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催眠って、なんなの?

2009/12/21改訂
1997/06/00初稿

応用方法や利用方法を考える

よくわかっていない部分もある

催眠ってなんなの? といわれると、研究者であっても正確に答えられる人は少ないと思います。

「一点をじっと見つめることによる視野の狭窄(きょうさく、せばまること)から起こる意識の集中と、それにともなう自己(自我)の喪失と精神状態の変化」などと言われても、何のことだかわからないでしょう。まるで呪文のようですね(笑)。

実は専門家にも催眠現象はよくわかっていない部分があるのです。いろいろと研究は進んでいますが、もっぱら利用方法についてがほとんどでしょうね。

「なぜ、催眠現象が起こるのか?」という部分になると個人差があったり、同じ人に催眠をかけてもその時々によってかかり具合がちがってしまったり、と個体差やばらつきが大きいため、分類や分析が難しいのです。催眠の結果は千差万別です。様々な推測や研究は成されていますが、それら全てに完全に答えられる人はいないのです。

人が催眠状態やトランスに陥る(おちいる)または、意図的に入るのを説明するために様々な推測はは可能です。

子供の頃のトラウマや家庭環境、教育や社会習慣に答えを求める研究者もいますし、心臓の音、ドラミングや音楽にヒントを求める者もいます。男女の差や年令、性格、脳の構造やホルモンのバランスなどから違いを見つけ解明しようとしている人もいます。

そのそれぞれに解明の糸口はあるのでしょう。

私個人の意見としては「催眠って何?」ということに、あまりにこだわる必要はないように感じます。私達が気がつかないだけで、生活の中に催眠や心理学の応用に当たるものはたくさん存在するからです。

心理学の応用、催眠や真理誘導のテクニックはデパートの中やコンビニエンスストアにも、電車や広告の中にも様々な形で存在します。

※それらについては私のサイトを読み進めればわかってくると思います。パーソナルスペースについてやラマーズ法についてなど様々な紹介を行っています。

いわば理論よりも現実が先になっているのですよ。

宗教儀式の中には昔は心霊現象だ、と思われていた物がたくさんあります。近年になって研究が進み、それらの幾つかの現象は催眠の一種(トランス状態)ではないか? と考えられるようになったものも数多くあります。

こだわり過ぎるより利用方法

アメリカやヨーロッパの先進諸国では、催眠が何であるかというより、それが何に利用できるかを考え、積極的に取り組んでいます。

たとえば交通事故などに巻き込まれた際、ショックから相手の顔を忘れてしまったり、相手の車の特徴、ナンバーなどを覚えていないなどということはよく起こります。そういった場合においても催眠は大きな成果をあげているのです。

催眠を用いて精神的なトラブルの原因を探ろうとしたり、禁煙を行う際にニコチンの依存性を弱め、意思の弱さを克服して励ます材料としたり、ダイエットや行動抑制に用いるなどの利用が行われています。

催眠現象がなぜ起きるのかもまだ解明はされていません。被験性(非暗示性)にどうして個人差があり、場合によっては同じ人であってもかかったり、かからなかったりするのか?などについては、もうしばらく研究の成果を待たなければならないでしょう。

催眠現象を誤解して真贋(嘘かホントか?)にこだわりすぎて、正しい利用方法や知識の普及を考えないなら片手落ちでしょう。

催眠の応用方法や心理学の一部の知識や技術を変型して、お金儲けや自らの営利や欲望を満たすために悪用しようとする人達もいます。例えばカルト宗教やマルチ商法、集団で高額な商品を押し付けたり、セミナーと称した合宿で強引な勧誘、洗脳行為を行う連中もいます。

そういった連中をけん制したり、家族や友人を守るためにも知識は必要なんですよ。技術の勉強、利用方法や応用を学ぶ姿勢を忘れることがあってはならない、と思います。

催眠の歴史と現実

催眠の歴史は古く、人類の発生と共にあったといっても過言ではないでしょう。

催眠をかける方法は大きく別けて三種類になります。すなわち、

  • 1.音や光を使う方法
  • 2.触角による方法
  • 3.文章を読むことや、話しかけるなど、言葉を使う方法

に別けられると考えられます。

太古の昔は、狩猟のおりに捕れた獲物や収穫を祝って、集団で火を取り囲んで何かの音(太鼓や何かを叩く打撃音など)に合わせて、踊ったり舞ったりしたそうです。

それらの一部は現代においても「祭り」という風習として残されています。

トランス(自分を忘れ、忘我の状態に至る)という意味を考えるなら、祭りや宴会などにおいて、大勢で踊りながら「我を忘れる」なども、集団催眠の一種と考えてよいでしょう。巫女さんが神託を受けるため、お寺で護摩を焚き長期に渡って勤行を行うのもトランスへと自らの精神を導く手法とも考えられなくはないのです。

その場所が現代においてはクラブやディスコなどといった現代風の名前に変貌をとげようと、「音と光」に引き付けられ、そこで大勢が集い、踊りながら我を失う光景は、太古の集会の姿、踊り狂う民衆の風習とあまり変わっていないのではないでしょうか?

人は時折、全てを忘れたいんですよ(笑)。

忘我(自我を忘れる)だけではなく、神とか大きな意識に触れるためにトランスを利用することがあり、トランス(催眠)は各国の宗教とも密接な繋がりがあります。

  • 子供の頃の「おまじない」

現代においてトランス状態(催眠状態)をつくり出すには、全部の要因(光と音、接触など)を複合的に組み合わせて使うことが多いと思います。

催眠状態や催眠におけるテクニックを、あまり複雑に考える必要はありません。一種のおまじないというか、言葉や他人との触れあいの中にもその一部を垣間見ることができます。

皆さんは子供の頃、こんなことがなかったでしょうか。

あなたが子供の頃、外に遊びに行っていて道で転んでしまいました。膝をぶつけて痣を作ってしまいました。痛くてたまりません。

「痛いよー」

と、あなたが泣きながら家に帰ると、お母さんが、優しくあなたの膝にてを当てて、

「痛いの痛いの飛んでけー」

といって、膝を優しく摩って(さすって)くれます。

するとなぜだか不思議に痛みが和らいだような気分になり、泣きやんだり、元気に遊びに行ったりしたことはなかったでしょうか?これなどは、子供を安心させる「言葉」と、優しく触ってくれる「触角」からなる「催眠」(暗示といってもよい)にかなり近いものです。

「おまじない」は漢字で書くと「お呪い」(御呪い)になります。祝詞(のりと)などに象徴される呪(のろい、本来は神からのお告げ)にも繋がります。

※呪いはマイナスのプラシーボなども参照

催眠(広い意味では暗示)とは決して複雑で難しいものではなく、昔から当り前のように私達の生活の中にあったのです。

催眠の歴史と現実

催眠は生活の中にあったのですが、「催眠」という言葉ではなかったのではないでしょうか。例えば原始の時代、薬や医療といった概念のない頃は世界中で「まじない」などに似た行為は広く行われていたと思われます。

シャーマンや巫女、神に仕える者は古代から世界各国に存在します。占いや詔(みことのり)、託宣(神からお告げを賜る者)は世界中に伝承として残されており、その時代時代を動かす原動力や道しるべともなっているのです。

現代における薬(投薬)や医療も、もともと人間の持つ抵抗力を高めることにしか役に立ちません。残念なことにウイルスを殺すことに成功した薬はなく、あくまで補助的な対症治療法に過ぎないのです。

皮肉なことに日本の催眠の技術が発展をとげたのは、戦後間もない頃といわれています。物資や薬などがまったくなく、助けてあげられるはずの患者さん達に何も行うことができず、多くの怪我人や病人、患者が救う術もなく死んで行きました。

手を拱いている(こまねいている)しかなかった医師達がある発見をしました。普通、常識では考えられない重傷を負っている患者の中に痛みをまったく感じない人達とか、恍惚とした表情を浮かべた人達がいることを発見したのです。

痛みを感じない、ということは長時間にも及ぶ手術やそれに伴う痛みにも耐えられることを指します。心因性のショック症状を起こして命を失ったり、暴れて多くの出血をすることがなくなるからです。

「これを治療に利用できないか?」と考えた人達がいます。

「なぜ痛みを感じず、恍惚とした表情をしているのか?」をそれぞれが調べ、考えるうちに周囲の話しかけ方や対応に、痛みを感じなくさせるヒントがあるのではないか?と 推測して治療に用いる人達が現れたのです。

そういった現象(大怪我や事故にも関わらず恍惚とした状態で痛みを感じない)が起こるのは「死なずに助かった」ことに対してホッとしてしまい、一種の現実感との隔離が起こるのではないか?と考えられています。

大きな事故に遭った直後、自分の命が助かったことに感謝している間には一種のショック症状のような状態になってしまい、現実感を失います。何を話しかけても頷くだけしかせず、何時間も場合によっては何日間も記憶がない場合もあります。

傷を負って「痛い」という感覚よりも自分が死の直前に迫り、逃れられないと思った恐怖が遠のいたことに意識がマヒしてしまい、現実感を喪失して痛みから遠のくのです。

死なずに済んだという安心感、そしてそれを周囲が助長する働きかけ、つまり「痛くないぞ。すぐに助かる!」となどと話しかけることで、更に痛みを打ち消し、恍惚感を引き起こすことができるのではないか、と考えられたのです。

脳内物質

何かと話題にのぼり研究が進んでいる脳内麻薬とも、どうやら催眠は深い関係がありそうです。

「幸せだ」と感じたり、何かの危険にあって「助かった」と感じる場合、安心して「ホっとする」場合など、人間は緊張がほどける時、脳内には大量のエンドルフィンが分泌されます。

逆に危険を察知したり恐怖を強く感じた場合、人間の脳内には大量のドーパミンや、ナノアドレナリンといった強力な物質が分泌されます。

ドーパミンなどの分泌を抑え、エンドルフィン優位に脳内物質が傾けば、一種の麻酔と同じ働きをする筈なのです。すると、痛みや苦痛(精神的な痛み)は遠のきます。エンドルフィンは麻酔物質、幸せホルモンと表現されることもありあmすね。

実は同じ脳の中から感情の働きによって分泌されるとはいえ、ドーパミンは強力な毒性を持っています。

ドーパミンは急に身体を動かさなければならない状態、つまり自分に危険が迫った場合、例えば車が飛び出してきたり、上から危ない何かが落ちてきた際などの場合に強烈な刺激を与えて身体を動かすために必要になります。

「避けるんだ、逃げろ!」といった指示を強く打ち出す場合、快楽物質とか幸せホルモンと呼ばれるエンドルフィン系では役に立ちません(笑)。

痛みや現実感は遠のきますが、そのままニッコリ笑ったまま上から落ちてきた鉄骨に押しつぶされることになってしまいます。ですか、毒をもって毒を制す、じゃあありませんが、強力な刺激でもって全身に「動け!」との強烈な指令を与えるのです。

ただし、いくら危険から身を守るためとはいえ毒は毒でしょう。いつまでも出しっ放しという訳にはいきません。ですから、毒を中和するために後で大量のエンドルフィンを必要とするようになります。

ドーパミンもエンドルフィンも状況に合わせて分泌が起こります。どちらか一方に傾くと弊害がありますから、その両者のバランスが重要になるのです。

催眠中も誘導の方向性によって脳内には大量のドーパミンやエンドルフィンが分泌されることが知られています。ドパーミン優位に働けば幻覚を見たり、感情の昂揚感が得られます。エンドルフィンが優位に働くと多幸感が得られ、痛みなどは遠のきます。

それを意図的に行うことで生還率を上げたり、痛みを打ち消し、ショック症状から患者を守るために過去から利用されてきた訳ですね。

言葉には力がある

「おまえは助かったんだ! もう大丈夫!必ず助かる」

とか、「痛くない! すぐに家に帰れるぞ!大丈夫だ」

などと、誰でも一度は映画やテレビドラマの中で医者が患者に訴えかけるシーンをご覧になったこともあると思いますが、あれは冗談やフィクションの世界ではなく、現実に医療の現場で行われている励ましの言葉です。

そういった言葉をかけることで気力を無くして死んでしまう人などを支え、出血性のショックを押さえます。精神的な励ましになり「暗示」としての効果を持つのです。

専門家である医師が「助かるぞ!」ということは、患者にとっては特別な意味を持ちますし、母親の「おまじない」とはまた違った効果がありますよね(笑)。

これは今も医療の現場で行われている、ある種の催眠(暗示)だと思われます。

「言葉」は、ただの言葉かも知れませんが、現実には相手を活かし助けるだけの力が内包しています。

タイミングを捉え、効率的に用いるならパワーとして確実に効く場合もあります。家族を亡くし恋人に振られたり、何かを失った時、何の気なしに第三者がかけた言葉が励ましとなる場合もあります。

要はどんな道具も使い方次第ということです。

我が子に「おまえはダメな奴だ」などと言い続ければ本当にダメな子供に育ってしまうかもしれません。お母さんが手で擦り、「痛いの痛いの飛んでけー」で痛みが止まるものなら、反対に「ダメな子だ!」と高圧的に言い続けることがその子の個性とか可能性を刈り取ってしまう「暗示」となる可能性もあるんです。

「催眠」つまり広い意味で捉えれば「暗示」とか「言葉」は、人間それぞれに備わった能力であり、秘められた力強いパワーなのかもしれないですね。

言葉も音楽や文学、詩や芸術も一種の道具、暗示や励ましに使えるツールと考えていいでしょう。催眠、という現象を考える時、言葉の意味や使い方、人間の心因反応を知る必要があります。

皆さんも言葉の持つ意味と力を考え、その意味を浅く考えずに正しく用いましょう。言葉は他人を貶めたり中傷したり、悪口を言うのにも使えますが、反対に多くを支えることもできるのです。

自分自身を励ましたり家族を支え、社会を導く道具としてより良い方向に用いて下さい。

※「痛いの痛いの飛んでけー」などの事例を催眠現象を理解する一部として、私がこのホームページに公開したのは1997年です。わたしの開業当時の文章で、このホームページでもっとも古い記述ですね。

テキストにも同様の記述があります。物まねジジイ、前田某が言ってるのはそれのパクリです(笑)。

1997年06月 初稿

2009年12月21日 加筆、修正

谷口信行

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