学級崩壊について

2017/12/13改訂
1997/05/01初稿

数十年前に行われた心理学の実験と現代

私は過去の知識や経験を書籍や記録から調べるために、図書館などによく「行きました」。

2017年現在、すでに過去形です(笑)。大阪だと中之島の図書館、東京だと国会図書館などを利用したのですが。最近は検索するほうが早いですね。そればかりで駄目だとは解っていますが、やはり便利です。

便利なツールを利用してしまうとそっちに頼ってしまうもので。

最近は古本屋にも出掛けていませんね。開業当初の1997年前後には散々歩き回りました。当時はネットが十分に発達はしておらずネット検索もあまり機能していません。

Googleが稼働し始めたのはずっと後になってから。始めてGoogleを使った時にはYahooとの違いに驚いたものです。5TB(テラバイト)のHDD(ハードディスクドライブ)というのは今でこそ個人ユーザーでも手に入りますが当時としては天文学的な数字と価格で。

容量の小さなHDDを数珠つなぎにして5TBにまで拡張し、各国のホームページを全てインデックス、キャッシュするという発想にとても驚いたものです。

すでにネット検索が凄まじい勢いで発達していますので。Googleで検索すると必要な情報が数多く手に入りますね。偽情報とか嘘が混ざったり、大切な情報とか好きだったサイトがネットの渦に埋もれてしまったり、詐欺サイトが上位に入るといった問題もあるもののやはり利便性には勝てませんね。

当時の私が足を棒のようにして歩き回り、図書館とか古本屋を訪ね歩いたのは。過去の歴史には、現在を予測する鍵が眠っているからです。

特に医療関連とか製薬、脳内ホルモンの話などは昔の書籍や資料を当たったほうがいい。過去を詳しく知ることは現在起っている問題の原因を知ることに繋がります。

今でこそGoogleなどがありますが。そのGoogleにしても誰かが臨床なり実験なりを実際に行って。そのデータを何らかの形でネットなり書籍として上げてくれないと。誰もその情報にたどり着くことはできないのです。特殊な情報とか面白いものは。検索してもなかなか見つからないこともありますよ。

「催眠」もそうですが、心理学や科学、薬学などの基礎は実際には古いのです。最新の知識とか技術だと思われていることが3、40年も前の知識の焼き直しであったり、数十年前の研究の成果を今頃になって製品化したり、整備しただけだったりすることもあります。

国会図書館に行けば、揃わない本や知識はありません。

現在、売られているマニュアル本や能力開発本(と名前のついた物)などよりも、よほど多くの物が学べますし書いてあります。どちらかというと昔のもののほうが優秀ですね。

禁忌(きんき)とか放送コードがない時代に作られたものもありますよ。昨今はテレビ局や新聞等でも個人情報にはうるさいです。ニュースソースの情報は隠したり、人権に配慮する必要があるので書きたくても書けないとか、映像がモザイクだらけになったりもします。

昔のものにはそういった制限が少ない。もちろん遡りすぎて戦中のものになると統制がかかってますが。当時の政府なり幕府なりが閲覧や所有を禁止したものでも、日本には割りと残されてます。

文章好き、書籍好き、講談本好きな日本人は。手紙でも何でも残しています。見つかると危ういものはわざわざ襖や絵画の下張りにしたりね。隠されている書物とか手紙にはこれまでに知られていた歴史とか常識とはかけ離れたものもあり、そういうのを見つけるのも楽しいものですよ?

特に心理学に関する知識とか書籍は面白い

本当の知識は現在からではなく、過去から学ぶほうが正しいのですよ。様々な思惑、立場や背景から歪められた事実とは違う内容が、そこには書かれていますから。

現在は自宅にいながらにしてかなりの情報が集められるんですけどね。ただし、ネットの場合は後になってからソースの記事を意図的に削除したり歪めるケースもあります。ですから原本とか引用先、初版を調べてみることも大切です。

直接、図書館に足を運んだり古本屋を廻って古い書籍を求めることも良い部分はあります。先に述べたような事情で全部がネットで完結するわけではないので。

個人が所蔵していたり、古書店にしか存在しない貴重な本というのも結構あります。

これは以前にも他のコーナーで紹介しましたが、朝日新聞の報道部という所が40年近く前に書いた本で「心のプリズム」という本があります。

※この文章が最初に書かれたのは1997年、「心のプリズム」の初版は1972年になります。

当時の新聞記者の方が日本の未来について予測した本です。世界の科学者や心理学者、薬学の専門家などに話を伺い、当時起った出来事や日本の行く末や将来についての検証を加えてあります。

もし機会があれば読んでみて下さい。

(この記述はホームページ上から削除されていますが)実は私が以前に行った紫外線を用いたサブリミナルメッセージについての実験も、ここの記述を読んで自分で行ってみた物です。

当時、大人気だった白家電、冷蔵庫に「ナショナル」のマークを紫外線で投影したら。売り上げが急速に伸びたという記述です。人間の目には感知出来ないはずの紫外線を、潜在意識では捉えることができてその信頼度によって「売り上げが伸びたのではないか?」という推測記事が載ってました。

その後、版を重ねるうちにそこの部分はバッサリ削除されたようで。私がその後に入手した18版めには代わりにアメリカ、ニュージャージー州で行われたコカ・コーラの実験についてが載ってます。

私は初期の頃から、過去の知識や記述から面白そうなものを拾って、自分で確かめてから載せています。もちろんそういった書籍や資料を鵜呑みにしているわけではないですよ?

防音室を作っての遮断実験や、サブリミナル効果についての検証実験も実際にやっています。

サブリミナルについての記述

私の行った実験というのは、紫外線ライトで流行っていないお店への誘導、矢印や看板を作って客足を伸ばしてみようといった内容だったんですけどね。

サブリミナルに関する記述をホームページに載せた直後から「そんな筈ない!」とか「サブリミナルなんて無いと専門家が言ってる!」などとメールを送りつけてきた人がいました。

「あんたらに、いったい、なーにがわかるっていうの(笑)」

と、思って笑っていました。

私は実際に実験して成功していましたからね。机上の空論とか書籍や資料を読んだだけではなく当時は入手困難だった紫外線ライトを複数購入して。高いお金かけて実証実験を行ってます。

そういう人は、どうせ誰かの発言を鵜呑みにしてるだけなので。原因も解っています。以前、某番組で盛んに催眠をやってた催眠術師(現作家)が「サブリミナルなどない!」と言い切っていた時期があったのです。

変な抗議メール寄越した人達は、その作家が昔、サブルミナル絵本ってのを自分で出版してるのを知らないんでしょうね。抗議そのものが自己矛盾してます。

サブリミナルが「無い」とするならば、その作家、催眠「術」師は効果がないと知っていながら絵本を売ったことになります(笑)。サブリミナル効果が「ある」とするならば、後で述べたサブリミナルなんて無いって発言が嘘だったことになります。

「ある弁護士が言いました、弁護士は皆嘘つきだ」

「では、この弁護士は嘘をついているのでしょうか? 本当のことを言ってるのでしょうか?」

これは言語によるパラドックスと言われるもので。原型はエピメデスのパラドックスと言います。どちらを選んでも正解にたどり着かず相手から反論を受けるので。人間の持つ言語の曖昧さ、不完全さを象徴するものとして時折、小説や漫画で利用されています。

本当のことを知りたい人は、過去の知識や経験、すなわち、現在の研究発表の基礎になった物をもう一度、よく調べることです。過去の記録の中には実験の成果が正確に綴ってあります。

テレビ局の関係者なら常識としてご存知でしょうが、局に持ち込まれるソース映像は必ず、「ある機械」で検査されます。サブリミナル映像を持ち込んだ場合には許可されません。

アメリカでもチェックはされますが、日本でも年々厳しくなっています。

何の効果もないなら規制は生じませんよ。映像とか編集に関する専門書も取り寄せてみるといいでしょう。最近はパソコンのスペックがあがって個人とか中小企業でも動画の編集を行えるようになりましたが、ガイドラインとか注意事項としてはっきり載っています。

昔の資料とか海外の書籍やアメリカの国会図書館などの原文を当たってみるのもいいでしょう。以前にそのような研究を行っていた人達は確かに存在するのです。

「心のプリズム」という本では、当時も現在と同じく「能力開発セミナー」などの名前でいかがわしい行為を行っていた輩がいたことを示す記述があります。

社員教育で女性社員が屋上で空手をやってる写真などは、当時の時代背景を語っていますね(笑)。重版が何度かされましたので、その都度、中身はかなり変更されているようです。

日本の国会図書館に保存されているものは、私がみた初期の記事と同一です。私のホームページの読者(東京在住の方)から確認を戴きました。

脳内ホルモンの分泌にかかわる薬の開発に関係した人の恐怖や苦悩についても触れています。当時の科学者は「核兵器と同じくらいに大変な物を開発してしまったのではないか?」と悩んだそうです。

そういった基礎実験のデーターから現在、バイアグラプロザックなどの薬、選択的セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI製剤)などが作られているのです。

技術、知識、研究成果は「独占してこそ価値が」ある

心理学とか特殊な技術の難しさはですね。実際に目の前で効果を上げないと「誰も信じない」ってことです。困るのは次に、その知識とか技術が絶大な効果を上げるとわかると「誰にも教えないようにしよう」とする例が多い。

精肉の色を鮮やかに保とうとするガスとかビタミン塗布とかですね。精肉用のライトとか鮮魚用のライトなんてものもあります。

最近の実例でわかりやすいものは。モスキート音があります。

「コンビニは心理学の宝庫です」というコーナーに詳しい解説は載せてあります。

「モスキート」は、深夜に店の前などにたむろする若者たちに不快音を聞かせて退散させるために、2005年にイギリス・ウェールズのハワード・ステープルトンによって開発された。

さすがに今の若い世代でこの話を否定する人は少ないでしょう(笑)。理由は簡単で誰でも実験ができるから。ハワード・ステープルトンがこの手法を思いついた時は伏せられていたようですが。結果として番組で紹介されてしまったため、今では世界中の人が知っています。

YouTubeなどにもモスキート音が幾つも載せられていますよ?

考えてみてください。音が人間の生理とか感情に影響する。かすかな音であって、はっきりと聞き取れるわけではないんですよ。ある年齢の若い世代にだけこの音が届くわけですが、基本的には大音量でこれを毎晩鳴らしていたわけではないんですよ。

その場所にたむろしていた若者たちが何となく居心地が悪くなって集まる場所をどこかに変える。遊びに出かけてたむろするのを辞めたわけではないのですが・・・。「その音が流れている」店の前は避けるようになってます。

これはやっぱりね。潜在意識の領域だと思うのです。ちなみにですが可視光線、人の目で捉えることのできる波長にも個人差とか年齢差があって。若い世代と高齢者では見え方が違ったりします。

こういった実例も、導入しているお店ならおそらくは伏せたがるかもしれないですね(笑)。お客さんを犯罪者扱いしたとか若者を追い払おうとしたと抗議が来るかもしれないですし。それにモスキート音に関しても音域はある程度まで公開されていますが、全部じゃないんですよ。

スピーカーの数とか音のボリュームとか角度とか、流した時間帯や期間などその全てが公(おおやけ)になっているわけではないですよ?

「サブリミナルなど無い!」と明言した元催眠術師も。おそらくですが真実は知っていますよ(笑)。私と同じく、ね。ただし、それがあると明言しないほうが自分にメリットがあったり、今後の仕事に影響するなら当然、私でも伏せます。

「そんなものはない!」

催眠術師? を志(こころざ)したり。一度はどこかの番組でレギュラーコーナーを持つようになる男は。やはりどこか擦れていたり手強いもんですよ。これは私だけの話ではありません。

何でもベラベラと世間に打ち明けるほどお人好しではないでしょう。

これももう、十数年が経過したのでここで種明かししておきます。

心理学、科学や基礎研究の発展

朝日新聞の「心のプリズム」などの記述を読んでみると。人間の感情を左右させる化学物質が戦争に利用されるのではないか? と恐れた人達もいた訳ですね。

いかがわしい宗教団体が行っている洗脳まがいの方法についても、心配していた人達もいます。

初版が1972年ですから45年前ですよ? そういった記述はすでにその頃の書籍の中に存在します。

当時の日本は高度経済成長のまっただ中で終身雇用制度が日本に定着しつつあった時代ですね。戦後の動乱期から立ち直り、徐々に国力を高めつつあったとはいえ、日本はまだ経済大国といえるような立場ではなくその基盤は脆弱なものでした。

この内容が新聞に掲載された1971〜1942年といえば、米ソが激しい宇宙開発競争をやってた時期にも当たります。冷戦構造の対立を招いていた時期で科学技術とか宇宙開発、薬品技術の基礎開発に両者が鎬(シノギ)を削っていた時期でもありますね。

ご多分に漏れず日本もその波についていこうと必死の頃です。

心理学の実験も多数行われています。今では禁止されたものも数多くあります。

倫理上、経験上、「危険」とされたものがあって禁止されてゆきます。

「スタンフォード大学」「監獄実験」などで検索してみるといいでしょう。人間の精神とか反応を知るための基礎研究は、この頃がもっとも盛んです。

皮肉なことに米ソ(アメリカと旧ソヴィエト)の対立が、急速な科学技術の進歩に繋がっています。心理学の研究や脳内ホルモンについての研究が盛んだったのは、やはりお互いがプロパガンダに利用できないかと考えたり、戦争や兵器に利用できないかと考えたからでしょう。

その当時に書かれた本には興味深い内容が様々にあります。

当時行われた実験で「アイヒマン実験」(これについても各種の本が出ています)と呼ばれる物の検証なども実に興味深い内容です。

第二次世界大戦当時、強制収容所に何万人もユダヤ人を送り込んで死刑にしてしまった「アイヒマン」という人物が「私はただハンコをつき上役の命令に従っただけだ」と裁判で主張したために、多くの人達に衝撃を与えた事件です。

それを聞いて「それが本当かどうか?」「人間として、それが平気でできる物なのかどうか?」に疑問をもった心理学者が、同じような状況を擬似的に作り出し、何人の人が自分の良心に従って実験を中止するか? を調べようとした時期があるのです。

再実験、追実験も何度も行われており書籍も多岐に渡ります。

検証中にアイヒマンと同じように被験者を「殺してしまった」(現実には死んでいませんが)人の「言い訳」職種、年齢や性別などの分類は大変興味深いものです。

子供に対して行われた実験

そういった過去の実験の中で面白い、というか興味深い記述があります。5才から12、3才までの子供を集め、あるフィルム(映像)を見せます。

誰か(力の強い側)が、もう一方(力の弱い側)をいじめたり、虐待しているビデオやフィルムを子供達に見せるのです。

すると、その映像を見せられた子供達は、後で「映像で見せられた行動と」同じ状況をそっくりそのまま再現してしまいます。

身体の小さな子供達や、自分の意志に添わない相手を集団でいじめたり、力の強い方が虐待するような行動をとることになります。

その時、大人達(実験者)は子供達に対し、グループ分けをして何種類かの方向づけを行います。様々な実験がありますが、このケースでは全部で三つに分けて方向づけを行います。

一つのグループには、「何やっているの?」と子供達に問い掛けた後、放置します。

次のグループには理由の正否を問わず「虐めた相手」側に「偉いわね」といってアメなどのご褒美を与えます。誰かをいじめている所は大人が目撃しているのですが、それについて一切口を挟まないようにします。

最後のグループには「どうしてそういう事をやっているの?」と理由を問うた後に「そんなことはやってはダメでしょう」と言い聞かせます。

その後、いじめた側、いじめられた側、両方の子供達から事情を聞き両者で話し合いを持つようにします。大人が一方的に命令してお終いにするのではなく、両者が一緒に仲良く遊べる所まで納得させ関係の改善を計ります。

「どこが間違っているのか?」を丁寧に話して説得し、お互いが話し合うように勧めるのです。

当然ですが、各グループには顕著な違いが出て来ます。

今はもう無理ですね(笑)

現在ではこういった実験は倫理上の問題で行うことが難しいでしょう。いくら実験とはいえ、子供達にわざわざ誤った感覚を植え付けることにもなりかねませんから。

将来に禍根(かこん)を残す可能性が残されるからです。

当時(今から50年以上も前)の実験だからこそできたと思います。

正直に言えば、当時の実験では「目茶苦茶だな」と驚くような内容もあります。監獄実験なんて典型ですよ。トラブルの詳細については未だに公開されていない所もあります。

そこの部分を誇張してes「エス」(2003年3月公開終了)というタイトルで後に映画化されています。

昔の書籍とか資料が面白いのは、それが現在では書けなかったり出来ない部分があるからです。

「行ってはならないこと」つまり、児童心理学や成長の過程で周囲から受ける精神的影響などは、こういった実験や追跡調査によって、少しずつ実証されてわかるようになってきたのです。

大人に「ほめてもらった」と勘違いしたグループや、そのまま大人が「何も言わずに」放置したグループは、いつまでもその行動パターン(いじめや虐待)を止めません。

何度も何度も執拗に繰り返すようになるのです。

子供達にとってその行動が「いけない」とは思っていないからです。放置することは「認めてもらった」事と同じになってしまいます。当然の事ながら、お菓子などのご褒美をもらったグループほどそういった行動は顕著(けんちょ、いちじるしく)に現れます。

逆に理由を考えるように諭し説得を加えたグループの子供達の中には、時折リーダーが現れます。

「そんなことをやってはいけない」「止めようよ」といじめを行おうとするグループに立ち向かおうとする子供がグループ内部から現れることが報告されているのです。

これを聞いて、あなた達はどう考えますか?

行動の認識のパターン

この行動パターンは単に「大人」つまり、「自分達よりも力の強い存在」がとった行動のパターンを子供達が再現(模倣)しているに過ぎません。

いじめを止めようとしたり、やってはいけないと言い出す子供にしても意味が正確に理解できているのではないでしょう。一部は煽動者(方向づけを行った試験官)の模倣(ものまね)に過ぎません。

理由を明確には把握していない。それでも弱いものいじめとか、力の強い側が一方的に誰かを殴ったり虐待する行為に、教えてもらった子供たちは違和感を持ちます。

「いけないこと」を子供達が目撃した時に、その理由を教えて過ちは過ちとして正しいお手本を示せば、その行動は間違いなく正しい方向を向きます。

その時、とても重要なのは子供達が「集団の中」にいる時にそれを指摘することです。

単独、つまり独りきりでいる時にそれを行っても効果は薄いでしょう。同じ目線、同じ年代、同じグループとか「一緒にいる仲間」が必要になるのです。

上からの目線、つまり大人とか方向性を与えようとする試験官とは立場が異なります。リーダーは「大人」が作るのではなく、仲間の中から生まれなくてはならない。

大人とか指導を与える側が「きっかけを作って」子供達から自発的に意見や意思が出るような方向づけを行わなければなりません。

これは命令とは違うのです。

理由を教えず強引に従わせたり、大人が「いじめの目撃しながら何も言わない状態」ならば全てを認めてもらったことになり、弱いものいじめを繰り返したり「コイツにはやっていいんだ」といった錯覚を起こすことをこの実験は示しています。

この実験の結果は、現在の教育の現場の状況、日本で行われているテレビ番組やアニメ等と重ね合わせてみれば、非常に興味深い結果だと思います。

日本でヒットしたアニメで「ドラゴンボール」ってアニメがありますが、アメリカではしばらく放送禁止になっていました。子供が殴り合いをやって血を流すシーンが多用してあるから、というのが停止の理由です。

※この文章が書かれたのは1997年当初です。その後、アメリカでも放送されて人気になりました。

ただし登場人物のキャラクター設定が変更されています。 登場人物は子供ではなく全てハイティーンか成人扱いになっています。それでR指定(レイティングシステム)がやっと外れて放送できました。

ドラゴン・ボールはその後、イタリアや中国でも放送され人気を得ました。

海外、特にアメリカやイギリス等ではそういったことにはナーバス(神経質)になっていますから制約も多い。子供向けのゲームなどでは、血が噴き出すシーンなどは利用できません。

赤い血糊ではなくグリーンとかブルーになったり、映画やゲームソフトでも子供向けには利用できない映像や戦闘シーンもあります。

規制の種類、参照例 レイティングシステム(別名R指定)

RG-12 指定

12歳未満は保護者同伴が望ましい映像です。軽い性表現、差別的表現、宗教や思想的な表現が入っていたり、反社会的要素(麻薬)や惨殺シーン(ホラー含む)が入っている映像を指します。

R-15 指定

15歳未満の観賞、入場を禁止。1998年に日本では以前のR-18から改訂して審査の対象となりました。主に残虐描写・暴力描写が激しいもの「いじめ描写」も審査の対象になっています。

R-15 指定

18歳未満の観賞、入場を禁止。主に成人映画や性的描写、アダルト映像などによく指定があります。直接的に性行為を描くまたはそれを連想させるもの。観客の性衝動や興奮を喚起させることを目的に製作された映像を指定します。要するにH系ですね。

 

現在、行われていることは巨大な実験室のよう

日本だけなんですよ。子供達に暴力的なシーンを見せても何も言われないのは。漫画とかアニメ、ゲームでも多い。ロリコン物とか残虐物も日本は緩いですね。

この文章が最初に書かれたのは1997年です。2017年現在、国際社会からの要請にも押されて徐々に規制は厳しくなってきています。

少年とか少女が刀を持って振り回すシーンも多いですね。モビルスーツという概念やロボットに乗って「少年が戦う」アニメも日本発です。

最初は「遠方で」主人公の子供がロボットを操るだけだったのです。鉄人28号のような・・・。それならば子供には直接被害がない。

鉄腕アトム以降ですかね? 少年風のロボットが出て来てその後、ロボットは大型化しました。

なぜか少年が本体に乗り込むようになって、合体ものや変形ものが増えた。主人公である少年とか少女が「選ばれた人間」「特殊能力を持つ者」として描かれるケースが増えました。

海外では二次元(絵とか漫画、アニメ)だから大目に見るということはなくて、いきなりR指定にされるものもありますよ。子供が暴力シーンを見ることには過敏なのです。

昔のアニメ、パラパラ漫画とかコマ送りで手書きのセル画(昔は全て人力で描きました)を一枚、一枚撮影してた時とは異なり、コンピュータ処理とかエフェクトを入れるようになったので、相当に複雑な映像でも描けるようになっています。

カット割りも構図も複雑ですし、反対に実写では描けないようなリアルな映像も作れます。

3D映像とかゲームにおいては実写以上に凄い戦闘シーンも描くことが可能です。現実との見分けというか、区別が徐々に難しくなってきています。

ロード・オブ・ザ・リングの戦闘シーンなんて凄まじいですよ。私は映画館に観に行きましたが、激しい戦闘シーンになると場内の観客が息を飲むのがはっきりとわかりました。

この時に用いられた3D、モデリングはその他の映画にも使用されています。実写以上に凄まじい戦闘シーンがCGによりリアルに作れるようになった最初の作品がロード・オブ・ザ・リングですね。

※ロード・オブ・ザ・リングも、アメリカではPG-13に指定されています。 ヘルム峡谷の戦いをDVDで復活させた場合にはR(成人)指定を受けるだろうとピーター・ジャクソン(映画監督、元々ホラー映画が得意)がインタビューで語っています。

そういったシーンを子供に見せることを規制するのが正しいかどうかは、今後の歴史が証明するでしょう。規制に熱心な国と、かなり緩い国がある。

数十年前の実験成果とか薬学の研究とかが「現代」に現れるように、今の規制の結果は、同じく何十年後か後の世界に明確に形となって現れるからです。

今やってることそのものが、壮大な実験室のようですね。

背景などから「思考」のトレーニングを

私が「現在を知りたいなら」過去のデーターを洗うように指示する理由の一つですね。未来は過去の積み重ねの上で成り立っています。原因や要因があって結果が生まれるのです。

数十年前の基礎データとか文献を漁れば「現在」がみえます。過去から現在までを辿ることができたのなら、その先の「未来」も推理とか推測が可能になるかもしれないですね。

日本の教育現場においては「なぜ、そうしなければならないか?」を子供達に教えることをしません。「黙って従え!」「そうすればいいんだ」といった考え方が主流となってしまっています。

理由は簡単で「時間がない」「教師が足りない」「効率が悪いから」・・・。

例えばですが、そもそも歴史を教えるのは愚かな過ちを繰り返さないためでしょう。ですから、その時代に戦乱とか他国との戦争が起きたとするならばその裏側、つまり背景を学ぶ必要があります。

飢饉や疫病があったのか? 天候や気象異常、震災があったのか? はたまたただ単に領主や王様が「他国を従える」ことで支配欲を満たそうとしかのかなどです。どちからかというと何の理由もなしに他国に攻め込む人なんていませんよ? 領地も荒れますしお金もかかる。

負けて奪われたり死ねばお終いですから。勝算や利益があったり、国内の不満や領民の目先を逸したり、何らかの具体的な利害関係や目的がない場合はやらないのです。

凄惨な争いや虐殺、捏造とか流言、デマや誤った報道があったのならその理由とか背景を調べて学ばないと意味がないでしょうね。本来なら年号とか記録だけ見せたって学習じゃないんですよ。

ところが「ここは入試に出ないから端折りなさい」「別に勉強しなくていい」と教師には教わります「なぜですか?」と聞けば「必要ないから」とだけ答えるだけでしょう。

疑問を持つこと、関心を持つこと、知ろうとする欲求とか意欲が研究とか勉強の能力を高めるのですが、日本においては、テスト用紙に正解を書き込むことだけが重視されています。

過程や経過、背景を軽視しがちなんですよ。それを説明するために「過去の情報やデータ」「心理学や薬学における基礎研究」が何十年も前の時代に行われたもので・・・。

商売とか生活に、実効性や実用性があるからこそ隠す人が多い、ということを述べたわけです。

単純なお話ですが、歴史でも政治でも経済や戦争でも同じです。背景を学んで「回避行動」をとらなければ、また「同じ弾」には当たりますよ(笑)。

同じ軌道上を同じ船で同じ速度で動いているようなものですから・・・。

はっきりいってしまえば、参考書やアンチョコ本、過去の出題集に書かれている解答だけ丸暗記するのは「人生とか社会においては」殆ど意味がない(笑)。それは過去の解答です。

社会情勢とか趨勢、変わってゆく時代の中では「過去の解答例」「過去の成功例」を用いるだけではうまく行かない場合が多いのです。ですから過去を勉強しながら、未来への舵取り、船の方向性を変える必要が出て来ます。

思考能力の低下、応用力やイマジネーションの無さ

現実の社会においては、問題の解答とか正解よりもその「解答」がなぜ導き出されたかがポイントになります。

情報化社会において求められるのは過去問とかこれまでの数値を正確に覚えていることではなく、その辺りはおぼろげでもいいので「違うアイディアを」思いついたり、提案できることです。

過去の問題とかね。記録とか「アイディア」はネットに載ってるんですよ。それは利益や収益には繋がりません。検索すれば誰でもたどり着くものを幾つ知っていたとしてもあまりありがたがられませんし、仕事や業績に繋げられないのです。

即応性とか柔軟性、応用性が求められるようになっています。

そのトレーニングのために子供達に考える時間ときっかけを与える必要があるのです。

「面倒だから」とか「時間が無いから」は、本来は子供たちのためにもっともやっちゃダメなんですよ。子供の頃にしか感受性とか応用力、柔軟性や思いやりは育ちませんので・・・。

感受性が鋭く、感性や優しさ、独創性が育つ幼少期だからこそ「考えさせる」「誰かが一緒にいて考えてあげる」必要性が出てくるのです。

自分で考えさせて多くの例題とか解答とかに触れさせないとニューロン(脳神経細胞)は発達しませんよ(笑)。初期の頃のままで結びつきが増えないのです。その頃に「周囲の大人たち」が子供たちのために様々なことに触れさせる時間を割く必要があります。

反対に言えば「幼児期から少年期にかけて」きっちり教育を受けたり、誰かから愛情をもらった子供には極端な歪みは生じません。

本来はね。それこそが親とか周囲によって子供たちが受け取れる最大のプレゼントなのです。

子供達にとって求められているのは、解答を「教えてくれる」(押し付ける)大人とか先生ではなく、一緒に悩んだり考えてくれる「仲間」であり「家族」なんですよ。その仲間や家族と集ったり考える機会であり、共に悩んで考える時間、そのための「環境」なんですから。

現代社会では効率とか試験への合否を考えるあまり、色々なことを省略し過ぎです。

最近の若者に読解力とか思考能力がない、と言われるのは、そもそも「そういった機会」つまり、何かに対して真剣に考える時間とか悩んだり話し合う集まりをあまり与えられていないからでしょう。

幼少期に教えてもらってないのに、大人になっていきなりできるようになる訳がないと思います。一度も運動したことがない人にフルマラソンを走れとかトライアスロンをやれって言うようなものですよ?

日本人総ロボット化計画のようですね(笑)。どこかの国の陰謀でしょうか?

ちなみにね、テレビや映画の原作が次々に「漫画」になってしまうのも、カット割りがあるからです。映像の制作現場にいる若手に想像力がなくなって、自力でコンテを起こしたりカメラワークすら決められなくなっていますよ。

先輩とか誰かの「模倣」は出来る。ただしいわゆるアンチョコ本(安易な解答が書いてある本、という意味です)に頼ったり解答の丸写し、年号や歴史の丸暗記で育った人達にはそれを改良したり、自分の言葉とか環境に置き換える能力がありません。

絵を描くのは難しいですからね(笑)。ディレクターやプロデューサー、映画監督を目指すなら絵心も必須です。説明が簡単になりますからね。ところが最近は何の実経験も下積みもなく、いきなり責任者になったりCMディレクターになっているケースがあります。

コンテも起こせませんので口先だけで説明するようになったり、その説明がしどろもどろだったり。しっかりしたイメージが伝わらないので完成映像は監督の頭の中にだけあることになります。

それで怒鳴られたり怒られても周囲はついて行けないでしょう? 結果として「誰にでも一目瞭然である」漫画などが原作に選ばれやすいわけです。

誰かに従うだけ、で済みますか?

「映像は私の頭の中にだけある」というのは、黒澤明のような超大物映画監督だけが行っていいやり方だったんですけどね(笑)。

まったく経験がない人でもマラソンや泳ぎについて語ることはできます。どこかで見たものを参考にすればいいですから。

ただし実体験が伴わないのでリアリティはないでしょう。結局はモノマネとか盗作に終始するしかなくなる。自分で創作したり企画するのではなく、常に盗める新しい相手を探すことになります。

結果としてご本人から読解力、想像力が失われます。効率を追い求めるあまりにその場面とかシーンを「文章で読んで」想像したり理解する努力を惜しむようになっています。

イマジネーションとか想像力とか発想力、表現力を失い、自分で工夫したり考えることをしなくなれば操り人形と同じですよ? そこに自らの意思とか嗜好、工夫は存在しなくなりますから。

「失敗したくない、間違えたくない」だから最初から「解答を教えてもらおう!」「盗もう!」と考えれば思考能力を奪います。ご本人は努力しなくなるでしょうね。

最初から抜け道ばかり教えれば、ご本人が道を切り開くわけがありません。努力しなくてもそちらを通るほうが簡単ですし、手間をかけて何かを探したり作るわけがない。

真っすぐには歩かなくなるでしょう。

簡単で楽だからとか、そっちが近道だから「そのようにしなさい」と親なり周囲に教わって育った人は、自分で道筋を探せません。探すためのトレーニングを詰んでいませんし、面倒な努力や下積みを重ねるなんて「馬鹿馬鹿しい」としか感じなくなるからですよ。

うまくいっている時はいいのですが・・・。突発的な事故とかトラブル、急激な社会情勢の変化とかリストラや倒産などが起こった時に自分がどうしていいかがわからなくなるのです。

何をやったらいいかがわからずに引きこもったり、自暴自棄になって暴れるタイプもいますね。そういう意味も含めると、運動とか辛い経験はまったくしないままに「大人になるのがいいか?」と言われれば、私はそうではないような気がしています。

無理やりにでも歩かせたりね。嫌がっていても何かに挑戦させて経験を積ませたほうがいいのでしょう。ただ単に過保護に扱って「傷一つない状態を」保つ必要はない。それじゃコレクションですよ。

努力して頑張った経験、怪我をした経験、苦労して「何か?」を摘もうとする経験、成功だけではなく挫折を経験をしないままに、年齢を重ねて大人になればどうしても安易な方向に傾きます。

楽して儲けたいから「何かのフランチャイズかシステムに乗っかろう!」とか。そう考えませんか? 何らかの裏道とか抜け道、楽な方向を親とか誰かから示された経験があったらそうしますよ(笑)。

裏口入学などが典型です。親が金を用意して替え玉を受験させたり、大学教授にお金を掴ませたらバラ色の人生が巡ってくると思えば、そっちの道を選びますよ。

昔とは違う社会情勢、大量の情報と携帯端末

実際には甘い話なんて転がってないんですけどね。きちんと警告する人が少ないだけです。商売とかお金儲けをするにはそういった「鴨(カモ)」が多いほうが楽しいに決まっていますから。

私でもこういった仕事(カウンセリングや催眠、心理学)に携わっていなければ何も言わないでしょう。

家族とか親しい友人以外にそこまで親身になる理由が存在しません。

「なにか抜け道、簡単なやり方があるに違いない」とといった安易な感覚が世間には蔓延っています。そういった感覚が増えたのはスマホやパソコンのような情報端末機器の普及、ネット検索の発達、あとは親とか大人たちの教育の問題ですよ。

解答がいつでも簡単に手に入ると勘違いしてしまっていますから・・・。将棋や囲碁、チェスですら自分の頭で組み立てて相手とは戦おうとせず、スマホやアプリ、ソフトウェアで計算してその解答を「対戦、対局の場に」こっそり持ち込めばいいと考える輩までいますから。

それじゃ考える事の放棄であって(笑)。競技でも遊戯でもないですよ。

高性能のパソコンや演算能力の高いスマホ、アプリを持っているものが勝てる競技なんて。金持ちだけが有利になるに決まっています。新たな才能とか努力の入り込む隙間がなくなってしまいます。

学校や家庭においても何かのマニュアルを盲信したり、誰かの用意した道筋、「親や学校の先生が言うことに黙って従えばいんだ!」が多くなっています。

ところがね。最近の子供達は馬鹿ではないんですよ。

以前の子供達(私達の子供の頃)とは手にする情報の量が違っています。膨大な知識と経験をテレビやマスコミ、パソコンや書物「携帯電話」によって一瞬で得ます。20年前(私がこのサイトを開設した時代)との比較でも400倍から1000倍とまで言われているんです。

ある意味で昔は良かったのです。比較対象も情報もなかったから(笑)。子供たちに自分の意見を押し付ける大人は今も昔もいたでしょう。そこの部分に大きな変化などない。

ただし、残念なことに今はネットも検索もある。

携帯だけではなくてね。子供向けに売られているゲーム機にもネット機能はあったりします。私のサイトへの接続もPlayStationなどが入るようになっています。スマホにフィルターや設定かけて安心していても、それをあっさり外してしまうアプリとか情報もある。

生まれた時からネット環境があって。ゲーム機のブラウザ機能でも接続は可能です。ネットゲームて高速タイピングしてチャットやってる小学生だっていますよ?

親達はそれを知らないケースが結構あります。

便利になったり豊かになったことは喜ばしいことですが、反対に若い世代はパソコンを使えば図書館に行く必要や辞書を調べてめくる手間すら要らない。

昔なら「それ」(大人が信じる価値観、例えばいい大学を卒業すれば人生はバラ色だ、など)について疑う余裕すら無かったでしょう。確認する方法もなかった。ただがむしゃらに勉強して塾に通い、学歴とか進学校にしがみつくだけでよかった時代もあります。

今は無理なんですよ。終身雇用制度は崩れていますし情報は調べられる。会社の言いなりになることでリストラされたり、贈収賄で逮捕される例もたくさん載っていますよ?

日本航空、東芝やSHARPが倒産したり東京三菱UFJ銀行銀行が既存店舗を縮小して9500人をリストラする時代に。いい大学さえ出て一流企業に就職さえすれば「人生は安泰だ」という親たちや学校の先生の説明は説得力がありますでしょうかね?

誰かの命令に諾々と従うだけで、そこそこ幸せに暮らせた時代とは明らかに異なってきています。

私が「何かに迷ったら昔の書籍とか新聞記事の引用を読め」というのは、そこに未来予想図があるからです。昔の推測、心配した記事や内容と「今現在」を比較すればいいんですよ。

「心のプリズム」などが書かれたのは45年も前です。今が現実です。当時の科学者とか新聞記者が心配したことは、当たった部分もありますし杞憂で大外れだったものもあります。

今を悩むより過去からのデータや書籍などを確認すること。そうすれば自分なりの道筋とか未来像、将来像を描くことも可能になります。

子供たちが持つ、不安感の原因

漠然と「そのほうが幸せだから」とか、ただ黙って「従え!」と高圧的に迫った所でダメなんですよ。現在のようにスマホなどが発達し誰でも簡単に巨大なデータベース、検索エンジンに接続することができる。

そういった高度な情報化社会で育った世代には明確な同義付け、はっきりとした目標が必要です。ただ単に「いい大学にさえ行けば後の人生が安泰だ」などは誰も信じなくなりつつあります。

高学歴で良い学校を出たはずの人がリストラされたり、ドロップアウトして犯罪に手を染めたり人を傷つけて逮捕されている事例も数多くありますから。

はっきりとした理由とか意味も教えてもらえず、漠然とした不安感を持ったまま猛然と勉強に励む子供など少ないでしょうね。

幾つか実例をあげましょう。

電車に乗れば、酔い潰れている大人を大勢見ます。塾の帰りとか買い物の途中でも見るでしょう。

家に帰れば不況でリストラにあったお父さんや、仲の悪くなった両親を見ることがあります。それらは現実問題として、彼等に自らの将来の選択や不安感に対する答えを求めるようになるのです。

不倫問題とかね。報道する側は気がついてないかもしれないですが、本来ならああいった報道は子供たちには見せてはいけないものですよ。ところが、それがトップニュースになってTwitterのタイムラインやスマホ、ネット関連サイトでもバンバン流れる。

子供がいて保育園に預けてるはずの女性議員が既婚者と遊び歩いていたり。不倫男の自家用車の中にベビーカーが乗せてある写真まであります。

それ、子供たちの母親の世代ですよ? それみて何も感じないと思いますか?

友人の家族や先に卒業した先輩の現在の状況を聞くこともあります。

「お父さんが失業した」ことは他人事で「あいつらのようにはならない」「あいつらは落ちこぼれで社会の落伍者だ!」と笑い飛ばせる内はいいですが、いつ自分がそうなるとも限らない。

実際に自分が目にする光景とかスマホのニュースに解答があったり、友人や先輩の家族が行方不明とか倒産で引っ越ししてしまったり。社会に失業者とか行き場のない人の数が増えてくれば、それらは決して他人事にはならないのですよ。

子供達の周囲には膨大な量の情報が溢れ、その中から現実を感じ取ってしまうのです。

意図的に得るものも、無意識に拾ってしまう情報もあるでしょう。どちらにしたって不安感は増しますよ? 何も考えずに妄信的に親にとか教師、大人たちの言い分に従おうって気には絶対にならない。

社会には大嘘つきがいっぱいいて(笑)。不倫や浮気、善意で集められた義援金すら誤魔化したり、大手企業でもデータ改ざんで報道されたり、贈収賄で捕まってるのがいっぱいいるから。

「こうすれば幸せだ」と道標を描いている筈の教職員ですら、盗撮や淫行で捕まってるのがいます。

それを毎日のように見せられたら迷いもしますよ。誰かが一緒になって考えてくれたり、家族とか仲間とか同級生と話し合う機会があって、自分なりの解答を導き出さない限り目標を見失うでしょう。

締め付ければそれですみますか?

やーっと本題ですが、あちこちで学級崩壊とかいじめが叫ばれています。

子供の頃から我慢とかなぜ教室で暴れてはいけないか、集団生活の意味とか「いじめがなぜいけないか?」などの意味を教えてもらわなかった子供が、いきなり規律正しく暮らせる筈がないでしょう。

子供の頃、兄弟や祖父、祖母のいないままに育った子供達も多いのですから・・・。核家族化が進んだと同時に、社会全体や大人が「子供たち」に割く時間が明確に減っているのです。

忙しかったりね。仕事とか残業もある。生活を支えるために共働きの家庭も多いですし、教育費も膨大です。我が子にきちんと教育を施し、いい学校に行かせるために頑張れば「子供と過ごす時間が減ってしまう」というジレンマを抱えています。

親から叱られたり、理由を教えてもらわなかった子供が、大人(先生)のいいなりになる筈ありません。まして最近は人権問題がうるさくなったおかげで、大声で叱ったり叩く事も禁じられています。

先生の優しい言葉だけ急に大人しくなりますか?

子供が暴れて授業にならないのなら懲罰や防犯カメラのような監視体勢を強めれば何とかなる、と思い込んでいる父兄や教育関係者が多いようですが・・・。

事はそう簡単ではありません。

なぜならば事勿れ(ことなかれ)主義で、「卒業さえしてくれればそれでいい」とか「勉強さえすればいいんだ」といった感覚を親や教職員、学校関係者や大人たちが持ってしまっているからです。

我が子でもない子供たちのために職を投げ打つとか真摯に行動する学校の先生なんて。近年じゃ絶滅種ですよ。最近じゃ漫画の中にくらいしか存在しません。モンスターペアレントも表面化していますが。人権を盾にとって暴れる父兄や保護者が現れたら。

波風を立てずに自分の任期中だけ、平穏無事に過ごせればいいと考える人達も増えてしまいます。

教室で暴れたり、誰かを虐めてもどこからも注意を受けない。「なぜ、それがいけないか?」を一緒に考えたり叱ってくれる大人や枠組みが減った結果、こういった問題は持ち上がってきたのですから・・・。半端に防犯カメラや監視体制を強化したって隠れて繰り返しますよ。

昔のようにガツンッと殴る教師なんていない。理由の如何を問わず「暴力を振るう教師なんて許さない」といって訴訟になります。懲罰や罰則がなく、未成年だからと無条件で庇われていることを当のいじめっ子、悪質な行為を行う連中が十分に把握しています。

なのにどーやって止めるんですか? 少年、未成年者用の刑務所でも作って放り込みますか?

「やってはいけない」理由を教わってないのだから、それに従う必要もない。

「es」実験結果と同じですよ。「大人が見てみぬフリ」とか子供たちを放置してきた結果、そうなっているんですから・・・。修正には多大な時間がかかります。

ホームページを持った初期の頃(1997年にホームページは公開開始)から、私はずっと同じことしか言っていません。

「何が正しいか?」「何が間違っているか?」を絶対的な存在(先生や親、広い意味では大人)が「子供達に押し付ける」必要はありません。本来なら大人が神のように振る舞う必要はないのです。

ひとりひとりで、自分達にできることを

「なぜ、それが間違っているのか?」「どうすればいいのか?」を一緒に考えたり悩んだりしてくれる役割の大人がいるのですよ。それもできれば子供が小さくて価値観の固まっていない頃に。

求められているのは「接してくれる大人で、一緒に考えてくれる仲間」そして家族です。

本当はですね、子供達は明確な正解を教えてくれる大人を求めるのではなく、自分と「一緒に悩み考えて側にいてくれる人」を求めるのです。温かみがありますからね。

正解なんざ、本当は誰にもわからない。正解を答えようとか「正解を知ってる!」と思い込むのが本来は誤りで大人の勘違い。大人(親)にだってわからないこともたくさんあります。

求められるのは「一緒に考えよう」という姿勢を貫くこと。

現在の状況は起るべくして起った状況です。

付け焼き刃で今さら急に監視体勢とか体罰を強化した所で、結局は陰湿ないじめや虐待、もっと巧妙に立ち回ろうとする子供達が増え、状況を更に悪化させるだけでしょう。

子供達が選ぶ解答とか未来が、確かに「間違っている」かもしれない。それでも自分で選ぶんです。

選択肢を用意してご本人に選ばせてあげること。選択はその人個人の意思の力で行われねばならない。たとえそれが我が子のことを真剣に心配する親で。子供のために用意されたものであったとしても、それは結局はその子の成長の妨げとなるでしょう。

話し合う機会とか考える時間を「子供達に与える」ことこそが、大人に科せられた義務です。そして、出来ればその選択時に「誰か大人が一緒にいて」悩んだり考えてあげることです。

時間がないから「お金を渡しておこう」とすれば、当然、子供は「お金さえあれば何だって許されるんだ」といった感覚が生まれます。

それを後からどうやって否定するのですか? 援助交際という言葉が生まれて久しいですが、お金さえ与えておけばいい、と思った大人たちの弊害ではないですか?

お金だけ与えて子供を振り返らない、時間を割かない親が増えることは結局、「お金のためになら何だってやっていいし、誰を犠牲にしてもいい」ことを大人が身をもって教えていることになります。

身体は私のものだから「売るのは自由だ」になりますよ? お小遣いや遊ぶ金が欲しくて親たちが一緒にいない。どこで何やっててもバレないなら「おじさん相手に身体を売ろう」にもなりますよ?

会ったこともない第三者に身を任せることの怖さ、家族に内緒で会いにゆく愚かさを知らないのですから。同級生がそういった行為で大金を稼いだと聞かされればその気にもなってしまう。

子供を騙すのなんて簡単ですよ? 相手の言い分とか嘘を信じ込んでしまえばTwitterやメールで誘い出されて殺されることだって起こります。すでにトラブルに巻き込まれている人は大勢いるのですから。

忙しいのはわかっています。生活が大変なのもわかります。ですが、今の日本において餓死するほど生活に困っている人は何人いますか?

子供の幼い頃に時間を割かないことは将来に禍根(かこん、わざわいの種)を残すことになるのです。子供にとって親はその人しかいないですし、価値観とか精神的な豊かさはその時期(幼少期、思春期)にしか伸びないのですから・・・。

豊かさの意味はどこに?

極端に言えばね、多少、飢えたり不自由な思いをしても父親や母親にいて欲しいと思いますよ。父親や母親の愛情はどんなご馳走よりも勝るのです。

寂しいものは寂しいんですよ。聞いて欲しい時に聞いてもらえず、話を聞いたり時間を割く代わりに「お金さえ」与えておけばいい、ということを繰り返せば子供は親を必要とはしなくなります。

それが物欲からひったくりや売春、盗みを繰り返す子供が増えた理由でもあるでしょう。

「お金だけを与え続けていると」金づるとか餌をくれる相手としては子供は親を認知します。ただし、それだけでしょう。

誤解する人は多いですが。人間が飼っている犬や猫、愛玩動物であるペットであっても「餌をくれる人」=「飼い主とかご主人様」にはなりませんよ? 散歩に連れていってくれたり、ブラッシングをしてくれたり愛情を持って話しかけてくれる人を家族とか仲間、群れのリーダーとして認知します。

ずーっと家を留守にしていたり。帰ってきてもろくな会話もなかったり。家族で触れ合える時間やその手間を惜しめば、それはその群れの一員ではなくなってしまいます。

お金を稼いでいるとか、たまの休日で疲れているではなくてですね。どんなに面倒だったり疲れていても、時間を割いて子供たちに接しないと。仲間だとは認めてもらえなくなるのです。

外敵や他の犬に噛まれそうになったり、近所の子供たちに苛められそうになった時に庇ってくれるのがご主人様であり群れの長(おさ)です。散歩に連れ出してくれたり、寂しい時に甘えさせてくれるのがその群れのリーダーで飼い主ではないでしょうか?

ペットですらそうなのですから・・・。もっと高い知能を持つ人間の子供たちに餌とか遊び道具、ゲームさえ与えておけば、親の言うことを聞いたり良い子に育つと思いますか?

懐きませんよ。種付けをしたから男親じゃないですし。産んでやったから母親でもありません。手間と時間をかけ、愛情を注ぐから親子関係は定着します。

日本も少し昔までは貧乏で食べ物がなかったのかも知れませんが、子供たちが「ゲームを買いたいから」とか「あのバッグが欲しいから」といって、ひったくりをやったり、見ず知らずの男性に身体を売るような行為が横行したでしょうか?

あまりなかったと思いますよ? 物欲が支配しているというよりは倫理観が下がっているのです。

数十年前、戦後の貧しい頃に米兵相手に身体を売る日本女性をみて「貧しいからいけないんだ」と涙を流した心理学者がいます。その当時、日本が豊かになればこういった行為(売春等)は無くなる、と本心から思ったそうで心底、撲滅を願ったそうです。

引用した朝日新聞(心のプリズム)などの書籍にもそう記されています。

ですが、現実には無くなるどころか増えてしまっています。私には物質的な豊かさを求める余り、日本が何かを置き忘れてしまったような感覚があります。

私個人の推測としては親や教師、広い意味では「大人」が、子供達と触れあう時間を持たず「考える」機会を与えることをしなかった結果が、現状を招いていると考えています。

誰とも触れ合う機会を持たなかった子供が次の世代で親になっています。おじいちゃんおばあちゃんと同居はしておらず、子供にどう接したらいいかもわからない。

その親たちがPTAや学校行事に参加した時に、協調性やモラルを求めてもそりゃ難しいですよ。自分たちはモンスターペアレントになった、なってるつもりなど毛頭ないのですから。

経験のない世代が、手探りで教育に関わる状況になっています。

義務と権利は表裏一体のもの

そういう環境で育った「今の親達」そして「教師たち」が、何も教わっていないんですから・・・。

子供たちの管理が行き届いたり、自分の子供に厳しくしつけができるわけもないでしょう。

おまけに過去の義務教育の中で半端な平等意識や「お手々繋いでゴールイン!」のようなゆとり教育を受けています。

自分たちの権利ばかりを主張し、「私達の人権を法律や国が守るべきだ」との価値観を植え付けられた人達は義務なんて放棄しますよ。何を与えられたとしても感謝などせず不満ばかりが募ります。

本来なら努力しないと得られないものの筈なんですけどね。何の努力もなく収入もろくにないのに「最高の教育と環境を寄越せ!」と怒鳴っても得られるものではないですから。

なぜか、日本にはその手の人達がいます。世界各国から比べれば識字率も高いですし学校給食もあり、誰もが当たり前のように学校に通えますよ。

宗教による差別、肌の色や国籍で公立校を分けるとかもありませんし。海外のように治安が悪いからとか宗派や人種によって攻撃を受けるから自宅待機といったことも日本では行われていません。

子供の頃に親から叱られていない。何が間違っているかを学んだり考えた経験がない。自分が恵まれているとの感覚がない。ですから「自分にないもの」ばかりを数えますし、常に不満ばかりを口にします。

そういった人は自分の不遇の原因は社会とか政府とか自治体や「国にある」と考えます。

モンスターペアレントと呼ばれる一方的に権利を主張し、学校や自治体、他の保護者に責任と義務ばかり負わせようとする感覚は、そういった過去の教育や環境から生まれてくるのです。

いきなり、どこかから沸いて出てきたのではない。種は随分と前に蒔かれていますよ。

先の実験の例を参考にしてもわかるでしょうが、大人がいない状況、何も指示しない状況で「見てるだけ」の状況が長く続いた場合、子供は自らの価値観で「これでいいんだ」と思い込んでしまいます。

自分なりの価値観が先に定まってしまうんですよ。

そういう状況で長く放置しておいて、子供が荒れ出した途端「親(先生なども含む)の言うことを聞きなさい!」「社会に迷惑です!」と高圧的に迫ったり、殴りつけた所でそれは通らないでしょう。

教室や学校の監視体制や罰則を強化する以前に「親も含めた家族全体を」見直す時期にはいっています。指導や教育が後手になればなるほど、修正とか行動の抑制、感情の爆発は防ぎにくくなります。

できれば、もっと子供の話を聞いてあげて下さい。一方的に怒るとか叱るのではなく、少しでいいですから時間を割き子供と一緒に悩んであげて下さい。

本来はね・・・。「ただ一緒に遊ぶ」だけでも、何かが出来た時に「きちんと褒める」だけでもいいのです。その一見すると「くだらない時間」こそが子供達にとって必要な時間であり宝物なのですから。

答えは結局、子供自身が見つけます。私達がそうであったように子供はそうやって大人になって行くものです。幼い時期に一人きりにしないならば、その後は自分で成長し自分で学ぶことができます。

その過程の中で、精神的、肉体的に幼かったり定まらない時期は大人の手助けや環境整備、「誰かが側にいてくれること」「一緒に悩んだり考えてくれること」が重要なポイントになると思います。

難しくとも子供と接する時間を確保する努力を・・・。

求められているのは「正解を教えてくれる大人」ではない。悩んでいる時に「一緒に考えてくれる大人」「助けようとしてくれる仲間、家族」なんです。

側に居てくれる人を求めなくなった時点で、すでに子供ではありません。実年齢が何歳だろうと関係ないですよ? 差し出す手はもう必要ないのです。そうなったら関係の修復は極めて難しいでしょう。

後になって手出ししてくる大人や親は迷惑な邪魔者に過ぎません。

宝箱を壊してしまってから慌てても元には戻りませんよ。種を撒けば収穫の義務も生じる。あなたのお子さんが荒れて虐めやトラブルを引き起こすようになって、売春や窃盗、挙句に殺人や麻薬に関わるようになってからでは遅いですよ。

私には現在の教育の現場で起っている問題を聞くと、子供達の悲鳴が聞こえるような気がします。

このコーナーの初稿は1998年に書かれています。年数が経過しましたので2017年のサーバー移転の際に、読みやすいようにレイアウトと一部に加筆修正を加えてあります。

1997年05月01日 初稿

2017年12月13日 加筆、修正

谷口信行

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