他人との心の距離の不思議

2017/12/09改訂
2000/11/15初稿

カリスマ店員の秘密

おや、どっかでみたような・・・

※この文章が最初に載せられたのは2000年11月で当時は私がまだ、東京に住んでいた頃です。2017年に加筆修正してあります。

東京で仕事するようになってから、渋谷に買い物に行くことがあります。

109(東京にある有名なショッピングモール)にたまたま入ったんですが、ギャル系?っていうんですか? 何か、派手めの女の子が、わんさかいる所に迷い込んでしまいました。

そこで、不思議な違和感を感じました。

各店舗に大勢が集まっておりかなりの賑わいです。今どきの雰囲気というか、派手めのカッコの女性や服装に気を配った若い女性が多く、スタイルのいい女の子も 多い。見ていて「東京らしいな〜」と感じますね。熱心に勧めている店員や商品に見入っている客がいるかと思えば、ただの冷やかしというか暇つぶしのお客さ んもいます。

(どっかで同じ光景をみたような・・・?)

ギャル系っていうのではなくて、同じような風景、人の集まっている感覚を味わったような気がしたのです。

(そうか! 秋葉原だ!)

私は電気屋街、それも特にパソコン関連のグッズや周辺機器をよく探しに行くんですよね。その時に感じる感覚とかなり似通った雰囲気を感じ取ったのです。

集まっている集団の雰囲気は正反対です。かたやギャル系(この表現、合ってますか?)で、反対はオッサンか、オタク系(?)です。

なのに両者には共通する雰囲気があります。何だと思いますか?

店員の対応とかお客さんの反応に、似通った雰囲気を感じ取ったのです。

109を眺めて「ここはコギャルの秋葉原だ!」などと勝手に考えているのは、私くらいのモンですかね?

一時流行った「カリスマ」って言葉

カリスマって言葉、聞いたことがありますか?私も時折、「催眠術界のカリスマ」とか、「催眠術界のブラック・ジャック」など、ありがたくもない肩書きを、番組とかあちこちで勝手につけられたりもしますが・・・。

私がお願いしているのではなく、インパクトを求める番組関係者が勝手にそう煽るんですよ。故、手塚治虫大先生に怒られそう。

ブラック・ジャックとは、私が子供の頃に流行ったすご腕の無免許医師が様々な困難な手術、人間模様に挑む漫画です。

医師(漫画家でありながら医師免許をお持ちでした)でもあった故、手塚治虫氏が原作を手がけ当時の少年雑誌(少年チャンピオン)で連載されていました。

この文章を書いた2000年にはアニメの放送などは行われていませんでした。2003年にアニメシリーズとして再開されています。宇多田ヒカルさんが声優として参加したweb配信も行われています。

カリスマ、という言葉を辞書で引いてみると、

1.予言や奇跡を行う超能力

2.社会秩序支配の類型の一つ。神秘的、非合理的権威に基づく支配。カリスマ的支配 (旺文社 国語辞典) 英文ですとcha・ris・ma《カリスマ》

3.民衆を魅きつける強力な指導力や人間的な魅力 (研究社 ライトハウス英和辞典)

私は以前、権威についてもこのホームページに書き綴ったことがあります。

新説 ダースベイダーの育て方」ってコーナーで、権威と権力の違いという文章を載せています。良かったらついでに読み返して下さい。

本来はこのカリスマという言葉はキリスト教(旧約聖書)における用語(らしい)です。ヘブライ語(古代、ギリシャ語)では「恵み」とか、「無償の贈り物、賜物」を意味する言葉です。英語でもドイツ語でも発音は同じくカリスマとするようですが・・・。

カリスマという言葉は、マックス・ウェーバー(カール・エミール・マクシミリアン・ヴェーバー 経済、社会学者 1864年4月21日生〜1920年6月14日没)という人宗教社会学用語として自著で利用して以来、一般に浸透したとどこかで読んだ記憶があります。

私はカリスマでも何でもない

おかしいですね、私は予言も奇跡も行った覚えがありませんが? なんでカリスマなんざんしょ?

まあ、確かに時節ネタで色々な事を当てたりはしますが(笑)。

マスコミの行うことですからね。信憑性を増そうとか一瞬のインパクトを求めようとの思惑からそういった煽りを行うことはあります。

以前は犯罪の推測や結末、株価などの予想を行ったことがありますけどね・・・。現在はそういった部分に関しては隠してます。

迂闊(うかつ)に何でも載せてしまうと、あちこちに与える影響が大きいので、多少、内容は控えざるを得ないんですよ。

番組に出たり講演会であちこちに出かける前は、そういった予測とか事件の推察のほうで有名なホームページでした。私が過去にそういった内容を載せた時に「絶対に当たるわけがあるか」と散々文句つけて悪口を言ったモノマネサイトもあります。

後出しジャンケンで催眠のモノマネサイトを持って先生ぶった男が。その予想が見事に当たった途端にうろたえて「あんなことはやってはいけない」と必死になって否定を始めて自身のホームページに載せていたことに大笑いしました(笑)。

よほど驚いたんでしょうね。

私としてはちょっとした遊びというか、番組報道や映像から読み解けるヒントだけでも「この程度は可能になるんだよ」という証明を行ったに過ぎません。

当時は今(加筆修正しているのは2017年)のようにスマホや携帯にメールやLINE機能が付き、写真や動画が簡単に撮影できる時代ではありませんでしたので。私が情報公開を開始した1997年当時にはSNSもTwitterもありませんでした。

今ならばもっと情報は多いので。私でなくても読み解ける謎は多いのかも知れないですね。

カリスマという言葉はわかりにくい表現なので噛み砕いてみると、「なんだかわかんないけど、その人のいう言葉や指示、考え方に影響を受け何となくそうなっちゃう」とでも言えばいいんでしょうか?

古い辞書を引いてみると解説に「カリスマ=支配」って書いてあるのには流石に笑いますが(笑)。支配って感覚は、ちょっと現代の時代背景からはズレてる感じもする。

ちなみに支配って言葉を同じ辞書で引いてみると、

1.ある人の命令や意志が、他の者の行動を束縛したり、規制したりすること

と書かれてあります(笑)。わかりやすい、って言えばわかりやすい表現ですかね?

誰かに強引に命令され「支配されている」って感覚そのものが、現代においては薄れつつあります。

その感覚、権威を誇ろうってのは間違いです

この表現を素直に当てはめると、私のやってる催眠もカリスマって言葉に含まれる「支配」の分野に入るんでしょうかね?

私の命令(暗示や指示)が、外から見れば相手を拘束したり、縛っているように見えたり感じたりしますか?

催眠の指示や暗示はね、実際には命令とは違うんですよ。正確には催眠術、とは言わずに催眠「誘導」すなわち、「導く」と書きます。ですから、催眠がうまい人ほど上手に相手を「導き」ます。

支配って感覚が遠くなりつつある、と書きましたが、支配するのではなく、上手に感情をコントロールして「相手を動かす」とでも考えればいいのでしょうか?

元々ですね、相手の意志や考え方、立場や環境を考えずに、ただ「黙って従え!」と迫るのはおかしいんですよ。今どきそれでは誰もついてきません。

私こそが凄い催眠術の先生で「素晴らしいテクニックを持っている」だから「催眠にかかれ!」と命令するのでしょうか?

それは権威、つまり今回説明する「カリスマ」の意味を勘違いしてるだけですよ。変な衣装を用意したり大声で相手を脅かし、相手を威圧して催眠を成功させようとする人がいます。

私の後にモノマネサイトを始めた連中には権威の意味を勘違いしてる者もいます。もっともらしい肩書きとか、立派な経歴を並べ立て相手を信用させようとか、ヘンテコなリンク集、団体名やアメリカで取得したという資格を前面に押して、自分をいかにも凄い人のように見せようとする人もいます。

まあ、宣伝のために多少、そういったものを利用するのはご愛嬌ですが(笑)。

多少は許される範囲だと思いますよ。彼らも商売でしょうから。ただし行き過ぎは納得できません。

今どき、占い師でもあまり凄いカッコはしないでしょう? あまりに奇抜な格好にこだわるとお客さんを失います。見た目や雰囲気ばかりにこだわってしまえば、それは催眠でもカリスマでも何でもありません。ただのどこにでもいる、目立ちたがりやのおかしな人です。

背中に大きな羽をつけて天使や神の使いを演出しようとした宗教家もいますが・・・。ネットが発達した現在では嘲笑の的になっていますね。今ならCGを使ったほうがいいでしょう。

難しいのは映像の世界ではCGなどでそれらしく振る舞えるのですが。直接、信者や観衆が触れ合える機会のある「布教活動」とかイベントだとボロが出やすいのです。カリスマ教祖を気取っている連中が老齢で体力がなかったり、贅沢でっぷり太っていたりもしますので。

私なら工作も得意なのでカーボンシャフトで軽量化してケブラーより強いスーパー繊維用いたいですね。もっと完璧なというかワイヤーワークを駆使した「神の御使い」を作ってみたくなります。

金に糸目をつかないなら何でもできますよ(笑)。

なぜあれほどの規模のイベントが打てるのにハリボテの衣装なんでしょう? 不思議に思います。そこはシルク・ド・ソレイユとかジャニーズ、AKBのイベントなどから勉強し直したほうがいいかも。

ド派手な衣装とか、くっつけた羽根? のようなものは一時的には話題にもなるかも知れませんが、そのうち飽きられます。ネット全盛の時代じゃ難しいですよ? スマホ使って写真も動画も撮られますから。会場周辺から狙える超高倍率、超望遠レンズだってあります。

数千万円が必要だった機材が今では通販で気軽に買えます。ドローンだって飛ばせる。そういった衣装とか雰囲気で権威を誇るようになれば周囲にいずれ、嫌われるようになるでしょう。

催眠団体の理事だ幹部だ、なども本当の意味で実力がある人なら決してやらないと思いますよ?

受け取る印象の違い

私の元に勉強に来てくださった方々には大きな会社の社長さんや病院の院長、学校の理事長や歯科医師や弁護士、中には警察官や自衛官もいました。

どう考えても「彼らの属する団体」のほうが大きいです。自衛隊や警察機構、医療団体は自称催眠術の専門家が所属する新興団体よりも古くからありますし、組織としてしっかりしていますよ?

その人達に半端な団体名、理事だ幹部だって肩書きを書いた名刺を渡すのは。私ならちょっと恥ずかしくて到底出来ませんね。自分が底の浅い詐欺師だと自供するようなもんですから。

変な意味で「勇気があるなぁ」と感心します。

おそらく、テレビ業界とか番組関係者にも通じませんよ? むしろ徒党を組んでネットでそういった活動をやってると知られた時点で敬遠されるでしょう。

私の名刺には兄とやってる会社名が書いてあっただけです。最近では名刺を出す機会も減りましたが。私の場合は先方がホームページをよく読んで知っていたり、誰かからの紹介なので必要ないんですよ。

肩書きを誇るつもりもありませんし。少なくとも私の生徒や指導を受ける人、このホームページの読者はそういった感覚に傾かないように注意しましょうね。

カリスマとか権威とかはそういったものではありません。

催眠は相手に分け入るための技術であり、姿勢であり方向性です。きちんと学べばおかしなカッコをしたり、相手を脅かしたり高圧的になって威張る必要などないと思います。

秋葉原と109というまったく異なる筈の場所で私が奇妙な一体感を感じたのは、そこに集まる人達の反応が似ているからです。街とかショップの雰囲気とか売り方が似ていて面白いと思った。

皆さんは買い物に出かけて何かを買おうと思っている際、店員に一方的に話しかけられて嫌ーな感じを受け取ったことはなかったでしょうか? 私は時折ありますよ(笑)。

もっとも愚かしく感じるのは、強引にこちらに接近してきて周囲を取り囲み、「これがいいですよ」と強く迫る店員(達?)です。前時代的といおうかなんというか・・・。

販売の形式や時代背景、法律が変わっているのにそんなこともわからないのでしょうかね? 返品されたらどうするんでしょう? 私はそういった人(そんな販売方法をとっている会社も含みます)を「馬鹿な店員、会社だなー」と冷めた目で見ていることも多いですね。

※これについては「販売に応用してみると!?」のコーナーでも詳しく解説しています。

買い物をする側からすれば、店員や販売員の中には、非常にうっとおしい奴もいれば反対に好感が持ててとても気持ちいい人もいます。

何かを探し、買い物に来ている所までは皆さん同じ筈なんですよ。なのに、顧客(この場合には買い物にくる一般客)の受け取る印象に、店員の対応によってあまりにもギャップがあって対応によって受け取る印象に激しい違いが出てきてしまうのは、いったいなぜなんでしょうか?

不思議には思いませんか? これを説明するために、先の「カリスマ」という言葉を引用したのです。

実はカリスマ、と呼ばれる店員が売り上げを作るのには、きちんとした理由や背景、法則性があるんですよ。その意味に気がつかない人や、表面だけ捉えて安易に形だけ物まねしようとする人もいるようですから、ここで私なりに解説してみましょう。

販売員っていったい何だ?

ここで一旦、冷静に考えて下さい。販売員とはいったい何でしょう?

私も元々は販売員です。一応、全国でトップの売り上げを誇っていた時期がありますよ。これまでにも様々な職業、仕事についたことがありますが、売り上げとか販売の実績なら、他のどんな人にも引けは取らない自信はありました。

こういった話などを講演会や実演の会場ですると、「営業や販売には関与しないから、私には関係ない話だ」と勝手に思い込む人が出ますが、そうではありません。

「販売について」を深く考えることは、人の心理や時代の裏側を考えるのと同じです。時代にあった販売方法を知ることは、社会における多くの人々の欲求(求められる物)や願望(相手の必要とする願い)をを知り、これからを予想することにも繋がります。

確かに「物」を売らない者はいますが、物を「買わない」人間はいません。物品を売買することは生活の基盤です。日本には中国や旧ソ連のような配給制度はありませんから・・・。

実は「販売員とは何か?」を考えることは、仕事の意味とか社会の仕組み、人々の心の動きと働きを詳しく考えることに繋がります。

相手との心の距離や対人関係、人との接し方の基本を知り、(心理学や催眠などを学ぶことも含め)自分の姿勢や考え方を正す秤(はかり)としても、とても有効に働くのです。

はっきりいってしまえば、買い物に来た客に「うっとおしいなー」と思われるような販売員は、その時点で失格です(笑)。手厳しいようですが、そんな人は販売はおろかどんな仕事についてもうまくいかないでしょう。

給料も結局は会社から出ているのではない。お客さんの懐、買い物をする相手の意思から出ているのです。

某テレビ局の関係者とか、私が一度共演したこともあるとある芸人さんは「嫌なら見るな!」と暴言を吐いたこともあるようですが(笑)。広い意味で考えるなら視聴者もお客さんですよ。テレビ番組も接客業であるのは間違いがないのです。

ところが「その対価」がお客様、一般人や視聴者から出ていると思っていません。

会社(芸能プロダクション)とかスポンサー、テレビ局から出ていると勘違いしています。ですからそっちには逆らいませんし、徹底的に媚を売ります。決して暴言は吐かないのでしょうね。

接客が嫌であれば他の仕事に付くべきですし、少なくともそれを仕事中に覗かせるべきではない。

会社にとっても接客を行うご本人にとっても、お客さんにとっても大きな損失ですね。相手の気持ちや自分の立場が理解できていないからです。

高圧的に「何が何でも売ろう!」という押し付けがましい販売員の場合、顧客は快くは思いません。その人に対して決して良い印象は持ちませんし、その人の扱う商品、持っている情報や知識、店舗や会社もまったく信頼できなくなります。

そんな印象を一瞬で相手に与えてしまうような人が、販売員として凄い成績を残せる筈がありませんよ(笑)。ある種の天才でしょう。普通は初対面で、そこまで極端に悪い印象は持たれないものなんですよ。基本的に必要な何かの部分が欠損している人です。

初対面で相手に与える印象はとても大切なことなんですよ。生活においては、必ず「相手」が存在します。相手が居ないと商行為は発生しません。

何かと引き換えに対価を得ることで社会生活とか商売は成り立っています。一部「ひきこもり」などの現象が話題になっていますが、お金がないとか、生活に必要な物資や食べ物を誰かが運んでくれなかったとしたら、あっさりと死んでしまうでしょう。

社会生活を行うためには、他人との接触がどうしても必要なんですよ。とすれば、相手に与える印象が最初から悪い人は、生活においてはかなりのマイナスとなるのです。

ですから「売れる商品、売るための方法」そのために「相手にどう接するか?」を考えることは、あなたが「欲しい商品、良い商品を見分ける」方法にも繋がっています。

実生活においてはとても大事なことになりますよ。

「売りたい」時点で魂胆のある人

繰り返しますが、「販売員」とは、いったいなんでしょう? 簡単な質問ですが、これが意外に難しいんですよ。

販売員、とは「物を売って利益を得る人」ですが、お店にやってくるお客さんから見れば、それはこうも言い換えられます。

こういっては何ですが、販売員とは「何かの魂胆がある人」です(笑)。もっとわかりやすく極端に説明すればある意味では「詐欺師」と同義語です。

営業や販売員は、どんな奇麗な言葉で飾って言い繕っても顧客、すなわち物を「買う」側からすれば「何かを売りつけようとどこかで待ち構えていたり、押しかけてくる人」に過ぎないでしょう。

当然、迷惑な場合もあります。その意味がわかりますか?

昔はね。今のようにネット検索とか情報端末やスマホが発達していませんでした。商品の流通も限られた範囲であったので、セールスマンが戸別訪問した時もそれほど嫌われてなかったのです。

百科事典とか典型ですし。変わったものでは避妊具とかコンドームなどもあります。

これも人間心理が関わっています。当時は避妊具を近所の薬局に買いに行くのは恥ずかしいと考えられていました。商店街も顔見知りですしね。

だからセールスでまったく知らない営業マンが、直接売りに来てくれるほうがありがたかったり。

学校の他の生徒に負けないように「子供に社会常識とか学力を身に着けさせたい」「図書館ではなかなか順番が巡ってこない」と思った親たちがこぞって百科事典を買った時代もありますよ。

情報が行き渡ってネットもコンビニもあります。どこででも商品が買えるようになれば商品を持ち込んでくる人は押し売りと変わらなくなってきます。ですから一般人の意識としても店員とか販売員は「何か魂胆がある人」で詐欺師と同義語にも近づいていきます。

「物」を売って対価を得るということは、その時点で人件費や店舗代、宣伝費、光熱費が必要になってしまいます。商人に利益があるということは、お客とは商品に自分の利益を上乗せされて「お金を奪われる」側でもあるのです。

今の時代ではどこかの店舗とかショップに「入った瞬間」から、お客さんは身構えてしまっている訳です(笑)。商品や情報の無かった時代とは微妙に立場が違っています。ある時期などデパートの店員がひどく上から目線で。買い物に来る一般人を見下ろしていた時代もありましたよ。

バブル期などには「ウチはお客様を選ぶ」と堂々と言い放っていた百貨店もありました。

今、そんな商売をやっていたら。あっという間に悪評がTwitterやSNSで拡散して潰れてしまいますよ。

販売員がショーケースやハンガー(服飾など)の内側、店内に立っている時点で、実際には「何かを売りつけよう」という魂胆を持っていて、そこに待ちかまえていることになります。

店員とか社員である限り「何かを売りつけようと」していることを「最初から来店者に見抜かれる」というハンデを背負っていることになりますね。

わかりますか? 入店の時点で、どんなに店員がヘラヘラと笑っていてどんなに猫なで声を作って近づいて来ようとも、その印象は変わりません。よほど暢気(のんき)な人でもない限り、店員側から強く話しかければ身構えることになるのです。

昔なら当たり前だった受け答え、店員が「何をお探しですか?」「どんな品物が必要ですか?」「これがいいですよ」なども、お客さんが望んでいないうちに話しかけると逆効果でしょうね。

接客を一切しないスタイルのショップも近年は現れています。これは接客をないがしろにするという意味ではありません。圧迫感を減らして自由に商品を選んでもらおうという試みです。

呼びもしないうちから近寄ってきて、「これがお似合いです」とか「これがお勧めの商品ですよ」などと懸命に説明を始めると、安心感が増すどころか、うっとおしさとか不信感がより増してしまう場合も多いでしょうね。すでに接客スタイルが大きく変化しているのです。

理由は簡単で、初期の対応方法が間違っているからです。

時代によって「心理障壁」の乗り越え方や売り方が異なる

では、それをどうやって乗り越えればいいのでしょう?

ちなみに商売において「口コミが強い」と昔から言われるのは、その商品について語っているのが「店員」(商品を売りつける側)ではないからですよ。

直接、商品に関わる社員や店員ではない。利害関係がないので商品を褒めちぎっても得られるものがない。実際のユーザーの声というのは昔から尊重されていて、それは電子機器や通信端末、ネットが全盛になった今でもあまり変わっていません。

一般客同士で広がった商品の評価は強い影響力を持ちます。ヒット商品を出そうと必死になって、意図的にそういった噂を流すメーカーもいますが、「良い噂」が定着するには実際の使用者の感想が必要です。自作自演だけでは無理でしょう。商品本来の持つ魅力とかタイミングとか運が不可欠です。

ネットに書き込まれるレビューも「口コミ」の一種です。日本国内の企業、ヨドバシやモノタロウ、Yahooや楽天も似たシステムは投入していますが、意図的な選別や自作自演らしきものが多数あるため、Amazonほどの人気にはなっていません。

悪い内容とか批判もあえて一定数は載せる必要があるのです。ところがショップ側からの依頼で都合が悪いものは全削除してる企業もある。

あまりに酷いので「◯◯のレビューは信じない」と公然と書き込む方も出るくらいで。

そうなってしまうと「魂胆のある店員」側ですよ。どんなに良い内容を連続で書き込もうと口コミではなくなってしまいます。結局は潰れるんですよね。そういった飲食店やショップは。

時代はどんどん移り変わっています。

一部の時代に取り残された経営者は、今だに強引な販売、経営方針や手法を用い「根性で売ってこい!」と迫ります。入店したお客さんに執拗に付き纏い、ともかく商品を押し付けようとします。

ストレートに言いますが、古いんですよ、それでは・・・。

各会社共、売りたいのは山々で、毎日、それこそ足を棒のようにして懸命に歩き回っている営業社員や販売員も大勢いますが、根性論とか顧客への粘着とか、まして脅迫で商品は売れません。

顧客の「心」とか「欲しいと思う感情」を動かす必要があるのです。

以前においては確かに、そのような販売方式が正しい時代があったのです。昔の日本は貧乏でした。今のように品物が溢れていることなどなかった。忘れてしまう人も多いようですが、日本においてどこにいっても商品が買えるようになったのはつい、最近のことなんですよ。

今でこそコンビニなどがどこでも営業しており、深夜でも弁当や食べ物が都合よく買えますが、地域や場所によっては自動販売機すらなかった時代があります。

思い出しにくければ正月やお盆を考えて下さい。事前に買い物をしておかなければ三が日(お正月の三日間)には食い物がなかった(買い物できるお店が開いてない)時代は、1950年〜1970年代くらいまでは当たり前だったんですよ。

以前は流通のシステムが整っていませんでした。いざ、商品を売ろうと考えても、そう一朝一夕にはいかず、管理システムや保管、流通(配送)に到るまでのきめ細かな整備、配慮が必要となるからです。ポスレジはおろか、宅配便のシステムもまだ存在していませんので。

物流だけではなく、そこに関わる人の生活習慣や意識にまで大きな変革が必要になります。

単純な話ですが、少し前のように「他の人が休んでいる年末年始や、日曜日まで、どこかで働くのは嫌だ」と多くの人が考えれば、街のコンビニは年中無休にはならないんですよ。

忘れてしまいがちですがどこかに犠牲というか、その時間帯、曜日に懸命に働き、社会を動かす人がいるのです。「今、開いているお店がある」ということを考えれば、顧客のニーズに合わせて働く人々、開けている店舗や動く会社が増えたことに他なりません。

「人が動こうとしない」「物が動かない」「情報が行き渡らない」ことは、ある意味チャンスでもあります。そのすき間を狙って、多くの企業が様々な手法を凝らし、販売や営業の実績を延ばすチャンスを捉まえ発展してきています。

ですが、それもそろそろ頭打ちになりつつあります。

販売方法そのものが似通ったパターンになりつつあります。

一時は飛ぶ鳥を落とす勢いだったコンビニ業界だけでも、今では競合店が何種類にも及びます。同じ地域、狭い範囲に似たような店舗が増えれば差別化は難しくなります。

昔であれば「根性で売ってこい!」「一生懸命に廻ればきっと売れる!」もあながち間違いではなかった訳ですね。情報も商品もショップも少なかった訳ですから・・・。情報が行き渡り、競合店が多くなった今ではそれはそのまま当てはまりません。

「誰かに見られると恥ずかしい」「家まで届けてくれるならそのほうが良い」というのは昔とおなじなんですが(笑)。その心理障壁はAmazonやネット通販なら簡単に乗り越えられます。

もしあなたが経営者なら、社会の構造の変化や時代の背景をきちんと捉える必要があります。

※加筆修正を入れている2017年にはアルバイトなどの労働力の確保が難しくなって、24時間営業を辞めるコンビニや店舗の縮小を行う外食チェーン、ラーメン屋などが増えています。

今の時代のニーズと販売形態の変化

商品が「置いてない」時代には販売員がお客さんに対し、「何をお探しでしょうか?」と問い掛けるのはごく自然ですし正しいんです。

それが無礼とか押し付けには決して当たりません。何かを「欲しい」と考えていても売っている場所がなかった。

情報が限られていた時代には、相手が何かの商品を探して来店した場合、相手にそう持ちかけるのは失礼には当たらなかったのです。

これから大きな発展を遂げようとする、一部アジアの諸国などの現状はそれに近いでしょうね。中国とか。良い商品なら持ち込みさえすれば、そこそこ売れる可能性を含みます。

ただし、現在の日本においては当てはまらないでしょうね。

日本でも化粧品の販売などでトラブルになったことがありました。一流メーカーと呼ばれる化粧品会社の商品は流通の経路が限られており、スーパーやコンビニなどでの販売が行われていなかったのです。

2000年当時、ドンキ・ホーテのような量販店には販売を許可しませんでした。大手スーパーなどが安売りしないようにとメーカーが販売規制を行い、それが表面化したのです。

自社の製品が叩き売られるのを黙ってみているメーカーはいないでしょう。安売りしますから。まして、化粧品はイメージが大切ですから、発売に到るまでに多大な宣伝費もかかっています。製作費とか原価だけの問題ではないんですよ。

ですから、メーカー側としては出したばかりの新製品が、あちこちのスーパーや量販店で安く売られることに難色を示したのです。

これは時代の趨勢(すうせい、いきおいって意味です)には逆らいます。

どんなにメーカーが規制し、その流れを止めようとしてもそれは不可能でしょう。いずれ崩れます。時代はすでに大きく動き始めてしまっており、どんな大手企業が止めようと躍起になってもそれを元に戻すことはできないんですよ。

結局はその後、訴訟で化粧品会社が敗訴します。そんなもので止めれるわけもないのですが・・・。

無駄な努力でしたね。国内のスーパーや量販店だけ商品を卸さないとか許可しなかったとしてもAmazonなど外資系大手が参入してきたら止めようがない。そういった小細工、半端な圧力で自分たちだけが儲かろうとか助かろうとした結果、国際社会との競争に敗れています。

商品の流通は大きく様変わりしています。昔風の問屋とか、中間マージンを受け取ることで利益を上げる業者は急激に減っています。

商品の価格も下がりました。こういった現象は消費者には良い部分もありますが、必ずしも良いとばかりは言えません。物を作る産業が発展しなくなるからです。

作っても儲からないから(笑)。

生産ラインに資金投入して作っても値下げ幅が大き過ぎれば回収が不可能になります。儲けたい人達は最初から倒産品や処分品を買い叩こうとするでしょう。商品や情報を「積極的に作り出す」よりも、結果としてモノマネや盗用、強引な買い叩きばかりが横行するようになるんですよ。

問屋やメーカー、デパートや製造業の苦境はともかくとして現在は昔と異なり、同じ商品がコンビニでも気軽に買えます。量販店やスーパー、ネット通販(Amazonなど)でも買えるようになっています。

先の化粧品を例にとると、少なくともデパートの一階で専門の化粧品販売員からしか新商品を買わない、買えないということはあり得ません。

私の若かった頃は美容部員と言いました。その仕事に憧れる女性も多かったですね。閑古鳥が鳴いているというか賑わっていることは減りました。新卒とか新入学の季節には、そういった売り場にお化粧方法を習いに行って、ついでに新商品を買って帰るというサイクルがあったものです。

今はYouTubeもインスタもありますから。お手本にするならそういったものでも構わないのです。動画だって上がっていますよ。途中で止めたり何回でも繰り返し見ることができます。

そうなると販売員の人柄とか技術、話術がよほど突出していないと店頭にはお客様がやってきません。

明治期に大きく羽ばたいたある企業の掲げた理念

商品が「どこでも買える」とします。では、皆さんはどこで買いますか? 便利な場所とか近い場所とかネットで宅配を頼みませんか?

少なくとも、威張り散らした偉そうな場所では買わないでしょう。

明治維新の頃、侍商法(さいむらいしょうほう)という言葉が流行ったそうです。

今も同じ表現の詐欺商法(資格商法、何々、という資格を取れば儲かりますなどと煽るシステム。興味のある方は警察や警視庁のホームページなどを参照して下さい)がありますが、それとは異なります。

明治維新でお侍さんが勤めていた藩は突然、無くなってしまいました。幕府が倒れてしまったからです。今でいうところの超大型倒産ですね。企業どころではなく国家そのものが機能しなくなり、いきなり無くなってしまった。

これまでにあった枠組みや役職は役に立ちません。旧ソビエト連邦の崩壊のようなものですね。フランス革命とも似ていますが、国家単位でシステムがごっそり失われることも時折起こっています。

すると困るのは「お侍である」というだけでお給金がもらえた人達です。代々その家を継いできた跡継ぎでありお役人が、全員食うに困ることになります。

明治新政府からも幾ばくかの保証金や退職金が出ました。そこで、そういったお侍さんがお金をかき集めて親族や家臣を集めて何らかの商売に乗り出す、と。

ところが素人の悲しさです。ましてお侍さんですよ。これまで他人に頭を下げたことなんて一度もない人達が商売をやろうとしてるといるわけですから。どういった態度をとればいいかがわからない。

ですから、とても尊大な態度になり「コレコレ、私がお前にこの商品をお前に売ってやろう!」といった尊大な対応になった、と・・・。

バブル期の百貨店とも似てますね。「ウチは顧客を選ぶ」と言ってるわけで。今は百貨店でも売り上げの大幅な減少を招いています。ネット通販や家電量販店が台頭してくれば煽りを食って売り上げが落ち込む企業だってでてきます。

百貨店業界は買収や合併が続いていますから、とてもじゃないですがそんな態度はとれません。

最初はそれで良かったんですよ。同じ地域に競合店がありませんから(笑)。利権システムや独占商品、藩の特産品も「元は侍だった」人が引き継いだのです。

多少、偉そうでも他で商品が買えないから、そこで買わざるを得なかった。今なら考えられませんが商品とかチケット(鉄道や船会社も元お侍さんが大勢、就職してました)の購入を「お金を出すお客さんの側が」頭を下げてお願いする状態になっていたのです。

ところが、その商品が「儲かる」となればそのうちに競合店が出来てきます。もう幕府は無くて押さえつけるシステムが機能していないのですから。藩や幕府御用達とか独占品という概念が成り立たない。

結果として先からある対応が横柄で尊大な「お侍商店」は潰れる所が続出したそうです。結果としてお侍が一般商人にこき使われたり、販売権を奪われる(今でいう買収)を受ける例が出て来たのですね。

それを「侍商法」と呼んで他の商人がバカにした訳ですね(笑)。私にはなぜか、その言葉が日本における現代の状況にそのまま当てはまる気がします。

江戸末期から明治の初頭に活躍した、三菱財閥の創業者で岩崎弥太郎という人がいます。

扇子に小判を貼って自分の店子(社員)に渡し、「お客に頭を下げると思うから腹が立つのだ。ですから、お金に頭を下げると思いなさい」と諭した(さとした)、という逸話が残されています。

これは裏を返せば、それだけ当時の商売人がお客さんに頭を下げることに難色を示し、「頭が下げられなかった」という証明なんですよ(笑)。家柄とか血筋を江戸時代の200年間に崇めて来たために、自分たちが権力者側にいるとの意識が根付き、一般庶民に頭を下げることを良しとしなかったのです。

当時、三菱(船舶会社)は三井(現在の日本郵船)などの旧、財閥系と激しく争っていた頃です。

その頃は当たり前であった「武家の商法」を正し、ごう慢さを捨て最先端のサービスを導入し、顧客に対する態度と姿勢で対抗したのです。

当時、三菱などが創業の際に高く掲げた志(こころざし)接客の目標や「サービス」という理念が、その後の日本企業の商売の指針、良い目標であり、長くお手本となりました。

凄い話でしょ? この行為は当時の常識や感覚からはかけ外れていました。当時はお武家様が一般人に頭を下げるなど絶対にあり得ないことだったのです。

それでもそれを断行して結果、当時の成り上がり者、新興商店に過ぎなかった「岩崎弥太郎商店」(後の三菱)は大きく羽ばたいたことになります。

あなたなら「どこで買う」?

三菱自動車のリコール隠しのような事件は残念です。私は上に書いたような事例を知っていただけにちょっとショックを受けました。

創業者の岩崎弥太郎氏、創業を記した記念の碑は神戸市の港に今も残されています。たまに通って見ていたりしますが。

大手企業、と呼ばれる所には長い歴史と繁栄の中で、あっちこっちに癒着してしまって、創業者の考えていた理念や感覚とは似ても似つかぬようなごう慢さを抱え込んでしまった所もあります。

神戸製鋼、それに続いた三菱マテリアル子会社の検査データー改ざんなどもその一つでしょうね。三菱自動車のリコール隠しから何の反省も得ていなかったことになります。

日本企業が世界で高い信頼を得たのは、そういった改ざんや隠蔽工作を極力、行わなかったからだと思うのですが・・・。

他国がデータを改ざんしたら安値で製品は出来上がります。同じ品質を示すデータがあるなら安い方を買うでしょう。その価格競争に負けないでおこうと考えたら、バカ正直にばかりはやってられないのかもしれませんが。商売は綺麗事だけではないので・・・。

そういった駆け引きとか暗闘が諸外国、特に安値でマテリアル、鋼板を売り始めた中国や韓国、インドなどとの間で繰り広げられている可能性はあります。

ですが、だからといって改ざん合戦に参加してどうするのでしょう?

それで割を食うのは一般人や他の企業となります。安全基準を満たさないなら危険に晒されます。三菱自動車のように事故を起こして死亡者が何人も出てからでは遅いでしょう? あの事件も当初隠蔽工作をしようとし、隠しきれなくなって大騒動になっています。

他が違法行為、改ざんをやってるから「ウチも」になってしまえば、よほどの粗悪品が混ざるようになっても見分けられなくなるでしょうね。それが大事故や死亡事故に繋がることになります。

会社が大きくなって老舗と呼ばれるようになり、政治家にも一定の影響力を持つと何でも出来ますよ? マスコミを抱き込んだりデーターを改ざんしたり隠蔽工作もできるでしょう。ですがそれでは世界の市場で高い信頼を勝ち取ってきた日本というブランドの力を失わせます。

明治維新時代の新リーダーでカリスマとまで呼ばれた岩崎弥太郎、当時の財閥やお侍さん、政府までもを相手にして引き下がらず、自社のサービスを徹底して勝ち上がっていった彼の姿勢を。

今の三菱の社員や幹部が汚しているように思えます。それがとても哀しく見えますね。

話がそれましたので元に戻します。どこでも「同じ商品が買える」と仮定します。皆さんは、どういった所で買いますか?

強引に商品を押し付けてくる所でしょうか? 利幅ばかりを考え、こちらが欲しい物とは異なる「売れ筋商品」を熱心に勧めてくる店員ですか?

おそらく違うでしょ(笑)。「なんでコイツらにそんなこと、言われないといけないんだ?」と思い、他の店舗や会社に廻る、と思いますよ。場合によっては少々、高くついても構わないかも知れません。

商品はその後もメンテナンスが必要になったり故障することもあるのですから。売る時に態度の悪いショップならアフターケアもろくにしませんよ? だから敬遠されるのです。間違ったり我慢して一度は買うことがあっても二度とは買わないでしょう。

よほど特殊な商品を扱わない限り、もう市場は「売り手有利」には働かないのです。時代背景や社会情勢、情報の伝達スピードが違う。一時は良くてもいずれ崩れます。

一社独占で急速に大きくなった、Microsoftのような巨大企業でも現状と照らしてみればそれは明らかでしょう。GoogleやAppleに押されていませんか? Microsoftはスマホやタブレットへの対応が遅れて大きくシェアを落としています。

世界各国の政府が独占を恐れて独自のOS開発を言い出したり、UNIXやLinuxのサーバーを導入するのはそこに各自の立場とか思惑を挟むからです。

なぜ、カリスマと言われれる店員が現れるのか?

では、なぜカリスマと言われる店員が商品を売ることができるのでしょう?

実は、彼女達の対応に秘密はあります。実際の販売方法を見てみると、彼女達の口ぶりは一見、いいかげんで乱暴、粗雑に聞こえるかも知れません。

ですが、実際にきちんと売り上げを作ることができる人にはある一定の法則性と共通項があります。

よく見ていると彼女達(カリスマ販売員が何人いるかはわかりませんが)は、決して、相手に強引に商品を勧めていないのです。

「いいっしょー、コレ新作なの。私の着てるのといっしょー」

「コレかわいいよねー、他にもあるんだよー」

語尾を変に延ばす所や極端なタメ口(笑)である所も特徴といえば特徴ですが、それ以上に興味深いのは、商品の説明というよりは世間話に近い所ですかね?

これは優秀なセールスマンにも共通するんですよ。どこかの会社に訪れて、最初から最後まで商品の説明しか行わない人は相手に嫌われます。

先にも触れましたが、「販売員」とは最初から魂胆のある人になります。その人「魂胆のある人」が自社のブランドや商品の説明、仕事に関する優秀性や褒めちぎり解説ばかりに終始すると、顧客は「商品を押し付けられる」ようにも感じるのです。

ですから巧い販売員ほど、会話の途中で上手に話の腰を折るというか息を抜きます。

営業マンや販売員に「仕事をさぼれ」っていうんじゃありませんよ(笑)。販売とか商品の話ばかりではなく、他の話、例えば野球の話とか趣味の話、釣りや社会情勢、最近のニュースなどをちりばめて話の要点をぼかし、こちらの真意を悟られないようにするのです。

販売の極意はね、「雑談にある」といっても過言ではありません。

これがなかなか難しいんですよ(笑)。理解できない人も多いですが・・・。

どうしてもわかりにくい人の場合は、販売のうまい上司や知り合いの商談の席に一緒に同席させてもらって勉強することです。確実な実績を叩き出す人の多くは、雑談を織り交ぜながら相手の本音を聞き出し、上手に顧客のハート(これもまた、古い表現ですねー)を掴むのです。

販売やセールス、営業の「うまい人」は「雑談」に入ってから、しばらくたつとまた「商品や仕事の話」に戻ります。そのまま戻って来ない人はいませんよ。

下手な人は最初から最後までたわいのない雑談に終始してしまったり、反対に「ウチの新型保険はココの部分が素晴らしくなってまして!」「ウチの銀行に預金して下さい!」とばかりに変に熱意に溢れていて押しつけがましかったりします。

いきなり訪れてきた営業マンとか販売員は。今の御時世ではお客様じゃないですよ? 中には怪しい投資話とか先物取引、ビットコインとか高額な宣伝広告を持ち込む者もいます。

どこかで手に入れた名簿を見て担当部署に直接電話してくる連中もいます。押し売りとか犯罪者の側ですね。結婚前の名字だったり所属も把握していなかったり。「魂胆のある人」の典型ですが、そんな人達のために仕事に割り込まれるのを喜ぶとか、自分の昼休みを潰そうって人は珍しいですよ。

勢い込んで商品を勧める側が社会常識に乏しかったり、状況判断が出来ていません。対人関係に疎いので話の内容が薄い。おまけに売りたいとかノルマをこなしたいという感情ばかりが先走るから「コイツは自分のことばっかり考えていて、信用ならない」といった印象を生むのです。

冷静に観察してみれば、簡単な話なんですけどね(笑)。

あなたがもし、どこかに買い物や預金に行って相手から嫌な印象を受け取ったとしたら、その店員なり販売員なりが、あなたの「心」や感情にズカズカと入り込んできて、無遠慮に何かを押し付けようとしたり「買え!」「それで納得して契約しろ!」と強要しているからなんですよ。

見た目の優しさとか礼儀正しさではなく、ところどころに現れる傲慢さとかうっとおしさ、何らかの嫌な感覚を「匂い」として嗅いだからなんです。

それは潜在意識にも通じることです。印象は「一瞬で」決まります。無意識に」伝わってしまったものを後から覆す(くつがえす)のはとても難しいのです。

相手に押し付けてはいけない

一旦、そうなってしまえばどんなに「安い」とか、どんなに安心で良い商品だと熱弁しても欲しがる人は少ないでしょう。同じ商品や商売の溢れている現代からみれば、無理にそこで買う必要がないから。

むしろ顧客を他の商品や店舗、会社や企業に積極的に追いやる原因になるでしょう。

勘違いしがちなんですがね、「商品を売りたい」と望むなら、相手に「これがいいです!」などと押し付けてはいけないんですよ。

あなたがよほどセンスが良くてもそれは行ってはいけない。

何度も繰り返しますが、そういった販売方法はもう古いんですよ。相手の意思とかセンス、選ぶ権利を助長する方法が正しいのです。

売りたい意識がかえって顧客の信頼感とか物欲を遠ざけます。物や情報がなかった時代はとっくに過ぎ去っていますから、疑念が出来たら相手は乗ってきませんよ。

途中で中座して。トイレに行く振りをして廊下で検索しているでしょう。スマホを使って。

私が当時、109を訪れた際、「ここはコギャルの秋葉原」のように感じたのは、販売の上手な店員と下手な店員がいて、訪れているお客さんの反応もあまりにはっきり分かれてしまっているからです。

押し付けようとする店員の接客は「コレ買いなさいよー、流行ってるんだからー」に終始しています。結局売れませんし、人が集まりません。

コギャルにも見透かされているんですよ(笑)。

当時は「学校へ行こう!」に出演していた頃で。コギャルを相手に悪戦苦闘していました。コギャルの生態についても番組に関わってから知っただけだったのですが。

見た目とか雰囲気だけ似せても全員が同じ売り上げにはなりません。はっきりと上手い下手はある。私自身も元は接客業や販売業でしたので、興味深く観察してしまいました。

見ていて顧客と売る側(店員)との間に完全に溝が出来てしまって面白いですね。

秋葉原にしろ渋谷にしろ、どちらの地域でも閑古鳥が鳴いてガラガラの店と、いつも忙しいお店とがあって。接客の対応でお客さんの反応や入りに、はっきりと違いが出てしまっています。

暇な店はね、結局リピーターがいないんですよ。強引な押し付け、一方的な販売を繰り返しますから、一度は行っても二度目がありません。単発的な売り上げしか生まれないのです。

まして、最初に行った際には「嫌な感じがした」と思っていますから、友人を紹介したり誰かを引き連れてもう一度、そこに行こうとは思わないのでしょうね。

このコーナーの初稿を書いた頃はまだスマホがそこまで発達していませんでした。スマホ料金、携帯料金も初期の頃は高くて定額制ではなかったり、ネット接続するためには別途、パケット量を負担したり別の契約を結ぶ必要があったんですよね。

押し売りとか強引な商法をやったら。今の御時世では即座に写真撮られてSNSやTwitter、インスタグラムに投稿されてしまうと思いますよ?

東京のそれも秋葉原や渋谷といった都会のど真ん中で次から次へと人の溢れる地域でも、そういった格差が生まれ、強引な販売方法では売り上げが伸び悩むのです。

一回限りで「強引に売りつければいい」といった販売方法は、そろそろ限界に近いでしょうね。

私がこのホームページを持った1997年にはクーリングオフ、特定商取引に関する法律が大改正される前でリトグラフを若い世代にローンを組んで高値で売りつけるとか、エステ契約で使いもしないシャンプーやボディローションを売りつけられて返品できず、困っている方がたくさんいました。

平成20年(2008年)の法改正で大量の在庫とかローションを押し付けられたり、エステなどの形の見えないサービスを契約した人でも解約や返金を求められるようになっています。

泣き寝入りする必要はないですよ。間違ったとか思ったようなサービスでない場合は解約しましょう。

法改正もありましたし、スマホやSNS、ネットもある。面倒でも相手(お客さん)の立場や気持ちに立って品物や商品、情報を取り扱ったほうが、結果として信頼を得ることになると思われます。

本当の意味でのカリスマ

カリスマっていうのはね、自分で「私は凄い人です!」と威張ったり、「大勢、弟子がいます」とか「俺に従え!」などと大声で宣伝する人ではないんですよ(笑)。

実際には相手の立場や気持ち、感情を先に読み、自然に相手を「その気にさせる」というか、相手がなぜか、その人の姿勢や考え方に魅了されて「動く」ことが基本になります。

最初に書きましたよね? カリスマとは「なんだかわかんないけど、その人のいう言葉や指示、考え方に影響を受け、何となくそうなっちゃう」ことだと? これが正解です。

強引に「こっちを向け!」とか。「言われた通りにすればいい」「お前にはコレが似合うんだ!」などと強要する人はカリスマでも何でもないでしょうね。いくら知名度が上がって、一時的にあちこちで評判が上がったとしてもすぐにメッキが剥がれる、ということになります。

時折あるようですけどね(笑)。美容師や販売員、ママタレやインスタグラム、ラーメン屋に至るまで、今の時代には自称「カリスマ」が溢れていますから・・・。

いったい、どれが本物なんでしょう?

少なくとも実際には「お前は黙って、俺の言った通りにすればいいんだ!」と当のご本人が言ってしまった時点で、カリスマなどではなく偽物、ということになりますね。

本物は「自分から」何かを押し付けるのではなく、周囲が自然にその人の立ち居振る舞い、行動や考え方、スタイルに影響を受け、「この人と同じようになりたい」「少しでもそちらに近づきたい」と望むものではないでしょうか?

つまり、同化なんですよ。

女性の同化についてはこちらのページ「モテる女の必須条件」に詳しく記載しています。

渋谷の109で一般の女の子がカリスマ、といわれる店員さんから洋服を買うのも、彼女達がお客さんに強引に売りつけるのではなくその女性の生き方や考え方、着ている服装やスタイルに憧れた女の子達が「私も同じようになりたい!」と、強く望むからではないですか?

これはモデルさんとかタレント、歌手などにも共通します。

大切なのは「憧れ」なのです。

難しい表現をするならば「憧憬」(どうけい)ですね。

憧れとは「仰ぎ見る」こと。素敵だなぁ、カッコいいなあと見る側が感じてそれして「同化したい」「少しでもあの人に近づきたい」と望むものを指します。

そうでなければ、そんなに売り上げなど上がりませんよ(笑)。その意味を深く考えず、形だけ物まねする会社や店舗や企業、女性タレントも後を絶たないようですがそれは間違っています。

自作自演で事務所がゴリ押ししてテレビ番組とかドラマ、映画の主演やCMに出続けてもさっぱり人気にならない女性タレントとか女優? さんがいます。

それはやはり憧れがないから。美人だ、スタイルがいいも確かに含みますがそれだけで憧憬、つまりあこがれの対象として女性は認知はしませんよ? 生き様とか普段の言動、その人の個性とか雰囲気、周辺への気配りとか態度までを含むのです。

何かがあると言い訳を始めて二転三転したり。憧れるどころか嫌悪感を持つような行為を繰り返し行うような人なら。どんなに着飾ったりブランド品を持ち歩いても憧れることはないでしょうね。

カリスマ店員を養成したいのならまず、企業としての姿勢や人材育成であり目先の利益目的に中途半端なマニュアルを押し付けることではない、と私は思いますよ。

一時、カリスマ養成学校なるものが流行ったというかマスコミが宣伝したり、立ち上げた人達がいまして(笑)。見た時に私は大笑いしてしまいました。当然ながら今は殆どが残っていません。

誰が通うんでしょうね? そんな学校に。

お金さえ払えば誰でもカリスマになれるなら苦労はないですよ。次から次に新しいカリスマとやらが現れて。古いカリスマから信者や売り上げを奪ってゆくのでしょうか?

そんな詐欺師に引っかかっている時点でカリスマになるどころか、前途多難でしょう(笑)。

やり方とか根本的な手法を見直す必要があります

カリスマとは本来、周囲の憧憬(あこがれ)の対象であり、羨望であり、「その人(カッコいいと思える人)と同化したい」との願望の現れなんですよ。

だからアイドルとか歌手とか俳優、作家や漫画家、ありとあらゆる職種の中からカリスマは生まれるのです。

特殊な才能を持ち、人とは違った生き方を堂々と行う人、その人の姿勢、考え方を見て、それに「同化したい」「同じようになりたい」と魅せられる人が現れ始めた時、それが社会に「カリスマ」として認められることになるのでしょう。

だからこそ難しい。マスコミや芸能事務所が巨額の費用を投じて何年も執拗にキャンペーンを張っても人気にならないモデルとかタレントがいるんですよ。

それはね。誰かの押し付けとか肩書き、まして、一部の企業とかマスコミの作り上げる一瞬の虚構とか偶像ではありません。マニュアル通りで「カリスマ」が作れるなら苦労しませんよ(笑)。

ちょっとマニアックな話で申し訳ありませんが、ガンダム(おなじみのアニメのキャラです)の量産型(ジムって言いましたっけ?)モビルスーツでは、誰もありがたがらないような気がしますよ(笑)。

それは似て非なる物です。同じではありません。

突出した実力や代表作、または周囲が憧れる能力や実績があって始めて語り継がれたり驚かれるものであって劣化型の量産品だと単なるコピー品やモノマネです。

どうやっても人気にならない。それで一部の芸人やタレントには「炎上ネタ」に逃げるのがいます。本来なら憧憬、つまり憧れを集めるというのが芸能人におけるセオリーで、その手法に成功した時始めて人気者にもなれますし冠番組を持ったりメイン司会者にもなれるんですよ。

それが不可能だとかどうにも自分が力不足だと思うと、誰かの悪口を言い始めます。憧れを集めるのは難しいですが嫌われ者になるのは簡単ですから。誰でもいいから適当な相手に噛み付いては批判を繰り返し、ヒット数やフォロワー数、注目を集めようとする連中も増えてきていますよ。

まあ目立たないまま埋没して消えてしまうよりはマシでしょうが(笑)。その手法だと家族にも嫌われるでしょうし「仕事だから」では納得してもらえないでしょうね。

その安易な手法で注目を集めるようになったら二度と正統派には戻れません。一時的には注目を集めたりイベントや番組に出演機会も持つのでしょうが、「誰にでもできる」お手軽な手法なのでモノマネをする炎上芸人は次々に出てきます。

そんなものは覚悟でも勇気でもないわけで。自分の能力がないのを誤魔化す卑怯技です。試合に勝ちたいからとスコアを誤魔化したり相手に砂や泥を投げる行為に等しい。そうなると結局は世間とか一般人から嫌われるだけで。ろくに稼ぐことも出来ずに消えてしまいます。

他人との心の距離は不思議です。何かを強引に「押し付けよう」とすれば、かえって離れます。

ですから、何かの商品を勧めるのに強引に近寄ってきて「これがいいですよ」とか「わー、似合う!」とおだてれば済むかと言えばそうではないんです。

立場を入れ替えればわかることですが、あなたなら、どういった人になら商品を売って欲しいと望みますか? お世辞ばかり言う人? 自分の立場や店の売り上げばかりを考え、売れ筋商品(利幅の大きい商品)ばかり勧めてくる人でしょうか?

カタログ通りの見え透いた商品説明やスペック、宣伝を行ってくる人でしょうか?

商品のことを何もわかっていないふりをすると、真面目にお客さんのことを考えて説明する人と、ただ単に自分の売り上げにこだわるだけの人と明確に別れます。

大切なのは「相手の立場に立つ」ことです。相手が望むものを探し出すこと。自分の好みを押し付けるのは販売ではありません。押し売りです。

私は「販売の極意は雑談にある」と書きましたよね?

私のホームページも同じなんですよ。雑談や応用、社会生活に関する話も多く、催眠とは関係ない話が延々と綴ってあります。その意味がわからない人は「この人は何て無駄な作業をしてるんだろう」と笑ったり「あんな所には見るべきものがない!」などと酷評している人もいるそうです(笑)。

では、なぜその見るべきもないホームページから講演依頼や出演依頼を得て、多くの人達に会いに行けたのでしょう? 中には私の文章を丸写しして自身の文章だと言い張ったり、新聞紙上や雑誌にまで掲載した人達までいるのです。

深い部分までを観察、理解しない人は心理学や催眠とか、販売に詳しい人とは到底言えないでしょう。

私が催眠の話や技術的な話ばかりに傾倒しないのは「催眠、催眠」とばかり繰り返したり、専門知識の話ばかりが載っていれば読む人は高圧的に感じますし、うっとおしくも思うからです。

読む側は「素人」です。素人にもわかる話をしなければならない。そのたわいの内会話の中に様々な情報を織り交ぜて「話す」「書く」「説く」ことこそがプロフェッショナルだと思っています。

どんな職業、分野、商売でも同じ

たまにテレビ番組などで専門的なことを並べ立てて悦にいっているコメンテーターがいますが、ありゃただの馬鹿ですよ(笑)。専門家が自分の専門分野のことに詳しいのは当たり前です。

それをかみ砕いて一般の人にもわかるように話せてこそコメンテーターですし、プロとしての仕事です。観る人のイメージや感情を揺さぶって自分の意見を受け入れさせるために出演しています。

自称、専門家が自分の意見を押し付けようと相手の発言を遮ったり、感情的になってヒステリックに叫んでるのを見ると苦笑いします。居酒屋でご高説ぶってるおじさんと変わらないレベル。

日本のテレビ番組、特に討論会とか報道番組は本当にレベルが低くなりましたね。昔のリベラル系とかサヨクを名乗っている方々は本当に手強いというか凄い論客もいたものですが・・・。

ここ(ホームページ)で書かれている内容、これは基本的に「雑談」です(笑)。

専門家であるならば、直接お金にならない話や利益に繋がらない話でも説明しなければなりません。直接的でストレートな話、「商品の説明」や宣伝は、短期間でみれば確かに効果はありますが、そればかりではそうそう長くは続かないんですよ。

粘り強い説得、無駄にも思える対応、販売や実績に直接関係なくても顧客が「興味をそそられる」内容が書けたり話せること。それが後にその人の信頼となって跳ね返ってくる例は多数あります。

そしてそれは「販売員」や「書き手」「話し手」の能力をも高めます。

ホームページにおいても同じことです。自分に都合の良い宣伝は確かに一時的には強い力を持ちます。そちらに流される人も出てくるでしょう。ですが、本心とか実情、中身を粘り強く解説し、長くきちんと運営を続けたホームページのほうが結局は説得力を持ちます。

それは時間の無駄などではないんですよ。本当はその時間こそが大切で必要な努力です。

先にも述べましたが、最初から自分の商品の説明や商売の自慢話ばかりに終始する人にいったい誰が期待しますか? 見え透いた「魂胆」ばかりが鼻につきますよ?

そろそろ社会全体でそういった歪みや焦り、偏見を考え直す時期に入っていると思います。

私が販売などの仕事に携わっていた頃ね、とても大切にしていたことがありました。相手に「何かを売りつけよう」ではなく常に自分の商品の「中身を説明しよう」「伝えよう」と勤めることです。

売りたいのは山々なんですよ。販売員なんですから(笑)。生活もかかっていますし、金が欲しくない人はいない。会社のノルマや他のメンバー、社員への面子(メンツ、体面ってことです)もあります。

でもね、だからといって、あまりに「売りたい!」という感情を持ちすぎると、それは一瞬で相手に伝わります。その思いを全身から態度に滲ませることになっているからです。

老若男女関係なくその焦りが伝われば販売なんぞ、うまくいくわけがない。

これは販売だけではなくて催眠誘導やカウンセリングにおいても同じです。

よくあるでしょ? デパートの売り場などにゆくと、にこやかで丁寧だけどすぐに立ち去りたくなる対応が(笑)。近寄ってきて「何をお探しですか?」と言うなり張り付いて離れようとしない。

あれが前時代的な対応なんですよ。

表面をいくら取り繕っても「売りたい本人の」思惑が滲むのです。それを相手の「潜在意識」がしっかり捉えてしまえば、どんな言い訳も作り笑いも効きません。

販売員だって「人」に過ぎない

どんなに丁寧であっても、売りたい気持ちが全面に出ると相手は嫌がるようになるでしょう。意外なことかもしれませんが、売りたい気持ちをある程度抑えたほうが商品は自在に動きます。

これは私が経験から学んだことで、私はそれを実証する形で売り上げを作りました。

これは販売などの仕事に限らず、恋愛などでも同じでしょう。

口説きたいとか「やりたい!」(肉体関係を持ちたい)とだけ考えている男性と合コンしたり、飲みに行ったらどう思いますか?

それが全面から滲み出している男性がモテますか? 私はモテないと思いますよ(笑)。余裕がなくてギラギラしてるでしょうから。気の利いた会話とか落ち着いた振る舞いが出来るわけもない。

早く二人きりになろうとか、外に出て部屋に来いだとか、飲ませて酔っ払わせて手っ取り早く済ませようとするのが関の山でしょう。女性を大切にしないこともすぐにバレますよ。

女性には玉の輿を狙う人もいるようですが、男性にだって金目当てだと気づかれてしまえば敬遠されます。口を訊くどころか連絡先を交換したり、近寄られることすら厭われるようになるでしょう。

何かが欲しい、というそればかりが全面に出てしまえば、その人本来の良さとか優しさ、魅力は伝わりません。むしろ、マイナスイメージばかりが強調されるでしょう。

誤解や錯覚が増えます。本当の人柄ではなく強引さとか横柄さ、焦りや欲得ばかりが伝わってしまう可能性があります。それはやっぱり悲しくないですか?

これは私の著作でも書いた言葉なんですけどね。仕事や恋愛に対して情熱を持つことはいいことなんですよ。ですが、相手と向き合った一瞬の感覚から人間は意外に多い情報量を手にしてしまいます。隠してもお互い本音は透けて見えるのです。

ですから変に隠したり偽ったりするのではなく、相手に誠実に向かい合い、余分な感情や力を抜いてから「誰か?」とか「何か?」に接したほうがいいんですよ。

難しいように思うかもしれないですけどね。

それは得意先や顧客ばかりではなく、家族や友人、恋人や「これから口説こうとする人」でも同じ。本音とか欲は誰にだってある。ただしそれが剥き出しなら家族だってドン引きですよ(笑)。

私は販売や仕事、恋愛においてあなたの魂胆を「隠せ」というのではありません。

よく意味を取り違えする人がいますが、今回のこのコーナーの意味はそうではなく、肩の力を抜いて少しは「相手の立場に立って考えろ」ということです。あなたが嫌な行為は相手だって嫌です。やりたいだけの男はモテないでしょうが、同じ意味で金目当てだけの女性もモテませんよ?

それがわかるようになれば、どんなに互いの立場や環境、考え方や姿勢が異なっても繋がりあう瞬間があります。反対にいえば、それが無い限りどんなに巧妙に魂胆を隠そうともうまくはいきません。

販売員も人間ですよ。やはり好き嫌いもありますし相性もあるでしょう。

別にカリスマでなくともあなたに出来ることはある

最初から最後まで、雰囲気のうっとおしい客に「なあなあ、にーちゃん、もうちょっとまけてーな!」としつこく絡まれれば切れそうになる時もある。「誰が値引きなんてするもんか!」と反対に意固地になる場合だってあるでしょうね。

ところが、結婚記念日の贈り物だったり。女性にプロポーズしようと少ない稼ぎの中から費用を捻出して指輪を買おうとしている方だったりするとね。できれば良いものを探してあげたいと願ってしまう。

それで私の給料が上がるわけではまったくなかったのですが・・・。心意気に反応はします。

私がまだ若かった頃、福井県にいた女性とお付き合いしたことがありました。田舎から大阪梅田に遊びに来てくれた時にね。一緒にデパートに入ったんですよ。

その時、中にいた女性店員が私の彼女を上から下までみて鼻で笑ったのを今も覚えています。確かに洗練された都会的な格好ではなかったと思いますよ? ですが、そんな態度をとられる理由もない。

私自身がその後、デパートで販売員をするとは思っていませんでしたが・・・。とても腹が立った記憶があります。私が販売実績ができても横柄な態度にならなかったのは。そういった連中と一緒の感覚になることがどうしても嫌だったんでしょう。

私の売り上げが良かったり返品率が低かったのは「感情移入」でしょうね。専門用語では共感覚性とも言います。これからの時代は無理やり売りつける強引な商法よりも共感覚性、同化機能が強い人のほうが売り上げは伸びると思いますよ。

カリスマ性は「憧憬、憧れによる同化だ」と説明しましたが、一歩進めるとその同化は「販売員や講演する側」にも求められるのです。相手の立場に立って物事を見られる人が「顧客の求めている商品」を見極めるのが上手くなります。

くだらないことだと思うかもしれないですけどね。結局は相手に対する思いやりだったり優しさだったりするのです。予算やお客さんの事情をしっかりキャッチできることが求められているのです。

販売って仕事は面白いですよ。その人それぞれに生の感情が見え隠れしますから(笑)。私は好きですね。自分が苦労して仕入れてきた商品とか作った品物を「それ良いわねー。ぜひ、欲しいわ!」と言われる時の快感は、きっとやったことのある人にしかわからないでしょうね。

今もそれに近い感覚はあります。私の知識や経験、書いた文章や技術に誰かが驚いたり、必要としてくれる時、やはり嬉しさは感じますよ。

流用や盗用を勝手に繰り返しながら「自分で考えついた」かのように振る舞う馬鹿はご免ですし大嫌いですが、きちんと許可をとってくれたりテキストを購入してくださる方には深く感謝しています。

別に皆がカリスマにならなくともいいのです。普通の人よりほんの少し、誰かの感情や気持ち、相手の立場をわかるようになれば、自然に身に付くものもありますよ。売り上げだって伸びますし恋愛においてもきっと良いことがありますよ?

私? 私ですか? 私は最初からカリスマは目指していませんよ。途中から勝手にそう思い込む連中や、それらしい肩書きを押し付けて儲けようと企んだ人達がいただけです。

今回の更新は、なぜかビジネス新書のようになってしまいました(笑)。

皆さんも買い物に出かけたおりには、店員やお客さんの様子を確認して見て下さい。視点を変えて観察してみればきっと面白いですよ。

ここに載せた文章がこれから何かに乗り出そう、新たな商売や仕事に挑戦しようという人の、多少なりとも参考になれば幸いです。

このコーナーの初稿は2000年に書かれています。年数が経過しましたので2017年のサーバー移転の際に、読みやすいようにレイアウトと一部に加筆修正を加えてあります。

2000年11月15日 初稿

2017年12月09日 加筆、修正

谷口信行

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