていたら。誰だってそっちに行きますよ(笑)。私だってそうでしょう。わざわざ厳しいほうには行かない。

問題なのは、おそらくはそれが「一生は続かない」ってことなのです。

野生動物だって子供の頃から甘やかされて育ち、そのまま野に放たれれば死に至ります。獲物を獲ったり自立するためのトレーニングを何一つ受けていない状態なのですから・・・。

その子が可愛いからこそ、無理をしてても自活を促したり心を鬼にして放置しなければならない瞬間もあります。過保護に扱って危ないものに一切、触れさせないのが愛情ではないですよ。

厳しい社会環境でいきなり放り出されるより、誰かの庇護の元にあって「いざという時は頼ることが出来る」状態の時に勉強や経験をさせたり、転んでも放置しする。

立ち上がる勇気や根性を身に付けさせるほうが、ご本人のためだったりもします。

手助けしてくれる人がいるうちに

何かで悩んでいたり、自立できてないご本人にとって一番辛いのはね・・・。準備が整わないうちに親が死んだり、周囲から誰も居なくなることです。

自殺したいとかね。洗脳してくれとかね。恨みを晴らすために「催眠術で何とかしてくれ」もいいですけどね・・・。そういったメールを送ってくる前に、あなたには何か見落としていることはありませんか?

あなたの周囲には誰もいない? 支えてくれる家族とか仲間は? お子さんや旦那さん、奥さんはどうでしょう? 感謝していますか? ご両親はどうでしょう?

実際にはね。「自分一人」で生きている人なんて一人もいやしませんよ。

木の股から生まれたり、爬虫類みたいにどこかに放置された卵から生まれる人間なんていやしませんから(笑)。人間の赤ん坊は生まれるのに10ヶ月もかかります。生まれた直後は立つこともできない。

アフリカのサバンナなら即座に捕食されて死ぬでしょう。人間の赤ん坊の場合は誰かが面倒をみて、ミルクを与えたり子守をしたりする必要がある。

あなたがこのホームページにたどり着いて文字が読めるのは。誰かが食事を与えて世話をしたからここにいるのです。

ネットや実生活も含め、誰か自分の敵を発見してね。その人を責めるとか虐めるとか攻撃するとか。過去の恨みごとを晴らすとか考える前に、自分自身も誰かを支えたり応援する気にはなれませんか?

あなたが孤独で悩むように、同じように孤独だったり苦しんでいて助けを求める人はいます。

「私は精いっぱいだからそんなことはできない!」「金銭的にも苦しいんだから!」「あなたとは違う!」ではなくてですね(笑)。

お金持ちとか裕福な人、精神的に余裕がある人がボランティアやったり、講師に立っているのではないのです。

障がい者とか社会的な弱者や貧困層を手助けしている人の多くはね・・・。過去に何かを失った人です。

阪神淡路大震災を経験して現在の「NPO」という組織の枠組みを作った人にもお会いしていますが、家族とか仲間を失ったり死なせてしまった人が、その代わりというか他の苦しんでいる人を「少しでも手助けできないか?」と考えて取り組んだものなんですよ。

亡くしてしまった友人やご家族を思い、あの時にこういった枠組みがあったら「もしかしたら手助けになっただろうか?」と考えていた方(すでに故人です)が最初に作り上げたものです。

粘り強くやってる人はね。世界平和とか世界愛みたいな、一部のサヨク系が掲げる馬鹿げた大風呂敷や見え透いたスローガンは嫌いですよ。

そんなもののためにはやってないのです。

助けたくても助けられなかった人。失ってしまった知人や家族への思い。同じ過ちを繰り返したくないとか、同じ痛みを「家族や親族、仲間や子供たちに与えたくない」と願って、そういったことを続けているケースが多いでしょう。

何もこのホームページでこういった文章を読んだのを機に、そういった活動に積極的に携われとはいいません。

ただし、「自分自身」「ご家族や友人を」を救うための行動くらいはしましょう。

あなたを手助けしてくれる人がいるうちに・・・。

身勝手な言動を繰り返し、周囲や社会に甘えているうちに家族や仲間がいなくなり、ご両親が死んでから焦ったりどこかに放り出されるのでは辛くなりますよ。

安易な内容には協力できません

私は死そのものを否定はしません。自殺する権利すらも個人にはあると考えています。その辺は、ちょっと異質かもしれないですね。

そこが他のカウンセラーとか宗教家とかとは違う部分でもあります。

ただし、安易な死(洗脳してくれも含む)を認める気も毛頭ないですよ。

私が嫌いなのはね、たいした努力もしてないのに安易に死を選ぼうとしたり、他人に全てを変わってもらおうとする人間です。

歳をとってね。持病が悪化したり巨額な借金があるような場合は自殺を思いとどまれとは言いにくい。なぜならその道程の中で、十分に様々な経験を通して社会を知っている方の選択だから。

生命保険で借金を返そうとしたり、家族に介護の迷惑をかけないようにと死を選択する例もあります。それに「ともかく思いとどまれ!」「生きていれば良いこともある」と告げたってなかなか止まりませんよ。どんな優秀なカウンセラーであれ、難しくなると思います。

若い世代が安易に「死にたい」と言うのは流石に反則だと思いますよ(笑)。

まだ、やれることなんていっぱいありますから・・・。やれるだけの手を打って、それでもどうしてもダメなら、そこから考えるべきことだと思うのです。

自殺サイトで知り合って死んでいる人の中にはね・・・。私から見るとそんなことで死ななくてもいいだろ? と思う人も何人もいます。おそらくは相談する場所とか誰かがいたら、確実に避けられたのではないか? と思う例も幾つかあると思います。

安易なものには協力できませんが、真剣な内容であれば相談には乗ります。

私はただただ「もったいない」と思いますよ。

生きたくても生きられないとか、障害や問題を抱えながらも懸命に生きる人もたくさんいるのですから・・・。体調不良もあって私自身も何年も苦しんでます。

人間なんてね。いずれは死んでしまいます。

2011年の年始のご挨拶で、一休禅師の話を取り上げていますが、「親死に 子死に 孫死に」ですよ。いずれみんな、死んでしまう。一休さんの最後の言葉らしいのですが「死にとうない」と言っても全員が死ぬのです。

死ぬのはいつでもできます。

私は「だから死んだ気になって頑張れ!」なんて月並みな事は言いません。

死ぬ気になれば本当に死んじゃいますから(笑)。生きてゆくほうが辛く、苦しいことが様々あります。生活のために「稼いで食って寝る」ってその単純なことがなかなか難しくてね。生きているだけで悩みや痛み、苦しみや悲しみ、寂しさは尽きないものです。

人間なんて放っておいたって、いずれ死んじゃうものですからね。だからこそ、生きてるうちに自分にできることとか、何かやりたいことを探しましょう。

このコーナーの冒頭に述べたように、犯罪被害に遭いながら親や親族が知らんフリをしている例もあります。助けを求めたくても友人や知人が少なかったり、相談する場所がない場合もあります。

どうしても、周囲に相談すべき人が誰もいないって時にはご連絡を。

励ます意味、自立させる意味で時には厳しいことも言うことはありますが、私が相談者を馬鹿にすることは絶対にありません。

ネットでは恋愛問題程度で「死ぬ」って騒ぐのは愚かだとか、「本当は死ぬ気がないから騒いでいるんだ!」って叩く人もいるようですけどね。

そんなことはない。人間は精神的な衝撃には弱いんです。

かく言う私も、若い頃には恋愛で大失敗して死のうと考えたこともありますから(笑)。痩せっぽちで実家が貧乏だった私は、中学高校時代にイジメの対象にされたこともある。

その経験がある私が「そんなの些細な悩み事じゃないか!」とか「その程度で死ぬなんて言うな!」って説教はできませんし、しないと思いますよ。

視点を変えたり息抜きの方法を覚えればまた、元気になります。新しい友人や素敵な恋人に恵まれることもあります。経験者からのアドバイスを受け、そういったやり方を覚えることも時には必要です。

PS.

テーマがテーマだけに、今回は長文になってしまいました。

ネットを通じて安易な自殺に傾く人とか、苦しいから「自分を洗脳してくれ!」と考える方のために、過去の実例や私の体験談を元に「サポートの意味」を書きました。

このコーナーの初稿は2011年に書かれています。年数が経過しましたので2017年のサーバー移転の際に原文の内容を変えず、読みやすいようにレイアウトと一部に加筆修正を加えてあります。

2011年01月15日 初稿

2017年12月06日 加筆、修正

谷口信行

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