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できるようになる人と諦めてしまう人

2010/07/11改訂
1997/10/01初稿

自分の中に信念を持ってください

確かに簡単ではない

※この文章は私が開業当初、各地に催眠誘導の指導に伺った時の体験を元に書かれたものです。初稿は1997年です。2010年07月のリニューアルにあわせて加筆、修正を加えています。

確かに催眠という技術は、誰でも簡単にできるようにはならないと思いますよ。

私は指導と誘導の両方を行ってきています。誘導そのものの経験は20年近くになるでしょうか? 催眠や相談に関するホームページを開設して約13年。

専業として事務所を開設してからでも、十数年間が経過しています。

確かに難しい部分を含むのですが、指導すれば間違いなくできるようにはなっています。

残念なことに、催眠誘導を教わりたいと熱心に申し込んでくださっても覚えが遅いとかいわゆる「勘の鈍い」人も中にはいらっしゃいます。指導する側としては理論や手順を理解させるのに苦しんだ例もあります。

反対にこちらが舌を巻くというか一種の天才もいますね。

流石に年配層(私よりも上の世代)には難しいですが、若い世代でショービジネスに身を置く人とかダンスの練習をずっと行って来た人の中には難しい手順、誘導において必ず踏まなければならない手続きを「理屈じゃなくて勘」で一瞬に飲み込む人もいます。

まあ、勘だけで成功した人ははしばらくするとあっさり忘れてしまう例が多いですが(笑)。

これも難しいところ。私が催眠と同じく長く勉強したり練習したものに武道や格闘技がありますが、変に勘が良い人間は少し習っただけでも多彩な技を使いこなせるようになる者も出ます。

出ますが、じゃあそれで本当に強くなったり巧くなれるかというとそれは別のお話です。

すぐ自惚れてしまったり、喧嘩を繰り返すようになったり、いわゆる「覚え」とか「勘」が良かったために努力を怠るようになったり中途半端なままで放り出してしまう例はかなりありますよ。スポーツの指導者ならおわかりでしょう。

やはり地味であっても努力を重ねることのできる精神力、と同時に「勘」とかひらめきの両方があったほうがいいでしょう。

理論と実践、それは頭と身体の両方で体得してゆくもので、どちらが欠けても不ぞろいになってしまいます。

長年、指導を行ってきた私個人の意見としては、当初は多少てこずる(手子摺る、難しくて持て余すという意味)くらいのほうが、後々のためには良いと思っています。

過去に指導した例を考え合わせてみれば、催眠を「簡単だ」ということも、「選ばれた人間にしかできない」と言い張ることもどちらにも語弊(ごへい、あやまりがある、という意味)があります。

はっきりいえば基礎の知識や初歩の誘導技術はそれほど難しくありません。技術そのものは何十年も前から存在しています。ですから簡単な誘導までは比較的、容易い(たやすい)部分があります。

むしろ難しいのは「応用方法」です。

カウンセリングや行動抑制への繋げ方、依存を残さない催眠の利用方法や管理が難しいのです。

またショー催眠などのエンターティメントに傾く場合にも特殊な現象を起こそうと思ったり、複数の人間が衆人環視している状況下ではやはり、実演が難しい部分を含みます。

カウンセリングや相談において静かな環境でマンツーマンで誘導を行うのと、騒音やライトがあって緊張を伴う場所での誘導は踏むべき手順は異なるでしょう。

TPOというか、目指す方向性、状況や立場においても学ぶべき内容は大きく異なってきます。

ご本人の意欲と資質

これはどんな習い事でも同じでしょうが、結局はご本人のやる気と努力の問題ですね。

催眠誘導を習得できる人と、途中で諦めてしまう人との間には大きな隔たりがあります。特徴的なのは流行に左右されたり他人の意見にすぐに流される人は、こちらが熱心に指導してもまず身に付きません。

これは才能の問題ではなく、ご本人の資質の問題です。

ギターが流行っていると聞けばギターを、英会話が流行っていると聞けば英会話に手を出すような人ですね。

勢い込んでいるのは最初だけですぐに飽きます。

次々に興味が移り、何事も結局は長続きしません。

そういった人はほんの少し自分が気に入らないことがあったり、どこかで躓くと不満そうな顔をします。悪い部分を叱ると意味を取り違えますし、すぐにあちこちで先生ぶろうとします。

困ったことにね。これが結構な比率で存在します。

命令すれば「相手が」無条件に従ってくれると勘違いしている高圧的な方にはこのタイプが多い。半端に肩書きだけ誇るようになったり、すぐに「免許皆伝にしてくれ!」と言ってくるのはこのタイプですね(笑)。

おそらくですが、催眠に免許皆伝はありませんよ。

学んだものが「催眠ができる」と誇ること自体が誤りです。私自身も「催眠が出来る!」わけですが、関わるようになって20数年間も経っていながらまだまだ勉強、練習すべきことはたくさんあります。

映像や音響を利用したシステム、誘導を迅速に行うための方法、カウンセリングやトラウマの解消のために利用する方法とショー催眠で使い分けるべき技法についてはまだまだ学ぶべき部分も多く、自分自身でも努力を重ねています。

これでお終いとか免許皆伝なんてのは一生、あり得ないのではないでしょうかね??

ともかく「肩書きが欲しい」とか「一人前になったと認めてくれ!」と求める人は、空手とか格闘技で言えば実力もないのに黒帯だけ欲しがる人です。

あまり向いていないと思いますよ。

このような人は施術を覚えようとはせず、相談する側になるべきです。性格や資質にあまりにも強い歪みが生じている場合、被験者(催眠誘導を受ける人)に警戒されますし、周囲は良い印象には受けとりません。

結果として練習相手を探すことすら難しくなってしまいます。

新しいことに興味を持ちチャレンジすることは大切ですが、次々対象が移るなら意味はありませんよ。全てが中途半端になってしまいますから・・・。

興味を持ったことを突き詰め、持続して行くことも大切です。

イメージのみが先行する人

中にはよっぽど、「やる気が持続する!」という暗示をかけてやあげたくなる人もいますが・・・。中途半端に手を出し、途中で諦めるくらいなら始めからやらない方が マシです。

催眠を用いれば「なんでもできる!」と思って習いに来て、そうでないとわかるとガッカリして去ってしまう人がいます。

そりゃ、どんな技術も不可能はありますって(笑)。神様になれる筈もありません。心理学や催眠を学んだだけで社会に溢れる全ての悩み事が解消する訳でもありません。

ただし、心理学とか催眠とかは深く追及すればこんなに奥の深い世界はありません。下手をすれば戻ってこれない?というか傾倒してしまえば一生では学び切れないぐらいに奥は深いです。

常に勉強を重ね、練習や経験を増やし続けるくらいの覚悟がなければそう簡単に色々なことが可能になったり悩みが解消する訳がありません。

技術や知識、能力は日々進化します。私としても常に人の心の反応や技術、応用を探し勉強しているのですから・・・。

開業当時の私と現在の私、現在から「数年後の私」では内容は進化していなければなりません。

基本の理念や概念、基礎は同じであってもその時々や時節、時代背景や個性、症例にあったケースなどに応用力などは不可欠でしょう。時代遅れの定型マニュアルを押し付けるだけでは対応は難しくなります。

私自身が煩悩を抱える普通の人間に過ぎません。確かに、一般の方よりは人間の心の動きや反応に詳しい面もありますが、本来は悩み、苦しむ一人の男に過ぎないのです。

反対に言えば「ただの人間だから」こそ見つけられる道筋もある。

悩み傷つくからこそ懸命に何かを探すのです。

私が超人かスーパーマンのようであれば、一般人の悩み事とか痛みとか苦しみとか理解できるわけがありませんよ(笑)。自身は傷つかない、歳をとらない、悩まないし死なない存在なら、「その他の一般人」の立場とか気持ちとかわかりませんから。

催眠を多少学んだ程度で教祖のようになりたがったり、催眠そのものを「何でもできる!」と安易なイメージで思い描くことは危険ですし、私は賛同できません。

求めていることや憧れていることはわからないでもないですが、それだけ(催眠のみ)では現実と向かい合えません。

どんなに解決を願っても依頼者や希望者の全ての期待にお答えすることはできない場合もあります。無理なものは無理だとはっきり断ってあげることも、手に余るものは関与しないことも、カウンセラーや指導者としての勇気であり責任です。

その点も理解しながら知識や技術は勉強する必要があります。

手抜きをする人、責任を押し付けてしまう人は問題

覚えが多少悪いくらいは努力すればなんとかなります。

ですが、そういった人は他の人よりも時間がかかることを自覚し、手順などの確認や反復練習、イメージトレーニングは欠かすことが出来ません。「覚えが悪い」ことが問題なのではなく、それを克服する努力と時間を惜しまないことが大切なのです。

記憶力や判断力にはそれぞれ違いがありますから、すぐに手順を覚え、簡単な催眠までならかけられる人もいますし、逆に異様に時間がかかる人もいます。

先にも伸べましたが、覚えが悪いとか勘が鈍い人でも地道な努力の末に上手になってゆく人はいます。むしろ、最初で調子にのってしまって転ぶ例のほうが多いくらいです。

ですから悲観的にならず諦めないことが肝心です。

私は催眠を覚える場合には技術的なことを早く覚えるとか手順を身に付けるよりも、相手(被験者)の気持ちを「理解する」感覚を身に付けることが大切だと思います。

空手やボクシング、英会話や生け花でも何でもそうですが、簡単に辞めてしまう人もいます。

まだ何も始まってないとか、基礎体力や基本的な理論を覚える前に判断するのは間違いですよ。どんなものでもそうですが、危険やトラブルを回避するために最低限、覚えておいたり備えるべきものはあります。

英会話を覚えたいなら日本語の「語意」(ごい、言葉の意味)の理解は多少は必要です。英語で道路標識を説明しようと思えば、日本の交通法規とか標識くらいは覚えておいたほうがいいでしょう。

それを教えている最中に「何で英語で教えてくれないんだ」と言われても講師や指導者は困るでしょう(笑)。そこを学ばないとか教えないほうが手抜きなんですから・・・。

「私が悪いのではない」と考えて次々に先生や練習場所を変える人がいますが、では、その場所(施設や先生)できちんと身に付いた人は一人もいないのでしょうか?

確かに先生や指導者を選ぶことも、勉強においては重要なファクター(要因)になります。残念ながら催眠を指導している施設や先生の中には技術が稚拙(ちせつ)であったり、うたい文句とは違い、まったく指導の経験がなかったり、持っている知識が古く役に立たない人もいます。

おそらくですが、どんな指導も基本の部分は同じですよ(笑)。

足腰がまったく鍛えられていなくて歩いたり走ったりすることもできない人とか、基本の「ジャブ」が打てない選手に必殺技だの殺人パンチ?なるものを教える指導者はいません。そんなものを教えているのは頭のおかしな人でしょう。

きちんとしている指導者ほど基本を大切にしますし、危険を防止します。

反面教師とも言います。教え方が下手だったり、理解しにくい場合には、それも経験として今後の練習や自分が指導する側になった時の参考にして下さい。

どこに通っても身に付かない、うまくいかない人の場合、相手(教える側)だけではなく、覚える側の姿勢や取り組みにも問題があるのかもしれません。

もちろん、指導が巧い所に習いにいった方がいいのは当たり前の話ですが、当人の熱意や取り組む姿勢も重要ですよ。

すぐ神様になる人(笑)

どんな習い事も他人任せではうまくいかない。受験でもそうですが、試験を受けるのは先生とか指導員、塾の講師ではなくて受験生本人です。

指導に不安がある人は、まず1、2回、その施設で指導を受けてみて、それから判断したほうがいいですね。

これは英会話などでもそうですが、相手の売り文句だけを信じてまとめ払いなどはしないほうがいいと思います。相手の取り組みや姿勢を確認してから総 合的に考えましょう。

練習中、すぐに神様になってしまう人がいます。これは催眠などを学んでいる最中に特有のものかもしれないですね。

笑えますけどね(笑)。これが結構いるんですよ。注意して下さい。

実際、催眠を教えている人の中には「私は催眠の大先生だ!」とか「私は世界で何番目に有名な催眠術師だ!」なんて吹聴する人もあります。インターネットなどにも多いです。

(番組などに何度も出ていた私が言うのも何ですが)テレビに何回出ているかなどは、催眠の指導とはまったく関係がありません。その程度のものです。

※私の開業した当初、1997年〜2000年にかけてはこういった見え透いた宣伝が横行していました。

その人(指導者)の吹聴する技術力とか知名度ではなく、相手の姿勢や人柄で評価して下さい。

中にはほんの少し催眠の初歩を覚えただけで天狗になり、自分の実力を異様に高く評価したり勘違いする人がいます。

ラポール(催眠に必要な信頼感、テキストやホームページを参照)の意味を取り違え、偉そうに振る舞ったり、凄い先生だと言えば催眠にかかると思う人間が複数存在するのは嘆かわしいばかりです。

このような感覚の人は基本を教えている最中にこちらの言うことを聞かなくなり、勝手に施術を始めたり、大先生ぶっておかしな団体を自称、開業してしまうようになります。

自惚れが強く、すぐに「教祖」になったかのような振る舞いに及び、ついには多くの友達や恋人を失ってしまったり、周囲にトラブルをまき散らす例もあります。

それでは悲しいですし、情けないですね。心理学とか催眠はそのような浅はかな感覚のために存在するのではない。

深く理解すれば必ずわかる筈です。

必要とされるのは、優しさや相手に対する理解

相手に自分の感覚を「押し付ける」習性の身についている人は、度胸も良く物覚えや勘もいいことがありますが、反面、独りよがりに陥りやすいのです。

実際にはこのような性格の人はすぐに次の壁にぶつかってしまい、乗り越えることができません。自分に問題が自分にあるとは思わず、全ての原因は「相手にある」と思い込みがちだからです。

催眠の診療所ってね、あちこちにできた、と思ったらよく潰れています(笑)。

技法自体は数十年も前から存在しているのですから・・・。見え透いた煽りとか宣伝が診療所や相談所を流行らせるのではなくて、きちんとした取り組み、諦めない粘り強い姿勢が評判を生んで職業として成立させるのです。

知識の吸収や技術の裏打ちと共に、その人の経験や個性、持ち味や人柄が重要になると思いますよ。ただ単に催眠誘導ができる程度で周囲が尊敬してくれる筈がありません。

それは才能でもなんでもないのです。

私に言わせれば練習すりゃ誰でもできる。

思い上がって本人が偉そうになればなる程、周囲からは人がいなくなりますし、誘導も下手になるでしょう。

催眠って、他人が自分の思う通りに動いているような錯覚がありますから誘導をやってるご本人が自惚れてしまい易いんですよ。経験が長くなったり技術があがった分だけ余計に謙虚にならないと、周囲には怖がられやがて誰にも相手にされなくなるでしょう。

やはり自重し、初心を忘れない注意深さ、相手に対する思いやりが大切ですね。

傲慢さはある意味、度胸の良さや思いきりの良さにも繋がります。

ですので私は「適度な傲慢さ」程度は備わっていても悪いとは思っていません。

ただし、やはり傲慢さだけが先に立ち、練習や努力を怠る人はすぐに躓いてしまいます。

社会には物覚えが悪く、なかなかコツの飲み込めない人もいます。ですがコツコツと地道に努力を積み重ねた人の方が結果的に優秀になってしまうことはどんな世界でもよくあることです。

技術的に拙い(つたない、劣っている)場合でも相談者の悩み事をよく聞き、懸命になってトラブルからの脱出や力になろうと勤めた場合、優秀な「技術者」よりも感謝されることはあります。

そういった人は、自分が覚えるのに時間がかかった分だけ謙虚さを忘れません。良い指導者になったりもします。

野球の世界では「名選手、名監督にあらず」という言葉もあります。

勘が鋭く、何でも簡単に身に付く名選手は「普通の選手」の悩み事はわからないでしょう(笑)。いざ指導する側になったら何を指摘したらいいかがわからなくなります。個人技ではなくチーム戦になるとそれでは困るのです。

覚えが多少遅い人でも諦めずに努力している合間に地力がつくので、技術的にも問題がなくなると私は考えています。

心を扱う技術であるだけに多少、不器用であろうとも思い遣りや優しさを感じる方が、傲慢さを滲ませる相手よりも信頼され、結果としてより多くの依頼を受けるようになります。

利用方法の決まっている人

奥さんや恋人、自分の子供が苦しんでいる場合(精神的な悩みやアトピー性の皮膚炎など)それを「何とかしてあげたい」という強い愛情を持っていると、少々のことでは諦めません。

他人任せにするのではなく、「私がこの子を直すのだ!」「助けてやりたいんだ!」という並々ならない決意や信念に、かなうものなどないのです。

そういった人の場合、どんな専門家よりも熱心でどん欲な場合があります。どんな優秀で親切な医者でも「熱心な親族」には適いませんよ。

患者は徐々に入れ替わるものですが、自分が大切に思う家族、恋人や友人はたった一人しかいません。救いたいとの思いが医療関係者よりも粘り強く必死の場合もあるのです。

誰かを助けるために関わる人間は、途中で諦めたりはしないのです。

これは私自身が自著でも書きましたが、私が催眠に深入りするきっかけになったのも結局は同じ思いからです。

催眠で「誰かを操りたい」とか「先生ぶって崇められたい」ではなくて、元々は苦肉の策というか、自分が当時お付き合いのあった彼女を救いたいがために勉強した部分があります。

その当時、私は地方都市に住んでいました。

都心部とか大都市周辺には精神療法を取り入れる施設や催眠を行う大学病院もあります。最近は特に増えてきました。ところがそのトラブルに見舞われた当時は、そういったものが皆無でした。どこかに連れてゆこうにもその場所がわからない。

ブロードバンドが当たり前になってネットで自在に情報が検索できる現代とは違います。

また、その場所が見つかった所で被験者(相談者や精神的なトラウマに悩む人)がその施設まで出向いてくれるとは限らない。何かの精神的なトラブルを抱える人は対人恐怖症に陥っている人も多い。

病院に行くというだけでパニックを起こす例もあるんですよ。私の付き合っていた女性がそういうタイプでした。

そういったケースの場合は、誰かに「会う」ようにセッティングするだけでも一苦労です。外に連れ出すことも難しい。

私の巡り合ったケースのように、被験者に呼吸停止まで起こっている状態では不可能に近かったでしょう。それで私は自ら勉強することになりました。

私の元に習いにみえた医療関係者も「患者のために」というよりは、自身の身内とか家族の悩み事や精神的なトラブルを解消したいと望んで関わった方が複数いらっしゃいます。

ご自分が大切に思う「誰か?」のために真剣に関わる人も少なくはないのです。

そういった人は、やはり真剣さが違いますから身につくスピードも違いますよ。

ストレスを軽減して症状の緩和や、トラブルの解消に役立てている方は複数にのぼります。医者ではなく家族や恋人だからこそ、相手にしてあげられることもあります。

学校の関係者、医療の関係者

医療や学校教育に携わっている方の中にも、飛び抜けた集中力と強い意思を持つ方がいらっしゃいます。

これは開業当初の予想に反していて私としても意外だったのですが、私の作ったテキストをあちこちの医療関係者(医師、歯科医)が購入してくださっています。

私は実地で身に付けた側です。誰かに習ったものではない。だからこそ特殊な部分が強化された所もありますね。催眠誘導自体は当初(どちらかと言うと幼い頃)から成功していました。

ただし、それを医療とかカウンセリングに昇華させたり応用するには技術的、知識的な背景がとぼしく、それを強化するためにあちこちの方からお話を伺い、様々な書籍を漁る必要が生じました。

医療の現場で実際にあった話などを聞きに伺ったことも何度もありました。

本来、私はそういった方々に指導を煽ぐ立場だったのです。

一般人に広く催眠の知識を持ってもらいたいと願って始めたのがこのホームページで、医療関係者が私の指導対象やテキスト購入者になるとはまったく思っていませんでした。

オカルトっぽく捉えて「間違った」認識を持つのは、いわば知識のない一般の方なのかもしれませんね。私の開業前の予想だと、医療関係者などからは徹底して否定されることが多いのかと思っていました。

実際にはそうではなかった。医療関係者から温かな励ましの言葉も沢山戴きましたし、テキストを購入して戴いたり、練習会に参加してくださったりもありました。

やはり、自分の仕事に生かすことを考える方は覚えも良く理解も早いように感じられます。

大阪のある有名な私学の学校の理事長は「面白い授業や、生徒の興味を持つカリキュラムの一つとして催眠や心理学を考えたい」といって下さりました。

やはり嬉しかったですね。「生徒に催眠を行って成績をあげたい」という即物的な願いではなく、興味深いとか面白い授業、不思議なものを直接みせることで、「勉強したい」「学校に来たい」「社会には不思議なものがたくさんあるんだ」と言うことを教えたいと考えておられました。

生徒の知識欲を高めたい「生徒達の好奇心を刺激したい」と言ってくださったのです。私はその指導方針を聞いて、素晴らしい先生で経営者であると思いました。

ある塾の先生は「塾生の中には強いストレスを感じている子供もいる。その子供のストレスを軽減する方法として催眠の技術を応用できないか?」と言って下さいました。

嬉しい事に催眠に興味があって私に「習いたい」と言ってくださった方は、「催眠で学校の成績をあげよう!」とか「無理にでも勉強をさせるようにしよう!」などという浅い感覚の方は殆どいませんでした。

時折、「私は催眠の大先生だ!」などと自称、宣伝する人の中には、そのような主張(子供を強引にでも勉強させられる、親に言うなりにさせられる、など)をする人もいるようですが・・・。

私は子供の頃からどうも反逆児で「学校の先生」に押し付けられるのは苦手でしたから(笑)。当然ですが、催眠を用いてそういった行為や主張を行う連中が大嫌いです。

開業当初、まだ30代前半だった私に真剣に生徒のことを考え、かなり年下である私から催眠などの技術の勉強に熱心に取り組んでいる姿は「今だにこのような先生もいるんだな」と感じ、とても頭の下がる思いがしました。

勘違いはしないで下さい

反対にメールで「私も催眠ができます」みたいな、恥ずかしい自慢話を延々とメールで送ってこられた学校の先生もいらっしゃいましたが・・・。

むかついたと同時に非常に腹が立ちました。そういった人のメールも全て保存してあります。

確か催眠が出来ます、などと自慢する暇があるなら「生徒のために何が出来るか真剣に考えなさい」と叱った覚えがあります。

当時、31歳に過ぎない若造である私に、そんな叱責を受けなければならないその「先生」もそうとうに恥ずかしいですが・・・。何が言いたかったんですかね?

「私もできるんだ!」というような自慢をする暇があるのなら、先に連絡をくださった先生方のように教育の現場、生徒の指導やストレスの解消に「どう生かしてゆくのか?」を考え、真剣に取り組むべきだと思うのです。

常に私が周囲に話す言葉ですが、催眠や施術は「できる」のではなく「行う」べきものです。

相手の立場や気持ちを理解し、何を「行ってあげる」かが重要なポイントになります。

催眠をできるようになったと周囲に自慢したり誇ったりする人に、誰かの悩みや苦しみを解くことができるようになるとは思えません。本当の意味での催眠や施術の「上手な」人も存在しないでしょう。

他人の「苦しみ」を理解しようという人間が、その技術のみを誇るとは思えないからです。

逆にいえば、どんなに拙い(つたない)技術や知識でも、生徒や自分の子供のことを真剣に思い、懸命に努力を重ねるとすればそれが悪い結果ばかりを招くとは思えません。

催眠や心理学、カウンセリングとは「相手の心を理解する」技術に他ならないのですから。

安易に「子供に強引に勉強だけさせればいい」と考え、「テキストセットを購入すればすぐに子供を親の自由に操れる」と考えるような底の浅い、お母さんやお父さんもいるようです。

私はそういった人には必ず、こう申し上げます。

子供は親の所有物ではありません。

子供は子供の生き方がある。周囲はサポートをすべきであり何かを強引に押し付けるべきではない。時代背景や常識は猛スピードで移り変わっています。強引に「親に従え!」と教えることで子供達が幸せになると私は思っていません。

※これについては催眠に対する考え方「催眠と教育、社会問題について」などを参照

これは初期の頃から何度もホームページ上で申しあげていますが、あなた(達)を育てられたご両親が、あなた達ご自身にそのようなことを行おうとしたとしたら嬉しいでしょうか?

私はそのような行為には賛成しませんし、当然、指導も応援もしません。

テキストセットは、そのようなことに用いるために制作したものではないのです。

信念を持ち、自分を信じること

努力もせずに簡単に手に入る資格、技能、能力であれば、誰も必要としません。

誰でも簡単に「買うことができる」からです。

資格や技術は本来、「勉強する」「習得する」ものであって、「お金を出せば簡単に買える」ものではないことを理解されてください。

お金を使って「習う」ことはできますが、「買う」ことはできないのです。

先に受験生を例にあげましたが、どんなに素晴らしい実績を持つ指導員も、指導員は指導員ですよ。塾や予備校の講師が代わりに試験を受けられる訳ではない。

指導を行ってベストを尽くすのはプロとして当然ですが、試験に通るとか技術が身に付くかどうかはご本人次第なのです。

お金をかけることだけではなく、やはり、自分で諦めず取り組む姿勢が大切です。学ぶ側にその姿勢がないと指導する側がどんなに熱心になっても長続きしません。

金さえ出せば「買える」程度の技術はあなたの生活の役に立ちませんよ。お金を集めるために売れらている資格や技術は「売っている人達」が生活したり儲けるためにあるのであって、買う側の生活に役に立つかどうかは別問題です。

おそらくは「やっと資格を買った」時には遅過ぎると思います。その頃には、そんな資格は巷に溢れていますから・・・。

気をつけていただきたいのは「高い金額を支払うこと」が資格とか技術の価値を高めるのではない。高い金額を設定している所が正しい指導を行っているとか、高いスキルを持っているとも限りません。

自分の経験、知識、勉強や習い覚えた「技術」に誇りを持ち、それを「引き継いで欲しい」との願いを持った指導者、技術者、職人こそが「何かを誰かに伝えたい」「後世に残したい」と望むのです。

私は「催眠術師の資格」を売ってはいませんが、やる気のある人に指導は行っています。

自分で肩書きや背景、どこかとの繋がりを誇ったり、ヘンテコなグループを組織したり催眠団体?の幹部になったりはしませんが、自分の学んできた技術や過去の経験は教えることができるのです。

その意味を理解できる方にはぜひ、学んで欲しいのです。

指導料は他の「催眠の大先生」に比べれば安いかもしれません。グループ指導では頭割りで交通費等が安く抑えられるように努力しますし、ビデオやネットでの通信教育も行っています。

何かの肩書きとか組織、学閥や大学を誇ることもしませんし「この先生は素晴らしい先生だ」などと煽る相互リンクも行っていません。

サイト運営開始して十数年ですからね(笑)。嫌がらせや成り代わり、荒らしとか匿名での書き込みにも苦しんだので、私のネットやパソコンに関するスキルは相当に高くなっています。

そういったやり方でヒット数を集め、信憑性を増そうとしている連中がいること、それに乗せられて引っかかるマスコミ関係者や一般人が多いことは重々承知していますが、私自身はそのようなやり方を行いません。

好んでいないから。

私には私の信念があってここまでの十数年間を歩いてきました。ですのでそれに従います。

催眠に限らず何かを覚え、何かをこれから始めるには信念を持ってください。若い世代ならまず「自分を信じること」です。

自分を信じることができない人が他人に信頼を寄せられ、深刻な相談や心の悩みを打ち明けられることなどありません。自分を信じてまっすぐに努力すること。技術の習得や練習はそれに尽きます。

経験と知識、勉強や努力は裏切らない

ただし、自分を信じることと「自惚(うぬぼ)れる」こととはまったく違います。

努力を重ね、何があっても決して諦めないことが信念で「何の努力も勉強もしないのに」自分には実力があると思い込むことが「ただの自惚れ」です。

その辺りは誤解なさらないように。

私の座右の銘でもあり、昔から信じていることはたった一つだけです。

努力は人を裏切りません。経験や知識こそがその人の財産です。

技術は経験です。経験であると同時にこれまでの道筋です。自分で苦労して学び、努力して身に付けた技術、知識、経験はその人を絶対に裏切らない。それが私の信じることです。

人は「嘘」をつきます。誰かを騙す者も裏切る者も盗む者もいる。悪意が無くても誰かの思惑に躍らされて悪口を言い出す者もいますし、勘違いや錯覚も付きものです。

悪意がなくても立場や環境が異なれば感覚も違う。それまでは仲良しだった人が手の平を返したり、中傷を始める例もある。

販売の実績とか技法でも同じです。心理学やマーケティングはその「経験を」わかりやすく整えただけ。いわば後付けで苦労して身に付けたことが、結局はその人の糧になり身を助けるのです。

事情によって人の対応は異なります。結果として道筋が違ったり、誰かと一緒にやっていけなくなることもありますが、自分で学んだ経験とか技術や知識は絶対に裏切りません。

それは誰も奪う事が出来ないのです。

私もこれまでに散々嫌な思いはしています。金を持ち逃げされた、多額の費用を注ぎ込んでやっていた事業を横取りされそうになった、部下や仲間に裏切られたなどは枚挙に暇がありません。

そういった経験も一度や二度じゃないんですよ。

今は時代が違います

以前に勤めていた会社で、私が庇っていた部下に影で中傷された上で役職を奪われそうになった(笑)とか、ヤクザに脅されて苦労して手にした店舗を潰されそうになったとか。

付き合っていた女性が浮気を繰り返していて、浮気相手と結託して事業ごと盗られそうになった、などはいくらでもありますよ。

この仕事を始める以前、始めてからでも、嫌な思いはいくらでもあります。

心理テストを始めればその心理テストを、NPOとの活動をやればその物まねを、著書やホームページで文章を書けばそのパクリをといつまでも執拗にやってる屑のような連中も確かに存在します。

それでも全てを奪える筈はないのです。私には経験があるから。

自分で書けない作れない人はすぐにネタがなくなります。盗用には限界がありますから・・・。

浅はかな人が誰かの中身を盗もうとしたり、物まねを繰り返すのは自分に他人に話せるだけの「経験」や知識、勉強が無いから。人間としての質の問題で結局は底が浅いんでしょうね。

そういった行為はいずれ家族や親族や友達にもバレます。悲しくないんでしょうかね?

父親としても夫としても「男」としてもそういった行為は恥です。

誇りのある男ならそんなことはやらない。自らの知識とか技術とか誇りで、拙いながらも懸命に何かを綴ると思います。そういった姿勢があるならば、内容が多少拙くても必ずどこかから評価は受けます。

開業当初の私の文章、このサイトがそうであったように。

誰かの盗用とか物まねがバレずに済んだのはネットの発達前の話でしょうね。

今は検索すればすぐにわかる。昔(インターネットの初期)のような見え透いた自作自演で釣れる人はどんどん減っています。閲覧者、エンドユーザーのスキルが高まったのです。

検索エンジンの精度もあがりましたし、ページランキングなども始まっています。自作自演でカウンターさえまわしたら「流行っているサイトのようにみえる」ものではなくなっているんですよ。

やはり自分自身の努力とか経験、知識が不可欠です。

自分の努力や勉強、練習を信じること

諦めずにきちんと自分でやることです。他人をあてにしたり見え透いた物まねや模倣に走らないこと。それが結局は自らを励ます指針となり、これからの道筋を示す杖(つえ)となるでしょう。

多少の紆余曲折、回り道があっても信じて努力すれば目的地にたどり着けます。

これは施術やカウンセリング、催眠誘導だけに留まりませんが「自惚れる」ことはもっともいけないことで不必要です。

技術は常に進歩する。知識は常に吸収しなければなりません。

気がつけば私ももう40代になりました。

年齢が上昇した分だけ保守的にもなりがちですし、勉強や練習は苦痛になりますし勇気も必要でしょう。それでも学ぶ意思のない者には何も与えられないのです。その人の「強い意思」こそが道を切り開きます。

上記しましたが、私が30代の頃、見ず知らずの私に頭を下げ勉強したいと申し出てくださった医師や医療関係者、学校の先生や塾の経営者がいます。

私は当時、凄く感動しました。

私個人の経歴や実績を知らず、私がどんな人かもわからないままホームページに書かれた私の文章やテキストを信じ、お金を払って学びに来てくださった方々がいます。

今の私は、その頃のその方たちと同じ年齢になったのですよ。

私はできれば、その方たちと同じように謙虚でいたいと望みます。

年齢が上昇したこととか、キャリアが増えたことを理由に高慢になるのは最も愚かしいと私は思います。

学ぶ事や挑戦することを辞めるのではなく、年齢の上昇を憂い若者を嘆く歳寄りになるのではなく、自分に話せる経験や知識が増えたことを喜び、年齢、性別、職種や相手の背景には関係なく色々な立場の方から色々なことを学びたいと思います。

それが「信念」と呼ばれるものであり「挑戦」です。

その意思こそが「自分を信じること」につながって道を切り開くと思っています。

これは著書の巻末にも書いた言葉ですが、私は両親から「自分の信じた道を行くように」と言われ、今の名前(信行と言います)を授かりました。

これからもその名前を信じ「自分にしかできないこと」を探そうと思っています。

道はまだ遠く行く先の果ては見えていませんが、苦しみながらでも探し続ければきっと何か探し出せたり、誰かと歩んだり何かがみつかることもきっとあるでしょう。

※余談ですが、兄の名前は真悟です。真(まこと、真実)を悟るようにとの願いをこめたようです。私が心斎橋に持っていた事務所の名前はBelieve(信じる)でしたが、今の会社の名前はTrue(真実)です。兄の名前ですよ(笑)。

私にとって催眠や心理学、インターネットというシステム、何より「このホームページ」は、自らの道筋を探す途中で出会った、自分自身や相手の心を知るための道具なのです。

同じような「志」(こころざし)を持つ人が一人でも多く、このサイトを訪れて下さることを望んでいます。

1997年10月 初稿

2010年07月11日 加筆、修正

谷口信行

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