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他人との心の距離の不思議

2009/12/17改訂
2000/11/15初稿

カリスマ店員の秘密

おや、どっかでみたような・・・

※この文章が最初に載せられたのは2000年11月頃で当時は東京に住んでいた頃です。少々、古い記述になりましたが思い出に残してあります。

東京で仕事するようになってから、渋谷に買い物に行くことがあります。

109(東京にある有名なショッピングモール)にたまたま入ったんですが、ギャル系?っていうんですか? 何か、派手めの女の子が、わんさかいる所に迷い込んでしまいました。

そこで、不思議な違和感を感じました。

各店舗に大勢が集まっておりかなりの賑わいです。今どきの雰囲気というか、派手めのカッコの女性や服装に気を配った若い女性が多く、スタイルのいい女の子も 多い。見ていて「東京らしいな〜」と感じますね。熱心に勧めている店員や商品に見入っている客がいるかと思えば、ただの冷やかしというか暇つぶしのお客さ んもいます。

(どっかで同じ光景をみたような・・・?)

ギャル系っていうのではなくて、同じような風景、人の集まっている感覚を味わったような気がしたのです。

(そうか! 秋葉原だ!)

私は電気屋街、それも特にパソコン関連のグッズや周辺機器をよく探しに行くんですよね。その時に感じる感覚とかなり似通った雰囲気を感じ取ったのです。

集まっている集団の雰囲気は正反対です。かたやギャル系(この表現、合ってますか?)で、反対はオッサンか、オタク系(?)です。

なのに両者には共通する雰囲気があります。何だと思いますか?

店員の対応とかお客さんの反応に、似通った雰囲気を感じ取ったのです。

109を眺めて「ここはコギャルの秋葉原だ!」などと勝手に考えているのは、私くらいのモンですかね?

一時流行った「カリスマ」って言葉

カリスマって言葉、聞いたことがありますか?私も時折、「催眠術界のカリスマ」とか、「催眠術界のブラック・ジャック」など、ありがたくもない肩書きを、番組とかあちこちで勝手につけられたりもしますが・・・。

私がお願いしているのではなく、インパクトを求める番組関係者が勝手にそう煽るんですよ。故、手塚治虫大先生に怒られそう。

※ブラック・ジャックとは、私が子供の頃に流行ったすご腕の無免許医師が様々な困難な手術、人間模様に挑む漫画です。

医師(漫画家でありながら医師免許をお持ちでした)でもあった故、手塚治虫氏が原作を手がけ当時の少年雑誌(少年チャンピオン)で連載されていました。

この文章を書いた2000年にはアニメの放送などは行われていませんでした。2003年にアニメシリーズとして再開されています。宇多田ヒカルさんが声優として参加したweb配信も行われています。

カリスマ、という言葉を辞書で引いてみると、

  • 1.予言や奇跡を行う超能力
  • 2.社会秩序支配の類型の一つ。神秘的、非合理的権威に基づく支配。カリスマ的支配 (旺文社 国語辞典より抜粋)

英文ですとcha・ris・ma《カリスマ》

民衆を魅きつける強力な指導力や人間的な魅力 (研究社 ライトハウス英和辞典より参照)

私は以前、権威についてもこのホームページに書き綴ったことがあります。

新説「ダースベイダーの育て方」ってコーナーで、権威と権力の違いという文章を載せています。良かったらついでに読み返して下さい。

本来はこの言葉、キリスト教(旧約聖書)における用語(らしい)です。ヘブライ語(古代、ギリシャ語)では「恵み」とか、「無償の贈り物、賜物」を意味する言葉です。英語でもドイツ語でも発音は同じくカリスマとするようですが・・・。

カリスマという言葉は、マックス・ウェーバー(カール・エミール・マクシミリアン・ヴェーバー 経済、社会学者 1864年4月21日生〜1920年6月14日没)という人宗教社会学用語として自著で利用して以来、一般に浸透したとどこかで読んだ記憶があります。

私はカリスマでも何でもない

おかしいですね、私は予言も奇跡も行った覚えがありませんが? なんでカリスマなんざんしょ?

まあ、確かに時節ネタで色々な事を当てたりはしますが(笑)。

マスコミの行うことですからね。信憑性を増そうとか一瞬のインパクトを求めようとの思惑からそういった煽りを行うことはあります。

以前は犯罪の推測や結末、株価などの予想を行ったことがありますけどね・・・。現在はそういった部分に関しては隠してます。迂闊(うかつ)に何でも載せてしまうと、あちこちに与える影響が大きいので、多少、内容は控えざるを得ないんですよ。

カリスマという言葉はわかりにくい表現なので噛み砕いてみると、「なんだかわかんないけど、その人のいう言葉や指示、考え方に影響を受け何となくそうなっちゃう」とでも言えばいいんでしょうか?

古い辞書を引いてみると解説に「カリスマ=支配」って書いてあるのには流石に笑いますが(笑)。支配って言葉は、ちょっと現代の時代背景からはズレてる感じもする。

ちなみに支配って言葉を同じ辞書で引いてみると、

  • 1.ある人の命令や意志が、他の者の行動を束縛したり、規制したりすること

と書かれてあります(笑)。わかりやすい、って言えばわかりやすい表現ですかね?

誰かに強引に命令され「支配されている」って感覚そのものが、現代においては薄れつつあります。

その感覚は間違いです

この表現を素直に当てはめると、私のやってる催眠もカリスマって言葉に含まれる「支配」の分野に入るんでしょうかね?

私の命令(暗示や指示)が、外から見れば相手を拘束したり、縛っているように見えたり感じたりしますか?

催眠の指示や暗示はね、実際には命令とは違うんですよ。正確には催眠術、とは言わずに催眠「誘導」すなわち、「導く」と書きます。ですから、催眠がうまい人ほど上手に相手を「導き」ます。

支配って感覚が遠くなりつつある、と書きましたが、支配するのではなく、上手に感情をコントロールして「相手を動かす」とでも考えればいいのでしょうか?

元々ですね、相手の意志や考え方、立場や環境を考えずに、ただ「黙って従え!」と迫るのはおかしいんですよ。今どきそれでは誰もついてきません。

私こそが凄い催眠術の先生で「素晴らしいテクニックを持っている」だから「催眠にかかれ!」と命令するのでしょうか?

それは権威、つまり今回説明する「カリスマ」の意味を勘違いしてるだけですよ。変な衣装を用意したり大声で相手を脅かし、相手を威圧して催眠を成功させようとする人がいます。

もっともらしい肩書きとか、立派な経歴を並べ立て相手を信用させようとか、ヘンテコなリンク集とか、団体名やアメリカで取得したという資格を前面に押して、自分をいかにも凄い人のように見せようとする人もいます。

まあ、宣伝のために多少、そういったものを利用するのはご愛嬌ですが(笑)。多少は許される範囲だと思いますよ。彼らも商売でしょうから。ただし行き過ぎは納得できません。

今どき、占い師でもあまり凄いカッコはしないでしょう。あまりに見た目や雰囲気ばかりにこだわってしまえば、それは催眠でもカリスマでも何でもありません。ただのどこにでもいる、目立ちたがりやのおかしな人です。

一時的には話題にもなるかも知れませんが、そのうち、飽きられますし、周囲に嫌われるようになるでしょう。本当の意味で実力がある人なら決してやらないと思いますよ。正しく学べば必要ないですから。

催眠は相手に分け入るための技術であり、姿勢であり、方向性です。きちんと学べばおかしなカッコをしたり、相手を脅かしたり高圧的になって威張る必要などないと思います。

会社にも学校、サークルにも時折いるでしょう? ちょっと何かを聞き齧ったり、勉強したり、部分的に覚えた途端、周囲に自慢したり威張りだす人が・・・。

空手でもボクシングでも、柔道、ピアノや英会話でも構いません。衣装と肩書きだけ凝れば本物らしくなりますか?

黒帯さえ巻けば強くなる?「俺は強いんだ!」と煽ればお弟子さんが集まりますか?奇麗なドレスを着て「◯◯コンクール優勝!」とさえ書けば、毎回、お客さんを集めるのなどチョロイのでしょうか?

そんな筈ありませんって(笑)。わかる人にはわかりますから。

受け取る印象の違い

少なくとも私の生徒や指導を受ける人、このホームページの読者はそういった感覚に傾かないように注意しましょうね。カリスマとか権威とかはそういったものではありません。

秋葉原と109という、まったく異なる筈の場所で私が奇妙な一体感を感じたのは、そこに集まる人達の反応が似ているからです。街とかショップの雰囲気とか売り方が似ていて面白いと思った。

皆さんは買い物に出かけて何かを買おうと思っている際、店員に一方的に話しかけられて嫌ーな感じを受け取ったことはなかったでしょうか? 私は時折ありますよ(笑)。

もっとも愚かしく感じるのは、強引にこちらに接近してきて周囲を取り囲み、「これがいいですよ」と強く迫る店員(達?)です。前時代的といおうかなんというか・・・。

販売の形式や時代背景、法律が変わっているのにそんなこともわからないのでしょうかね? 返品されたらどうするんでしょう????

※これについては販売に応用してみると!?のコーナーでも詳しく解説しています。

私はそういった人(そんな販売方法をとっている会社も含みます)を「馬鹿な店員、会社だなー」と冷めた目で見ていることも多いですね。

買い物をする側からすれば、店員や販売員の中には、非常にうっとおしい奴もいれば反対に好感が持ててとても気持ちいい人もいます。

何かを探し、買い物に来ている所までは皆さん同じ筈なんですよ。なのに、顧客(この場合には買い物にくる一般客)の受け取る印象に、店員の対応によってあまりにもギャップがあって対応によって受け取る印象に激しい違いが出てきてしまうのは、いったいなぜなんでしょうか?不思議には思いませんか?

これを説明するために、先の「カリスマ」という言葉を引用したのです。

実はカリスマ、と呼ばれる店員が売り上げを作るのには、きちんとした理由や背景、法則性があるんですよ。その意味に気がつかない人や、表面だけ捉えて安易に形だけ物まねしようとする人もいるようですから、ここで私なりに解説してみましょう。

私も元々は販売員です。一応、全国でトップの売り上げを誇っていた時期がありますよ。これまでにも様々な職業、仕事についたことがありますが、売り上げとか販売の実績なら、他のどんな人にも引けは取らない自信はありました。

今だにそっちの方面から「仕事に戻ってくれ」とか、「講師として話に来て下さい」と依頼が舞い込むくらいですから(笑)。私の行った販売は、一部は伝説化(誇張されたり、誤った認識も時折ありますが)されてあちこちに残っています。時には、自分でも驚くような異様な数字や極端な実績になってしまった例もあります。

複数の業種で未だにそのレコード(記録)が塗り替えられてないものも沢山ある。そういった意味では私も、カリスマに近いのかも知れないですね(笑)。

「販売について」を深く考えることは、人の心理や時代の裏側を考えるのと同じです。時代にあった販売方法を知ることは、社会における多くの人々の欲求(求められる物)や願望(相手の必要とする願い)をを知り、これからを予想することにも繋がります。

今回のこの話は講演会などでも話したことがありますから、来られた方には一部重なるかも知れませんが、遠方の方とか仕事のある方には参加できない方もいます。参加出来ない方に解説する意味と、一度は聞いた方でも面白い話ですから、おさらいとか思い出すつもりで、ぜひ、もう一度読んで下さい。

販売員っていったい何だ?

ここで一旦、冷静に考えて下さい。販売員とはいったい何でしょう?

こういった話などを講演会や実演の会場ですると、「営業や販売には関与しないから、私には関係ない話だ」と勝手に思い込む人が出ますが、そうではありません。

「物」を売らない者はいますが、物を「買わない」人間はいません。生活において物品を売買することは社会生活、資本主義の基本です。日本には配給制度はありませんから。

実は「販売員とは何か?」を考えることは、仕事の意味とか社会の仕組み、人々の心の動きと働きを詳しく考えることに繋がります。相手との心の距離や対人関係、人との接し方の基本を知り、(心理学や催眠などを学ぶことも含め)自分の姿勢や考え方を正す秤(はかり)としても、とても有効に働くのです。

はっきりいってしまえば、買い物に来た客に「うっとおしいなー」と思われるような販売員は、その時点で失格です(笑)。手厳しいようですが、そんな人は販売はおろかどんな仕事についてもうまくいかないでしょう。

お金(対価)をもらうということは、自分の生活を支えることです。給料も結局は会社から出ているのではない。お客さんの懐、買い物をする相手の意思から出ているのです。接客が嫌であれば他の仕事に付くべきで少なくとも、それを仕事中に表面に覗かせるべきではない。

会社にとっても接客を行うご本人にとっても、お客さんにとっても大きな損失ですね。相手の気持ちや立場が理解できていないからです。

高圧的に「何が何でも売ろう!」という販売員の場合、顧客は快くは思いません。その人に対して決して良い印象は持ちませんし、その人の扱う商品、持っている情報や知識、店舗や会社もまったく信頼できなくなります。

そんな印象を一瞬で相手に与えてしまうような人が、販売員として凄い成績を残せる筈がありませんよ(笑)。ある種の天才でしょう。普通は初対面で、そこまで極端に悪い印象は持たれないものなんですよ。基本的に必要な何かの部分が欠損している人です。

あちこちに買い物にゆくと時折、そういった人もいらっしゃいますが、しばらくすると消えていますね(笑)。

私の受け取る悪い印象は他のお客さんも感じます。続けていられなくなるか、ご本人が嫌になって辞めるのでしょう。嫌々やってたり、いい加減だと確実に伝わります。

これは私の著作でも書いた言葉ですが、初対面で相手に与える印象はとても大切なことなんですよ。生活においては、必ず、「相手」が存在します。

相手が居ないと商売や商行為は発生しません。何かを引き換えに対価を得ることで社会生活とか商売は成り立っています。一部「ひきこもり」などの現象が話題になっていますが、実質お金がないとか、生活に必要な物資や食べ物を誰かが運んでくれなかったとしたら、あっさりと死んでしまうでしょう。

社会生活を行うためには、他人との接触がどうしても必要なんですよ。とすれば、相手に与える印象が最初から悪い、などとということは、生活において非常にマイナスになるのです。

何かを「売る」(得る)すなわち、自分が相手と「向き合う」ことで、なにがしかの対価、利益、情報や生活に必要な物資、支援を得ることは、本来、生活や仕事においてもっとも重要なことなのです。

ですから「売れる商品、売るための方法」そのために「相手にどう接するか?」を考える、ということは、あなたが「欲しい商品、良い商品を見分ける」方法、自分の生活において、安易な販売方法に騙されず、賢く良い店員や店舗、商品を見分ける力に繋がる筈です。

魂胆のある人

繰り返しますが、「販売員」とは、いったいなんでしょう? 簡単な質問ですが、これが意外に難しいんですよ。

販売員、とは「物を売って利益を得る人」ですが、お店にやってくるお客さんから見れば、それはこうも言い換えられます。

販売員とは「何かの魂胆がある人」です(笑)。

もっとわかりやすく極端に説明すれば「詐欺師」と同義語です。営業や販売員は、どんな奇麗な言葉で飾って言い繕っても顧客、すなわち物を「買う」側からすれば「何かを売りつけようとどこかで待ち構えていたり、押しかけてくる人」に過ぎないでしょう。

当然、迷惑な場合もあります。その意味がわかりますか?

「物」を売って対価を得るということは、その時点で人件費や店舗代、宣伝費、光熱費が入ります。ボランティアで儲けのない商品をばらまく人は「商人」ではない。商い(あきない)である限りは利益はある。

商人に利益があるということは、お客とは商品に自分の利益を上乗せされて「お金を奪われる」側でもあるのです。

お店に入った時点で顧客は店員と向き合います。どこかの店舗とかショップ、何かの中に「入った時点」から、お客さんは最初から身構えてしまっている訳です(笑)。

販売員がショーケースやハンガー(服飾など)の内側、店内に立っている時点で、実際には「何かを売りつけよう」という魂胆を持っていて、そこに待ちかまえていることになります。店員とか社員である限りこちらの魂胆、すなわち「何かを売りつけようと」していることを「見抜かれる」というハンデを背負ってしまっていることになりますね。

入店の時点で、どんなに店員がヘラヘラと笑っていてどんなに猫なで声を作って優しく「何をお探しですか?」などと丁寧に言っても、その印象は変わりませんよ。よほど暢気(のんき)な人でもない限り、話しかければ身構えることになるのです。

店員が「何をお探しですか?」「どんな品物が必要ですか?」「これがいいですよ」などもお客さんが望んでいないうちに話しかけると逆効果でしょうね。

呼びもしないうちから近寄ってきて、「これがお似合いです」とか「これがお勧めの商品ですよ」などと懸命に説明を始めると、安心感が増すどころか、うっとおしさとか不信感がより増してしまう場合も多いんですよね。

理由は簡単で、対応方法が間違っているからです。

時代の背景

では、それをどうやって乗り越えればいいのでしょう?

ちなみに商売において「口コミが強い」と昔から言われるのは、その商品について語っているのが「店員」(商品を売りつける側)ではないから。

一般客同士で広がった商品の評価は強い影響力を持ちます。自分で調べて購入した商品について語っているからです。ヒット商品を出そうと必死になって、意図的にそういった噂を流すメーカーもいますが、「良い噂」が定着するには商品本来の持つ魅力とかタイミングとか運が不可欠です。

時代はどんどん移り変わっています。

一部の時代に取り残された経営者は、今だに強引な販売、経営方針や手法を用い「根性で売ってこい!」と迫ります。入店したお客さんに執拗に付き纏い、ともかく商品を押し付けようとします。ストレートに言いますが、古いんですよ、それでは・・・。

売れませんよ根性だけでは。

それで商品が動くなら倒産する企業はない。確かに高圧的に顧客に迫ることですぐに商品が売れるなら、あちこちにハッパ(発破、今風に言えばダイナマイト。人力では遅くて進まない工事を一気に進めるために現場監督が、「ハッパかけろ!」といったのが語源です)かければそれで済みます(笑)。

各会社共、売りたいのは山々で、毎日、それこそ足を棒のようにして懸命に歩き回っている営業社員や販売員も大勢います

。根性論とか顧客への粘着とか、まして脅迫で商品は売れません。顧客の「心」とか「欲しいと思う感情」を動かす必要があるのです。

コンビニなども参考に

以前においては、確かに、そのような販売方式が正しい時代があったのです。昔の日本は貧乏でした。今のように品物が溢れていることなどなかった。

忘れてしまう人も多いようですが、日本においてどこにいっても商品が買えるようになったのはつい、最近のことなんですよ。

今でこそ、コンビニなどが営業しており、深夜でも弁当や食べ物が都合よく買えますが、地域や場所によっては自動販売機すらなかった時代があります。

思い出しにくければ正月やお盆を考えて下さい。事前に買い物をしておかなければ三が日(お正月の三日間)には食い物がなかった(買い物できるお店が開いてない)時代は、ほんの少し前まで当たり前だったんですよ。

以前は、流通のシステムが整っていませんでした。いざ、商品を「売ろう」と考えても、そう一朝一夕にはいかず、管理システムや保管、流通(配送)に到るまでのきめ細かな整備、配慮が必要となるからです。

物流だけではなく、そこに関わる人の生活習慣や意識にまで大きな変革が必要になります。

単純な話ですが、少し前のように「他の人が休んでいる年末年始や、日曜日まで、どこかで働くのは嫌だ」と多くの人が考えれば、街のコンビニは年中無休にはならないんですよ。

忘れてしまいがちですがどこかに犠牲というか、その時間帯、曜日に懸命に働き、社会を動かす人がいるのです。「今、開いているお店がある」ということを考えれば、顧客のニーズに合わせて働く人々、開けている店舗や動く会社が増えたことに他なりません。

「人が動こうとしない」「物が動かない」「情報が行き渡らない」ことは、ある意味チャンスでもあります。そのすき間を狙って、多くの企業が様々な手法を凝らし、販売や営業の実績を延ばすチャンスを捉まえ発展してきています。

ですが、それもそろそろ頭打ちになりつつあります。

販売方法そのものが似通ったパターンになりつつあります。一時は飛ぶ鳥を落とす勢いだったコンビニ業界だけでも、今では競合店が何種類にも及びます。同じ地域、狭い範囲に似たような店舗が増えれば差別化は難しくなります。

外食産業がデリバリーでお弁当を届ける時代です。同じ業種、同じ業態や職種にこだわらず、様々な形で異業種に新規参入してくる店舗、会社、企業が増えますから競争は年々激しくなっています。

以前は営業マンや販売員(ミシンや百科事典、保険の外交員も含む)が、商品や商品の情報(カタログ)を持ってあちこちを熱心に廻れば、確かに商品を欲しがるお客さんにたどり着く可能性があったのです。

昔は商品の数や、手に入れるための情報が行き届いていませんでしたから。

今ならネットもあります。商品比較は一瞬ですよ。

昔であれば「根性で売ってこい!」「一生懸命に廻ればきっと売れる!」もあながち間違いではなかった訳ですね。情報も商品もショップも少なかった訳ですから・・・。情報が行き渡り、競合店が多くなった今ではそれはそのまま当てはまりません。

もしあなたが経営者なら、社会の構造の変化や時代の背景をきちんと捉える必要があります。

今の時代のニーズ

商品が「置いてない」時代には販売員がお客さんに対し、「何をお探しでしょうか?」と問い掛けるのはごく自然ですし正しいんです。

それが無礼とか押し付けには決して当たりません。何かを「欲しい」と考えていても売っている場所がなかった。情報が限られていた時代には、相手が何かの商品を探して来店した場合、相手にそう持ちかけるのは失礼には当たらなかったのです。

相手はそれが欲しくて探しているのですから・・・。商品やそれに関する情報が「十分にない」場合にはそれで構いません。

これから大きな発展を遂げようとする、一部アジアの諸国などの現状はそれに近いでしょうね。中国とか。良い商品なら持ち込みさえすれば、そこそこ売れる可能性を含みます。

ただし、現在の日本においては当てはまらないでしょうね。

日本でも化粧品の販売などでトラブルになったことがありました。一流メーカーと呼ばれる化粧品会社の商品は流通の経路が限られており、スーパーやコンビニなどでの販売が行われていなかったのです。ドンキ・ホーテのような量販店には販売を許可しませんでした。大手スーパーなどが安売りしないようにとメーカーが販売規制を行い、それが表面化したのです。

自社の製品が叩き売られるのを黙ってみているメーカーはいないでしょう。安売りしますから。まして、化粧品はイメージが大切ですから、発売に到るまでに多大な宣伝費もかかっています。製作費とか原価だけの問題ではないんですよ。

ですから、メーカー側としては出したばかりの新製品が、あちこちのスーパーや量販店で安く売られることに難色を示したのです。

これは時代の趨勢(すうせい、いきおいって意味です)には逆らいます。

どんなにメーカーが規制し、その流れを止めようとしてもそれは不可能でしょう。いずれ崩れます。時代はすでに大きく動き始めてしまっており、どんな大手企業が止めようと躍起になってもそれを元に戻すことはできないんですよ。

※この記述は2000年当時です。裁判で大手化粧品メーカーが敗訴。今は各スーパーや量販店で普通に販売されています。

中間業者、製造業が減っています

商品の流通は大きく様変わりしています。昔風の問屋とか、中間マージンを受け取ることで利益を上げる業者は急激に減っています。

メーカーが直販でインターネットにホームページを開いて販売する例も増え、顧客は一様に同じ経路から商品を買わなくても良くなってしまったからですね。値下げしなければ商品が売れない。だからといって利益を損なう訳にはいかない。

利益は欲しいが他でも販売しているので、競争で他店に勝つためには値下げはしなくてはならないという一種のジレンマ、金額の叩き合いになっています。

こういった現象は消費者には良い部分もありますが、必ずしも良いとばかりは言えません。物を作る仕事が発展しなくなるからです。作っても儲からないから(笑)。

生産ラインを資金投入して作っても値下げ幅が大き過ぎれば回収が不可能になります。どこも自分では作らず倒産品を買い叩こうとするでしょう。商品や情報を「作り出す」よりも、結果として流用や盗用、強引な買い叩きばかりが横行するようになるんですよ。

目先の利益ばかりに囚われる人が増えてしまえば、新しく良い品物が生まれなくなります。開発費にお金をかけ、人材を育成するのが馬鹿馬鹿しくなりますから・・・。

物まねしたり横からかっさらうほうが、遥かに簡単なんですよ。ソフト開発やテレビ番組、本の企画、ホームページの内容などでも同じですが、似たようなスタイルの本が出たり、アイディアが重なるようになるのは偶然ではありません。

一々、最初から考えるよりも、横から当たっている企画、アイディアを「パクる」ほうが遥かに簡単だから。費用もかからないからです。

だからといってそればかりでは困るんですけどね。全体の質とか、内容がどんどん似通ったものとなり、新しいアイディアが生まれず業界全体が希薄になってしまいますから。

事の良し悪しの是非は別として、現在は昔と異なり、同じ商品が街のコンビニでも気軽に買えますし、薬局や量販店、スーパーでも買えるようになっています。

先の化粧品を例にとると、少なくとも以前のようにデパートの一階で専門の化粧品販売員(私の若かった頃は美容部員と言いました。その仕事に憧れる女性も多かったです)からしか商品を買わない、買えないということはあり得ません。

どこでも自分のライフスタイルに合わせて自由に、価格や場所を問わずに購入することが可能になっています。

ある会社の掲げた理念

商品が「どこでも買える」とします。では、皆さんはどこで買いますか? 便利な場所とか近い場所とかネットで宅配を頼みませんか? 少なくとも、威張り散らした偉そうな場所では買わないでしょう。

明治維新の頃、侍商法(さいむらいしょうほう)という言葉が流行ったそうです。

今も同じ表現の詐欺商法(資格商法、何々、という資格を取れば儲かりますなどと煽るシステム。興味のある方は警察や警視庁のホームページなどを参照して下さい)がありますが、それとは異なります。

明治維新でお侍さんが勤めていた藩は突然、無くなってしまいました。幕府が倒れてしまったからです。今でいう超大型倒産ですね(笑)。企業どころではなく国家そのものが機能しなくなり、いきなり無くなってしまった。

これまでにあった枠組みや役職は役に立ちません。旧、ソビエト連邦の崩壊のようなものですね。国家単位でシステムが失われることも、歴史上では時折起こっています。

すると、それまでは黙っていても「お侍である」というだけでお給金がもらえたのに、急に貰えなくなってしまいます。

そこで、そういったお侍さんがお金をかき集めて何らかの商売に乗り出す、と。

明治新政府からも幾ばくかの保証金や退職金が出ました。

ところが素人の悲しさです。ましてお侍さんですよ。これまで他人に頭を下げたことなんて一度もない人達が商売をやろうとしてるという事です。

ですから、とても尊大な態度になり「コレコレ、私がお前にこの商品をお前に売ってやろう!」といった尊大な対応になった、と・・・。

最初はそれで良かったんですよ。同じ地域に競合店がありませんから(笑)。利権システムや独占商品、藩の特産品も侍だった人が引き継いだのです。

多少、偉そうでも他で商品が買えないから、そこで買わざるを得なかったのです。

ところが、その商品が「儲かる」となればそのうちに競合店が出来てきます。もう幕府は無くて押さえつけるシステムが機能していないのですから。独占品という概念が成り立たない。

他のルートで一括で仕入れて安く売るような一般商人が出てきます。結果として先からある対応が横柄で尊大な「お侍商店」は潰れる所が続出したそうです。結果としてお侍が一般商人にこき使われたり、販売権を奪われる(今でいう買収)を受ける例が出て来たのですね。

それを「侍商法」と呼んで他の商人がバカにした訳ですね(笑)。

私にはなぜか、その言葉が日本における現代の状況にそのまま当てはまる気がします。

ちなみに江戸末期から明治の初頭に活躍した、三菱財閥の創業者で岩崎弥太郎という人がいます。

扇子に小判を貼って自分の店子(社員)に渡し、「お客に頭を下げると思うから腹が立つのだ。ですから、お金に頭を下げると思いなさい」と諭した(さとした)、という逸話が残されています。

これは裏を返せば、それだけ当時の商売人がお客さんに頭を下げることに難色を示し、「頭が下げられなかった」という証明なんですよ(笑)。

当時、三菱(船舶会社)は三井(現在の日本郵船)などの旧、財閥系と激しく争っていたのです。

その頃は当たり前であった「武家の商法」を正し、ごう慢さを捨て最先端のサービスを導入し、顧客に対する考え方と姿勢で対抗したのです。

当時、三菱などが創業の際に高く掲げた志(こころざし)接客の目標や「サービス」という理念が、その後の日本企業の商売の指針、良い目標であり、長くお手本となりました。

凄い話でしょ? この行為は当時の常識や感覚からはかけ外れていました。当時はお武家さんが一般人に頭を下げるなど絶対にあり得ないことだったのです。

それでもそれを断行して結果、当時の成り上がり者、新興商店に過ぎなかった「岩崎弥太郎商店」(後の三菱)は大きく羽ばたいたことになります。

あなたなら「どこで買う」?

大手企業、と呼ばれる所には長い歴史と繁栄の中で、あっちこっちに癒着してしまって、創業者の考えていた理念や感覚とは似ても似つかぬようなごう慢さ、高圧的な対応やいいかげんさを抱え込んでしまった所もあります。

三菱自動車のリコール隠しのような事件は残念です。私は上に書いたような事例(創業者の岩崎弥太郎氏、創業を記した記念の碑は神戸市の港に残されています)を知っていただけにちょっとショックを受けました。

今でも一部の会社や企業、官僚や政治家には形だけの丁寧さで「顧客に頭を下げない販売」「強引な押し付け」「数の論理」を繰り返している所もありますけどね(笑)。

それは武家の商法と同じで、自分たちによほどの自信があって、顧客など「幾らでも来るからどうでもいい」「アイツらに頭など下げる必要はない!」「俺達には強い後ろ盾があるんだ!」と思い込んでいる人達が取り組んでいるのでしょう。

話がそれましたので、元に戻します。どこでも「同じ商品が買える」とします。皆さんは、どういった所で買いますか?

強引に商品を押し付けてくる所でしょうか?利幅ばかりを考え、こちらが欲しい物とは異なる「売れ筋商品」を熱心に勧めてくる店員ですか? おそらく違うでしょ(笑)。

「なんでコイツらにそんなこと、言われなアカンのや?」と思い、他の店舗や会社に廻る、と思いますよ。場合によっては少々、高くついても構わないかも知れません。

買う場所は他に幾らでもあるんですから。アフターケアとかその後のトラブルを考えれば、たった数百円とか数千円で対応の悪い店で買う人はいない。商品はその後もメンテナンスが必要になったり故障することもあるのですから。

よほど特殊な商品を扱わない限り、もう市場は「売り手有利」には働かないのです。時代背景や社会情勢、情報の伝達スピードが違う。一時は良くてもいずれ崩れます。

一社独占で急速に大きくなった、マイクロソフトのような巨大企業でも、現状と照らしてみればそれは明らかでしょう。世界各国の政府が独占を恐れて独自のOS開発を言い出したり、UNIXやLinuxのサーバーを導入するのはそこに各自の立場とか思惑を挟むからです。

日本における問題点

急速な変革が押し寄せています。

偽りの安定と平穏の中で、日本人はどこか、以前の江戸時代から明治の初期の頃の「侍商法」に近い感覚に舞い戻ってしまいました。

何かのコネであっちこっちどっちと結びつき、大勢で圧力をかけさえすれば「仕事がもらえる」といった感覚がはびこっているんですよ。

面白いでしょ? それは大手企業やゼネコンばなりではなく、芸能界やテレビ番組、本の出版や政治に到るまでありとあらゆる分野に及びます。インターネットにすらありますよ。

それは結果として競争力を弱めます。狭い日本国内ならそれでも良かったんですが、海外からの外圧、グローバルな視点からみた改革には対抗しきれなくなっているのです。

これも明治維新の頃にそっくりですね(笑)。江戸の末期にもこの国の幕府や官僚は、海外から黒船がやってきて、浦賀でドーンと何発か大砲ぶっぱなすまで、「いつまでも平穏無事で、この会社(幕府)にさえしがみついていればお給金が貰える」と思い込んでいたのです。

江戸時代の狂歌に「太平の夜を揺るがす蒸気船、たった三杯で夜も眠れず」というものがあります。

※解説 太平の夜=江戸時代で戦争のなかった時代 蒸気船=アメリカの開国を迫った船 たった三杯=アメリカの軍艦が三隻、お茶を三杯にかけている 夜も眠れず=お茶を三杯飲んだだけで眠れない アメリカの軍艦三隻で不安になって眠れない という意味。

戦争直前まで何の不安も感じていなかったのも日本の特徴ですね(笑)。

戦後、安定期に入ると官民一体の癒着、当たり前のように価格を統一させ、なれ合いとも言える談合や天下りが長く繰り返されてきました。自由競争と言いながら、実際には競争ではなかったんですよ。

銀行や証券会社などもそうですが、良く言えばある種の保護、悪く言えばなれ合いが繰り返された結果、打たれ弱いというか正当な競争による体力の強化は遅れ、顧客の立場を考えた商品開発などは後ずさりしてしまいました。

現在の日本には、新しい産業や企業、若い世代が新しい才能が芽を延ばすのには難しい土壌が生まれてしまっています。政治でも営業や販売、ありとあらゆる分野でコネや縁故、繋がりを重視するようになり、多数派による強引な「ゴリ押し」が当たり前のようになったんですよ。

その中でどうも、本来、日本人がもっとも得意として美徳としてきた長所が失われたようですね。三菱の創業者、岩崎弥太郎氏のような立派な先人の作り上げた商売の基本、「頭を低くしてサービスを充実させる」「顧客を大切にする」という部分は、いつしか消えてしまいました。

食中毒による多くの被害者を出し、まだ問題が解決していないのに、会社の責任者、トップが「私は寝てないんだ」などと言ったなどはその典型例ですね。顧客を大切に考えていれば、そういった発言など最初から出てこないのです。

元々、日本の製品が海外で評価を受けたのはその高い信頼性でした。

勤勉で器用だ、と言われた先達が、丁寧に仕事を行い、その価格や性能、総合的なバランスと安全性でアメリカやヨーロッパの製品を上回ることができたからこそ、日本製品は高い信頼を得ることとなったのです。

それがなければ日本の急速な経済的な発展も、厳しい生存競争に勝つこともなかったでしょう。やはり、歴史は繰り返すんですかね? 気がつけば日本はアジア諸国などに徐々に追われる立場になってきています。

販売、制作においてもっとも基本となる顧客への「サービス」や「謙虚さ」を忘れてしまえば、自然、競争には乗り遅れるでしょうね。

急速な変革、新しい流れ

今の急速な変革スピードに一部の企業、頭の固い上役(老害とも呼ばれていますが、笑)はついてきていません。おかげで大型倒産がバタバタ続いています。

ある種の保護が加えられてきた職種(大手のゼネコンやデパート、生命保険会社や銀行など)に、そういった傾向は強くなっています。今後はBSやCS、インターネットの急速な普及と共に、マスコミや書店、新聞などに飛び火する可能性すらあります。

※繰り返しておきますがこの文章が書かれたのは2000年11月です。現状と比べてみてください。

殿様商売というか、侍商法と同じで鍛えられていないからなんですよ。

若い世代は考えてください。それはある意味チャンスなんですよ。大手企業や大資本を持っていて先行する筈の会社が本来、当たり前である顧客サービスや顧客に対する満足感、安心感や安定感を提供できない今、本来の対応を取り戻せば、多くの顧客や企業を取りこめる可能性が持てます。

小さな企業、本当の意味でのベンチャーはそういった形、時期から突出してきます。不況時に生まれた商売、企業は生き残れば強いんですよ。

不況だとか、物が売れないことは悪く受け取ればきりがありませんが、見る目や視点を変えれば、売る方法や相手(顧客)の立場や感情を素早く読み取ることにも繋がります。

実際の話、現時点で大きくなっている企業は不況とか、戦後の動乱期、貧しい時代や苦しい時期に、その基礎を作り上げています。

私から言えば、頭の固い上司や高圧的でサービスの悪い会社、サポートをきちんとしない店舗があった場合、嘆く必要はないんですよ。むしろ喜ぶべきです(笑)。

これから何かを目指す側からすれば、何かを売り込んだり入り込むための余地とか隙が多いんですから。

確かにそういった「頭の固い上司」を、自分の上司として持てば不幸ですが独立すれば有利に働きます。ずっとサラリーマンでそういった上司の部下なら苦しいでしょうが、今は転職も独立も不可能ではない。若ければ挑戦する機会もあるでしょう。

社会にそういった人(頭の固い上司、サービスをなおざりにする会社)が多ければ多いほど、普通にサービスを提供し、きちんとした応対を繰り返すだけで顧客は自然に集まりますから。

私も以前はいいかげんな店員や会社を見ると腹が立ちましたが、今は何とも思いませんよ(笑)。むしろ喜びます。

同じ意味で言えばこのホームページも同じです。「私こそが素晴らしい先生だ」とか「ダイエットは私の専門で他の先生にはできない」などと高圧的に迫ったり、ホームページで強引に宣伝する人が増えれば増えるほど、普通通りにやってる私に相談や指導、講演依頼が集まる訳ですから。

販売方法、時代背景の変化

何かの仕事で成功を収めようとか、販売の実績を上げたい、と望むなら、まず相手の心理を読み顧客の要望を掴むことです。

よくある間違いは店にお客さんが入ってきた途端に、店員が相手を追いつめるように付いてきて「何をお探しですか?」と声をかけることです。商品が溢れ買えっている時代に店員が強引に「何をお探しですか?」もないモンですよ(笑)。

普通、逃げ出しますよ。商品はどこでも売っていますから。他の店でも同様な商品が買えますし、誰かと顔を会わせるのが嫌なら通販やインターネットでも事は足ります。

今の時代において内容を吟味(ぎんみ)したり、商品を選ぶのは「店員」ではなく、顧客本位でなければならないのです。どうしても「そこで買う」とすれば、「そこで買わなければならない理由」が必要になります。他で扱っていない商品とか独自性がない限りそこにこだわる理由がないのです。

日本における多くの商品はすでにそれに当てはまりません。日本の場合、ちょっとでも「儲かるかも」と思えば、そこかしこに同じような商売が乱立するのですから・・・。

日本特有の習慣というか、長く「馴合い」に親しんだがために、接客や販売方法すら何十年も前から固定されたままになってしまいました。古いマニュアルやパターンにしがみついていますから、変更するのは大変です。その固定概念が後で自分たちを苦しめる理由すらわかっていないでしょう。

エステの業界3位にあった会社(エステdeミロード、会社更生法適用)が潰れています。その主な理由は解約が相次いだことです。PL法などが施行され、エステといえども返品や解約が認められるようになりました。これも時代の趨勢で今までとは違うんですよ。

売るほうの論理でお客さんを囲い込み、強引に「売ってしまえばそれでいい」販売員や社員に「ともかく売ってこい!」では通用しなくなってしまっています。利益を確定させるために「売る」だけではなく、「売ってから後」のアフターケアやサービスも重要になるのです。

その重要性がわからない会社は、今後も倒産や買収などの事態に陥るでしょう。大手企業であってもそれは同じです。これまでにはそういったトラブルに見舞われていなくても、社員に横並び感覚が強く、危機意識が薄くて一種の侍商法に近い傲慢さを持つなら、それはいずれ他人事ではなくなります。

なぜ、売れるのか?

では、なぜカリスマと言われる店員が商品を売ることができるのでしょう?

実は、彼女達の対応に秘密はあります。実際の販売方法を見てみると、彼女達の口ぶりは一見、いいかげんで乱暴、粗雑に聞こえるかも知れません。ですが、実際にきちんと売り上げを作ることができる人にはある一定の法則性と共通項があります。

よく見ていると彼女達(カリスマ販売員が何人いるかはわかりませんが)は、決して、相手に強引に商品を勧めていないのです。

「いいっしょー、コレ新作なの。私の着てるのといっしょー」

「コレかわいいよねー、他にもあるんだよー」

語尾を変に延ばす所や極端なタメ口(笑)である所も特徴といえば特徴ですが、それ以上に興味深いのは、商品の説明というよりは世間話に近い所ですかね?

これは優秀なセールスマンにも共通するんですよ。どこかの会社に訪れて、最初から最後まで商品の説明しか行わない人は相手に嫌われます。

先にも触れましたが、「販売員」とは最初から魂胆のある人になります。その人「魂胆のある人」が自社のブランドや商品の説明、仕事に関する優秀性や褒めちぎり解説ばかりに終始すると、顧客は「商品を押し付けられる」ようにも感じるのです。

ですから巧い販売員ほど、会話の途中で上手に話の腰を折るというか息を抜きます。

「さぼれ」っていうんじゃありませんよ(笑)。販売とか商品の話ばかりではなく、他の話、例えば野球の話とか趣味の話、釣りや社会情勢、最近のニュースなどをちりばめて話の要点をぼかし、こちらの真意を悟られないようにするのです。

販売の極意はね、「雑談にある」といっても過言ではありません。

これがなかなか難しいんですよ(笑)。理解できない人も多いですが・・・。

どうしてもわかりにくい人の場合は、販売のうまい上司や知り合いの商談の席に一緒に同席させてもらって勉強することです。確実な実績を叩き出す人の多くは、雑談を織り交ぜながら相手の本音を聞き出し、上手に顧客のハート(これもまた、古い表現ですねー)を掴むのです。

販売やセールス、営業の「うまい人」は「雑談」に入ってから、しばらくたつとまた「商品や仕事の話」に戻ります。

下手な人は最初から最後までたわいのない雑談(笑)に終始してしまったり、反対に「ウチの商品はどうこう!」「ウチの銀行に預金して下さい!」とばかりに変に熱意に溢れていて押しつけがましかったりします。

社会常識に乏しかったり、対人関係に疎いから内容が薄い。おまけに売りたい感情ばかりが先走るから「コイツは自分のことばっかり考えて、信用ならない」といった印象を生むのです。

冷静に観察してみれば、簡単な話なんですけどね(笑)。

あなたがもし、どこかに買い物や預金に行って相手から嫌な印象を受け取ったとしたら、その店員なり販売員なりが、あなたの「心」や感情にズカズカと入り込んできて、無遠慮に何かを押し付けようとしたり「買え!」と強要しているからなんですよ。

優しさとか礼儀正しさではなく、傲慢さとかうっとおしさ、何らかの嫌な感覚は「匂い」を嗅いだからです。

それは潜在意識にも通じることです。印象は「一瞬で」決まります。無意識に」伝わってしまったものを後から覆す(くつがえす)のはとても難しいのです。

一旦、そうなってしまえばどんなに「安い」とか、どんなに安心で良い商品だとしても欲しがる人は少ないでしょう。同じ商品や商売の溢れている現代からみれば、顧客を他の商品や店舗、会社や企業に積極的に追いやる原因になるでしょう。

相手に押し付けてはいけない

勘違いしがちなんですがね、「商品を売りたい」と望むなら、相手に「これがいいです!」などと押し付けてはいけないんですよ。

あなたがよほどセンスが良くてもそれは行ってはいけない。

何度も繰り返しますが、そういった販売方法はもう古いんですよ。相手の意思とかセンス、選ぶ権利を助長する方法が正しいのです。

売りたい意識がかえって顧客の信頼感とか物欲を遠ざけます。物や情報がなかった時代はとっくに過ぎ去っています。

私が最初に109を訪れた際、「ここはコギャルの秋葉原」のように感じたのは、販売の上手な店員と下手な店員がいて、訪れているお客さんの反応もあまりにはっきり分かれてしまっているからです。

押し付けようとする店員の接客は「コレ買いなさいよー、流行ってるんだからー」に終始しています。結局売れませんし、人が集まりません。コギャルにも見透かされている(笑)。

見ていて顧客と売る側(店員)との間に完全に溝が出来てしまって面白いですね。秋葉原、渋谷共同じですが、どっちの地域にしろ閑古鳥(暇でまったくお客さんのいない店)が鳴いている店と、いつも忙しいお店とに、はっきりと違いが出てしまっています。

暇な店はね、結局リピーターがいないんですよ。強引な押し付け、一方的な販売を繰り返しますから、一度は行っても二度目がありません。単発的な売り上げしか生まれないのです。

まして、最初に行った際には「嫌な感じがした」と思っていますから、友人を紹介したり誰かを引き連れてもう一度、そこに行こうとは思わないのでしょうね。

東京のそれも秋葉原や渋谷といった都会のど真ん中で次から次へと人の溢れる地域でも、そういった格差が生まれ、強引な販売方法では売り上げが伸び悩むのです。

一回限りで「強引に売りつけてやればいいや」といった販売方法や考え方は、そろそろ限界に近いんです。

面倒でも相手(お客さん)の立場や気持ちに立って品物や商品、情報を取り扱ったほうが、結果として信頼を得るのです。

本当の意味でのカリスマ

カリスマっていうのはね、自分で「私は凄い人です!」と威張ったり、「大勢、弟子がいます」とか「俺に従え!」などと大声で宣伝する人ではないんですよ(笑)。

実際には相手の立場や気持ち、感情を先に読み、自然に相手を「その気にさせる」というか、相手がなぜか、その人の姿勢や考え方に魅了されて「動く」ことが基本になります。

最初に書きましたよね? カリスマとは「なんだかわかんないけど、その人のいう言葉や指示、考え方に影響を受け、何となくそうなっちゃう」ことだと?

強引に「こっちを向け!」とか「言われた通りにすればいい」「お前にはコレが似合うんだ!」などと強要する人はカリスマでも何でもない(笑)。いくら知名度が上がって、一時的にあちこちで評判が上がったとしてもすぐにメッキが剥がれる、ということになります。

時折あるようですけどね(笑)。カットハウスや美容師、販売員やラーメン屋に至るまで、今の時代には自称「カリスマ」が溢れていますから・・・。いったい、どれが本物なんでしょう?

実際には「お前は黙って、俺の言った通りにすればいいんだ!」と当のご本人が言ってしまった時点で、カリスマなどではなく偽物、ということになりますね。

本物は「自分から」何かを押し付けるのではなく、周囲が自然にその人の立ち居振る舞い、行動や考え方、スタイルに影響を受け、「この人と同じようになりたい」「少しでもそちらに近づきたい」と望むものではないでしょうか?

渋谷の109で一般の女の子がカリスマ、といわれる店員さんから洋服を買うのも、彼女達がお客さんに強引に売りつけるのではなく、その女性の生き方や考え方、着ている服装やスタイルに「憧れた」同じ世代の女の子達が、「私も同じようになりたい!」と、強く望むからではないですか?

これはモデルさんとかタレント、歌手などにも共通します。

大切なのは「憧れ」なのです。

難しい表現をするならば「憧憬」(どうけい)です。憧れ、仰ぎ見ること。素敵だなぁ、カッコいいなあと見る側が感じてそれを「同化したい」「少しでも近づきたい」と望むものを指します。

そうでなければ、そんなに売り上げなど上がりませんよ(笑)。その意味を深く考えず、形だけ物まねする会社や店舗、企業も後を絶たないようですがそれは間違っています。

カリスマ店員を養成したいのならまず、企業としての姿勢や人材育成であり目先の利益目的に中途半端なマニュアルを押し付けることではない、と私は思いますよ。

カリスマとは本来、周囲の憧憬(あこがれ)の対象であり、羨望であり、「その人(カッコいい、と思える人)と同化したい」との多くの人達の願望の現れなんですよ。

だからアイドルとか歌手とか俳優、作家や漫画家、ありとあらゆる職種の中からカリスマは生まれるのです。特殊な才能を持ち、人とは違った生き方を堂々と行う人、その人の姿勢、考え方を見て、それに「同化したい」「同じようになりたい」と魅せられる人が現れ始めた時、それが社会に「カリスマ」として認められるのです。

それはね誰かの押し付けとか肩書き、まして、一部の企業とかマスコミの作り上げる一瞬の虚構とか偶像ではありません。マニュアル通りで「カリスマ」が作れるなら苦労しませんよ(笑)。

ちょっとマニアックな話で申し訳ありませんが、ガンダム(おなじみのアニメのキャラです)の量産型(ジムって言いましたっけ?)モビルスーツでは、誰もありがたがらないような気がしますよ(笑)。

それは似て非なる物です。同じではありません。

見直す必要があります

他人との心の距離は不思議です。何かを強引に「押し付けよう」とすれば、かえって離れます。

ですから、何かの商品を勧めるのに強引に近寄ってきて「これがいいですよ」とか「わー、似合う!」とおだてれば済むか、と言えばそうではないんです。立場を入れ替えればわかることですが、あなたなら、どういった人になら商品を売って欲しいと望みますか?

お世辞ばかり言う人? 自分の立場や店の売り上げばかりを考え、売れ筋商品(利幅の大きい商品)ばかり勧めてくる人でしょうか? カタログ通りの見え透いた商品説明やスペック、宣伝を行ってくる人でしょうか?

パソコン売り場などではよくありますが、初心者のふりして店員に訪ねてみてください。

商品のことを何もわかっていないふりをすると、真面目にお客さんのことを考えて説明する人と、ただ単に自分の売り上げにこだわるだけの人と明確に別れます。

大切なのは「相手の立場に立つ」ことです。相手が望むものを探し出すこと。自分の好みを押し付けるのは販売ではありません。押し売りです。

私は「販売の極意は雑談にある」と書きましたよね?

私のホームページも同じなんですよ。雑談や応用、社会生活に関する話も多く、催眠とは関係ない話が延々と綴ってあります。その意味がわからない人は「この人は何て無駄な作業をしてるんだろう」と笑ったり、「あんな所には見るべきものがない!」などと酷評している人もいるそうです(笑)。

もし、本気でそう考えるなら甘いです(笑)。そういった人は心理学とか催眠とか、販売に詳しい人とは到底言えないでしょう。

私が催眠の話や技術的な話ばかりに傾倒しないのは「催眠、催眠」とばかり繰り返したり、カウンセリングや専門知識の話ばかりが載っていれば読む人は高圧的に感じますし、うっとおしくも思うからです。

読む側は「素人」です。素人にもわかる話をしなければならない。そのたわいの内会話の中に様々な情報を織り交ぜて「話す」「書く」「解く」ことこそが、Professionalなのです。

たまにテレビ番組などで専門的なことを並べて悦にいっているコメンテーターがいますが、ありゃただの馬鹿ですよ(笑)。専門家が自分の専門分野のことに詳しいのは当たり前です。

それをかみ砕いて一般の人にもわかるように話せてこそコメンテーターですし、プロとしての仕事です。自称、専門家が自分の意見を押し付けようと相手の発言を遮ったり、ヒステリックに叫んでるのを見ると苦笑いします。

日本のテレビ番組、特に討論会とか報道番組は本当にレベルが低くなりましたね。

ここ(ホームページ)で書かれている内容、これは基本的に「雑談」です(笑)。

専門家であるならば、直接お金にならない話や利益に繋がらない話でも説明しなければなりません。本当はそれこそがプロなんですから・・・。

直接的でストレートな話、「商品の説明」や宣伝は、短期間でみれば確かに効果はありますが、そればかりではそうそう長くは続かないんですよ。

粘り強い説得、無駄にも思える対応、販売や実績に直接関係なくても顧客が「興味をそそられる」内容が書けたり話せること。

それが後にその人の信頼となって跳ね返ってくる例は多数あります。

そしてそれは「販売員」や「書き手」の能力をも高めます。

ホームページにおいても同じことです。一時的な中傷とか見え透いたお世辞、自分に都合の良い宣伝は確かに一時的には強い力を持ちます。そちらに流される人も出てくるでしょう。ですが、本心とか実情、中身を粘り強く解説し、長くきちんと運営を続けたホームページのほうが結局は説得力を持ちます。

それは時間の無駄などではないんですよ。本当はその時間こそが大切で必要な努力です。

どんな職業も商売も同じ

最初から自分の商品や商売の自慢話ばかりに終始する人に、いったい誰が何を期待しますか?

何も期待しないでしょ? 最初から本心とか魂胆が垣間見えているのですから・・・。ともかく「売りつけたい!」と思って鴨(カモ)を探しているキャッチセールス、怪しげな壺とかリトグラフを高額で売りつける連中と変わりませんよ。

そろそろ社会全体でそういった歪みや焦り、偏見を考え直す時期に入っていると思います。

そんな商売とか販売方法だけがのさばってはならないでしょう。

私が販売などの仕事に携わっていた頃ね、とても大切にしていたことがありました。

相手に「何かを売りつけよう」ではなく、相手に自分の商品の「中身を説明しよう」「伝えよう」と勤めることです。

売りたいのは山々なんですよ、販売員なんですから(笑)。生活もかかっていますし、金が欲しくない人はいない。会社のノルマや他のメンバー、社員への面子(メンツ、体面ってことです)もあります。

でもね、だからといって、あまりに「売りたい!」という感情を持ちすぎると、それは一瞬で相手に伝わります。その思いを全身から態度に滲ませることになっているからです。

老若男女関係なく、その焦りが伝われば販売なんぞ、うまくいくわけがない。

これは販売だけではなくて催眠誘導やカウンセリングにおいても同じです。

よくあるでしょ? デパートの売り場などにゆくと、にこやかで丁寧だけどすぐに立ち去りたくなる対応が(笑)。近寄ってきて「何をお探しですか?」と離れようとしない。あれが前時代的な対応なんですよ。

表面をいくら取り繕っても「売りたい本人の」思惑が滲むのです。それを相手の「潜在意識」が捉えてしまえば言い訳は効きません。

どんなに丁寧であっても、売りたい気持ちが全面に出ると相手は嫌がるようになるでしょう。意外なことかもしれませんが、売りたい気持ちをある程度抑えたほうが商品は自在に動きます。

これは私が経験から学んだことで、私はそれを実証する形で売り上げを作りました。

これは販売などの仕事に限らず、恋愛などでも同じでしょう。

口説きたいとか手に入れたい、私の「女(男)夫(妻)にしたい!」または「やりたい!」(関係を持ちたい)とだけ考えている異性と合コンしたり、飲みに行ったらどう思いますか?

モテますか? 私はモテないと思いますよ(笑)。ギラギラしてるでしょうから。

女性には玉の輿を狙う人もいるようですが、最初から男性本人には興味が無く、その背景、つまり金目当てだと相手に気づかれてしまえば敬遠されます。口を訊くどころか近寄られることすら厭われるようになるでしょう。

何かを「手に入れたいから」とか「売りたいから」といって、そればかりが全面に出てしまえば、その人本来の良さとか優しさ、魅力は伝わりません。むしろ、マイナスイメージばかりが強調されるでしょう。

本当の人柄ではなく強引さとか横柄さ、焦りばかりが伝わってしまう可能性があります。それはやっぱり悲しくないですか?

これは私の著作でも書いた言葉なんですけどね。仕事や恋愛に対して情熱を持つことはいいことなんですよ。ですが、相手と向き合った一瞬の感覚から人間は意外に多い情報量を手にしてしまいます。隠してもお互い本音は透けて見えるのです。

ですから変に隠したり偽ったりするのではなく、相手に誠実に、余分な感情や力を抜いてから「誰か?」とか「何か?」に接したほうがいいんですよ。

それは得意先や顧客ばかりではなく、家族や友人、恋人や「これから口説こうとする人」でも同じ。

別にカリスマでなくとも

私は販売や仕事、恋愛においてあなたの魂胆を「隠せ」というのではありません。

よく意味を取り違えする人がいますが、今回のこのコーナーの意味はそうではなく、「自分が相手の立場に立って考えろ」ということです。

それがわかるようになれば、どんなに互いの立場や環境、考え方や姿勢が異なっても繋がりあう瞬間があります。反対にいえば、それが無い限りどんなに巧妙に魂胆を隠そうともうまくはいきません。

販売員も人間ですよ。やはり好き嫌いもありますし相性もあるでしょう。

最初から最後まで、雰囲気のうっとおしい客に「なあなあ、にーちゃん、もうちょっとまけてーな!」としつこく言われれば切れそうになる時もある。「誰が値引きなんてするもんか!」と反対に意固地になる場合だってあるでしょうね。

それでもお互いがお互いなんですよ。人間同士であれば、互いに接点は見つかる筈です。

お互いが利用しあったり、騙しあうなら苦しくなるでしょう。お互いに立場や環境、目指すものは違うでしょうが、相手の立場に少しでも立つことができるならば、きっとどこかに繋がりや接点は見つかると思います。

販売って仕事は面白いですよ。その人それぞれに生の感情が見え隠れしますから(笑)。私は好きですね。自分が苦労して仕入れてきた商品とか作った品物を「それ良いわねー。ぜひ、欲しいわ!」と言われる時の快感は、きっとやったことのある人にしかわからないでしょうね。

今もそれに近い感覚はあります。私の知識や経験、書いた文章や技術に誰かが驚いたり、必要としてくれる時、やはり嬉しさは感じますよ。

流用や盗用を勝手に繰り返しながら「自分で考えついた」かのように振る舞う馬鹿はご免ですし大嫌いですが、きちんと許可をとってくれたりテキストを購入してくださる方には深く感謝しています。

別に皆がカリスマにならなくともいいのです。普通の人よりほんの少し、誰かの感情や気持ち、相手の立場をわかるようになれば、自然に身に付くものもありますよ。

私? 私ですか? 私は最初からカリスマは目指していませんよ。途中から勝手にそう思い込む連中や、それらしい肩書きを押し付けて儲けようと企んだ人達がいただけです。

今回の更新は、なぜかビジネス新書のようになってしまいました(笑)。

皆さんも秋葉原や渋谷に出かけたおりには、店員やお客さんの様子を確認して見て下さい。きっと面白いですよ。この文章がこれから何かに乗り出そう、挑戦しようという人の、多少なりとも参考になれば幸いです。

2000年11月15日 初稿

2009年12月17日 加筆、修正

谷口信行

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